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今だけ、それは僕のもの

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rozen-yuri

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 いてっ。
 と小さく叫んだのは僕の双子の姉の翠星石。
「わ、ごめん! 大丈夫?」
 僕が抱いていた薔薇の花束を受け取ろうろした翠星石の指に棘が刺さってしまった。
 花束といってもロマンチックなものではなく、単に庭の花壇の手入れをしていて、もう枯れそうな薔薇を取り除いたところだった。
 翠星石の左手を取って、様子を伺うと小さなとげが彼女の指に刺さっていた。
「あれ? 翠星石、ゆび……」
「大丈夫ですよ」
 何故か発言を途中で切られて、左手を隠すように払われてしまった。
 その様子から、大事とではなさそうだが、家の中へ促して救急箱を取り出した。
「気をつけなきゃ、変な菌入ったら危ないよ」
「分かってるですよ」
 少し膨れ顔でそう言う彼女が愛らしくて、つい頬が緩んでしまう。
 僕のそれがお気に召さなかったらしい彼女はさらに頬を膨らませて「笑うなです」と呟いた。
「ほら、手出して」
 左手を出すように促せば、不服そうではあったが僕の右手に柔らかなそれを重ねた。

 ──今だけ、それは僕のもの

 この気持ちに気づいたのはいつだったか。
 あぁ、そうだ。五年前のバレンタインだっけ。
 今までとは違った楽しげな雰囲気で毎年恒例のチョコレートケーキを作ってるときだった。
「世話になってるからやるだけですよ。一応、担任ですから」
 わかりやすい言い訳と薄く染まった頬。手に握られたいつもより気合いの入ったデコレーションの箱。
 義理なら何でそんな風にわざわざ屋上に呼び出すの?
 喉まで出かかった言葉を無理やり飲み込んで、顔には笑顔を浮かべた。
 その一ヶ月後。僕が気づいた想いは無残に打ち砕かれた。
 そして今、彼女の左手の薬指には綺麗なシルバーが輝いていた。
「おめでとう。良かったね」
「べ、別に。そういう意味の指輪じゃねぇですよ」
 そんなこと言ったって、耳まで染まった朱はそれの意味をはっきり示していた。
 分かっていた、しょせん同性なんだから。こんな結末は見えていた。
 けれど、心のどこかで、小さく、いつか彼女は僕を選んでくれるんではないか、と思っていた。
 僕と彼女が出会ってから今年で二十年目。指輪によってつながれた絆は二十年来の絆に勝るものではないと。

「思ってたんだけどなぁ……」
「へぁ?」
 声に出てたらしい僕の考えを聞いた翠星石が素頓狂な声があまりにも間抜けで思わず吹き出してしまった。
「変な声!」
「笑うんじゃねぇです! 大体、そっちがいきなりなんか言うから……」
 で、と彼女が息をついた。
「何を『思ってた』んですか?」
「あ、あぁ……」
 と、言われても「君はいつか僕を選んでくれると思ってたんだよ」なんて言えるわけもなく。
 はは、と笑ってごまかそうとしたのだが、彼女はそれが気に入らなかったらしい。
「何ですか。私たちの間で隠し事はだめですよ!」
「え、……うん。……実は」
 彼女の左手をもう一度見てなんとか口を開いた。
「何で指輪してないのかなぁ……って」
 そう言われた翠星石はビクッと肩を揺らした。
 目線が泳ぎ始めた。どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったようだが、僕の気持ちを言うよりはいいだろう。
「た、たまたま今日は庭仕事ですから、邪魔になるかな、と」
「嘘。今までそんなことしたことなかったよ」
「っ……」

 ねぇ、翠星石。嘘でもいいから失くしただけだと言って。
 失くしちゃって、後ろめたくて桜田先生に言えないだけだって。
 じゃないと僕は、自分に都合のいいようにその理由を解釈してしちゃうよ。
「っ、昨日会った時……、距離を置きたい、って」
 既に涙声を発する彼女の柔らかな亜麻色の髪に指を通す。
 いっさい絡むことないさらさらのそれは離したくないほどに愛おしかった。
「うん」
「指輪も、しばらく返してほしい、って」
「うん」
「しばらく、がどのぐらい長くなるか分からない、って言われ……てっ」
 彼女はそこまでなんとか紡ぐと、後は涙に邪魔されてそれ以上言えないようだった。
 そんな彼女の頭を自分の胸に寄せ、つむじに顔をうずめた。
 同じシャンプーとリンスを使っているのにこんなにも香りが違うのだろうか。
「そっか、辛かったね……」
 ひぐひぐと僕の腕の中で時折肩を揺らしながら泣く姿はとても悲しくて、僕は心がチクリと傷んだ。
 同時に、人として最低な感情まで溢れてくる。
 あぁ、神様! 僕はいつかバチが当たるんでしょうか。
 バチなんて、当てたければいくらでも当たればいい。
「僕の中でゆっくり泣いてね……翠星石」
「っ……蒼星石ぃ!」

 うわあぁ、と声を荒げて僕をしっかりとした強さで抱いてくる。
 どれくらいそうしてただろうか。翠星石は僕の腕の中で泣き疲れて寝てしまった。
 この様子だと昨晩辛くて寝れなかったのだろう。
 僕の中で安心してくれたんだろうか。それだったらいいのに。
 あ。
「手当がまだだったね、翠星石」
 彼女の穢れが消えた左手を取って、怪我した箇所を優しく撫でる。
 慎重に刺をピンセットで抜いて、そこに塗るための消毒液を取って――やめた。
「人の唾液って消毒作用があるんだよ、翠星石」
 聞こえているはずない彼女に呼びかけながら少しだけ血がにじんでいるその指を口に近付けていく。
 綺麗だよ、翠星石。指輪なんて、そんな穢いものつけないで。
 ちゅ、と水音をたてて彼女の薬指を舐めあげる。
「誰かのものになるなんて言わないで。僕のために空けておいてよ」
 丁寧に舐めあげて、最後に口づけを一つ落として唇から指を遠ざけた。

 それでも、色白の手を離す気にはならなくてしばらくそれを弄んだ。
「あ、そうだ。指輪は無理だけどさ」
 絆創膏を取り出して怪我の部分に巻きつけた。
「こうすれば指輪っぽいよね」
 神様、あなたは僕に罰なんて与えなかった、むしろ。
「でもまさか、こんなにうまく怪我してくれるなんてね」
 今はもう絆創膏の下になっている薬指の根元の怪我を優しく撫でた。
 人一倍君のことが大好きな僕が、指輪がなくなった昨日の時点で何も言わなかったのを変だと思わなかったのかな。
 でも、まぁいいか。そんな細かいとこは。
「こんなとこで寝たら風邪ひくよ?」
 彼女を抱きあげて、寝室へ向かう。
 この怪我が治るまで、君の左手の薬指は僕のものだからね、翠星石。


終わり

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