夜雨戦線 -Real Force- ◆6XQgLQ9rNg



 うっすらと開かれた瞳にまず映ったのは、温かく優しい緑色の光だった。
 そっと光に、手を伸ばす。
 けれどそれは、彼女の手に触れることなく闇の奥へと消えていく。
 それでも彼女は伸ばした手を戻さず、ぎゅっと握りしめる。
 たとえ届かなくとも。
 たとえ触れられなくとも。
 手を伸ばすことを止めるつもりはないかのように。
 ロザリーは、強く拳を握りしめた。
「大変な時に目を醒ましちゃったわね」
 すぐそばで、声が聞こえて振り返る。
 そこには、長く青い髪をした女性が、禍々しい鎌を手にして立っていた。
「なに、が……?」
 彼女の声をかき消すように、魔獣の咆哮のような大音声がロザリーの鼓膜を激しく揺らす。
 思わず耳を塞ぎ、音源へと視線を飛ばす。
 そしてロザリーは、息を呑み大きく目を見開くことになる。
「アナスタシア……! アナスタシア……ッ!! アナスタシア・ルン・ヴァレリアぁぁ――ッ!!」
 まず目に入ったのは、他の言葉を忘れてしまったかのようにアナスタシアと吼える少年だった。
 ロザリーは彼のことをよく知っている。
 優しく強く勇敢な彼のことを尊敬もしているし、自分と恋人を救ってくれたことを感謝もしている。
 なのに。
 狂ったように剣を振り回す今の彼は、ロザリーが知っている少年――勇者ユーリルとは似ても似つかぬ雰囲気を放っていた。
 顔つき、声音、戦い方。
 そのどれを取っても『勇者』らしさなど微塵も感じられず、そのすべてが彼には似合ってはいなくて、ロザリーは両手を握りしめた。
 彼が行った凄惨な殺戮が、フラッシュバックする。
 その尋常ではない恐怖感を催す記憶が意識を埋めても、しかし、ロザリーは倒れなかった。
 伝えたいことがあったから。
 彼の名前を呼んで、何度でも伝えたいことがあったから。
 ロザリーは意識を強く持ち、倒れはしなかった。

 そして。
 ロザリーは、もう一つの戦場を捉える。
 そこで、両手に剣を携え戦っているのは。
 よく知っている、誰よりもよく知っている、愛しい銀髪の魔族だった。
ピサロ様……!」
 その名を呟かずにはいられないほどに、愛おしい存在。
 だが今の彼からは、いつもロザリーに向けてくれる優しさは欠片も感じられない。
 デスピサロを名乗り、人々を憎み滅しようとしていた頃の彼と瓜二つだった。
 ピサロも、ユーリルも。
 触れるものの全てを切り裂いた末に自壊する刃のような、剣呑さと儚さを抱いて暴れまわっているようで。
 ロザリーの胸が、強く締め付けられた。
 このままではいけない。
 痛くて苦しくて辛くて悲しい感情に振り回されていては、いくらピサロやユーリルが強くとも、すぐに壊れてしまう。
 嫌だった。
 ピサロもユーリルも、ロザリーにとって、代わりのいない大切な人だ。
 ロザリーはずっと覚えている。
 ユーリルにあった日のことも。ピサロと出会えたときのことも。
 会話の全てを、共に過ごした想い出を。
 楽しくて嬉しくて温かで煌びやかで色褪せない、最高の宝物を。
 ロザリーは、決して忘れない。
 だから。
 大切だから。
 本当に本当に、心から大切だと、胸を張って言えるから。
 止めたいと、助けたいと。
 強く思う。心から願う。
 その想いは、ロザリーを、激戦へと歩かせる。
 恋人と恩人と、そして。
 決して届かないと諦めてしまったヒトの元へ、この口で、想いを届けるために。
「……行くの?」
 問いかけてくる女性に、ロザリーは迷わずに首を振る。
 大丈夫ですと、そう告げて。
 守りたいんですと、言い切って。
 ロザリーは、迷わずに駆け出した。

