Disintegration ◆SERENA/7ps



天より来る巨大な炎。
世界の崩壊、終末を予感させるその流星は、北の戦線を形成する4人の目にも届いていた。
いよいよ向こうの戦いも激化し、誰かが奥の手かそれに近いものを使っているのだろう。

C-7に広がる荒野。
生あるものは4人以外を残して全て死に絶えた。
赤茶けた不毛の大地に変わったその戦場にて、黒よりも黒い装束を纏いし男が疾駆する。

「せいっ!」

精霊剣と神々の黄昏を同時に振るい、疾風怒濤の攻撃を繰り返すのはジャファル
そのスピードは、短刀を振っていた全盛期の速度から見れば遅い。
重い長剣を二刀流で使うのは愚かな行為と言えるかもしれない。
しかし、ここではこの装備こそがベストなのだ。
場所は荒野。 木々が林立する森とは違って遮蔽物もない。
先のリンとの戦闘で見せた跳躍や、木から木へと飛び移るという行為がそもそもできないのだ。
身軽さを身上とする者だけができる、極めて立体的な三次元機動。
あの再現はもはや場所の都合上不可能だ。
今となっては、あの時の動きを再現できない荒野にいることさえ、裏切りを見越したセッツァーの策のような気もする。
奴ならそれをしかねないと思わせる狡猾さが、セッツァーにはある。
しかし、ジャファルは勇者なのだ。
物陰に隠れて、機を窺うなどということはもうやめたのだ。
故に、身軽さを十全に発揮できなくなった代わりに、瞬間的な破壊力を求めるのは決して間違いではない。
そう、今この場において、ジャファルはマーニ・カティとラグナロクの剣を完全に使いこなしている。
メイメイの選んだこの武器は、ジャファルにとって最高の装備であった。

「ちぃっ!」

たたらを踏んで後退するのはピサロ
ピサロとて二刀で互角のはずだが、いかんせん向こうには勢いがある。
回復魔法を使えないヘクトルたちと、二人とも回復の魔法が使えるピサロたち。
長期戦をするなら、ピサロたちの方が圧倒的に有利なはずだ。
しかし、向こうは多少のダメージも辞さないほどの覚悟で向かってくるのだ
徐々にだが、向こうの目論見通り、北へと追いやられている。
つまり、完全に魔王と分断されてしまった。
数の劣勢を防ぐための同盟が、完全に意味を成さなくなったのだ。
これでは、数に劣る魔王が完全に不利だ。
そう、ヘクトルたちはピサロとセッツァーを北に釘付けにして、魔王を残った仲間に数で圧殺してもらう腹積もりに違いない。
魔王の生死はどうでもいいが、魔王を倒したヘクトルたちの仲間がそのままこっちに加勢されるのはなんとしても避けたい。
もしも分水領があるとしたら、ここに違いない。

「おいヘクトル、よくもまああんな奴と手を組めるな!」

デスイリュージョンで牽制、時に魔法で思わぬ場所から、貫きの槍で串刺しにせんとセッツァーはヘクトルへ襲い掛かる。
ここまで追い詰められても、その表情には余裕の笑みが張り付いているのが、ヘクトルには不快だった。
しかし、セッツァーも余裕の笑みを維持しているだけで、心の中は相当焦っている。
ここで状況を打開する策を思いつかなければ、ピサロと共に死に、空を駆ける夢さえも潰えてしまう。
誰よりも高い場所で風を感じる心地よさ、誰よりも高い場所から大地を見下ろす爽快感。
今、その夢は夢のまま終わろうとしている。
そんなこと、セッツァーからすれば到底許せるものではない。
実現しない夢など、寝言以下の妄想に過ぎない。
中途で倒れることなど、初めから何もしなかったに等しい行為だからだ。
夢を追いかける自分がいればいい、とほざくのは自己満足に浸っているだけだ。
誰よりも夢に焦がれたセッツァーであるから、誰よりも夢を追いかけることにひたむきであるからこそ、ここで倒れることが許せない。
セッツァー自身がそれを容認できない。

