飛行夢 ◆6XQgLQ9rNg



 空気が圧倒的な強さで流れていく。 
 ただの風というにはあまりにも激烈で苛烈で猛烈な流れを、全身で感じ取る。
 轟音にも等しい大気の鳴き声が鼓膜を震わせ心を躍らせてくれる。
 強風や突風にも似たその流れは、俺の髪とコートの裾をはためかせていた。

 流れの中心に、俺はいる。
 風が吹きすさんでいるわけではない。
 俺自身が、相棒とも呼べる飛空艇――ブラックジャックを駆り、疾風をも凌駕する速度を生み出し大気の壁をぶち破っているのだ。
 ただひたすらに加速する。遮るものは何もなく、衝突の懸念など皆無だった。 
 何故ならここは、眩く輝く太陽に最も近い場所なのだから。
 雲を突っ切り陽光を浴びて突っ走る。
 息苦しささえ感じるのは、異常とも呼べる速度で、異常とも呼べる高度を突っ走っているからだろう。
 なのに、こみ上げる笑みを抑えられない。昂ぶる気分を止められない。 
 これまで、あらゆるギャンブルに身を投じてきた。
 死をも覚悟するほどの敗北を喫するときもあった。
 この世のものとは思えない勝利の美酒に酔うこともあった。
 強烈なスリルと興奮を与えてくれた、無数の賭け。
 その全てが霞んでしまうほどの高揚が、体中で暴れまわっている。
 ともすれば、舵を握る手が汗で滑りそうになってしまう。

 最高の気分だった。
 見下ろせば、世界が目まぐるしく移り変わっていく。
 広大な平原から真っ青な海へ。茫漠たる砂漠から雪を頂く山脈へ。 
 見上げれば、果てない青空がある。
 目も覚めるような蒼穹は、俺を迎え入れてくれるように広がっている。 
 ここは、翼を持たない人類にとって憧れの場所だ。
 高みにいる実感と速度が生み出す爽快感と極限の場所がもたらすスリルが織り交ざり、心を震わせる。
 それでも。翼を得たとしても。
 天駆ける船を手にしても。
 俺は、更に望む。

 何処までも遠く。何処までも速く。何処までも高く。
 何故なら、それは。

 かけがえのない友と、美酒を片手に願ったことなのだから。

 ああそうだ、だからこそ。
 諦めてなど、やるものか。

 決意を改める俺の耳に、風を切り裂く音と大気を破る音が突き刺さる。
 五月蝿いとさえ感じられる音だが、決して不愉快ではない音の奥底に、俺は、なんとなくの違和感を覚えた。
 思わず俺は眉をひそめ、違和を探り取るように意識を聴覚に傾ける。
 意図的に耳を澄ませた直後、それは、はっきりと響き渡った。

 ――私の声が、届いていますか?

 それは、鈴の音のように美しい声だった。

 ――届いているのなら、お願いです。どうか、耳を傾けてください。

 それは、昼下がりの陽だまりのように優しい声だった。
 一度聞こえてしまえば、その他のあらゆる音は遠ざかっていく。
 鼓膜を震わせていた大気の悲鳴はなりを潜め、たった一つの声だけが届いてくる。

 ふと、正面に気配を感じる。
 舵の向こう側、ブラックジャックの舳先に、いつの間にか一人の女が佇んでいた。
 優しげな顔をしたその女は祈るように両手を組み、澄んだ瞳を向けてくる。
 豊かな桃色の髪の合間から、細く尖った耳が覗いていた。
 きめ細かい白い肌と華奢な身は、儚げな印象を感じさせる。
 間違いなく、いい女だった。

 ――私の名は、ロザリー。魔王オディオによって、殺し合いをさせられている者の一人です。

 ロザリーの声には、憂いの色が多分に含まれている。その様子は、彼女の魅力を引き立てていた。
 彼女は、訥々と語り始める。 

 ――それでも、私は魔王の思惑に乗るつもりはありません。何があろうとも、傷つけ殺し合うなどと、あってはならないのです。
 ――私はかつて、この身に死を刻まれました。そのときの痛みと苦しみは、忘れられません。
 ――ですが、身に付けられた痛みよりも、迫りくる死の恐怖よりも辛い苦痛を、私は知っています。