 ◆◆

 ピンクの髪をした女性が、戦場へと消えていく。
 クレストグラフを持っていたし、きっとクレストソーサーに長けた人物なのだろう。
 ぼんやりと、アナスタシア・ルン・ヴァレリアはそう片付けた。
 気が付けば戦場は拡大し、自分の周りには誰もいなくなっている。
 ユーリルが執拗に繰り返す自分の名前すらも、何処か他人事のような気がしていた。
 みんな、戦っている。
 イスラも、ブラッドも、マリアベルも、茶色い髪をした不思議な力を使う少年も、剣と盾の紋章を操る金髪の少年も。
 気絶していた儚げな女性でさえ、目を覚ますと迷わずにその足で戦場へと向かっていった。
 みんなみんな、戦っている。

「戦っていないのはわたしだけ、か」
 魔王オディオによって殺し合いをさせられて。
 初めて会ったちょこの力を利用し、ほとんど武器を振るうことなく生き延びてきた。
 絶望の鎌を握り締め続けていたのもただの保険で、自ら進んで戦うためにこの武器を持っているわけではない。
 戦ったのは、ユーリルに引導を渡そうとしたときくらいだ。
 そう。
 アナスタシアは生き延びたいが故に、他者を戦わせている。
 ちょこに自分を守らせ、今もイスラたちにユーリルを抑えさせている。
 今回に限ってはア、ナスタシアが命じたわけではない。
 それでも、アナスタシア自身が身を守るために戦っていないという事実は、変わらない。
 強大な敵と戦い続ける彼らは、誰一人諦める素振りは見せなかった。
 立ち上がり力を尽くし、抗いの姿勢を崩さない。

「わたしも同じ、か……」

 彼らの不屈さを目の当たりにして、アナスタシアは自覚する。自覚してしまう。
 かつて<剣の聖女>と呼ばれ崇められた少女は。
 かつて『焔の災厄』に立ち向かった『英雄』は、結局のところ。
 戦ってくれる『誰か』がいれば。
 弱さを言い訳にして立ち上がらず、その『誰か』に全てを任せることも厭わないのだ。
『勇者』は『生贄』に過ぎないと嘯いて『生贄』にされた『英雄』の気持ちを語るくせに。
 今のアナスタシアは、『生贄』を差し出して自己保身に回る群衆と、何一つ変わらない。
 もしもあのとき、アナスタシアよりも早くロードブレイザーに立ち向かう『誰か』がいれば。
 きっと、<剣の聖女>は生まれなかった。

 滑稽だった。
 余りに滑稽すぎて、乾いた笑いが零れ落ちる。
「あははははは……はは……」
 アナスタシア・ルン・ヴァレリアは、人間だった。
 浅ましく愚劣で欲深い、ただの人間だった。
「はは……はははは、あははは……っ」
 笑いが止められず絶望の鎌を抱き締める。
 アナスタシアは誰にも届かない笑い声を上げ続ける。
 震えながら、濡れた前髪で目元を覆い隠し、絶望の鎌に縋りついて、思う。

 ――雨、冷たいな。

 冷たさに凍えても。生きたいと望んでも。
 自身に直接、死神の鎌が突き付けられていない現状では。
 アナスタシアが、その場から一歩を踏み出すことは、なかった。

 ◆◆

 ピサロの苛立ちは、ただ増すだけだった。
 呪文とは異なった小賢しい能力でかく乱され、疲労と消耗だけが積み重なっていく。
 更に、新たに現れた邪魔者がまた厄介だった。
 その人間は攻防どちらも優れており、もともとピサロが戦っていた相手を的確にサポートしていた。
 埒が明かない。
 こんなところで時間を食っている場合ではないというのに。
 早く突破し、ロザリーの仇である醜い両生類を始末しなければならないのに。
 予想以上にピサロの体力と精神力は削り取られていた。
「もう、いい……ッ!」
 ふと、暗く淀んだ声が響く。
 苛立っていたのは、ピサロだけではなかったらしい。

