悪魔みたいに、アイツは立ってた。 ◆KGveiz2cqBEn



「あらあら、ずいぶん派手にやってきたのね?」
シンシアの元に戻ってきたジャファルの姿は凄惨なものだった。
衣服を裂かれ脇腹や腕からは血を流し、口元には血を拭った後が色濃く残る。
その姿を見てシンシアは笑みを浮かべながら見下すように見つめた。
その瞬間、シンシアの首元には短剣が突きつけられていた。
「そんなに焦らなくても今回復するわよ……」
突きつけられた短剣に少し驚きながらも、シンシアは落ち着いて否定のリアクションを取る。
シンシアは短剣が引かれたのを確認してから、ジャファルを白い光で包み込む。
やがて光は天空へと弾け、ジャファルの傷を塞いでいった。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
回復の光が包み込む途中でシンシアはジャファルへ一つの提案を持ちかける。
「こういう風に私が後方支援と回復、貴方が肉弾戦闘という形を取ればまだまだ生き残れると思うの。
 でもね、私の魔力はもう殆ど残ってない。あったとしてもモシャス2~3回分ね。
 でも……せっかくなら限界まで私を利用してみない?」
ジャファルの眉が少しだけ動く。シンシアはその反応を見ながらも話を続ける。
「魔力を回復するものがあればそれを譲って欲しいの。
 勿論タダでとは言わないわ。私の持っているこの相手の動きを止める短剣と交換よ。悪い条件じゃないと思うけど?」
デイパックからナイフを取り出し、ジャファルへと突きつけるシンシア。
ジャファルのシンシアに向ける表情は険しいまま動かない。
「ま、魔力の切れた私を不必要とするのならばそれでも構わないけど。
 後方支援できる回復役を今切るべきか少し考えてくれるとありがたいわね」

自身の魔力が底を突きつつあるのを自覚していたシンシアは、一つの賭けに出た。
今、ジャファルに首を掻っ切られずにいるのは自分に利用価値があるからだ。
自分自身、今の自分の役割を理解している。
事実、先ほどの戦闘ではシンシアの能力が無ければどういう結末を迎えていたかも分からない。
傷ついたジャファルを癒しているのも他ならぬシンシアである。
「今」のシンシア、つまりエドガーの力を借りているシンシアはジャファルにとって利用価値のある人間なのだ。

では、「エドガーの姿を失った上魔力の無いシンシア」ではどうだろうか?
先ほどジャファルの傷を癒したような呪文を持っているわけでもない。
軍人の女を細切れにした呪文のように強力な攻撃が使えるわけでもない。
この殺し合いを生き抜いていく上で何か有用なものなど、本来の彼女には何も無い。

つまり魔力の切れた彼女など、ジャファルにとっては抹殺対象でしかないのだ。

しかし、それらは魔力が無ければの話である。
魔力を何かしらの形で供給できれば話が変わってくる。
ひとまず魔力があれば、この姿が切れる放送前にジャファルをもう一度回復してやることぐらいは出来る。
呪文を使うことの出来る「皮」など後で探せば良いのだ。

ジャファルにとって今のシンシアは「使える」はず。だったら、その道具の寿命を延ばしてくれてもいいだ。
ジャファルが魔力を供給する何かを持っていればシンシアの勝ち。
魔力を供給する何かを持っていない、または不要な「ゴミ」だと思われていればシンシアの負け。

このまま黙っていても死ぬぐらいなら、少しだけ足掻いて見ようと思ったのだ。

不意に投げ出される一本の剣。
ジャファルの方をゆっくりと見つめるシンシア。
「……これは?」
「……短剣と交換じゃないのか?」
「これは何なのかと聞いてるのよ」
シンシアの目には魔力を供給する物体には到底見えない一本の剣。
「肉を斬らず魂を斬る魔剣。そこから魂の力、つまり魔力を奪う剣らしい。
 それと短剣を交換だ、後はお前自身で何とかしろ」
魂から魔力を吸い取る剣、俄かには信じがたい話だが乗るしかない。
シンシアは短剣をジャファルの目の前へと投げつけ、ゆっくりと剣を拾う。
もしコレが罠だったらという万が一の可能性を頭に置き、ジャファルへの警戒は怠らない。
拾い上げた剣は本当に魔力が供給できるのかどうかすらも怪しい何の変哲もない剣だった。
シンシアは心に浮かんだ疑問を素直にジャファルへとぶつける。
「本当に魔力が吸えるかどうか確かめさせてくれない?
 魔力を貴方が使うことも無いでしょうし、この姿が持つ間なら回復もしてあげられるわよ?
 肉体を斬らずに魂だけを斬る剣なら損傷も無く済ませられるはず……よね?」
しばらく沈黙が続く。場の空気がシンシアに重く、重く圧し掛かる。
何時自分の首が飛ぶか分からない、そんな気迫とも戦いながら。
「…………さっさとしろ」

