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『今日はサボりの日』 第一話

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 それは、私立薔薇学園でのことだった。幼稚園から大学院まである由緒正しきその学園の国営図書館顔負けの貯蔵数を誇る学園の図書館だった。
 初等用校舎の中に入っており、その図書館の一つの窓が音もたたずに開いた。
 といっても、何もホラーというわけでなく、開けた本人が音たたぬ様に気を配って開けただけ。
 図書館には人っ子一人いる気配はなかった。それもそのはず、今は授業中で、図書館で読書しよう者がいなかった。
 窓を開けた少女はその窓の直下にある本棚に片足を下ろした。
「うん、誰もいない」
 そうやって確かめるように呟いて窓を越えて外から入室した彼女は身長の半分ほどしかない本棚から飛び降りた。
 一見、少年にも見える中性的な顔立ちに亜麻色の肩まで伸びたさらさらの髪。
 決して色白ではないが、スラリと健康的に伸びた手足は今後の成長が楽しみなほどに可愛らしい子だった。
 カバンを無造作に放り投げて、その本棚を背にもたれかかりながら、座り込んだ。


 ほどなくして彼女はカバンからMDプレイヤーを取り出し、イヤホンを耳にあてがった。
「iPodの時代にMDプレイヤーとは、ね」
 プレイヤーを見ながら彼女がそう呟いた。薄汚れて、使い古したようなそれはえらく年期を感じさせる。
 それもそのはず、このプレイヤーは今は亡き両親の形見であった。今、彼女が眺めている薄いブルーのそれは父親のもの。もう一つ、薄いピンクの母親のそれは。
 ──すごいです! これで音楽が聞けるんですか!
「まぁ、いいか」
 両親の形見だと思うと新しいものなど欲しくなくなってしまう。
 しばらくそうして、両親のことに思いを寄せている時だった。
 そんな深い思いもかき消してしまうような、ばたばたと響く廊下を走る音が耳に届いた。
「お、来たかな?」
 彼女が声を発したのとほぼ同時に図書館の扉を開いて少女が現れた。
「なっにしてやがるですかぁ! 蒼星石ぃ!」
 そう言われた少女──ややこしくなるので名前を呼ぼう──蒼星石は別段慌てることもなく、
「やぁ、翠星石」
 と軽く右手をあげてみせた。それが翠星石の逆鱗に触れたらしく、火でも噴きそうな顔で叫んだ。
「やぁ、じゃねぇですよ! 今は授業中です! 何してやがるですか」
 言葉遣いがいいのか悪いのか分からない彼女はずんずんと蒼星石のもとまで歩み寄った。
 蒼星石と似た顔立ち、それもそのはず、彼女達は双子なのだから。

 ただ違ったのは、腰まで伸びている長い巻き髪高い位置でポニーテールしていた。
「翠星石だって授業中でしょ?」
「私はいいんですよ。蒼星石のお姉ちゃんなんですから、妹がいなくなったら探すのは当たり前です」
「僕は、先生公認でサボれるんだけど」
「はいはい、です」
「本当なんだけどなぁ」
 これは、真実だった。蒼星石は学校創立以来の秀才で、もう六年生の勉強も終わってしまった。
 もちろん、ただの六年生ではない。きちんと、進学校らしい他の公立学校より数段上のレベルの学習だ。
「あなたはもう勉強する必要はないわ。遊んでていいわよ」
 と、担任教師が言ったから、その日からはサボり記念日。晴れて学校公認で自主休講できるようになった。
 同じクラスではない翠星石がそんな事件を知るはずもなくこうやって蒼星石がサボっていると止めに来る、というわけだ。
 中等部へ飛び級で進学させようか、という話も出たらしいが、祖父母が断固拒否したらしい。
 飛び級なんて自分でもしたくなかったので、祖父母にはとても感謝している。
「でも翠星石、僕は──」
「お姉ちゃん、私」
「え?」
「私のことはお姉ちゃん、自分のことは私って言うですよ」
「あれ、言ってなかった?」
 翠星石はふぅとため息をつくと困ったように眉をハの字に下げた。
「いつからそんな子になっちゃったですか」
 育てられた覚えはないよ、と蒼星石は言おうとして、口を接ぐんだ。そんなこと言ってどうにかなるほど翠星石は手ごわくないことを知っていた。