「アナスタシアの味方をする奴は敵だ。僕の邪魔をする奴は敵だッ! 敵は殺す! みんな纏めて、殺してやるッ!!」
 目を血走らせたユーリルが、忌々しげに絶叫した。
 痺れを切らせた彼が青白い雷を呼ぶ。
 ユーリルの言う敵にはピサロも含まれているだろう。
 それは、ピサロにとっても同じだ。
 勇者は敵であり、決して相容れない存在だと疑ってはいない。
 だが、今は。
 今このときは。
 ピサロとユーリルには、共通の敵が存在する。
 だからといって、共に同じ敵を討つなどと言うつもりはない。
 ピサロは、ユーリルの力を利用し便乗するだけだ。
 そのために。
 ピサロは、疲弊した精神に鞭を打ち尽き掛けの魔力に火を灯す。 
 意識を研ぎ澄ます。
 憎悪をくべて力にする。
 痛みを、悲しみを、苦しみを。
 その全てを、魔力へと変え、燃焼させる。
 出来ない道理などない。
 魔族の王デスピサロを支える感情が、それほどまでに生温いはずがない。 
 再度地面に、大蛇のような黒い電流が顕現する。
 それは、天から降るユーリルの雷とは正反対の、地から這い上がる地獄の雷だ。
 白の光と黒の光が明滅する。
 天駆ける竜の鳴き声のような甲高い音と、地獄に繋ぎ止められた魔神の唸り声のような低い音がぶつかり合う。
 世界が、雷で満ちていく。
「ギガ――」
「ジゴ――」
 ユーリルの声とピサロの声が、
「デインッ!!」
「スパークッ!!」
 完璧に、重なり合って。
 天をたゆたう雷と、地を彷徨う雷が、一挙に解き放たれる。
 二色の雷光が暴虐の限りを尽くし蹂躙を始めるのと、ほぼ同時に。

「ピサロ様ッ! ユーリル様ッ! どうか、どうか、おやめくださいッ!!」

 ピサロは、その声を確かに聞いた。
 瞬間、心臓が跳ね上がり息が詰まる。
 聞き間違えるはずがない。
 どんな轟音の渦中にいても、その声を聞き逃すはずがない。
 どれほど。
 どれほど聞きたいと望んだか分からない声。

「ロザ……リー?」

 そしてピサロは、見つける。
 その両足で確かに立つ、麗しく愛しい女性の姿を、だ。
 会いたかった。
 ずっとずっと、顔を見たかった。
 なのにピサロは喜びよりも、血の気が引いていくのを感じた。
 何故なら、ロザリーは。
 敵を皆殺しにしようと放たれた、白と黒の雷光が暴れまわる世界の中にいたからだ。

 倒れたロザリーの姿は、ずっと遠くにあったはずなのに。
 彼女を攻撃範囲に入れないようにすることだけは、絶対に注意していたはずなのに。
 そんな思考には、意味がない。
 現実として、生きていたロザリーはその足で地面を踏みしめ、そこにいるのだ。
 ピサロは思考を即座にかなぐり捨てた。
 疲労を無視して全力で駆け出す。
 ユーリルの雷どころか、自分の雷が直撃する可能性をも考慮せず、雷の嵐の中へと飛び込んで突っ走る。
 白雷の咆哮も這い回る黒雷も意識はしない。
 ただ、ロザリーだけを見て、ピサロはそこだけを目指す。
 数え切れない雷の群れが立ちはだかる。
 それでもピサロは、怯まず留まらず、駆け抜ける。
「ロザリー! 逃げるんだッ!!」
 雷の中、叫ぶ。
 どんなに五月蝿くとも、彼女へ声は届くと信じられた。
 確かに、声は届いた。
 証拠に、ロザリーは少しの逡巡の後、雷の群れに背を向けたからだ。
 その瞬間を、見計らったかのように。
 とっくに術者の手から解き放たれた、白と黒の雷が、一条ずつ絡み合い縺れ合い重なり合って。
 目が痛くなるようなコントラストを描いて、離れようとするロザリーの背へと、牙を剥いた。

「ロザリィ――ッ!!」

 ピサロが加速し、手を伸ばし、咆えても。
 モノクロームの雷光は無慈悲に、ピサロよりも速く。
 ロザリーへと、到達した。

 ◆◆

「あ……あぁ……っ」
 情けない声音を、土砂降りの雨音が流していく。
 歯の根が合わず奥歯をがちがちと鳴らしてへたりこんだまま、ストレイボウは、うつ伏せに倒れるブラッドを茫然と眺めていた。
 ストレイボウは動けなかった。
 先ほど跳び上がったカエルの標的が、ブラッドではなく自分と分かってしまったから、余計に動けなかった。
 カエルの、裂帛の気合いに気圧され竦み上がっただけではない。
 ストレイボウは、目の当たりにした。
 友が自身を殺しに来る、その瞬間を、だ。

