ビッキー、『過ち』を繰り返す ◆Rd1trDrhhU


雪を踏みしめるたびに、ザクザクと心地の良い音が聞こえる。
だが、それが何度彼の鼓膜を震わせようとも、彼の心を高揚させるには至らない。
目が痛くなるほど遥かに続く白景色の中を、少年は無心で歩き続けていた。
次々と心に浮かんでくる悲しみや怒り、焦燥といった感情を、必死で押し殺しながら……。
ただ、ただ、雪原に靴の跡を刻み続けていた。
目的地に向かって、一心不乱に。
そうでもしないと、彼の心は折れてしまう。

「また……ぼくは……」
先ほどの放送で呼ばれた名前……彼の目の前で死んだエイラという女性。
そしてもう1人……。
枯れたはずの涙がまた溢れて来そうになるのを感じ、少年は思考を停止した。

「…………はぁ……」
冷え切った空気の中では、無意識の溜め息すら白い煙として可視化される。
無心であれと思ってはいるのに、それによって自分が焦っている事を無理やり自覚させられてしまう。

(まだ、城は見えない……か……)
この広い雪原では、四方八方を見渡しても目に映る光景には変化はない。
地図を見たところで自分が今どこにいるのか、目的地まであとどのくらいあるのかすらも分からないのだ。
だから、少年の足跡が描いた軌跡は、まるでミミズが這うかのごとき曲線。
見えないゴールに向かって、永遠とも思える広き大地を、少年は精神と肉体を激しく消耗させながら歩いていく。

だがそれも、目的地である北の城を発見するまでのこと。

(あれは……)
遠くに城らしき灰色の物体を見つけた。
『白でもなく』、『黒でもなく』それは『灰色』だ。
洗い立てのシャツに付いた汚れのように、白い風景に一点だけ混じった異色。
それを見た少年の足取りはやや軽くなり、その表情にも余裕が見える。
いっそう強く大地に踏み込まれたのだろう、その足跡も一段とクッキリ残されていた。

(あれが城で間違いなさそうだけど…………)
少年が近づくに連れて、徐々にその巨体を露わにする鋼鉄の城。
その姿に少年は僅かな違和感を覚える。
あれが『城』であることは明らかであり、それに関しては文句のつけようがない。
だが、何かがおかしい。
この風景の中で、あの城だけが孤立しているというか『浮いている』印象だ。
まるで、異なる写真を切り貼りして作り出されたかのような不自然さ。
そんな不思議な感覚が胸に湧き上がったのだが、城の門を潜ったあたりで少年は考えるのをやめにした。

浮かんだ疑問を脳の隅の隅に追いやって、先ずは目先の状況に集中する。
城の中に人がいるとして、その人物が殺し合いに乗っていない人物だとは限らないからだ。
さらに、殺し合いに乗っていないとしても、自分のことを無害な人物だと信じてくれるとは限らない。
ありとあらゆる状況を考慮つつ、少年は慎重に城の扉を開ける。
冷たい扉は、ギィィ……と軋みながらも、スムーズに少年を中へと招き入れる。

「…………!」
城内部に人の気配を感じ、持っていた槍を強く握る。
その槍の先端は一部だけ紅い、冷えて固まった野生の血だろうが、やけに目立つ。
これでは中の人物に疑われてしまうのでは……と気になったのだが、時間も惜しいのでそのままにしておく。
今まで少年が接触した人物といえば、漆黒の暗殺者と瀕死の女性の2人のみだった。
マトモな人物に未だ遭遇できてない彼にしてみれば、中の人物に一刻も早く接触したいのだ。
槍を握りながら、足音を立てないように気をつけて廊下を歩く。
自分の知り合いだろうか、それとも殺人鬼だろうか……。
中の人物について様々な事を予想すると、不安で胸が締め付けられる。

だが、どれだけ思考したところで、予測する事はできはしなかった。

そこにいたのが、自分の義姉の死体だったとは。


◆     ◆     ◆


「この城、本当にスゴイわよ……」
目の前の巨大な装置を見上げて呟くのは、年齢性別全て不詳のモノマネ師。
眉間に人差し指を当て、有りもしない眼鏡をクイと押し上げる。