ジャファルも賭けに出た。
もし剣の「肉を斬らない」が嘘であったとしても、シンシアが剣を振るったところで自分にとって致命傷になる確率は少ない。
それに斬撃で吸い取った魔力で回復してもらえるのならば、今から切り傷の一つが増えたところで問題はない。
剣から魔力を得ることが出来る、それをシンシアが確信すれば自分にとっても都合が良いのだから。

シンシアはゆっくりと剣を握りなおし、お世辞にも綺麗とはいえない横一文字を描いた。
業物でなくとも刃物であればジャファルの体を何かしら傷つけるはずだ。
しかし、シンシアの振るった剣はジャファルを傷つけることは無かった。

最後まで振りぬかれた剣は真っ直ぐジャファルを突き抜けたからだ。
服にも、肉にも、骨にも引っ掛かることなく。切り裂かれているはずの場所は何も異変は無かったのだ。
振りぬき終わった後、ジャファルの体を優しい光が包み込む。
「……魂だけを斬るって言うのは本当みたいね」
シンシアの手から呪文が出る、つまりジャファルから魔力を奪った証拠。
思わず口元を歪むが、ジャファルに見られないうちに戻しておく。

相手を傷つけるには至らないが魔力を奪うことが出来る剣。
その剣を手にし、シンシアは自分の命を繋ぐ術を見つけた。
自身が生き残る為の道は開けた。

「ねえジャファル、私に提案があるんだけど……」
魔力が供給できることを確認できたところで、再びシンシアがジャファルへと提案する。
「モシャスがそろそろ切れてしまうから次の変身相手を探さないといけないの。
 そこでいい考えがあるんだけど……でも、まずは放送をしっかり聴きましょう? 禁止エリアで死んでしまうのは勘弁願いたいわ」



――――53の屍の上に立ち、見事勝者になって己の望みを私に言うがいいッ!

魔王が死者を告げる。


その名前を聞いたとき、雷が当たったような感覚に襲われた。
この場に何人いるのか分からない知り合いの名前。
叶うことならこの地では聞きたくはなかった名前。
名前が呼ばれたと言うことはどういうことか?
改めて考えてもう一度突きつけられる現実。
彼女はもうこの世にはいない、それが揺ぎ無い真実。
「……今は、前を向かなきゃ」
己の頬を叩き、軽くその場でジャンプをする。
「やることがある、その間は立ち止まっていられないわ」
今は一刻一刻が惜しい、悲しむことは後でも出来る。
座り込んで涙を流している時間などあるはずも無い。
ただでさえ危険な状況のミネアと倒れこんでいるアキラを置いて出てきているのだ。
何かある前に薬の類を見つけて戻らなければいけない。



サヨウナラ。マタ、イツカ。

彼女の中のフロリーナと少しだけ別れを告げ、再び走り出した。



民家を当たる。薬は無い。
違う民家を当たる。薬は無い。
また違う民家を当たる。薬は無い。

「何か、何か役に立つものは無いの?!」

それもそのはずだ、異世界の村の民家に常備してある薬など彼女にとって薬として見える事は無かった。
そもそも、家庭に常備してある傷薬と言ってもちょっとした切り傷や擦り傷に対応する程度の物である。
右腕をびっしり覆う火傷用の薬草、ましてや秘薬など近未来の住人の家にある訳も無かった。
ましてや彼女の世界における傷薬などあるはずも無い。