「うるせえんだよ!」

ヘクトルはもう惑わされる気はないのか、アルマーズを振りかざし、セッツァーを両断しようとする。
信じられないことに、並みの男では持ち上げることすら適わぬその超巨大な戦斧をヘクトルは軽々しく片手で振るっているのだ。
そこから繰り出される攻撃は、一撃一撃が必殺の威力を持っている。
おそらく、直撃した場合、耐えられる人物など一人もいないだろう。

「気持ち悪いぜお前。 よくもあんな仲間を殺した奴と一緒にいられるな」

刻一刻と、時間は過ぎていく。
短期決戦で決めるつもりが、予想以上の時間を取られていく。
勝利の鍵を探し求め、セッツァーは口八丁手八丁を駆使して隙を作ろうとするが、思うようにいかない。
少しでも敵の心に迷いを作ればいい。 何か奴らの痛いところをつく言葉はないか。
純粋な戦闘力で負けている以上、セッツァーの残された手札はギャンブルで培ったポーカーフェイスとペテンしかない。

「はっははははは! 分かんねえのかセッツァーさんよ!」

さも可笑しいと、ヘクトルは哂う。
そんなことも見抜けないセッツァーが滑稽であり、不愉快でもあった。
その爆笑はセッツァーのプライドをいたく傷つける。
馬鹿にし続けた人間に逆に馬鹿にされるのは面白くはないというのを、セッツァーは初めて知った。

「要するにな、俺はジャファルも許せねえが、それ以上にお前が嫌いなだけだよ!」

正体を現したセッツァーの、人を小馬鹿にしたような態度がヘクトルは大嫌いだ。
天上天下、この世に自分よりも自由な人間はいないという大増上慢。
この島にいるすべての人間は、セッツァーが夢を叶えるための踏み台にしか過ぎないという嘲り。
すべてが、ヘクトルの嫌いな要素だ。
ヘクトルの嫌いな人間の要素のすべてを詰め込んだ男が、セッツァー=ギャッビアーニなのだ。

「言ってくれるな! 俺はただ、肩で風を切って歩きたいだけさ!」

毎日のように酒に明け暮れる日々に戻るのだけは御免こうむる。
夢を追いかけることの意味を取り戻したセッツァーからすれば、あの日の自分は消し去りたい汚点である。
こんな時だからこそ、夢を追わねばならないのだ。
こんな荒廃しきった世界だからこそ、夢を実現させるのは困難だ。
だが、実現不可能と言われる夢を実現させてこそ、やりがいがあるのだ。
難易度が高ければ高いほど、セッツァーの情熱の炎は高ぶる。
誰にも恥じることのないギャンブラーとして、セッツァー=ギャッビアーニとして生きるために。
ここで勝つことは絶対不可欠の条件なのだ。

「ほらよ!」

突き出される槍を、ヘクトルはバックステップすることでやり過ごす。
そのまま、次なる行動に移るかと思いきや、ヘクトルは来ない。
見れば、ジャファルもピサロから離れ、ヘクトルの横についている。
つまり、ヘクトルたちの作戦は半分達成されたのだ。
今ヘクトルとジャファルがいるラインが最終防衛ラインであり、それ以上は南へ行かせまいと立ちはだかっているのだ。

ついに、来てしまった。

このラインを、ヘクトルとジャファルは文字通り死守するに違いない。
あとは、残った仲間が事を成すのを待っていればいい。
ヘクトルたちは動かない。
ピサロとセッツァー側が動かない限りは、無茶をする気がないということだろう。
そんな危ないことをしなくても、いずれ数で押しつぶせる時がくるのだから。
ピサロとセッツァーも、足を止めて小休止する。
闇雲に攻めても意味がない。
ここで一度策を練り直す必要がある。

