迷い子 ◆iDqvc5TpTI
【見知らぬ、天井】
数刻ぶりに光を取り戻した目が最初に捉えたのは見知らぬ天井だった。
豪奢なシャンデリアが吊るされているのでもなければ、遥か天にまで伸びゆくわけでもない平坦な天井だ。
天井だけではない。
横たわっているベッドも、備えられた調度品も、炎を灯された暖炉も。
全てが全て決して豪奢ではなく、されど万人に安らぎを感じさせられるよう手間隙かけて選び抜かれたものだった。
その宿主の心遣いは確かに多くの人の身体だけではなく心も癒してきたであろう。
だがそれも壊れた心相手には分が悪かった。
「なんなんですか、この部屋は? これじゃあつまんないでしょ」
混沌をこそ好む道化師を腹立たせることはできても満たすには程遠い。
しかも本人は知らないことだが、ここは彼とも因縁深き
サンダウン一行が一時滞在していた宿屋である。
我知らずの内にそのことを感じ取っているのか、不機嫌そうに鼻を鳴らし、手を伸ばす。
素っ気ない部屋を自分好みのごちゃごちゃした瓦礫の山に変えようとしての行動だ。
壁を殴るなんて野蛮なことをするのでもなければ、武器で壊すという面倒な方法でもない。
行使しようとするのは魔法。
ケフカが誇る森羅万象を従える力だ。
周囲を散らかすには過ぎたる冒風の力を炸裂させようと魔力を集わせようとする。
その為の集中がふと途切れた。
「……あ?」
目に何か見慣れないものが入った。
白い白い、棒みたいな何かだった。
「…………」
なんのことは無い。
それはケフカ自身の腕だった。
お世辞にも丁寧にとはいえないが一生懸命に巻かれたのだろう白い包帯に包まれた腕だった。
「私はどうしてこんなものを巻いているのです?」
巻いた覚えの無い包帯に首を傾げる。
そもそもケフカは彼の覚えている範囲で包帯どころか医療器具の世話になったことがない。
そんなことをしなくても魔法の力でちょちょいのちょいと治せたからだ。
今回も自分の手で傷を治そうと破壊に向けかけていた魔力を練り直す。
いささか乱暴な術式の変更だが、それよりもどうしてかすぐさまこの包帯を引き剥がしたくて堪らない。
「ケアルガ! ケアルガ! ちくっしょう、ちくしょお、何故こうも回復が遅いんだよ!」
速る心で高位回復魔法を紡ぐも一向に痛みが引く気配がしない。
まさに焼け石に水だった。
治癒力の落ちた回復魔法では、ぎりぎり現世に留まれているだけの命を救いきるには至らない。
苛立が加速する中、様々な疑問までも心中を過ぎり出す。
そもそもどうしてこんな見ず知らずのところで寝ていたのか。
回復魔法の威力が激減しているのは何故か。
包帯は誰が巻いたのか。
そうだ、何か非常に屈辱的な目にあったはずなのだ。
今感じている苛立を遥かに上回るだけの何かが。
死の淵から生還したてで一時的な混乱に陥っているケフカは少しずつ記憶の糸を辿っていく。
殺し合いに参加させられ、女を速攻で殺し――
少しずつ、少しずつ、思い出して行く。
お人好しを上手く騙し、支給品におおはしゃぎして、そういえばこの包帯も支給品の中にあったような――
その記憶遡行の旅が
「あ、もう起きてたんですね」
その声に、その姿に
「ちょっと待ってって、今すぐ――」
一瞬で終りを告げた。
【闇の中の白い花】
「お前、は……」
思考の海に潜っていたケフカを現実へと引き戻したのは女だった。
白を基調に青で彩られた法衣に身を包む一人の少女だった。
長い黒髪に包まれたおっとりとしたようなどこか抜けた表情を浮かべている。
開け放された扉の先で背を向けたままこちらに顔だけ振り向いて笑顔を浮かべるその小娘をケフカが忘れるはずも無かった。
記憶が一気に弾け、ケフカは全てを思い出す。
この女だ。
この女のせいで順調だった彼の道程は狂い散々な目にあって遂には死にかねない傷を負った。
けれども同時にケフカを救ったのもまたこの女なのだ。
それが、どうした。
感謝しろとでもいうのかよ!?
はっはっは、アリエナ~~イ!