数件の民家を当たった所で諦めてミネアの待つチビッコハウスへ戻ろうとしたときだった。
民家を出た先で一人の女性が彷徨っているのを見たのだ。
一つの希望と最大限の警戒心を抱きながらリンは迷うことなく女性へと話しかけた。
「あの、すみません!」
リンの声に反応した桃色の髪の女性がゆっくりと振向く。
「何かしら?」
襲い掛かってこないことを確認してからリンは次の言葉を紡ぐ。
「急に話し掛けてごめんなさい、でも一刻を争ってるんです。
 もし、傷を癒す薬か魔術書か何かを持っているなら譲っていただけませんか?!」
リンの言葉を聞き、顎を手で押さえて少し考え込む女性。
「残念だけど、そういう物は持ってないわね」
返ってきた答えはリンの予想通りだった。
仮に持っていたとしても、そう簡単に譲って貰える訳が無い。
分かっていたはずなのだがリンは落胆の表情が隠せなかった。
「でも、一つだけ方法があるの」
神の救いのようなその言葉に、リンは女性が思わず一歩引いてしまうほど物凄い勢いで顔を上げる。
「……貴方の仲間に回復の呪文の心得のある人はいるかしら?
 私には人の姿、能力を模倣できる呪文があるからそういう人がいるなら回復する手立ては……あるわね」
「ミネア、ミネアなら回復の魔術が使えます。
 私が傷ついていたときに……魔術で治してくれましたから」
狂気に包まれた男に腹を刺され、津波に飲まれた時の事を思い出す。
遠のいていく意識の中、確かにミネアは自分に回復の魔術をかけてくれたのだ。
あの時ミネアが助けてくれなかったら……それを考えただけでも背筋に寒気が走る。
「なら決まりね、手伝ってあげるわ。でも、回復できる人がいるのにそれを頼むと言うことは……」
再び、女性は顎に手を添えて考え始める。
「そのミネアっていう人が危ない、と言うことね?」
女性のその言葉に頷くリン。女性は自分の中で合点が行ったのか何回か頷く。
「本当にありがとうございます……えっと」
「シンシアよ、宜しくね」
「私はリンです、宜しくお願いします!」
互いに軽く自己紹介を済ませた後、リンは安堵からか大きな溜息をついて座り込んでしまった。
その姿を見てシンシアは微笑み、リンへと握手を求める。
リンは要求に答え、シンシアと堅い握手を交わす。
「さ、急ぎましょう。時間が無いんでしょう?」



リンは気づいていない。
先ほど浮かべた笑みはリンに対する「嘲り」の笑みだなんて。
シンシアの術中に嵌っていることなど気がつくわけも無い。



走り始めてからしばらくすると、ミネアの待つチビッコハウスが視界に映った。
疲弊しきっているミネアが自身に回復魔法を使うだけではあの火傷は治らない。
でも、シンシアなら。ミネアの傷をある程度マシなところまで治してくれるかもしれない。
やっと見えた希望の光。ほんの少しでもいい、今のリンには見えるだけで十分なのだ。
「ちょっと待って、リン」
シンシアが突然、走るリンを引き止めた。
「さっき言い忘れたけど、この辺りで人を探すって事で私の仲間と別れたの。
 この辺りにいるって言ってたはずなんだけど……おかしいわね」
左に曲がって真っ直ぐ行けばチビッコハウスだというのに、右に曲がるシンシア。
不審に思いながらもリンはシンシアについて行くことにした。
「いないみたい……ですね」
シンシアに追いついてから辺りをもう一度見渡してみるも、人影は愚か人の気配すら見当たらない。
「まあ、いいわ。後で探しましょう」
シンシアのその言葉を聞いたとき、背中に猛烈な寒気が走った。
素早く振向くと、漆黒の影が彼女の眼前まで迫っていたのだ。
首を狙ってくる漆黒の影に対し、剣で応対する時間は無い。
体を捻って致命傷を避けるのが精一杯だったが、左目を持っていかれてしまった。
そして、漆黒の影は再び昼間の闇に消えていった。
「なっ、大丈夫?!」
リンが左目から大量の血を流している光景を見て、シンシアは思わず声をかける。
「大丈夫……ちょっと目をやられただけです。
 それより、まだ襲ってきた奴は近くにいると思う。
 ここは私がひきつけておくから、先にチビッコハウスに行っててほしいの」
リンの願いを短い頷きで受け入れ、即座に駆け出すシンシア。
シンシアがチビッコハウスへと向かって行くのを確認したリンは、ゆっくりと左目から手を離しマーニ・カティを構える。



精神――――



彼女が思うに襲撃者の正体はアサシンである。
即座に何人かの名前が彼女の頭に浮かぶ。
しかしその直後にラガルトの名前は消えていた。きっと彼はこんな場で動くとすれば人を殺して回るような行動を取るとは思えない。
次に浮かんだのはマシュー。レイラを蘇らせるために彼ならもしかすると殺し合いに乗ってしまうかもしれない。
だが彼なら多少なりの迷いが生じるはずだ。彼がそこまで冷酷になれるとも考えにくい。
それに……お世辞にも彼にここまでの戦闘能力があるとも思えない。