「どうする? 思いのほか状況は悪いぞ」
「ああ、ジャファルがあんなに物分かりが悪いのが計算外だったな」

ニノを殺したのはピサロだが、それを指示したのはセッツァーだ。
どっちが悪いか議論するなど馬鹿げているし、仲間割れの可能性も含んでいる行為をするなど論外だ。
それはヘクトルたちが最も望んでいる行為なのだから。
すでに魔王との同盟は切れているに等しい状況。
この二人で、残る人数を滅殺しなければならない状況。
考える時間はあまりにも少ない。
逃げの一手か。
逆に南にヘクトルたちを押し返して、魔王とカエルのコンビと連携をとるか。
タイムリミットはもうない。
魔王の体力的な意味でも、もう自由に動けるエリアがほとんどないという意味でも。
逃げたとしても、待っているのは袋小路に追い詰められたネズミと同じ運命しかない。
苛立ちを抑えるのに必死なピサロとセッツァー。
空を飛ぶ機会を永遠に失ってしまう。
愛する人の御霊を呼び戻す機会を永遠に失ってしまう。
共に焦燥感が募るばかりで、有効的な策が見つからない。

ふと、セッツァーがヘクトルとジャファルの方を見やる。
何を言っているかは聞こえないが、大体の見当はつく。
大方、ここにセッツァーとピサロを押さえつけるための作戦の指示を仰いでいるのだろう。

「……待てよ?」

その時、セッツァーに天啓がひらめく。
セッツァーが気になっていたあること、それを突いてみるというのはどうか。
どの道、逃げの選択肢はあり得ないという結論に達して、どうやってあの壁を突破するかに議論の焦点が移っていたのだ。
少なくとも、あの天からくる巨大な炎が降り続ける限りは戦闘が継続している証なのだから。
それをピサロに提案すると、ピサロは眉を顰めながらも承諾の返事をした。

「よくもまあそんなことを思いつく。 貴様、元の世界に戻ったら詐欺師にでもなったらどうだ?」
「ククク、生憎とそんなケチな職業につく気はないな」

セッツァーからすれば、ギャンブラーと詐欺師には大きな違いがある。
どちらも大金を手に入れるために相手を騙すという点から見れば同じだが、セッツァーは金には興味がない。
公平な状況から勝つために、時には相手を騙すことも必要とされるギャンブラー。
初めからお金を手に入れるために、人を騙す必要のある詐欺師。
セッツァーはギャンブルの持つスリルとロマンが好きなだけだ。
目も眩むような金銀財宝に興味などなく、それを手に入れる過程を楽しむ。
さて、ファンブル一歩手前のこの状況から、見事流れを引き寄せることはできるか。
セッツァーは不敵な笑みで言った。

「ジャックポット……いや、クリティカルは出るぜ。 出してみせるぜ」

こんなものは、セッツァーがジャファルと交流したわずかな時間から見出した綻びに過ぎない。
しかも、それが真かどうかは分からない。 
拙い論理から導き出された可能性の話でしかない。
そうだ、これは賭けなのだ。 絶体絶命の状況から奇跡の大逆転を掴み取るギャンブル。
滾らないでどうする。 これに熱くならないで何でギャンブラーを名乗れる。
万事休すの状況から勝つことこそ、ギャンブルの醍醐味の一つではないか。
ピサロはセッツァーの笑みの意味が理解できない。
こんなことに愉悦を見出す人間はやはり愚かな存在かと、改めて認識しただけだった。
話もまとまったところで、ピサロとセッツァーが最終防衛ラインへと向かう。
しかし、先ほどとは逆にヘクトルの相手はピサロが、ジャファルにはセッツァーが相対する。

「セッツァー!」

怒り心頭のジャファルの一撃を、かいくぐるセッツァー。
素早さを犠牲にしたその速度が、今のセッツァーにはありがたかった。
短刀を使われていたら、死んでいたかもしれない。
加えて、セッツァーが目論んでいるのはジャファルの撃破ではない。
意図的に距離を離し、死神の札を投擲して牽制する。
そう、セッツァーの攻撃の本命は槍でも攻撃用の札でも魔法でもない。
ジャファルの内面から抉る、心の刃なのだから。
人の欲を知り尽くしたセッツァーの、悪魔の一言が口から発せられる。