「そ! れ! も! さっき私が言ったセリフよ!」
ヒクヒクとこめかみに血管を走らせた少女。
彼女は怒っていた。
モノマネとはこうも不快なものなのか。
このゴゴとかいう人(?)は現在、自分の『モノマネ』とやらをしているらしい。
仕草から言葉遣い、果ては雰囲気に至るまで……悔しいがそっくりだ。
だがそれでも、いやだからこそ腹が立つ。
目の前に自分がもう1人いて、先ほど自分が行った行動や言った言葉をワザと真似してきやがるのだ。
本人は至って真面目なようではあるが、モノマネされてる側から見れば小馬鹿にされているようにしか思えない。

「なんなのよ……全く……」
深呼吸をして怒りに震える心を落ち着かせる。
こんなくだらない事を気にするよりも、目の前の素晴らしいサイエンスに集中する事が大事である。
そう自分に言い聞かせるものの……。

「なんなのよ……全く……」
ルッカの嘆きをゴゴが速攻でモノマネする。
完璧だ。
声色から抑揚まで、なにもかもを完璧にコピーしている。
あのマフラーの下に録音装置でも仕込んでいるのではないだろうか……。
横目でゴゴを見ると、相手もまた同じように流し目をこちらに向けていた。

(む! か! つ! く~!)
必死に気にしまいと努めるが、どうしても隣のモノマネ人間が鼻について仕方がない。
発明で忙しさを極めたときには、『自分がもう1人いたら』などと考える事が何度かあった。
だが、もし自分がもう1人いたとしても、それはストレスの種にしかなり得ないらしい。
しかし、ビッキーは『ゴゴのモノマネはとても楽しかった』などと言っていた。
自分が神経質すぎるのか、それともビッキーが能天気すぎるのか……おそらく両方だろう。

「……そういえば、ビッキーは平気かしら?」
ナナミの死後しばらく、彼女たち3人は泣き続けていた。
特にナナミと知り合いであったビッキーのショックは大きく、泣き止んだ後でも彼女はかなり深く落ち込んでいた。
膝を抱えたまま座り込んで、こちらから話しかけても返事は少ない。
そんな彼女となんとか情報交換だけ済ませ、どうしようかと迷っていたときに、突如として響き渡ったのは魔王オディオの放送。
そこで呼ばれた名前に、ルッカの知り合いがいた。
共に戦った、野生の王女エイラ。
そして、神殿で出会った少女アリーゼ

2人の名前が告げられたとき、ルッカは自分の足がグラ付いたのを感じた。
だが彼女は、泣き言を言い続ける両足を奮い立たせ、城内の探索を開始する。
落ち込んだビッキーを見ていられなかったこともあるが、それだけが理由ではない。
もちろんエイラやアリーゼ、ナナミの死は悲しい。だが、いつまでもその悲しみに囚われているわけにもいかないのだ。
ビッキーがあのような状態な今、自分がしっかりしなくてはいけない。
だから、気分転換も兼ねてこの城を見て回る事にしたのだ。
エイラの死を悲しむのは、彼女が立ち直ってからにしようと決めた。
元気になった彼女に、今度は自分が涙を拭ってもらおうと……。

「相当堪えていたみたいでしょうし……心配ね……」
腕組みをしたゴゴがルッカに同意する。
当たり前だ。今ゴゴは『ルッカと同じ事を考えている』のだから。
ゴゴの返事を聞いたルッカは、ビッキーの待つ玉座へ向かう。
ちなみに、今まで彼女たちがいたのは、この城の地下に位置する部屋で、城を動かす為の言わば制御室である。
尤も、ルッカたちは『ここが制御室である』事も知らなければ、そもそも『この城が動く』ことすら知らないのだが。

地下の制御室から地上の玉座へ向かう為に、階段をカツカツと上る。
石で造られた階段は異常な寒さであり、その事がルッカの疑念を確信へと変えた。

「ねぇゴゴ。この城……」
「えぇ。おそらくは……」
それは、リオウがこの城を一見したときに感じた違和感の原因。
それをルッカは、持ち前の知識と洞察力を持って見抜いて見せた。
明らかに防寒対策が出来ていないのだ。一国の王が住まうであろう場所であるにも拘らず。
というか、寧ろ積極的に内部の熱を逃がすような造りをしている。