 一度言葉を切り目を伏せた。
 涙を堪えるような仕草に見えたのは、気のせいではないだろう。 

 ――何より辛かったのは、私の死をきっかけに、私の大切な方が、悲しみと憎しみに囚われてしまったことです。
 ――愛しいその方は私を殺めた人物だけでなく、人間という種族を滅ぼそうとしてしまいました。
 ――その方を陥れようとした悪意によって企てられた、謀略であったことに気づかずに。 
 ――勇者様とそのお仲間のおかげで、私は再び生を受け、あの方を止めることができました。
 ――そんな経験を経て、私は、改めて実感したのです。

 ロザリーが深く息を吸い、組んだ両手に力を込める様子が、伝わってきた。

 ――命を奪う行為は悲しみを生み憎しみを育ててしまいます。悲しみと憎しみはまた別の悲しみと憎しみへと続いてしまいます。
 ――大切な人が亡くなり、悲しみに暮れている方もいらっしゃるでしょう。仇を討とうと、憎しみを抱いている方も少なくはないかもしれません。
 ――どうか、その大切な人のことを思い出してください。その人が、貴方のそんな姿を望んでいるはずがありません。

 毅然として続ける。
 自分の思いの丈を、包み隠さず告げるように。
 願いを、祈りを、果て無き世界中に届けようとするように。

 ――殺し合いに乗ってしまった方々、少しだけでも考えてみてください。
 ――大切な人の死によって生まれる悲しみを、痛みを、苦しみを。

 ロザリーは、瞳に想いを込め声に願いを乗せていく。
 その強さとひたむきさが、風音の消えた世界を埋め尽くしていく。
 まるで、ロザリーの意識が世界と溶け合い、染み渡ったかのように。

 ――憎しみを抱き刃を向けるのは止めにしましょう。憎しみは目を曇らせ、刃は取り合うべきを切り落とします。
 ――互いに傷つけ合い殺し合うのは止めにしましょう。私たちは、必ず手を取り合えるはずです。
 ――私は今、生きています。それは、たくさんの強く優しい方々に出会い、手を取り合えた証です。

 ――オディオに屈さず、未来のために手を取り合える強さを、私は信じています。
 ――憎しみに流されず、悲しみ囚われず、互いに理解する心を。
 ――人間も、エルフも、魔族も、ノーブルレッドも。誰もが、抱いているのですから。

 ――願わくば、私の声が多くの方々に。
 ――ピサロ様に、届きますように。

 その言葉を最後に、ロザリーの姿は忽然と消え去った。
 美しい姿と声がなくなれば、戻ってくるのは風を切る感覚と流れていく世界だった。
 俺は、戻ってきていた。
 ロザリーが構築した世界から、自身の夢の中へと。
 世界は音を立てて、どんどん流れていく。突っ走る相棒はひたすらに大気を破っていく。
 消え去ったものを置き去りにして、俺は、前へ前へと進み続ける。
 その様は、停滞を許さない不可逆存在によく似ていた。
 そう。
 投げられた賽は、もう戻せはしない。
 それこそが俺の住まう世界であり、その先にこそ夢がある。

 間違っちゃいないよ、ロザリー。アンタの理屈はとても綺麗な正論だ。
 俺の肌には合いそうにないくらいに、綺麗過ぎる。 
 もう命をベットしたんだ。だから、降りることは許されない。
 一度乗った勝負から降りるなんざ、勝負師の風上にもおけないんだよ。
 第一、途中で降りるなんてふざけた行為こそ、逝った奴らへの冒涜に他ならないだろ。
 それにな。
 俺の夢は、中途半端に降りられる覚悟で叶えられるようなちゃちなものじゃねぇんだ。
 謀略? 策略? 結構じゃないか。夢を掴み取るためなら、何だってやってやる。
 アンタにはきっと、理解できないだろうな。だが、分かってくれとは言わないぜ。 
 あらゆる価値観も命も踏み台にして、俺自身の手で夢をもぎ取ってやるんだからな。

