力を、力をもらわなければ。ずるり、と漆黒のドレスを引きずりながら一人の少女は震える手でやっと自分の体重を支えてた。
美しい銀の長髪は乱れ、紅の瞳は見開き、つらそうに肩で大きく息をしている。
彼女の背中にある漆黒の翼は人を食わなければ生きていけない証。それ故に人は彼女から遠ざかって行ってしまい、彼女はこの森で一人で住んでた。
とにかく、誰かを食わなければいけない。飢えている彼女の羽根は小さく、活気がないように見える。
「ひっ……」
恐怖から発せられたような小さな悲鳴を聞き逃さなかった彼女は顔をあげた。
そこには人が、まだ幼い少年の姿が瞳に映った。
「っ……ば、化け物だぁ!」
幼い少年は走って逃げていく。叫んでも、この薄暗い町から離れた森では誰にもその声は聞こえない。
漆黒の翼を背負った人間には近付いてはいけないよ、という母親の教えはどうやら受けていたらしくばたばたと全力で逃げていく。
しかし、餌を目の前にした獣の前に、少年の足はあまりにも遅すぎた。
目のも止まらぬ素早さで飛んできた彼女の羽根は少年を戒め、身動きとれない状態にした。彼女の羽根は、獲物を察知すると勝手にその獲物へと食らいつくのだ。
血一滴も残さずに、もがく少年を飲み込んだ彼女の翼がひときわ大きく靡いた。空腹が満たされた証拠だ。
ふぅ、と彼女が一息ついたときのこと、背後で誰かが地面を踏み締める音が聞こえた。
彼女があわてて振り向くとそこには一人の少女が立っていた。
「……漆黒の翼」
あぁ、この子はまた逃げていくのだろう。今は満腹だから襲うこともないのに。
「綺麗な翼ね……」
「……っ!」
この子は何を言うのだろう。そう呟いたと同時に私の翼に手を触れてくる。黒い翼がどういう意味をなすのかを知らないのだろうか。
「私は真紅。貴女は?」
紅のドレスをまとった金髪の長い髪を二つに結った碧眼の少女を、美しいと思った。だから、おそらく彼女は初めて人に名を名乗った。
「水銀燈……よ」
美しい銀の長髪は乱れ、紅の瞳は見開き、つらそうに肩で大きく息をしている。
彼女の背中にある漆黒の翼は人を食わなければ生きていけない証。それ故に人は彼女から遠ざかって行ってしまい、彼女はこの森で一人で住んでた。
とにかく、誰かを食わなければいけない。飢えている彼女の羽根は小さく、活気がないように見える。
「ひっ……」
恐怖から発せられたような小さな悲鳴を聞き逃さなかった彼女は顔をあげた。
そこには人が、まだ幼い少年の姿が瞳に映った。
「っ……ば、化け物だぁ!」
幼い少年は走って逃げていく。叫んでも、この薄暗い町から離れた森では誰にもその声は聞こえない。
漆黒の翼を背負った人間には近付いてはいけないよ、という母親の教えはどうやら受けていたらしくばたばたと全力で逃げていく。
しかし、餌を目の前にした獣の前に、少年の足はあまりにも遅すぎた。
目のも止まらぬ素早さで飛んできた彼女の羽根は少年を戒め、身動きとれない状態にした。彼女の羽根は、獲物を察知すると勝手にその獲物へと食らいつくのだ。
血一滴も残さずに、もがく少年を飲み込んだ彼女の翼がひときわ大きく靡いた。空腹が満たされた証拠だ。
ふぅ、と彼女が一息ついたときのこと、背後で誰かが地面を踏み締める音が聞こえた。
彼女があわてて振り向くとそこには一人の少女が立っていた。
「……漆黒の翼」
あぁ、この子はまた逃げていくのだろう。今は満腹だから襲うこともないのに。
「綺麗な翼ね……」
「……っ!」
この子は何を言うのだろう。そう呟いたと同時に私の翼に手を触れてくる。黒い翼がどういう意味をなすのかを知らないのだろうか。
「私は真紅。貴女は?」
紅のドレスをまとった金髪の長い髪を二つに結った碧眼の少女を、美しいと思った。だから、おそらく彼女は初めて人に名を名乗った。
「水銀燈……よ」
――S and B
それを聞いた少女は優しく微笑んで水銀燈の羽根を撫で続けた。
「水銀燈、ね。とてもきれいな羽根だわ」
「真紅……。あなたこの翼の意味を知らないの?」
「……なんのことかしら?」
本当に知らないとでもいうのだろうか。まだ何も知らないような幼い子供というわけでもない。ただ、無垢なのだろう。
「いえ、知らないのならいいわぁ」
「ふふ、おかしな水銀燈」
その時、柔らかく微笑んだ少女を見て、水銀燈は心臓が高鳴ってしまった。冗談じゃない、こんな感情は。
「貴女はこの辺りに住んでいるの?」
「えぇ、近くに家があるわ」
「そうなの。じゃあまた遊びに来てもいいかしら」
「…………」
断れ。そう脳が叫んだ。もし、次この子が来たときは自分が空腹な時かもしれない。そうすれば私はこの子を食べてしまう。
「……えぇ、待ってるわ」
しかし、そんな理性とは裏腹に口から出てしまった言葉は自分でもびっくりしたような言葉だった。
「ありがとう。じゃあまた来るわ、またね。水銀燈」
軽く手を振ると、真紅は水銀燈に背を向けて走って行ってしまった。
彼女を、好きになってしまったとでも言うのだろうか。だとすれば、厄介な相手を好きになってしまったものだ。
もし空腹時に真紅が近付いてきてしまったら、勝手に羽根が彼女に襲いかかるのだ。