 その認識の直後、舞い上がり剣を振りかざすカエルの姿が、とある男のように見えた。
 憧れ、尊敬し、超えたいと焦がれ。
 また同時に、羨み、妬み、誰よりも憎んだ。
 そんなたった一人の男に、カエルの姿が重なったのだ。
 恐れたわけではない。怯えたわけでもない。まして、あの頃のような憎しみは微塵も湧きはしない。
 ただ、感じた。
 仕方がないと。
 甘んじて受けるべきだと。
 信じて疑わなかった。

 ――友が。オルステッドが、自らの感情で俺を殺しに来るのなら。

 刃をその身に刻ませるつもりだったし、そうなるのが必然だと思っていた。
 それなのに。
 今こうして、ストレイボウは生きている。
 傷一つ負わず、無様に尻を地につけたまま。
 ブラッド・エヴァンスを身代わりにして生きている。
 死んでしまいたかった。
 生きているだけで他の人間が死んでいくくらいなら、さっさと死んでしまいたかった。
 それともこれは、罰なのだろうか。
 罪悪を積み重ねていくことこそが、友を裏切ったことへの罰なのだろうか。
 雨を吸った衣服が重く、肌に張り付く。
 体温が奪われ気力が吸われていく。吐き気と悪寒が体を犯していく。
 ブラッドの向こうに、緑の影があった。
 影はストレイボウを一瞥する。
 止めようと思っていた。
 止めたいと望んでいた。
 止めなければと気負っていた。

 そのはずなのに。
 話そうとしても言葉は喉に詰まり、無様に咽るだけだった。
 そんなストレイボウに、影は口を開かない。
 何か言って欲しかった。
 糾弾でも罵倒でも誹謗でもいい。
 何か言ってくれればと、ストレイボウは思う。
 だが、影は黙したままブラッドに近づいていく。
 まるで、ストレイボウなどに何の興味も持っていないかのように。
 影は口を開かず、ブラッドに刺さったままの刀へと手を伸ばす。
 少し遠くから雷の鳴き声が重なって響き、黒と白の光が瞬いた。
 その一瞬の輝きの中で。

 ――飛び起きるものが、あった。

 ◆◆

 虹色の刀を回収しようとしたカエルの注意は酷く散漫で、油断しているとすら思えるほどに隙だらけだった。
 しかしその隙は、敵を仕留めたと確信したが故の慢心ではないとブラッドは悟る。
 何故ならカエルは、その両の瞳を、ずっとストレイボウへと向けていたからだ。
 彼はただ、ストレイボウへと意識を傾けていた。
 ストレイボウがカエルを気に掛けるのと同様に、だ。
 だとしても、カエルに甘さはない。
 ストレイボウを斬ろうとする彼の眼差しは本気であったし、太刀筋に乱れもなかった。
 気に掛ける相手すら斬り捨てられるほどの鋼鉄の如き覚悟が、彼を動かしているのだろう。
 揺るぎない意志を抱く者は、強い。
 ならば、それに抗うには。

 ――相手を超える意志を持つことだッ!

 肩口が痛み血が溢れ出る。
 身体を動かし力を入れるたび、体内に入り込んだ冷たい刃に肉が食い込んでいく。
 筋繊維が引き裂かれ、骨に鋭い感触がぶつかった。
 意識を持っていかれそうな激痛が、神経を駆け巡り脳を刺激する。
 痛覚を直接切り刻まれるような痛みの奔流に晒されながら。
 ブラッドはカエルの背後に回ると、小柄な身を羽交い絞めにした。
 右腕を捻り、締め上げる。
 痛みを無視して力を込め、暴れるカエルを押さえ込む。
「ぐ……ッ! 貴様、まだそんな力が……ッ!!」
 ああ、そうだ。
 まだ、力は出ている。
 それでも、確実に血は零れている。
 アキラのヒールタッチによって意識せずにいられた痛みが、新たな痛みに誘発されて戻ってくる。
 ジョウイの放った光によって塞がりつつあった火傷も、先の落雷が更なる傷へと変えていた。
 身体は、とっくに限界を超えていた。
 もうすぐに、力は出なくなるだろう。
 そうなる前にできることを、ブラッドは、巡りが悪くなりつつある脳を回して考える。
 首に埋め込まれたギアスを起爆させるという選択肢は、取れない。
 ギアスは軍事プラントを吹き飛ばす爆発を巻き起こすほどの、高性能な爆弾だ。
 爆破させれば、マリアベルとストレイボウもろとも吹き飛ぶことになる。