……となれば知り合いだとすれば、考えられるのは一人だけ。
ジャファル。
彼ならニノの為に迷わず殺し合いに乗るだろう。
全てを切り捨てる覚悟が彼には最初から出来ているのだから。
先ほどの攻撃もジャファルならば納得が行く。

出来ることなら、知り合いではない誰か別の人間であればいいのだが。

こんな真昼間だというのに襲撃者は一体どこに隠れているのか?
それを探り当てるために全神経を使い、迫り来る影へと意識を向ける。
しかしこんな村中の道のどこに身を潜めると言うのだろうか?
リンはそれだけが気になって仕方が無かった。



――――統一



今すぐにでも笑い転げたいほど、全てが上手く行っていた。
誰かをジャファルの元へと誘導し、そこで自分が後ろから襲い掛かり相手の隙を生んだところで姿と命を奪うつもりだった。
しかし、「回復を使える人間」がいるという思わぬ情報を手に入れたことで計画がいい方向へと狂った。
ジャファルには後で説明するとして、今は手に入れた情報通り「回復を使える人間」の姿を借りに行くことにしたのだ。
彼のことだ、きっと自分が隙を生み出さなくても生き残ることが出来るだろう。
姿を手に入れてから後方支援に回っても、きっと遅くは無いだろう。

ああ、可笑しい。
やはり今すぐに笑い転げたいぐらいだ。
お腹を抱えて大声を出しながら、笑い転げたい。

でも、今はその時ではない。
気を引き締め、チビッコハウスの中へと入っていく。
メインディッシュが、そこで待っているのだから。



「……そう、か」
ミネアにとっても、放送の中に聞きたくない名前が入っていた。
魔を討つと言って飛び出していったカノン、津波ではぐれて以来会っていないルッカ
二人とも死んでしまった、受け止めなければいけない。
分かっているはずなのに、受け止められない自分がどこかにいる。

死者を告げる放送が終わってからもう一度目の前のタロットを見る。
腐った死体の正位置。
「案ずるより産むが易し……か」
タロットの意味する言葉を、もう一度呟く。
じっと何かを待つだけではなく、自分から何かリアクションを起こしていくべきなのだろうか?
誰かの死を悔やむ暇があったら、前へ進めと言うことなのだろうか?
腐った死体、ある意味この地で死んでいった仲間たちを指しているのかもしれない。
何かを成し遂げようとしながらも、無念のうちに命を落としたであろう仲間たちを。

不意に、笑みが零れる。
「……考えてても仕方が無いって、さっき言ったところなのにね」
今は考えていても仕方が無い、もう一度確かめるように自分に言い聞かせる。
一人で悩んでいても、何かが変わることはない。
リンが戻り、男の人が起きてから何かを考えても遅くは無いのだから。

「とにかく、リンさんが戻ってくるまで待とうかしらね」

死者を告げる放送が流れてからしばらく後のことだった。
なにやら騒がしい物音が聞こえてきたのだ。
火傷の酷くない方の腕を使い、ゆっくりと椅子から立ち上がって音源へと向かう。
そこには一人の少年を抱きかかえた女性が立っていた。
「あなたがミネアね?! 私はシンシア、貴方のことはリンから聞いてるわ。怪我人がいるの、助けてくれない?!」
どうやら目の前の女性はリンのことを知っているらしい。だとすれば自分の名前を知っているのも合点が行く。
飛び出していったリンと会ったのだろうが、彼女の傍にリンはいない。
「リンさんは……?」
「あなたの火傷を治すための薬をもう少し探すらしいわよ、もう少しすれば帰ってくると思うわ」
その言葉を聞いて感謝の気持ちと申し訳なさが心の中に溢れる。
自分の傷を治すために彼女は奔走してくれているのだ。
「とりあえず、彼を治療してくれないかしら?」
そういってシンシアは自分の目の前に少年の体を置いた。
少年の体に目立った外傷は見えない。どこに怪我をしているのだろうか?
しゃがみ込んで少年の体へと手を伸ばし、怪我の正体を調べようとする。
少年に触れたとき、手から伝わってきたのは人肌の温度ではなかった。
既に息絶えているのだろうか? と思い全身をくまなく触ったのだが怪我らしきものは無い。
軽くホイミをかけて見るが、何の反応も示してくれない。
……やはり既に死んでいるのではないだろうか?
その事を不審に思い、シンシアを見上げたとき。