誰も助けてくれなんて頼んでないじゃあないですか。
ぼくちんを助けたのはこいつの自己満足。
出汁に使われ恥をかかされた俺様可哀想。
――だから、死ね
小娘が背を向けているのをいいことに屈辱をはらさんと力を引き出す。
相手が魔力に強いことは先刻少女をいびっていた時に気付いている。
一眠りしたとはいえケフカの魔力自体も大半は使い切ったままだ。
故に狙うは魔法に頼らない物理攻撃。
姿こそ貧弱な道化師だがケフカは肉弾戦が苦手なわけではない。
シュウが見抜いたように彼は人の身を捨てた魔人なのだから。
人の常識は一切通用しない。
ざわり。
ケフカの背中が蠢き、人外たる証が顕現しようとする。
女が何か作業をしてからこちらにUターンしてくるが、遅い。
ケフカから生じた異形による串刺しの刑は逃れようが無い。
そうならなかったのはケフカがすんでのところで攻撃を中止したからだ。
意図してのことではない。
「きゃあああっ!?」
ケフカが伸ばしつつあったそれが届くより先に女が転んだため、出鼻をくじかれてしまったせいだ。
呆然とするケフカ。
それはもう見事な転びようだった。
ズッコーン! という擬音語が実に似合う様だった。
何も無いところでどうやればこのようなコケっぷりを披露できるというのか。
ある種ケフカよりもこの少女はよっぽど道化じみていた。
そしてピエロがなすコミカルな失敗は時に人から毒気を抜く。
「ヒッヒッヒッ、バカですね~」
ベッドの上で半身を起こしたケフカが少女を馬鹿にする。
ううう、と少女は痛そうに蹲る。
無理も無い、思いっきり顔面から床にダイブしてしまったのだ。
良い気味だ。
いささか不恰好だが額を地につけ両手を前に差し出し平伏している様はケフカに対して土下座しているようにも見えなくはない。
ケフカの中で僅かに溜飲が下がった。
「ん? なんなんですか、それは?」
機嫌をよくしたからであろう、ケフカは一旦背の異変を納め興味を別のものへと移す。
高低差がありよく見えないが、少女の前に突き出された両手は何かドンブリ状のもので塞がれていた。
というよりもドンブリそのものだった。
「良かった―、こぼしちゃわないで」
「は?」
うんしょっと。
気合を入れて少女が立ち上がる。
その手には白い湯気を立てる白い料理の入った白い茶碗。
受身を取り我が身を守ることよりも優先して零さないよう天へと掲げたその料理の名はお粥。
消化が良く、体も温まるので弱った人間にも優しい一品である。
なら、その弱った人間とは?
ケフカをおいて他にいない。
屈辱だった。
命乞いや治療に加え、自身が散々一方的にいたぶった相手に弱者扱いされるのはたまらなく不愉快だった。
この女はどこまでケフカに恥の上塗りをさせる気なのかと。
「はい、どうぞ」
差し出された食器を素直に受け取れるわけが無かった。
軽く腕を振り少女の手を払う。
「あ……」
それだけで少女が自分を省みず届けようとした料理は地に落ちた。
「あ~あ、落としちゃった、落としちゃった~」
ざまあみろ。
お前はただの転び損だったんだよ。
せいぜい落ち込んだ顔でも見せてぼくちんを楽しませろ。
再び暗い愉悦に身を委ねかけるケフカ。
だというのに。
「あ、熱かった? 待ってて、すぐに替え持ってくるから」
少女はなんてこと無いように無理して笑ってすぐさま言葉通り替えのお粥を持って来たのだ。
これにはケフカも面食らった。
なんなんだ、こいつは。
少女と出会ってから何度も心のなかで口にしていたその言葉。
徐々に意味を変えつつあったその問いはどうやら口から漏れ出ていたらしい。
「ごめんなさい、そういえば忘れてたね。わたしは、
ビッキー。よろしくね?」
そんな答えとしては間違ってはいないが、ケフカを納得させるには程遠い返事をする。
顔には変わらず笑が浮かんだままだった。
やっぱりワケがわかんない。
ケフカはイライラしたものを抱えながら再びその手を払った。
何度も何度も手を払った。
その度に女は甲斐甲斐しく代わりを運んでくるのだからそうするしか無かった。
早く諦めろ、とっとと諦めろ。
貴様何やっているのです? いい加減にするんだじょー!