 ならば、と。
 ブラッドはカエル越しに、ストレイボウの奥へと視線を向けた。
 そこではマリアベルが、一本のナイフと大型の拳銃で、ランドルフを振るう魔王と渡り合っている。
「マリアベルッ!」
 名を呼んだ。
 声と一緒に粘ついた液体が喉を這い上がり、口内に鉄くさい味が広がっていく。
 気色の悪いその感触を、唾と共に吐き捨てた。
「ブラッド!? 無事じゃったかッ!!」
「もうこれ以上、力も入りそうになくてな。残念ながら、無事とは言い難い」
 腕の中でカエルがもがく。
 カエルが動くたび。それを留めようと力を強くするたび。
 痛みが加速度的に増し、意識を踏み砕こうとする。
 大雨ですら洗い流しきれないほどの血液が溢れ出して止まらない。

 いつまで声が出せるか分からない。
 いつまで意識を保てるか分からない。
 だから。

「だから、マリアベル」

 ブラッドは、告げる。

「俺の命を、使ってくれ」

 執拗にマリアベルへと攻撃を仕掛ける魔王を睨みつけて。

「俺の命を、そいつに――リルカの仇に、ぶつけてくれッ!!」
 そう、狙うべきはカエルではない。
 カエルと対峙すべき人物は、ブラッドではないのだ。
「ブラッド、お前、何を……?」
 搾り出したようなストレイボウの声が、ブラッドの鼓膜を揺らす。

「ストレイボウ。眼前にあるものに捉われるな。もっと、もっと広い視野で世界を見つめるんだ。
 諦めない強さがあるのなら――必ず、自らの意志を打ち立てられる」

 彼の問いに答えることなく、ブラッドは再度マリアベルへと視線を送る。
 いつまでもこうして会話をしていられるなら、カエルを押さえつけていられるのなら。
 マリアベルに、こんな頼みをせずにいられるのだから。

「マリアベルッ! やってくれッ!!」

 願わくば。
 この命が、ストレイボウの『勇気』を引き出す道しるべになることを。

 ◆◆

 止まない雨は、魔王と戦う夜の支配者にも等しく降り注いでいる。
 その耳に届くのは雨音と、大切な仲間からの頼み事だった。
 ブラッドがマリアベルに望むこと。
 それは言葉通り、ブラッドの命を力に変えるということだった。

 分かっている。
 ブラッドがその頼み事をしてきたのは、彼自身の命が長くないことを悟ったためなのだ。
 マリアベルは、歯を食い縛り顔を顰める。

 悔しくて情けなくて、歯痒かった。
 きっちり魔王を止めておけなかった無力さが。
 死が迫った仲間を救ってやれない無念さが。
 マリアベルの心を掻き毟っていく。
 それでも、悔やんでいる暇も嘆いている時間もない。
 だから、決断しなくてはならないのだ。
 それがどんなに辛く、苦渋の決断だとしても。
 ブラッドが――友が今わの時に望むのならば、迷わず、止めず、笑って応じてやりたかった。
 今このときだけは、降り続ける雨に感謝をして。
 マリアベルは、ただただ毅然とした声で、応える。

「お主の意志、覚悟、確かに受け取った」

 強く強く、呼吸する。
 澄み渡った夜気を深く取り入れ力を確かめる。
 冷たく湿った夜の空気は、ざわつくマリアベルを静めてくれた。
 だから、マリアベルは言える。
 震えることなく淀むことなく声を濡らさず、言えるのだ。

「忘れぬぞブラッド。お主の生き様を、わらわは決して忘れぬ」
 忘れたくはない。失くしたくはない。
 ノーブルレッドが悠久の時を生きられるのは、大切な友との思い出で孤独を埋められるからだ。
「感謝するぞ、マリアベル。俺は、お前と共に戦えたことを誇りに思う」
 ブラッドの声は驚くほど穏やかに、夜雨の中に溶けていきそうになる。
 だから、消してしまわないように。
 マリアベルは、心に声を刻み込む。

 ――ああ、決して。決して、忘れてなるものか。

 一瞬だけ俯いて、唇を噛み締めた。
 叩き込まれたランドルフを、大きくバックステップをすることで回避する。

「貴様ら、何をするつもりだ……?」
 怪訝そうに、魔王が問うてくる。
「逃げろ魔王ッ! 嫌な予感がするッ!」
 ブラッドからに締め上げられながらも、カエルがなんとか叫ぶ。
 だがもう、遅い。
 マリアベルは、ブラッドの命を力に変える準備に入っている。
 止めるつもりも躊躇するつもりもない。
 この戦いが終わった後。
 悲しみと寂しさが、マリアベルを苛むと分かっていても。
 決して後悔はしない。
 悔やむはずがないのだ。
 何故ならば。 