自分の喉からは槍が生え。目には笑っている自分が映っていた。

ミネアが人形に気を取られている時間は、シンシアにとって十分過ぎた。
素早く携えていた槍を構え、モシャスを唱える。
そして、ミネアが丁度良くこちらを向いたときに喉を目掛けて槍を突き刺す。
喉を狙ったのは大声を出して助けを呼ばれないためだ。もしリンに悟られては面倒なことになる。
槍を押し込んでミネアを押し倒した後に腹部を思い切り踏みつける。
声の出せないミネアが苦悶の表情を浮かべながら血塊を吐き出す。
このまま何度も踏みつけてやりたいのだが、もう一つの目的を達成しなくてはならない。
腹部を踏みつけたまま、ジャファルから譲ってもらった魔剣を取り出す。
一回斬りつけるごとに、ミネアの魔力が自分へと流れ込んでくるのが分かる。
魔力を十分に得たところでそろそろとどめを刺してやろうかと思い、ミネアから槍を抜こうと思ったときだった。

ミネアは――――――



喉に槍が生えているのをはっきりと自覚したとき、ミネアの視界から「自分」は消え去っていた。
その代わりに自分の視界に写っているのは自分の姉、マーニャの姿だった。



「……貴方が選んだ道は正しかったのかしらね?」

……分からない、ただ自分は皆と帰りたかった。

「人殺しの道に進んでも、あの魔王に願いを叶えて貰えばそれは出来るわよ?」

魔王や……嘗てのピサロさんのように人を殺すつもりは無かった。
それに、そんなことは意味が無いこと位分かっている。
……ピサロさんのようになりたくなかった、とも言うべきなのかしら。

「貴方は一人でも多くの人間を救おうとした」

クリフトさんの時のように、何も出来ないわけじゃない。
誰かが死ぬのを見るぐらいならこの手で助けてあげたい。
もう、ルッカさんやカノンさんやアリーナさんやトルネコさんのように自分の手の届かないところで人が死ぬのも見たくなかった。

「でも、その結果貴方は命を落とすことになった」

……この場に招かれた全員を救うのは確かに無理な話だったのかもしれない。
全員が最後まで生き残れる保証だって無かった。

「貴方はそれで……納得できるの?」

私は構わない、やれるだけのことはやったつもり。

「……はぁ、分かったわよ。貴方がこういうときは梃子でも動かないのは私が一番良く知ってる」

ふふ、さすが姉さんね。
私の考えなんて全部最初から分かっていたのに、そんな質問を持ちかけるなんて意地が悪いわ。

「じゃ、行ってきなさい。アリーナやクリフト、トルネコさんによろしく言っといてね」

ええ、分かったわ。




リンさん。
私は助けてもらったのに勝手に死んでしまいます、ごめんなさい。
貴方は強いです。それも、貴方が思っているよりもずっと。
これから、いろんな困難が待ち受けているかもしれません。
でも、復讐に意味が無いことを分かっている貴方ならきっと魔王を打ち砕けます。
だって貴方には、貴方を愛する人がたくさん居るんですから。もちろん、私もその一人です。
どんなに辛くても、どんなに挫けそうになっても。
貴方を思う人たちは、貴方と共にあります。辛くなったら思い出してください。
……こんなことを言っていても、私が死んでしまうことで辛い思いをさせてしまうのが何よりも心残りです。

短い間でしたけど、貴方といた時間は良い時間でした。

ありがとう。

そして、さようなら。

名前は知りませんが、私を助けてくれた男の人へ。
本当に、本当にありがとうございます。
貴方が居なければ私は目覚めることは無かったと思います。
でも、折角倒れるほど力を使って私を助けてくれたのに、私は今から冥界へと行かなければなりません。
本当に、本当にごめんなさい。
貴方が起きてからしっかりと目を見て、私の言葉で感謝の気持ちを伝えたかったのですがそれも叶いませんね。
聞こえないとは思いますが、もう一度言います。私を助けてくれて本当にありがとうございます。

厚かましいかもしれませんが、ひとつお願いがあります。
リンさんの傍に居て、リンさんを支えてくれないでしょうか?
人一人で出来ることは限られています。あの魔王を倒すなら尚更です。
リンさんが挫けそうで、今にも諦めそうなとき。傍でがっしりと支えてあげてください。

最後になりましたが、私の最後の贈り物を私の意志と共に受け取ってください。
押し付けるようですみません。



喉が潰れていようと、意識の集中が出来るなら呪文は唱えられる。
声に意味は無い、精神を研ぎ澄ます過程で口に出す音に過ぎない。
魔力があって、精神の集中を乱すマホトーンが掛かっていなければ呪文は唱えられる。
魔力が吸い取られていく感覚を感じ取ったとき、私に迷いは無かった。