拳をぶつけ、罵詈雑言を投げかけ、碗をわる。
不毛なループが両の手で数え切れなくなり、せっかく血を洗い落とした少女の服が埃にまみれ出した頃、ようやく片方が折れた。
折れたのはケフカであった。
仕方のない話だった。
包帯でいくら傷を塞ぎ滅菌しようとも、失われた活力はそのままだ。
回復魔法をどれだけ重ねがけしようとも流してしまった血が戻ってくるわけではない。
どころか病み上がりの魔法の行使はケフカの内から更にエネルギーを奪ってしまっていた。
つまるところ早急なエネルギー補給は必須であり、お腹も十二分に空いていたのである。
「いっぱい食べて、ぐっすり寝て、元気になってね」
粥は、お世辞にも上手に調理されたものではなかった。
弱火で煮なければならないのに強火でやってしまっていたようだし、かき混ぜすぎたのか味も薄い。
それでも悲しいかな、身体は正直でケフカは何度も何度もがっついた。
その姿を女に見せるのが癪に触り、ほれ、食わせろと命令してみればあーんさせられかけた。
自分で言っておきながら気味が悪くなり、ケフカはまた暴力を振るって難を逃れた。
ああ、むしゃくしゃする。
気を紛らわせようと毒でも盛ってるんじゃねえだろなぁ?
厭味ったらしく聞いてみればそんなことはしませんよとやんわりと返された。
ケフカならそうする。それ以前に自分の命を脅かしたものを助けようなんて思いもしまい。
本当にこの女は訳がわからない。
無駄なのに。いくら偽善で取り繕うが、いずれは悪意に綻ぶ。
この世の全ては壊れゆく宿命にあるのだから。
「貴方が何をしようと何もいいことはありませんよ? 破滅の足音が止むことなんて永遠にアリエナーーイ!」
ひとまず空腹が収まると共に、ケフカは床に零された分を掃除しだしたビッキーに吐き捨てた。
少女の心を抉ろうとしての言葉でもあると同時に、それは彼にとって何よりの真理だった。
「そんなの、嫌になるくらい知ってるよ」
予想していた偽善者にありがちな畳み掛けるような口答えは来なかった。
ビッキーは普段のちゃらんぽらんさがなりを潜めたかのように悲しそうに笑っていた。
【孤独/小毒】
それはどこか疲れきった老人にも似た笑だった。
それはドジで鈍くとも明るい少女がするには相応しくない笑い方だった。
誰が理解できよう、その言葉に込められた重みを。
誰が知ろう、少女が十六年という人生に見合わない歴史を体験してきたことを。
ビッキーのテレポートは稀に本人の意思に反して時すらも超える。
ある時は過去に。ある時は遥か未来に。
瞬きの紋章の本来の用途も相まって少女は文字通り時空を旅してきたのだ。
いや、それを旅などという綺麗な言葉で現していいのだろうか?
一度跳んでしまえば、かっていた場所とは時も距離も離れた地。
無論知り合いがいるはずもなく、どころか既にこの世にすらいないということも多々あった。
無理も無い。
普通の人間は100年の時すらも生き抜くことはできない。
真の紋章の保持者のような例外もいるが……その中でさえ彼女が知らない間に死した少年もいれば、近い将来敵対する運命にある少年もいる。
ならばビッキーの有り様は旅をしているのではなく、歴史の中をさ迷っているのだと言った方が正しいのではないか。
そんな出会っては別れを繰り返してきた少女に、ただ一つ付き纏い続けるものがあった。
戦争だ。
ビッキー曰く、呼ばれたとのことだが、彼女が跳ぶ先跳ぶ先はいつも戦乱に溢れていた。
それは呼ばれたのでも何でもなく、あらゆる場所、あらゆる時代に争いがあっただけなのでは。
――イヤなこと全部忘れたいなら、誰も知らない、遠い遠いところに連れて行ってあげてもいいよ?