「ニノを殺したのはお前だよ。 言いなりのお人形さん」
「何だと!?」
「知ってるかお前? 俺の指示には全て従っていたこと」

それのどこがおかしいのか、そう言いたげなジャファル。
マーニ・カティを突出し、セッツァーの心臓を抉り取ろうとする。
一時とはいえ共闘したのだから、仲間割れを防ぐためにも反発はさけるべきなのだ。
理屈の上ではそうなるだろう。
しかし、セッツァーは別の解釈を見出していた。
最後の指示、ニノの相手をするのはピサロだと聞いていた時、それに従ったこと。
その一事から、セッツァーはある推測を立てる。

「要するに手前ェは、常に誰かの指示を聞かないと生きていけない人間だってことだよ!」

自分が守ると決めた人間の運命を、他人の手に託すことなど通常から考えればありえない。
ヘクトルのような信のおける人間はともかく、ピサロはいずれジャファルと敵対し、ニノも殺すことが確定してる人物なのだ。
理屈の上でならなんとでも説明できることでも、いくつも続けばその綻びは否が応でも目につく。
此処に至って、セッツァーはある結論に達した。
ジャファルは誰かに決断を委ねるのが当たり前の思考回路。
つまり、指示を与えてもらわないと生きていけない犬なのだ。
ピサロとセッツァーをジャファルは信用していたのではない。

その指示に従うことを当然と考える、ジャファルの歪みこそがこの戦いを打開するチャンスなのだ。

ジャファルの顔が愕然と揺れる。
そして、その顔を見た瞬間、セッツァーは己が推測に間違いがないことを確信した。





ジャファルがそうなった経緯を説明するには、ジャファルが生まれた頃まで話を遡らねばならない。





積み重なった無数の死体の中にいる自分。 原初の記憶はそれだった。
無数の『死』の中で生まれた『死』に祝福された人間。 後にその赤子が死神と呼ばれ、恐れられるようになるのも無理はない。
その赤子だったジャファルがどういういきさつでネルガルに見つけられ、気に入られたのかは今となっては知る由もない。
ただ、ネルガルはモルフとは違う戦闘マシーンを求めていたのは確かだった。
ネルガルはジャファルを赤子の時から暗殺の手練手管を教え込み、食器の扱いを教えられるよりも先にナイフの使い方を教えられた。
死こそがジャファルの日常であり、血の臭いこそがジャファルの安らげる香りでもあった。
そんなジャファルが、ネルガルの指示に反するという行為はあり得ない。
いや、そもそもそんな行為を思いつくことすらしなかった。
ネルガルの言うとおりに人を殺し続け、いつか使えなくなったら指示された通りに死ぬ。
指示に疑いを持たず、ターゲットは確実に仕留め、用済みになったら迷いなく自殺する。
なんと優秀な暗殺人形であろうかと、自分で思ったことすらあった。
自分が如何に普通とはかけ離れた存在であるかも、一応は認識していた。
しかし、自分の境遇を不幸だと思ったことは一切ない。
そうやって育てられたからという問題ではない。
元々自分はこういう人間なのだろう。
きっと、自分は生まれたその瞬間から脳の機能のどこか一部が欠落か故障でもしていたのだろう。
死に魅入られた人間が、死の世界に生きるのは至極当然のこと。
ネルガルに育てられなくても、いずれ自分はこんな道に堕ちていた。
そうジャファルは確信していた。
ニノを守ると決めたあの日までは。

あの日からジャファルは最強の暗殺者を捨て、ただ一人の人間としてニノを守ると決めた。
自分の意志で生き、自分の意志でニノを守ろうと。
しかし、この島でジャファルは再び暗殺者に戻ることを決めた。
誰かに支持を委ねることが当たり前の世界に、舞い戻ったのだ。

「違う! 俺は、自分の意志でニノを守ろうとっ!」
「違うね! 手前ェは考えるのが面倒で安易な道を取っただけだよ!
 楽だもんなァ! 誰かを殺す道を選ぶのは! 簡単だもんなァ! 何も考えずに生きるのは!」