 ――もう逢えないことよりも、出逢えたことが嬉しい。

 胸中で呟いて、マリアベルは、雨雲へと両手を翳す。
 同時に、ブラッドが咆哮を叩きつける。

「魔王ッ! お前が奪い損ねた命、存分に受け取れッ!!」
「ブラッド・エヴァンスッ!?」

 ――さよならじゃ、ブラッド。お主の全てを、わらわは決して無駄にはせんぞ。

 内心で、友に別れを告げて。
 酷く穏やかに、命を力に変えるレッドパワーの、引鉄を引く。

「――サクリファイス」

 マリアベルの真っ白な頬に、大粒の雨が滴り落ちた。


【ブラッド・エヴァンス@WILD ARMS 2nd IGNITION 死亡】
【残り23人】


 ◆◆

 全身を押さえつける強烈な力が、瞬時に消え失せる。
 カエルは虹を回収することさえも忘れて、ブラッドの腕から逃れると跳び退った。
 倒れたのは、ブラッドだけではない。
 魔王もまた倒れ伏し、その身を泥で汚していた。
 一足で魔王の元に歩み寄ると、カエルは目を見開いた。
 魔王の身には、数え切れない傷が刻み込まれており、完全に意識を失っていたからだ。
 視線を胸元に走らせる。微かに、その胸は上下に動いていた。

 まだ、魔王は生きている。
 その事実は、カエルを少なからず安堵させた。
 今は一時的に手を組んでいるだけで、必ず戦うことになる相手のはずなのに、だ。
 それでも、魔王に息があることを安心できるのは、渇望しているからかもしれなかった。
 魔王と決着を付け、因縁に蹴りを付けるその瞬間を、待ち焦がれているからかもしれなかった。
 だからカエルは、術を紡ぐ。
 魔王の命を、果てさせないために。

 回復魔法、ケアルガ。
 傷を癒す穏やかな光は、

「――させぬッ!」

 ノーブルレッドが生み出した赤い半球によって、遮られる。

「魔王には効かなかったが、お主には効くようじゃな」
 舌打ちをして、睨み付ける。
 今の半球は術技を封じるためのものだったらしい。
 マリアベルが全身を雨粒で濡らし、毅然として立っている。
 仲間を犠牲にしても尚、マリアベルはカエルの前に立ちはだかるだけの気力を有しているようだった。

 ――いや、だからこそ、か。

 仲間を犠牲にしたからこそ、闘志を漲らせ佇んでいられるのだ。
 散った男の意志の強さと彼の望みを、マリアベルは正しく理解していた。
 捨て鉢になったわけでも、自棄になったわけでも、怒りに身を任せるわけでもない。 
 悲しむのではなく、ブラッド・エヴァンスの意志を継ぐように。
 マリアベルはナイフを携え銃を持ち一振りの剣を背負い、カエルと真正面から対峙する。
 ブラッドと同じように視線をカエルへと固定したまま、マリアベルは、叫ぶ。

「立て、ストレイボウッ! ブラッドの命を――消えゆくその瞬間まで燃え盛った命を無駄にしないためにッ!」

 漆黒の闇の中心で堂々たる態度で陣頭に立つその姿は、

「ここで、必ずやカエルを止めるぞッ!!」

 まさに、夜の支配者の名に相応しかった。
 ならばこの手で、歯向かおう。
 夜を照らす雄大な光にはなれなくとも、闇を穿つ一閃くらいにはなってみせる。

 ――俺の望みを、夜闇に支配させないために。

 カエルは、魔王がマントの奥に隠し持っていた剣を回収する。
 紅の暴君――キルスレス。
 その魔剣は、勇者の剣――グランドリオンよりも、遥かに腕に馴染むような気がした。