彼女にすれば一年にも満たない前、歴史的に見れば150年以上昔に口にした言葉。
或いはそれはビッキー自身の願望であり、彼女が戦乱が治まった後、何度も何度も『偶然』に魔法を暴発させていた所以なのかもしれない。
戦いが終わった国。平和になった世界。
誰も彼もが笑いあってるその中で。
ビッキーは、悲しんでいた。
また死んだ。
敵とか、味方とか。善とか、悪とか関係なしにいっぱいいっぱいまた死んだ。
昨日まで笑い合っていた人も、怒声を挙げて襲いかかってきた人も、みんなみんな物言わぬ躯となった。
中にはビッキーの魔法により命を落とした人間だっていた。
忘れられるはずが無かった。
人殺しの上に成り立つ世界に少女の居場所は無かった。
門の紋章戦争ではそのことが嫌で武器を置いた。
変わらなかった。人は死に続けるばかりだった。その時によくしてくれた人の従者が死んだことに後悔して、また武器を手にとった。
やっぱり変わらなかった。今度は
ナナミを助けられなかった。
果てには憎しみの魔王が開催する殺し合いへと放り込まれ、ナナミとの二度目の別離を迎えてしまった。
もう嫌だった。
これ以上誰かが死ぬのも、それを防ぐためにと誰かを殺すのもいやだった。
時と空間を駆けて溜まりに溜まったその想いに
――な、らば……つ、らぬ……け
その言葉が芯を与えてくれた。
流されるのでなく貫けと。
諦めるのでなくがむしゃらでも進み続けろと。
だから少女は嫌になるくらい知っているからって争いを肯定したりなんかしない。
嫌になるくらい知っているから嫌だって口にする。
「もうやめて。破壊なんてあなたもみんなも悲しいだけで無意味だよ」
その意思は毒だった。
殺し合いという大前提に投じられた一滴の毒だった。
「……無意味?」
その言葉は毒だった。
ケフカの根底を否定しかねない程の。
何故ならこのケフカという人格は、魔導実験により心を『壊された』ことで生まれたのだから。
破壊なくして彼は存在しえなかった。
破壊なくしてこの世に生を受けえなかった。
壊れた心を破壊することで埋めようとしているのではない。
破壊こそが
ケフカ・パラッツォそのものなのだ。
それを否定することなど、ケフカに許せるはずが無い。
「ハハハ、意味のある破壊などつまらーん! 意味もなく壊すから楽しいんだよ。
……滅ぶとわかっていてなぜつくる。死ぬとわかっていて、なぜ生きようとする。
死ねばすべて無になってしまうのに……。
破壊こそ、破壊こそ、ぼくちんの生きる輝き!
ハカイ、ハカイ、ハカイ、ゼ~ンブハカイだ~!」
手を伸ばせば届く距離にいたビッキーの首を両の手で締め上げる。
道化師は白い花が嫌いだった。
どれだけ白く綺麗に咲き誇ろうとも、花はいつか枯れ醜い腐敗した色を晒す。
それが花の真の姿であり、ケフカの感性に沿うモノでもあった。
人間も同じだ。
口では綺麗事をいくらでも吐けるが、命の危機に瀕すればころりと主義主張を変え本性を出す。
死にたくないと守るべき者さえ犠牲にして生き残らんとするもの。
死から逃れんと過剰防衛にはしり、新たな死を生み出すもの。
死に怯え、恐怖に震え、我を失い取り乱し醜態を晒すもの。
死をもたらすものを憎悪し、暴言をわめき散らし、暗く顔を歪めるもの。
あのレオでさえケフカにだまし討ちの末命を奪われた時、無念さに混じって彼への憎悪が伺える死に顔だった。
この女も同じだ。きっときっと同じなんだ。同じであるべきだ!
それはもはや確信ではなく自己脅迫にも似た願望だった。
叶うことの無い祈りだった。
ビッキーは、笑っていた。
首を締められながら、笑っていた。
信じられなかった。
信じたくなかった。
知らない、ケフカに殺されかけた人間で彼に微笑みかけた人間など!
だったらこれは微笑んでいるのではない。
あざ笑っているんだ、そうに違いない!
「何が……オカシイっ!!」
ビッキーの命を握っているのはケフカだった。
追い詰められているのもまたケフカだった。
――信じてますから
何をだ。
ケフカは聞き返せなかった。
既に答えを彼は知っていたからだ。
――その代わり、私で最後にしてね
少女に背負われている時に交わした約束とも言えない一方通行な願い。
それをこの少女は勝手に信じていた。
ケフカが自分で最後にしてくれると本気で信じていた。
花なんかで髪を飾っているから頭の中までお花畑になっちゃったんじゃないの?