じゃあ、受け取ってください。















…………メガザル。















覚醒。
アキラの目の覚まし方はその言葉がもっともふさわしかった。
起きたと同時に、何か暖かいものが体を包み込んでいるかのような感覚を掴む。
その感覚の正体を掴み取るよりも先に、辺りの違和感に気がついてしまう。
そこは自分が良く知る場所であるチビッコハウスと瓜二つだったのだから。
そして、起きたときからあるもう一つの違和感。
限界まで迫っていたはずの自身の疲労が嘘のように消え去っているのだ。
テレポートの後倒れこむように眠り込んだだけでここまで回復するとは思えない。
だとすれば……自身を回復してくれた第三者がいるということだ。
ミネア、リンディスの二人はあり得ない。
リンディスが回復する何かを使えるとすれば、自分に治療を頼む訳が無い。
ミネアはあの大怪我だ、他人に回復魔法を使っている余裕があるなら自身に向けているだろう。
仮に魔力が有り余っていたとしてもここまで全快させるには相当の魔力が必要だ。
じゃあ一体誰が回復してくれたと言うのだろうか?
自分の周りを見渡しても人影は見当たらない。
ベッドから抜け出し、部屋から突き動かされるように飛び出る。
ドアを開け、部屋を飛び出た先で自分が見た物は。

血溜まりの中で倒れるミネアと、その上に立つ剣を持ったミネア。

何が起こったのか分からない。
あまりにも信じがたい光景が目に飛び込んできた所為で脳の処理が全然追いつかない。
ミネアの上に立つミネアがこちらに気がつくと同時に玄関の方へと駆け出して行ったのだ。
「畜生! 待ちやがれ!!」
気がつけば自身も走り出していた。何があったのかはわからない。
でも、分かったことがたった一つだけある。



ミネアは、死んでいる。
それだけは、分かる。



隠れ蓑を翻し、隙を突いて襲い掛かり、即座に壁に寄りかかり隠れ蓑に身を包む。
ジャファルはその行動をワンセットとし、数セット分の攻撃を仕掛けたがリンを殺すことが出来ない。
リンが片目を失いながらもジャファルの攻撃に応対できるのは、全神経を使い風の流れを読んでいるからだ。
それでも距離感をつかめないため攻撃を弾くのが精一杯なのだが、致命的な一撃を受けること無く済んでいる。
このまま攻撃を繰り返しても先に集中力を切らしたほうが負け、リンの精神力の強さはジャファルは十分承知している。
本来ならシンシアが隙を生み出し、その隙に自分が一撃を入れることで全てが終わるはずだった。
狂った予定に対し怒りの表情を隠しながら、ここにはいないシンシアに対し心の中で舌打ちをした。

リンもまた焦っていた。
攻撃に応対するのがやっとの状況だ。
少しでも気を抜けば首を刈り取られるのが目に見えている。
自分に攻撃を仕掛けた後にどこに隠れているのかさえ分かれば動きようもあるのだが、刈り取られた左目がそれを許さない。
どこにいるのかをつかめない所為でこの場から動くことも出来ない。
相手のいない方向に逃げられればいいのだが、音速にも近い攻撃を繰り出す相手がそう易々と逃がしてくれるはずも無い。
下手に逃げ出せば相手に隙を見せるだけ、自分の命を自分で刈り取るようなものだ。
彼女もまた、心の中で舌打ちをする。

アキラはただひたすらに走る。
ミネアを止める為に追いつこうと、回復したばかりの体力をフルに使って走っている。
だが、追いつくどころか見る見るうちに離されていく。
ミネアが履いている靴、ミラクルシューズによる効力なのだがアキラにわかるはずも無い。
拡声器を使ってリンディスに危機を伝えることができればどんなにいいか。
こんなことならばリンディスに拡声器を渡さず自分が持っておけばよかったと内心で舌打ちをする。

三者の舌打ちが偶然にも重なったとき、一つの声が鳴り響く。



「リン! 助けに来たわよ!!」



その声に真っ先にリンが振向く。
「ミネア、来ちゃダメ!」と叫ぼうと思ったときに一瞬だけ精神が乱れた。
ジャファルは勿論その一瞬の隙を見逃さない。
リンが声帯を震わせ、声という音を出そうと思ったその時既に、背後からは一本の短剣が突き刺さっていた。
声は込み上げる血塊に遮られ、音として飛び出すことは叶わなかった。
背後からの痛覚を感知し、再び振向いた時には襲撃者の影は無かった。
再びミネアの方へと振り返り、こちらへ来ないようにジャスチャーをしようと思った時。