【C-7(D-7との境界付近) 一日目 夜中】
【マリアベル・アーミティッジ@WILD ARMS 2nd IGNITION
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)
[装備]:44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE、アリシアのナイフ@LIVE A LIVE、ソウルセイバー@FFIV
[道具]:ゲートホルダー@クロノトリガー、いかりのリング@FFⅥ、基本支給品一式 、マタンゴ@LAL、アガートラーム@WA2
[思考]
基本:人間の可能性を信じ、魔王を倒す。
1:ストレイボウと共にカエルを止める。まだ生きているらしい魔王が気になる。
2:魔剣を奪取しイスラへ届ける。
3:付近の探索を行い、情報を集めつつ、元ARMSメンバー、シュウ達の仲間達と合流。
4:首輪の解除。
5:ゲートホルダーを調べたり、アカ&アオも探したい。
6:アガートラームが本物だった場合、然るべき人物に渡す。 アナスタシアに渡したいが……?
[備考]:
※参戦時期はクリア後。
※アナスタシアのことは未だ話していません。生き返ったのではと思い至りました。
※レッドパワーはすべて習得しています。
※ゲートの行き先の法則は不明です。 完全ランダムか、ループ型なのかも不明。
 原作の通り、四人以上の人間がゲートを通ろうとすると、歪みが発生します。
 時の最果ての変わりに、ロザリーの感じた何処かへ飛ばされるかもしれません。
 また、ゲートは何度か使いましたが、現状では問題はありません。
※『何処か』は心のダンジョンを想定しています。 現在までの死者の思念がその場所の存在しています。
(ルクレチアの民がどうなっているかは後続の書き手氏にお任せします)

【カエル@クロノ・トリガー
[状態]:左上腕脱臼&『覚悟の証』である刺傷。 ダメージ(やや大)、疲労(大)、能力封印
[装備]:紅の暴君@サモンナイト3
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本:ガルディア王国の消滅を回避するため、優勝を狙う。
1:出来る限り殺す。
2:魔王と共に全参加者の殺害。特に仲間優先。最後に魔王と決着をつける
3:できればストレイボウには彼の友を救って欲しい。
[備考]:
※参戦時期はクロノ復活直後(グランドリオン未解放)。

【魔王@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(極大)、疲労(大)、瀕死、気絶
[装備]:魔鍵ランドルフ@WILD ARMS 2nd IGNITION 、サラのお守り@クロノトリガー
[道具]:不明支給品0~1個、基本支給品一式
[思考]
基本:優勝して、姉に会う。
1:出来る限り殺す
2:カエルと組んで全参加者の殺害。最後にカエルと決着をつける
[備考]
※参戦時期はクリア後です。ラヴォスに吸収された魔力をヘルガイザーやバリアチェンジが使える位には回復しています。
※ブラックホールがオディオに封じられていること、その理由の時のたまご理論を知りました。
※遺跡の下が危険だということに気付きました。

【ストレイボウ@LIVE A LIVE】
[状態]:健康、疲労(大)、ブラッドの死により罪の意識増大、心労(極大)、自己嫌悪
[装備]:なし
[道具]:ブライオン、勇者バッジ、記憶石@アークザラッドⅡ、基本支給品一式
[思考]
基本:魔王オディオを倒す
1:カエルを止めたいが、俺なんかでは……
2:戦力を増強しつつ、ジョウイと共に北の座礁船へ。
3:ニノたちが心配。
4:勇者バッジとブライオンが“重い”。
5:少なくとも、今はまだオディオとの関係を打ち明ける勇気はない。
参戦時期:最終編
※アキラの名前と顔を知っています。 アキラ以外の最終編参加キャラも顔は知っています(名前は知りません)
※記憶石にルッカの知識と技術が刻まれました。目を閉じて願えば願った人に知識と技術が転写されます
※記憶石の説明書の裏側にはまだ何か書かれているかもしれません

※C-7(D-7との境界付近)にブラッドの遺体があります。
 遺体はドラゴンクロー@ファイナルファンタジーVI を握りしめており、にじ@クロノトリガーが刺さっています。
 また、遺体付近に以下のものが落ちています。
 ・昭和ヒヨコッコ砲@LIVEALIVE
 ・リニアレールキャノン(BLT0/1)@WILD ARMS 2nd IGNITION
 ・不明支給品0~1個、基本支給品一式


時系列順で読む


投下順で読む


109-1:夜雨戦線 -Cross Battle- ユーリル 109-3:夜雨戦線 -Emotional Storm-
ピサロ
ロザリー
アキラ
イスラ
アナスタシア
ブラッド
マリアベル
ストレイボウ
カエル
魔王
ジョウイ


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最終更新:2010年06月21日 14:18