「「この城は……『雪原を想定していない』のよ」」
重なった2つの声は、全く同じ波長で階段を駆け抜けた。
第三者が聞いたとしても、響いたのはルッカ一人の声だったと思うことだろう。

完璧にモノマネされた事を全く悔いることなく、ニヤリと口の端を吊り上げる少女。
彼女の導き出した回答は、つまりこの城が『本来ここにあるべきものではない』という事を表している。
おそらく、無理やりどこかからこの雪原に運び出されたものだろう。
こんな狂った宴を主催するオディオなら、やりかねないだろう。

しかし、その先はルッカにすら分からない。
この城は本来どこにあったのか。何の為にここに置かれているのか。
それらを考察する手がかりは、今のルッカたちにはないのだ。

「まぁ、ゆっくり考えるとしますかっ! まずはこの首輪を…………」
当面の目標を掲げ、気合を入れ直す発明少女。
だが、謁見の間の扉を開けて中の光景を見た瞬間、その言葉は途切れる事になる。

「誰……?」
ナナミの死体を抱えたまま動かない謎の少年。
その目元は小刻みに震えており、溢れ出しそうな感情を必死で押し留めているのが伝わってくる。
そしてそれを静かに見守るビッキー。
眉一つ動かすことなく、悲しそうに、申し訳なさそうに少年を見つめている。

「リオウ……ね……」
ルッカの疑問に答えたのは、意外な人物。
……モノマネ師ゴゴだ。
ナナミの死亡時、ゴゴはリオウのモノマネをしていた。
それはビッキーから聞いた情報だけで構成された、不完全なもの。
案の定、義姉であるナナミを騙すには至らず、一瞬で見抜かれてしまった。
だが、それでもゴゴは理解する。
玉座の前でナナミの亡骸を抱えているあれが、本物のリオウなのだと。
あれが、さっき自分が失敗したモノマネの『完成形』なのだと。

「リオウって……まさか……!」
驚くあまり、つい大声が出てしまった。
「マズイ」と思いつつも、ルッカは恐る恐るリオウの方へと向き直った。
リオウも彼女たちの存在に気付いたらしく、顔を上げてルッカたちに目をやる。
しかし、大変なショックを受けているだろう少年のその顔に、ルッカが予想していたような悲愴感はない。
涙も怒りもなく、彼の顔には『無表情』がただ張り付いていた。

「……ルッカさんと、ゴゴさんですね?」
ナナミの死に様と共に、ルッカたちのことをビッキーから聞いたのだろう。
リオウは姉を丁寧に床に寝かせると、スッと立ち上がってルッカたちに語りかける。
無表情のままで。

「…………」
彼の発した言葉が自分に向けられていた事は分かっていたのだが、ルッカはその異様さに言葉を詰まらせ、返事をする事ができないでいた。
僅かに開けた口元から静かな呼吸のみを行いながら、ジッと目の前の悲劇の軍主を観察する。

ルッカが今のリオウに抱いた印象、それは『ツマラナイ発明品』を見つけたときのソレと同じものだ。
発明というのは、革新的な技術があって、さらにそれを扱う確かな知識があって生まれるもの。
だが、それだけじゃない。
それだけで生まれた発明は、ツマラナイ。
そこには、『心』がないといけないのだ。
情熱、信念……狂気でもいい。
そこから生みの親の『心』が感じ取れて、始めて発明品はルッカの胸を高鳴らせるに至る。

「……ルッカさん……ですよね?」
「…………」
リオウの表情、目があって、鼻があって、人間が生きるための機能は備わっている。
だが彼の顔からは、ツマラナイ発明品と同じように、『心』が感じられなかった。

まさか……狂ったか?
最愛の姉の死に、少年の心は押しつぶされ、現実を忘れたのではないか。
そんな不安の雲が、彼女の心の空を一瞬だけ曇らせた。
ほんの一瞬だけ……。

「…………あの、ルッカさん?」
「…………あなた……!」
しかし、自分の目の前に少年が到着したとき……そんなくだらない不安はあっという間に吹き飛んだ。
少年の唇が震えていた。
少年の目が僅かに潤んでいた。
少年の声は、掠れていた。
そこにあったのは確かな『心』。
ソレは、万人が『くだらない』と罵るガラクタでさえ、ルッカの心に響く発明品に変えるもの。
少年の表情から僅かに感じられたものはそういうものだ。