 そうするだけの意味と価値が、あるんだよ。 

 ◆◆

 遠雷の音が、セッツァー・ギャッビアーニの意識を引き上げる。
 セッツァーは森の中、一本の樹木に背を預け草叢に身を隠し、堂々と眠っていた。
 疲労や怪我によって意識を失ったわけではなく、自らの意思で、睡眠を取っていた。
 捨て鉢になったわけでも、命を捨てたかったわけでもない。
 むしろ、その逆だ。
 睡眠不足による戦闘力、思考力、判断力の低下は死に直結する。
 それを避けるための休息だった。
 無謀としか考えられない豪胆な決断をしたのは、銀髪の男と別れた後、戯れに振ったダイス目が最高の目だったからだ。
 あの瞬間、ツキが来ているとセッツァーは確信した。
 とはいえ、勝負事に焦りは禁物だ。
 運気が向いているからと勝負を焦ってしまった結果、あっさりと負けることは少なくない。
 がつがつとした男は幸運の女神の好みではないと、経験を以って知っていた。
 まだ戦いは長くなる。
 こんなところで幸運の女神にそっぽを向かれないためにも、セッツァーは大事を取った。
 結果として、誰にも襲われることなく休むことができた。
 こうして無事でいられるのは、やはりツキが回ってきている証拠だとセッツァーは確信する。 

 立ち上がり、体をほぐすように首を回す。
 瞼の裏には桃色の髪をした女の姿が、耳の奥には祈るような声が残っていた。
 はっきりと鮮明覚えていられるのは、あれがきっとただの夢ではなかったからだ。
 ロザリー、それにピサロ。
 どちらの名も名簿に記されていた。
 オディオの名前が出たことや、最後の言葉から察するに、あれは何らかの手段で不特定多数に向けられたメッセージだろう。
 ロザリーは、自分の居場所を晒さなかった。
 その事実は彼女が迂闊で軽率な女ではない証であり、同時に、その身を囮にした罠である可能性を低くするものだった。
 あの澄んだ眼差しと、淀みない声を思い起こす。
 演説めいたあの言葉は、間違いなく彼女の想いなのだろう。
 その言葉に、セッツァーは甘さを感じていた。
 たとえば、ケフカがあの言葉を聞いたら鳥肌を立てて不愉快な奇声を上げるに決まっている。
 そもそも、彼女の言うことが分かるような人間ならば、最初から殺人など犯しはしないのだ。
 事実セッツァー自身も、彼女の言に従い殺人を止めるつもりなど毛頭ない。

 だが、だとしても。
 セッツァーは彼女を笑わない。
 ロザリーの言葉は、紛れもない彼女の強い願い――すなわち、夢だったから。
 夢に是非などない。
 たとえ甘く相容れない夢であっても、彼女がそれを叶えようと必死になるのならば、それを笑い飛ばす理由などあるはずがない。
 何処までも、足掻いてみせろ。
 その白く細い身を汚すことも厭わず、決死の覚悟で手を伸ばせ。
 この俺と、命を賭けて夢を奪い合おうじゃないか。 

 ――俺の夢に介入してきたんだ、それくらいの覚悟は当然あるんだろう?

 もしもその覚悟もなく、理想を垂れ流すだけだというならば。
 夢は決して天には届かず朽ち果て、見向きもされないものになるだけだ。 

 徐々に日は落ち始め世界は夜へと近づき、雷が東で嘶いている。
 東の空には暗雲が立ち込めており、湿った匂いが微かに立ち込めている。 
 先の放送でオディオが告げていた雨が、すぐ側で降り注いでいるのだろう。
 避けるか、向かうか。
 その判断を委ねるように。
 孤高のギャンブラーは、三つのダイスを宙へと投じる。
 木々の合間から差し込む黄昏色をした斜光が、舞い上がる正六面体を照らし上げていた。

 セッツァーは知らない。
 先ほど名簿を探していた男こそがピサロであり、ロザリーこそが彼の想い人であるということを。
 その二人が黒雲の下で雨に打たれ、惨劇の演者となっていることを。
 そして、すぐ近くで。
 セッツァーを信じようとしている男――オスティア侯ヘクトルが、怒りと悲しみと憎しみを胸に、かつての仲間と刃を交えようとしていることを。


【C-6 一日目 夕方(放送直前)】
【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジー6】
[状態]:絶好調
[装備]:つらぬきのやり@FE 烈火の剣、シルバーカード@FE 烈火の剣、メンバーカード@FE 烈火の剣
    シロウのチンチロリンセット@幻想水滸伝2
[道具]:基本支給品一式×2(セッツァー、トルネコ)、オディ・オブライトの不明支給品1個(確認済。ピサロには必要なかったもの)
[思考]
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る
1:扱いなれたナイフ類やカードが出来れば欲しい
2:手段を問わず、参加者を減らしたい
※参戦時期は魔大陸崩壊後~セリス達と合流する前です
※ヘクトル、トッシュ、アシュレーと情報交換をしました。

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094:銀の交差 セッツァー 108-1:暴かれた世界


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最終更新:2010年07月02日 23:00