ケフカは心の底から疑った。
馬鹿げている。くだらない。イカれている。
――それに……
最後の方は言葉にならずに虚空へと消えた。
笑を浮かべたままの少女の意識ともども霧散した。
【はぐれし者の小唄】
宿を後にしたケフカは懐からサモナイト石を取り出す。
程なく召喚されるのは幽霊のようにも風船のようにもとれる召喚獣タケシー。
タケシーは召喚師がいつになく冴えない顔をしているのを見て、嫌な予感に囚われる。
以前の主にも度々八つ当たりの道具として、敵もいないのに呼び出されて暴行を加えられたこともあった。
その最中で鍛え上げられた彼の嫌な事態への勘は不幸にも当たってしまった。
道化師は召喚が成功したことを確認すると、手にしたままだったサモナイト石を握りつぶしたのだ。
たちまちタケシーが悲鳴を上げる。
混乱、悲壮、絶望。
種々様々な表情が見て取れる。
それもそうだろう。
サモナイト石とはいわば召喚術における契約書だ。
破壊されてしまえば召喚獣は召喚師に従わなくてもよくなる。
これが元の世界にいる時点でなら万々歳だが、呼び出された状態でなら大きなデメリットもある。
元の世界に戻すこと、という条件も解約されてしまうのだ。
つまり今回の場合、タケシーのこの個体ははぐれ召喚獣として一生を殺人遊戯の舞台で過ごして行かなければならなくなったのである。
このままではタケシーを待つ運命は、モンスターと勘違いされてアシュレーのような正義漢に討滅されるか、
殺し合いが終り人一人いなくなった島で一匹寂しく余生を迎えるかのどちらかだった。
あんまりではないか。
「ゲレッ、ゲレ……ッ、ゲレエェェ~ン!!」
何故、どうして。
雷を落としながら涙するタケシー。
「あーあー、きっこええっまっせ~ん。悔しかったら人間の言葉をしゃべってくだサーイ」
ケフカは一向に取り合おうとしないで、死にかけていたとは思えない動きでヒラヒラと雷をかわす。
「とはいえまあこれから役に立ってもらうのですし、特別に教えて差し上げましょう!」
くるくると身体の上下を反転させ、足を天に、頭を地に着け道化師はにかっと笑う。
役に立ってもらうという言葉に契約は切れているはずだと怪訝な表情を浮かべるタケシー。
その意味をすぐに彼は理解することとなる。
「簡単なことですよ。……貴方がもう用済みだからです!」
瞬間、ケフカの背中が爆ぜ、タケシーはこれまでに無い危機感とその危機感すらも超越する疑問に襲われていた。
なんだ、なんなんだよ、こいつは!?
奇しくもそれはケフカがビッキーに抱いたのと同じ問い。
しかしタケシーが困惑を得たのはケフカの内面に対してでなく変貌したその姿にだった。
ビッキーの命を奪おうとしていたその凶器。
――翼が、生えていたのだ
いや、それだけではタケシーがここまで驚くことは無かっただろう。
これでも霊的な存在が住まう世界出身なのだ。
天使や悪魔のような羽を持つ人型の生き物は見慣れている。
否、見慣れているからこそ一層現実を受けいられなかった。
ケフカの背から雄大に広がりゆく翼は天使と悪魔、その双方のものを兼ね備えていたのだから。
信じられなくて何度見直しても変わらない。
計6枚のうち上中二対は純白に輝く天使の羽、下一対は蝙蝠のような漆黒の悪魔の翼だった。
なんなんだ……
人間でかつ天使でもあり悪魔でもある。
人間でなければ天使でもなく悪魔でもない。
霊界幅広しといえどタケシーはそんな存在を見たことも聞いたことも無かった。
なんなんだ、何なんだよ、コイツは!?
爪のように伸び来る破壊の翼に視界が覆われた闇の世界で。
タケシーは死の間際まで叫び続けた。
こんなの、こんなの、オイラは知らな
「神様だよ」
【タケシー@サモンナイト3 死亡】
半日が過ぎた今、この島に参加者以外は居ない事に皆気付いていることだろう。
タケシーを使ってのかく乱はもはや効力を発揮しづらくなる。
そもそも現状の満タンに程遠い魔力ではタケシーの召喚用に回せる余裕は無い。
大魔導士のケフカをもってすれば低級な召喚獣を呼ぶ分の魔力でより多くのことをなせる。
そこで花園に向かう最中、サモナイト石を調べていた時に思いついたことを試してみることにしたのだ。
タケシーは霊界サプレスの住人である。
支給品の説明書曰く、かの世界の住人達は実体を持たないマナからなる精神体だという。
ならばいかな低級召喚獣でも対幻獣の要領で吸収すれば魔力を回復できるのではないか?