ミネアは、魔法を唱えていた。

「リンディィィィィィィス!!! そいつはミネアじゃねえェェェェェェェェェ!!!」
時、既に遅し。
遠く離れたアキラが叫んだその瞬間、リンディスを瞬時に包み込む竜巻。
ボロ雑巾のように空へと舞い上がるリンディスの姿をアキラはただ見つめることしか出来なかった。
そしてリンディスは偶然にもアキラの目の前に、糸の切れた操り人形のように落ちてきた。
服はズタボロに引き裂かれ、体の彼方此方から血を流し、背中には大きな穴が出来ていた。
リンディスを抱きかかえたとき、ミネアがこちらの方へと振向く。
竜巻はミネアの仕業としても、刺し傷は明らかに第三者によるもの。
つまり、ここで戦うとすれば怪我人を抱えたままミネアと正体不明の一人と戦わなければならない。
はっきり言って肉弾戦の勝ち目はゼロに等しい。
このまま立ち向かっても自分が犬死するのは見えている。
そうこうしているうちにもミネアはこちらへと迫ってくる。
「……死んでたまるか」
アキラは小さく呟く。
「帰るところがあんだよ」
自分は、こんなところではまだ死ねない。
「死んで、たまるかァァァァ!!」
こんなところで死ぬぐらいなら、わずかな希望に全てを賭ける。
死にたくない、その一心でアキラは動く。
禁止エリアに飛ばされるかもしれないというリスクを背負い込みながらも。
迫り来る恐怖から遠く離れられるかどうかも分からないが。
ほんの少しでもいい、生き残れるという可能性があるのならば。
それに、賭けるだけだ。



ミネア……否、シンシアたちがアキラの方へと足を進めようとした時。
大きな血溜まりを残し、アキラ達の姿は消えていた。



「おい、シンシア」
ジャファルの低い声がシンシアの耳へと入る。
それと同時にシンシアの首筋にナイフが突きつけられていた。
「作戦と違うぞ、どういうことだ」
その声色は重く、そしてどこか怒りを込めた声だった。
ジャファルの反応を見ていながら、シンシアは微笑む。
そしてシンシアはジャファルの傷跡へと手を伸ばし、回復呪文を唱える。
「貴方の望みどおり、回復と後方支援の出来る姿を真っ先に確保しに行っていただけ。
 彼女の相手がそこまで大変だったの? そんな訳無いでしょう?
 回復は今示して見せたし、後方支援だってやって見せたわ。
 攻撃すら出来ない木偶の坊に変身したわけでもないのに何か不満があるの?」
嘲るように言い放つシンシアを見て、短剣を首筋から外すジャファル。
シンシアの浮かべる笑顔がより一層濃いものとなる。
「成る程な、良く分かった」
その直後、ジャファルはシンシアの腹部を目掛けて拳を繰り出す。
一欠けらも警戒していなかったシンシアの柔らかな腹部は音速の拳に応対するだけの力を持っていなかった。
何が起こったのかわからないシンシアの目が見開かれ、それと同時に猛スピードで胃液が口の中を満たす。
「お前が信用に足らん奴だという事がな」
その言葉と同時にシンシアは蹲り、胃液を地面へとぶちまける。
口の中が胃酸独特の酸っぱい感覚で満たされ、不快感が広がる。
胃液を吐き終わった後は腹部の激痛が彼女を襲う。
自身の嘔吐の上に覆いかぶさるように倒れ込んで痛みに悶える。
「行くぞ」
その姿を見ておきながら、ジャファルはその場から立ち去ろうとする。
その背中を睨み付け、痛みをこらえながらシンシアは起き上がる。

二人の間に信頼関係はない。
元より裏切るつもりでいるのだから当然だ。
ジャファルがシンシアの行動に激怒したのは信頼を崩されたからではない。
「次やれば殺す」という警告といった方が近い。
殺さなかったのは勿論、まだまだ利用価値があったから。
二人の間に信頼関係はない。
あるのはただ一つの単純な理由。
「使えるだけ使って、殺す」