少年は狂ってなどいなかった。
仮にもリオウは百人を超える仲間を率いていた人物だ。
そんな人物が狂うはずなどない。

(私の眼鏡が曇ってただけか……)
ルッカは心の中で自嘲する。
そう見えたのは、『姉が死んだら泣き叫んで当然』というルッカの勝手な決め付けだ。
少年は必死に耐えていたのだ。
姉の死体を前にして、それでも心を押し殺していた。

「リオウ……あなたは……」
「僕が……挫けたら……ダメ、なんです……。
 みんなが……不安に、なるから……」
ルッカの言わんとしている事を悟ったのだろう、少年は彼女の疑問の答えを吐露する。
彼は、泣き叫ぶにはいかなかった。
彼の背中に、大勢の人間の命があったから。
それは、かつての友と決着とつけるために、国のリーダーとなることを放棄した今でも変わることのない思いだ。
今もビッキーやビクトールシュウたちは、リオウのことを主だと思ってくれているのだろう。
ならば、君主である彼が、自分の仲間に弱いところを見せるわけにはいかない。
今も自分の後方には、胸元で両の手を固く握り合わせているビッキーがいる。
彼女にこれ以上不安を与えてはいけない。

少年は、自分の身よりも、周りの人間のことを優先的に考えてしまうようになっていた。
乱世の中心で大群を率いていく中で、少年は無意識に、耐える事を覚えてしまっていたのだ。

(…………でも)
ルッカは憐れむような目で少年を見つめる。
狂う事もなく悲しみに耐えうる……少年の強さは分かる。
悲しむことも拒否して仲間を勇気づける……少年の覚悟も分かる。
でも、それが本当に正しい事だとはルッカには思えない。
泣かない事が強い事だとは、彼女には思えなかったのだ。

「でも! …………本当にそれで……」
「待って!」
それでいいの? と尋ねようとしたルッカの肩を掴んで静止した人物。
ルッカは初め、その人物がビッキーなのかと思っていた。
リオウの事、ナナミの事は、自分よりもビッキーの方が詳しい。
だが、リオウの後ろ側に、無言で立っている少女が見えた。
彼を救ってやりたいがどうすればいいか分からない、と言った様子で悲しげにリオウの事を見つめている。
つまり、自分の肩に手をやってるのは、あのテレポート少女ではないということだ。

「待って……ルッカ……」
耳に届いたのは、優しいけど気が強そうな声。
ルッカは気付く。あぁ、これは『自分の声』なんだと。
モノマネ師の右腕が、眼鏡の少女の肩に添えられていた。

「……ゴゴ?」
「ここは、私に任せてもらえない?」
ゴゴの表情は殆ど黄色い布で隠されており、その真意を推して測るのは難しい。
唯一確認できるその目も、照明を僅かに反射して光るだけで、何も語ってはくれない。
どういうつもりなのだろうか、とルッカは不安になる。

「リオウと、1対1で話をさせて欲しいのよ」
少しだけ乱暴な言葉遣い。
ルッカは再び思い知らされる。
これは『自分の声』なんだと。
ゴゴは自分のモノマネをしているのだと。

そこまで思い至ったとき、紫色の髪の毛の下で、2枚のレンズがキラリと輝いた。
そうだ。ゴゴは今、『ルッカ』なのだ。
だったら彼(彼女?)の真意を知る事など容易いではないか。
もし自分がゴゴの立場だったら、何をする……?
自分にもゴゴの能力があれば、それをどう使う……?
思い描いたそれが即ち、求めた『答え』だったのだ。

「そういう事……」
彼の(というか『自分自身の』)真意に気付き、少女は納得のセリフと共に白い溜め息を吐き出した。
正直言って、彼のやろうとしていること事は、間違いなのかもしれない。
だが彼女は反論する気は一切ない。
迷うことなくゴゴを肯定した。
それは、他でもないルッカ自身が正解だと信じた行動なのだから。

「それじゃあビッキー。私たちは行きましょ」
「え? え?」
ワケが分からないといった様で、ルッカに手を引かれていくビッキー。
落ち込んでいたはずの彼女だが、信頼する仲間に出会えた事である程度は立ち直ってきたらしい。