「さ、授業ですよ! お姉ちゃんと一緒に来るです」
 ――お姉ちゃん、か。
 いつからそう呼ばなくなったっけ。もう忘れてしまった。それくらごく自然に彼女を名前で呼ぶようになった。
 まぁ、姉と言っても双子という身分ではたかが数秒の姉。別に名前で呼んでも構わないような気もするが、何故だが翠星石はそれを気にしているらしい。
「ねぇ、翠せ……」
「お・ね・え・ちゃ・ん!」
「……お姉ちゃん……」
 そう呼ばれた翠星石は至極嬉しそうに振り向いた。
 なんだか心臓がギュッとつかまれたような気分になってきた。この症状は、姉と呼ばなくなってから頻繁に起こるようになった気がする。
「何ですか?」
 あぁ、胸騒ぎがする。
「たまにはさ……」
 断られるのは分かっている。でもこの胸騒ぎの真相を確かめるために自然と口から出ていた。
「一緒に、サボらない?」
 これは、蒼星石にとって一種の賭けだった。これでもし翠星石が断ったらもうこの感情は忘れて、彼女を姉と慕って普通の姉妹でいる気だった。
「な、……私はそんな……」
「最近、全然すいせ……お姉ちゃんと喋ったりしてなかったからゆっくり話したいな、ってダメ?」
 蒼星石は、自分で少し必死になっていることには気づかなかった。いや、気づきたくなかったのかもしれない。
「っ……仕方ないですねぇ」
 お姉ちゃんという言葉がきいたのかもしれない。翠星石は少しだけ笑顔になると蒼星石の手を握ったまま先ほどの本棚を背にして並んで座った。

「さて、何が話したいんですか?」
 そう言われてしまえば、別段言うこともなく少し黙ってしまった。
 翠星石は断らなかった。ならば自分がすることは一つ。この気持を確かめるために蒼星石は翠星石の手をぎゅっと強くつかんだ。
「翠星石……」
 いや、本当は確かめる必要なんてなかったんだ。ただ、自分で認めたくないほどにそれは異常な感情だった。
「……………………」
 愛しているなんて言葉を使うには、二人はまだ幼かった。
 蒼星石と翠星石の唇が触れた。それはあまりにお粗末で、キスと呼べるほどのものではなかったが、確かに二人の唇は触れた。
 唇を離してから、蒼星石は表情を伺うように目の前の少女を見つめていたが、翠星石は驚き過ぎたのか大きな瞳をさらに大きく開いて固まっていた。
「……翠星石?」
 あまりに反応がないので少し不安になってしまい、思わず声をかけてしまった。その時に初めて気づいたように翠星石は少し肩を揺らして反応を返してくれた。
「そうせ……今何を!」
 顔を真っ赤にさせて慌てて感情をむき出しにする姿は彼女らしさが表れていて、安心してしまった。

「キス、だよ?」
 具体的なことを聞いて余計に照れてしまったらしい翠星石は更に顔を真っ赤に染め上げた。
「ちゅ、ちゅーは好きな人とするもんです!」
「じゃあ、翠星石は」
 そう言いながら蒼星石は握った翠星石の手の指を交互になるように絡める。
「僕のことが、嫌い?」
 顔を覗き込むように、下から翠星石の顔を見上げる。困ったように下がる眉に染まった頬。
 蒼星石は分かっていた。いくら嫌いじゃないからといって姉妹でキスするのはおかしいことだと。
 けれど、自分の気持ちにカタをつけるにはそれ以外思い付かなかったのだ。
「嫌い、じゃないです……けど!」
「けど?」
「ちゅーするのは、おかしい……です」
 語尾が弱くなっていく。蒼星石の視線が強すぎて、思わず目を反らしてしまう。
「……キスは好きな人とするものでしょ? 僕は翠星石が好きだよ」
 この一言が効いたらしい、翠星石はぐっと言葉を詰まらせた。しかし、まだ納得行かないような表情を浮かべていた。
「じゃあ、もっかいしていい? 嫌だったら、二度としないから」
 それは、じっと見てなければ分からない頷きだった。それを確認した蒼星石は目の前の真っ赤な姉に口付けた。
 今度は少し堪能するように、少し長めのキスだった。傍目に見れば、一瞬と代わりないものだったが。
「……嫌だった? 僕のこと、気持ち悪いとか思う?」
 弱々しく首を振ることで翠星石は彼女に答えた。それを見た蒼星石の心臓は高鳴った。
「じゃ、翠星石も僕のこと好き?」
「……私は蒼星石のこと嫌いだなんて、言った覚えありません」
「っ……じゃあ!」
 これからも時々、キスしていい?
 という問いに翠星石は再び、小さく頷いたのだった。

続く

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