それだけだ。

【A-6 村 チビッコハウス寝室 一日目 日中】
【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣
[状態]:ダメージ(小)、疲労(小)、傷跡の痛み。
[装備]:影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI、黒装束@アークザラッドⅡ、かくれみの@LIVEALIVE
[道具]:不明支給品0~1、アルマーズ@FE烈火の剣 基本支給品一式*2
[思考]
基本:殺し合いに乗り、ニノを優勝させる。
1:シンシアと手を組み(前線担当)、参加者を見つけ次第殺す。深追いをするつもりはない。
2:いずれシンシアも殺す。
3:知り合いに対して躊躇しない。
[備考]
※名簿確認済み。
※ニノ支援A時点から参戦

【シンシア@ドラゴンクエストIV】
[状態]:モシャスにより外見と身体能力がミネアと同じ、多量の返り血
    肩口に浅い切り傷。 魔力消費(小)、腹部にダメージ。
[装備]:ミラクルシューズ@FFIV、ソウルセイバー@FFIV
[道具]:基本支給品一式*3、ドッペル君@クロノトリガー、デーモンスピア@DQ4、昭和ヒヨコッコ砲@LIVEALIVE
[思考]
基本:ユーリル(DQ4勇者)、もしくは自身の優勝を目指す。
1:ユーリル(DQ4勇者)を探し、守る。
2:ジャファルと手を組み(支援、固定砲台、後始末担当)、ユーリル(DQ4勇者)を殺しうる力を持つもの優先に殺す
3:利用価値がなくなった場合、できるだけ消耗なくジャファルを殺す。
4:ユーリル(DQ4勇者)と残り二人になった場合、自殺。
[備考]
※名簿を確認していませんが、ユーリル(DQ4勇者)をOPで確認しています
※参戦時期は五章で主人公をかばい死亡した直後
※モシャスの効果時間は四時間程度、どの程度離れた相手を対象に出来るかは不明。





「おい、リンディス!」

テレポートでどこかへと飛び立つ道中、アキラはリンディスの精神へと話しかける。

「聞こえるか?! おい! リンディス!!」

弱弱しい脈と、艶っぽい吐息だけが彼女の命を証明してくれる。

「返事しろよ! おい! おい!!」

今のアキラには、ただ話しかけることしか出来ない。

「チクショウ……ふざけんな……ふざけんなよ!」

その独り言も、今は届かない。





【?-? 一日目 日中】
リン(リンディス)@ファイアーエムブレム 烈火の剣】
[状態]:気絶、左目失明?、心臓付近に背後からの刺し傷、全身に裂傷
[装備]:マーニ・カティ@ファイアーエムブレム 烈火の剣、拡声器(現実)
[道具]:毒蛾のナイフ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ、
     デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、天使ロティエル@サモンナイト3
[思考]
基本:打倒オディオ
1:???????
[備考]
※終章後参戦
※ワレス(ロワ未参加) 支援A

【アキラ@LIVE A LIVE
[状態]:テレポートによる精神力消費
[装備]:激怒の腕輪@クロノ・トリガー
[道具]:清酒・龍殺し@サモンナイト3の空き瓶、基本支給品一式×3
[思考]
基本:オディオを倒して殺し合いを止める。
1:リンディスを助ける
2:高原日勝、サンダウン・キッド、無法松との合流。
3:レイ・クウゴ、アイシャ・ベルナデット(カノン)、ミネアの仇を取る。
4:どうにかして首輪を解除する。
[備考]
※参戦時期は最終編(心のダンジョン攻略済み、魔王山に挑む前、オディオとの面識は無し)からです
※テレポートの使用も最後の手段として考えています
※超能力の制限に気付きました。
ストレイボウの顔を見知っています
※カノンの名をアイシャ・ベルナデット、リンの名をリンディスだと思っています。
※名簿の内容に疑問を持っています。



※テレポートのワープ先はお任せします。



チビッコハウスの中。

机の上に残されたタロットカードの一枚が少しだけ光る。

そのカードは――――――――


【ミネア@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち 死亡】
【残り31人】
※チビッコハウス内に残された銀のタロットのうち一枚が僅かに輝いています。
 何のカードかは不明です。

時系列順で読む

BACK△092:迷い子Next▼094:銀の交差

投下順で読む

BACK△092:迷い子Next▼094:銀の交差


080-2:メイジーメガザル(後編) ミネア GAME OVER
アキラ 098-1:Fate or Destiny or Fortune?
リン
081:奔る紫電の行方、燃える炎の宿命(さだめ) ジャファル
シンシア


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最終更新:2010年07月14日 16:11