「じゃあ、後は頼んだわよ……」
「えぇ。そっちも……」
「分かってる……」
当初は自分のモノマネをするゴゴを疎ましく思っていたルッカだが、今となっては絶妙なコンビネーションを発揮していた。
この短時間でモノマネの特性を完全に理解した少女と、それと同等の思考能力を持つモノマネ師。
そんな彼女たちであるから、目を見れば分かるなどというレベルを超え、最早意思疎通を図ることもしない。
紫髪の少女は自分が成すべきことを把握し、ナナミの亡骸を抱えて別室へと歩き出す。
連れて行かれる義姉を、少年の目が名残惜しそうに追いかけていく。
ルッカはそれを、見ないフリをした。

「そうそう……ルッカ!」
今更なにを伝えるのだろうか、ゴゴが扉を潜ろうとした少女を呼び止める。
少女は、その事務的な呼びかけに、めんどくさそうに「なによ」と一言。

「あなた……とっても優しい子だわ」
おそらくこれはモノマネの人格から来た言葉なのだろうが、ルッカの耳にはゴゴ自身の言葉として確かに響いた。
ゴゴの行動は、勿論ゴゴが自分で発案したものである。
だが、その発想を生み出したのはルッカの人格。
だから、本当に優しいのはゴゴではなくルッカなのだ。

「し、知ってる!」
真っ赤になっているだろう顔を背け、そそくさと扉の向こうに消えていく。

それを確認したゴゴは、少年に向き直った。
ルッカのように腕組みをして、目の前の少年を観察する。
リオウは敵対心こそないものの、ゴゴの不可思議な行動にハテナマークを抱えている。

「座りましょうか」
広げた手を振り、リオウを床へと誘導する。
それを確認した少年。取り合えず、言われたとおりに腰を下ろした。
敷かれた赤い絨毯は高級品らしく、そこに座る2人には外の冷たさなど全く感じさせない。

「……あの、ゴゴ、さん……何を…………?」
「だから言ってるじゃない。貴方と、話がしたいの」
「話って……何を?」
「何でもいいわ。貴方の事……あなたの仲間の事。そして……お姉さんの事……」
お姉さん……勿論ナナミの事だ。
それを聞いた瞬間に、リオウの顔色が曇る。

「そうだ。ナナミ……埋めなきゃ……」
「いいの。それはルッカに任せてあるわ」
立ち上がろうとしたリオウを静止する。
今、彼に必要な事。
それは、溜まりに溜まった感情を発散させる事だ。
少なくともルッカは、それが彼に必要なことだと判断した。

「…………ね? 少しだけ。お話してくれないかしら」
ゴゴの口調が微妙に変化する。
ルッカと同じで、それほど丁寧ではない言葉遣い。
それはさきほどゴゴの目の前で死んだ少女と、まるで同じものであった。
ルッカとナナミの喋り方が似ているせいだろうか、この変化にリオウはまだ気付いてはいない。
だが、無意識下で安心感を感じ取ったのかもしれない。
少しづつだが、ゴゴに自分のことを語りだした。

「えっと……僕は、都市同盟を率いて…………」
自分の境遇。

「……それで、ビクトールさんが言うんですよ…………」
大勢の仲間達。

「……そこで、リドリーさんが捕まっちゃって…………」
争いの日々。

それらをゴゴは、ナナミの声で相槌をしながら聞いていた。
時間が経つにつれて、少年の口数も多くなり、喋り方も姉に対するソレに変わっていた。

「……彼は、世界を救おうとしたと僕は思うんだ…………」
親友の事。

「……あのケーキ、酷かったよね…………」
ナナミの事。

それらをゴゴは、静かに聞いていた。
やがて少年が涙を流しても。
遂に少年が擦れた慟哭を響かせても。
泣き疲れた少年が眠りに付いても。

モノマネ師はただ、ジッとリオウを見守っていた。
それがナナミのモノマネなのだ。
それが、彼女が最期に望んだ事だ……とルッカのフリをしたゴゴは感じとった。

それが正しいのかどうかは、ゴゴは知らない。
真実などは、死んだ少女しか知らないのだから。


◆     ◆     ◆


時系列順で読む


投下順で読む


050:三人でいたい ルッカ 063-2:ビッキー、『過ち』を繰り返す(後編)
ゴゴ
ビッキー
リオウ
041:夜空 ジョウイ
057:嘲律者 ケフカ


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年06月30日 21:23