彼女が綺麗と言ってくれたこの翼の羽根が、彼女に襲いかかる。それだけは避けなければいけない。
ならば、彼女を近付かないようにする。もしくは。
──空腹にならなければいいだけの話。
「水銀燈、ね。とてもきれいな羽根だわ」
「真紅……。あなたこの翼の意味を知らないの?」
「……なんのことかしら?」
本当に知らないとでもいうのだろうか。まだ何も知らないような幼い子供というわけでもない。ただ、無垢なのだろう。
「いえ、知らないのならいいわぁ」
「ふふ、おかしな水銀燈」
その時、柔らかく微笑んだ少女を見て、水銀燈は心臓が高鳴ってしまった。冗談じゃない、こんな感情は。
「貴女はこの辺りに住んでいるの?」
「えぇ、近くに家があるわ」
「そうなの。じゃあまた遊びに来てもいいかしら」
「…………」
断れ。そう脳が叫んだ。もし、次この子が来たときは自分が空腹な時かもしれない。そうすれば私はこの子を食べてしまう。
「……えぇ、待ってるわ」
しかし、そんな理性とは裏腹に口から出てしまった言葉は自分でもびっくりしたような言葉だった。
「ありがとう。じゃあまた来るわ、またね。水銀燈」
軽く手を振ると、真紅は水銀燈に背を向けて走って行ってしまった。
彼女を、好きになってしまったとでも言うのだろうか。だとすれば、厄介な相手を好きになってしまったものだ。
もし空腹時に真紅が近付いてきてしまったら、勝手に羽根が彼女に襲いかかるのだ。
彼女が綺麗と言ってくれたこの翼の羽根が、彼女に襲いかかる。それだけは避けなければいけない。
ならば、彼女を近付かないようにする。もしくは。
──空腹にならなければいいだけの話。
それ以来、水銀燈はいつもより人を襲うようになってしまった。
一人食えば、一か月以上は空腹にならないのだが、空腹になるのを恐れ、町にまで人を襲うようになった。
それでも、真紅は時より水銀燈のところに遊びに来た。そして、来ると必ず水銀燈の羽根を綺麗だとほめて、優しくなでるのだった。
町を襲うようになった水銀燈を今まで以上に人は忌み嫌うようになった。しかし、真紅が訪れるとこをみると、彼女はこの辺りの町の子ではないのだろうか。
人をたくさん襲って、空腹にならないおかげで、水銀燈は真紅を襲うことなく、楽しい時間を過ごすことができた。
水銀燈にとって、人と充実した時間を送るのは初めてだった。水銀燈は満足していた。
「水銀燈知ってる? この森にはね『星の粉』っていう光る砂があるのよ」
「へぇ、知らなかったわぁ。私はあまりこの森の中をうろつかないからねぇ」
しかし、人を襲いすぎた代償がやってきた。人々は安全な地を求め、移住してしまったのだ。
水銀燈が住む森の近くの町々は一つ消え、二つ消え、とうとう遠くの町まで言ってしまった。
当然、水銀燈は食べる量が減ってしまった。しかも、今まで多く食べすぎていたせいで、空腹になるまでの期間が短くなってしまっていた。
一人食えば、一か月以上は空腹にならないのだが、空腹になるのを恐れ、町にまで人を襲うようになった。
それでも、真紅は時より水銀燈のところに遊びに来た。そして、来ると必ず水銀燈の羽根を綺麗だとほめて、優しくなでるのだった。
町を襲うようになった水銀燈を今まで以上に人は忌み嫌うようになった。しかし、真紅が訪れるとこをみると、彼女はこの辺りの町の子ではないのだろうか。
人をたくさん襲って、空腹にならないおかげで、水銀燈は真紅を襲うことなく、楽しい時間を過ごすことができた。
水銀燈にとって、人と充実した時間を送るのは初めてだった。水銀燈は満足していた。
「水銀燈知ってる? この森にはね『星の粉』っていう光る砂があるのよ」
「へぇ、知らなかったわぁ。私はあまりこの森の中をうろつかないからねぇ」
しかし、人を襲いすぎた代償がやってきた。人々は安全な地を求め、移住してしまったのだ。
水銀燈が住む森の近くの町々は一つ消え、二つ消え、とうとう遠くの町まで言ってしまった。
当然、水銀燈は食べる量が減ってしまった。しかも、今まで多く食べすぎていたせいで、空腹になるまでの期間が短くなってしまっていた。
そして、ある夜のことだった。
もう起き上がることもできないほどに、水銀燈の体は飢えていた。町まで行こうにも、飛んでいく元気がないのだ。
その時、こちらに近づいてきた人影が目に入った。
餌だろうか、ならばありがたい。水銀燈は最後の力を振り絞って体を起こした。
今まで真紅は陽の高い時にしか遊びに来なかったので、まさかその姿が真紅だとは思っていなかった。
彼女は以前、水銀燈に話した『星の粉』を見せに来ていたのだ。光る砂は夜のような暗い状況でないと光らないから、今日に限って夜に遊びに来てしまったのだ。
そんな姿を知らない水銀燈の羽根は真紅に向かって襲いかかる。いや、例え彼女が真紅だということを知っていても羽根は勝手に襲ってしまう。
「っっきゃぁあぁ!」
悲鳴をあげる真紅。その声を聞いてやっと水銀燈は真紅だということを理解した。
しばし、茫然とその状況を見つめる水銀燈はやっと我に返って真紅のもとに駆け寄った。
──助けなければ。今、助けるから!
