たんぽぽ娘03 - きっさんらが

「ジュリーは何をしてる人なんだ？」
彼は聞いた。
「もしかして、まだ学生かい？」

「私は秘書をしてるんです。」
少女は答えた。
半歩あるいて、可愛くつま先で回った。
そして握手した。
「私は秘書が大好きなの。」と、話し続ける。
「人々が重要だと言うことを書き留める、シンプルだけど最高に重要な仕事なのよ。
　私を秘書にする気はないですか？」

「それはとてもうれしいな。」
彼は言った。
「妻はかつて…戦争が起こる前まで私の秘書だったんだ。
　そんなわけで彼女と出会ったのさ。」
なぜそんな話をしたのか、彼は不思議だった。

「彼女は良い秘書だった？」

「あぁ、最高の秘書だったよ。
　彼女を失って残念だ。
　でも、ある意味では失ったけど、別の意味で彼女を手に入れた。
　だから彼女の代わりは必要ないんだ。」

「明日もここに居るのかい？」

「ええ、たぶん。
　毎日来ているの。
　じゃぁまたね、ミスターランドルフ。」

「ああ、また。ジュリー。」
彼は言った。

彼は少女が丘を駆け下りてカエデの木々の中に消えるのを見ていた。
今から240年後、この場所には2040本の道路が走っているのだ。
彼は笑った。
なんて魅力的な子だったんだろう、と彼は思った。
不思議な胸のときめきを感じた。
20歳のころ、彼は真面目な青年として法律の学校へ通っていた。
24歳のころは、弁護士を生業とした。
仕事は忙しすぎて、彼の時間を完全に埋めてしまった。
しかし アンと結婚したころには、すこし時間ができた。
そして戦争が起こったころは、今よりたくさんの時間ができた。
遠くのものを見に行けるような時間が。
その後、普通の生活に戻ったが、時間はなるべく作るようにした。
なぜなら、妻との間に息子が一人できたからだ。
彼の時間は、ほとんどそのことに費やされた。
最近は毎年、４週間の休みを取ることができる。
そのうちの２週間はアンとジェフと共に行きつけの場所で過ごす。
そして残りの２週間は、ジェフが学校に戻ってからアンと共に湖のほとりの小屋で過ごす。
今年は、残りの２週間を一人ぼっちで過ごしているのだ。
…いや、一人ぼっちなのではないのかもしれない。

彼のタバコは既に火が消えていたが、彼はまだ気づいていなかった。
そして、再び火をつけて、風を感じていた。
しばらくして彼は丘を降り、木々の間を通って小屋に帰った。
もうすぐ日没だ。
昼間の時間もだんだんと短くなっている。
この湿気も、どんどんあたりに広がっていくだろう。

彼はのんびりと歩いた。
そして湖に着くころには太陽が沈んでいた。
小さいけれど深い湖だ。
その淵まで木が生えている。
小屋は岸から少し離れたところにある。
そして入り組んだ砂利道が２本、高速道路までつながっている。
裏口のところに彼のワゴンが止めてある。

彼はキッチンで簡単な夕食をとった。
そしてリビングで本を読んだ。
小屋の発電機がぶーんという音を立てている。
これは現代人にとっては当たり前の音なのかもしれない。
暖炉の前の本棚からアメリカの詩人の名文集を選び、午後の丘でのことを思い出しながら、暖炉の前に座ってページをめくった。
この本は３回読んだ。
そして毎回、日光の中に髪を風になびかせる少女が立っているのを思い浮かべる。
彼女は長く可愛らしい足に雪のようなドレスを着ている・・。
彼は咳払いをして、その想像を振り払った。

彼は本を棚に返し、玄関に立ってパイプに火をつけた。
彼はアンのことを思い出した。
そしてほどなく、記憶の中の彼女の顔が鮮明に浮かび上がる。
硬いけれど優しい表情。
いつも何かを恐れているような感じがするが、その目は温かい。
やわらかい頬。
優しい微笑み。
鮮やかな茶色の髪はしなやかで優美だ。
どの記憶にある特徴も、賞賛せずにはいられないものだった。
彼女のことを思うときには良くあることだが、昔見た魅力的なままに彼女を思い続けられることを彼は不思議に思う。
過去に思いを巡らすと、彼は内気だった。
ほんの20年前は、娘にできるほど若い女の子と熱心に逢引しようとするような姿は、想像にも及ばなかった。
忘れていた胸の高鳴り。
今にも全てが動きだしそうな感覚。
しばらくの間彼は混乱し、よろめきかけた。
かろうじて、彼の足はあるべき場所に戻ってきた。
彼は我に返った。

彼はパイプを軽く叩いて小屋の中に戻った。
寝室で服を脱いで、布団の中に潜り込み、明かりを消した。
いつもなら眠気はすぐに訪れるはずだったが、今回はしばらく時間がかかった。
夢ではじらすように記憶の断片が現れた。

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