丸ごと魔力で編まれた存在だと言うのならエーテルスーパーとは言わずとも、エーテルターボ位の役に立つのでは。
にっくきティナ達にナルシェで魔力回復アイテムを盗まれたことを思い出してしまい、歯ぎしりしながらもやってみればほれこの通り。
マナの結晶体であるサモナイト石から還元した分もプラスすれば想定以上に魔力は取り戻せた。
そしてそれ以上にタケシーが死に際に浮かべた恐怖に染まった顔や、きいきいと荒げ続けられたその悲鳴はケフカの心に安寧を与えてくれた。
「なあ~~んだ。やっぱりあの女がおかしかっただけじゃないかぁ」
思い出すのも嫌だとばかりにケフカは首を振る。
おかしな女だったが収穫もあった。
聞き逃してしまった禁止エリアの情報は、ビッキーがチェックしていた地図から写すことができたのは大きい。
ケチの付いた包帯は置いてきたが、代わりに少女の荷物から新たな支給品も手に入れられた。
名簿はよく分からない水で濡れてぐちゃぐちゃだった為、誰が死んだのかは読めなかったが構わない。
どうせ皆殺しにするのだから。
ただ、あの女だけは最後だ。
ケフカはビッキーを殺さなかった。
情にほだされたわけでも、助けられたことに恩を感じていたからでもなかった。
ここで殺してしまってはビッキーに満足感を与えるだけだと思ったからだ。
冗談じゃない。
意味のない破壊だからこそ楽しいのだ。
誰がそいつにとってだけとはいえ意味のある死など与えてやるものか。
「お望みどおりお前は最後に殺してやるよ。せいぜい俺様を助けたせいで出る新たな死者に苦しみやがれ」
意識を失ったまま宿で突っ伏しているであろう女の方へとあっかんべーと舌を出す。
これから先死者の数は加速度的に増えるだろう。
何故ならケフカが本気を出すからだ。
これまでのようなまだるっこしいやり方なんか止めだヤメだ。
三闘神の力さえ使えばケフカが負けるはずはないのだ。
どうも調子が悪いからと今までは抑え込んでいたらこの様だ。
何よりも気分が悪い。
召喚獣一匹程度では足りない、足りない、壊し足りナーイ!
「命……。夢……。希望……。
どこから来て どこへ行く?
そんなものは……この私が破壊する!!」
フォッフォッフォフォッフォッフォフォォフォ。
意味をなさない声をあげ、ケフカは独り笑い出す。
悪意に染まれど、どこか悲しい笑い声だった。
【I-9 西 一日目 日中】
【ケフカ・パラッツォ@ファイナルファンタジーⅥ】
[状態]:ダメージ(中)、魔力残量(中)、全身に少なくとも表面上は塞がっている銃創痕(上から包帯)、
三闘神開放、強い苛立
[装備]:無し
[道具]:ランダム支給品1~3個(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:全参加者を抹殺し優勝。最終的にはオディオも殺す。
1:三闘神の力で参加者を蹂躙する。
2:ビッキーは最後に殺す。
3:
アシュレー・ウィンチェスターの悪評をばらまく?
※参戦時期は世界崩壊後~本編終了後。具体的な参戦時期はその都度設定して下さい。
三闘神の力を開放しましたが、制限の為全ては出せないかもしれません。
※サモナイト石を用いた召喚術の仕組みのいくらかを理解しました。
※回復魔法の制限に気付きました。
※第二回放送で呼ばれた死者(サンダウン、シュウ除く)が誰か知りません
【I-9 宿屋 一日目 日中】
【ビッキー@幻想水滸伝2】
[状態]:疲労(大)、気絶、肩の出血は包帯で止血済み
[装備]:花の頭飾り
[道具]:基本支給品一式、包帯@現実
[思考]
基本:もう、誰も死んで欲しくない。
1:???(自分は死んじゃったんだと思っています)
[備考]
※参戦時期はハイランド城攻略後の宴会直前
※
ルッカと情報交換をしました。
【Paradise Lost】
ケフカは少女の笑顔を自己満足だと取り違えたからこそ、彼女を殺せなかった。
では、届けられなかった最後の言葉が、
――それに、あなたにも悲しんで欲しくないから。
もしもこの言葉が空気を震わせ、道化師の心も震わせていたのなら。
そんなわけあるかと道化師が反論していたのなら。
少女はきっとこう答えていたであろう。
ううん、きっと悲しんでくれた、と。
――だって、あなた、私の怪我を心配してくれたもの
たとえ一時の気の迷いでも。
本心からのものでなかったにせよ。
ビッキーの背に負われてる時に口にした言葉は、彼の内から出たものだった。
他人の怪我を気にするなんて破壊の道化師の心の中にはありえないはずの感情だった。
ああ、だからその言葉を口にしてしまった時点で
心無い天使はもう楽園へは戻れない。
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最終更新:2011年08月26日 13:45