「いやぁぁぁぁっ! 助けてぇ! 来ないでぇぇ!」
恐怖のあまり、真紅は泣き叫んだ。彼女には夜の闇に隠れた水銀燈の姿が見えていなかった。
「やだぁっ! いやぁ、来ないでぇぇ!!」
漆黒の羽根はいつもより空腹だからなのか、ぎゅうぎゅうときつく真紅を締め上げてしまう。
もう起き上がることもできないほどに、水銀燈の体は飢えていた。町まで行こうにも、飛んでいく元気がないのだ。
その時、こちらに近づいてきた人影が目に入った。
餌だろうか、ならばありがたい。水銀燈は最後の力を振り絞って体を起こした。
今まで真紅は陽の高い時にしか遊びに来なかったので、まさかその姿が真紅だとは思っていなかった。
彼女は以前、水銀燈に話した『星の粉』を見せに来ていたのだ。光る砂は夜のような暗い状況でないと光らないから、今日に限って夜に遊びに来てしまったのだ。
そんな姿を知らない水銀燈の羽根は真紅に向かって襲いかかる。いや、例え彼女が真紅だということを知っていても羽根は勝手に襲ってしまう。
「っっきゃぁあぁ!」
悲鳴をあげる真紅。その声を聞いてやっと水銀燈は真紅だということを理解した。
しばし、茫然とその状況を見つめる水銀燈はやっと我に返って真紅のもとに駆け寄った。
──助けなければ。今、助けるから!
「いやぁぁぁぁっ! 助けてぇ! 来ないでぇぇ!」
恐怖のあまり、真紅は泣き叫んだ。彼女には夜の闇に隠れた水銀燈の姿が見えていなかった。
「やだぁっ! いやぁ、来ないでぇぇ!!」
漆黒の羽根はいつもより空腹だからなのか、ぎゅうぎゅうときつく真紅を締め上げてしまう。
水銀燈はそこで悟った。やはり、私と彼女では住む世界が違うのだ。食う者と、食われる者で、共存などあり得ないのだ。
そんなこと分かっていたのに、水銀燈はあの生活が幸せすぎて、理解したくなかったのだ。
こんな思いをするくらいなら、叶わない恋と知っていたら。初めて会ったときに何も考えずに食べてしまえば良かったのだろうか。
そう思ったとたん、全身の力が抜けてその場に膝から崩れ落ちた。その時に一緒に羽根も緩んだらしい。
体の自由が効くようになった真紅は一目散に背中を向けて走って行ってしまった。美しいと思った、金の髪を振り乱しながら走るその姿も。
今なら、まだ間に合う。今からでも彼女を食うことはできる。その美しい姿を永遠にするならば、今食べてしまおうか。
でも。
溢れんばかりの感情を胸に水銀燈は、その場に倒れこみ、瞳を閉じた。
そんなこと分かっていたのに、水銀燈はあの生活が幸せすぎて、理解したくなかったのだ。
こんな思いをするくらいなら、叶わない恋と知っていたら。初めて会ったときに何も考えずに食べてしまえば良かったのだろうか。
そう思ったとたん、全身の力が抜けてその場に膝から崩れ落ちた。その時に一緒に羽根も緩んだらしい。
体の自由が効くようになった真紅は一目散に背中を向けて走って行ってしまった。美しいと思った、金の髪を振り乱しながら走るその姿も。
今なら、まだ間に合う。今からでも彼女を食うことはできる。その美しい姿を永遠にするならば、今食べてしまおうか。
でも。
溢れんばかりの感情を胸に水銀燈は、その場に倒れこみ、瞳を閉じた。
終わり