本質的に、ジャファルは他人に支持されないと生きていけない人間なのだ。
シンシアのような殺しのいろはも知らぬ女ならともかく、勝ち筋を明確に導き出すセッツァーの策には従う。
どんな理不尽な要求でも、ニノのためだと自分の中で言い訳すれば従えたのだから。
その方が楽なのから。
オディオを殺して、皆で生き残る方法をジャファルは考えなかった訳じゃない。
ただ、オディオ打倒の方法の見当たらなさや、ニノ以外を殺すのが現実的な手段だと思った結果、殺しの道を選んだのだ。
首輪のことや、オディオのいる場所を考えることよりも、短刀を振って参加者を殺すことの方が考えずに済むのだから。
セッツァーももはや適当な言葉をぶつけているだけだ。
ジャファルが揺れているのを確信して、手当たり次第にそれっぽいことを言っているだけだ。
セッツァーはジャファルの思考を読み取っているのではない。
ジャファルの思考を無理がないように、それでいて最大限に悪意のある解釈し誘導しているだけだ。
ジャファルの生まれや育ちなど、セッツァーは微塵も知らないのだから。
重要なのは、ジャファルにその心当たりがあることだ。

「お似合いだぜその首輪! この島で誰よりもな!
 鎖か紐でもつけたらもっと似合うだろうよ! 首輪付きの勇者サマよぉ!」
「違う!」

威勢はいいものの、ジャファルの繰り出す刃には陰りが見える。
心当たりでもあったのか、大いに揺れているのがセッツァーの目にも見える。
低い笑い声が漏れると同時に、自分の人を見る目の無さにうんざりもした。
こんな男を勇者と呼んでいたのかと。

「いいや違わないね! お前はただ『ニノの嬢ちゃんに言われたから』勇者をやっているだけさ!
 自分の意志で考えたことなんて、お前さんには一度だってありはしないのさ!
 ふざけてるぜお前……。 嬢ちゃんのために仲間を殺したのに、嬢ちゃんに言われたらあっさり意見を翻すのか?」

不意に、セッツァーの声に怒りが混じり始めた。
それはセッツァーからすれば許しがたい行為であった。
仲間殺しの罪を背負っても、こうと決めた道を貫き通す。
それは血塗られた道であろうし、茨の道でもあろう。
だが、拙い道とて、貫き通せばいつかは得られる物もあるのだ。
なのにジャファルは、セッツァーが勇者と見込んだ男は愚かにも道を逆走し始めた。
あの時、仲間殺しの汚名を受けることを選んだジャファルの決意を、ジャファルは自分自身で踏みにじったのだ。
セッツァーにとって、ジャファルの裏切りはふざけてるとしか言いようがない。
リンやフロリーナや松を殺しさえしなければ、この場にいただろう。
さすればピサロもセッツァーも、あっという間にやられていただろう。
文字通り、彼ら彼女らは無駄死にしたのだ。
セッツァーやジャファルの目的の糧にすらなることなく、一人の男の我侭で人生を絶たれたのだ。
間違った道とはいえ、その先には確かにニノの生きる姿があったのに。
トドメとばかりに、セッツァーは喝破する。

「手前ェは卑しい変節漢だ! 女の意見でホイホイ宗旨変えだと!?
 一度鏡で自分の姿を見てみろ、最低の自分をな!」
「おいジャファル! 惑わされるんじゃねえ!
 ニノの言葉を他でもないお前が疑ってんじゃねえよ!」

遠く離れた場所でピサロと戦っていたヘクトルの声が響く。
セッツァーの声は聞こえていた。
しかし、聞こえていたところでどうしようもない。
ヘクトルにできることと言えば、こうやってピサロの攻撃をいなしながら言葉を投げかけることだけだ。
そんな風に、あの時のニノの言葉をジャファル本人が蔑ろにすることだけは許せない。

「馬鹿な……」

既に、ジャファルのアイデンティティは崩壊していた。
考えてみれば、ジャファルの行動原理の中心にはいつもニノがあった。
ニノのためなら、どんなことさえできるつもりだった。
しかし、それは依存だったのか?
ニノのためだというその献身は、究極の思考停止に過ぎなかったのか?
借り物の言葉で、よく知らない内に勇者になろうとしていただけなのか?
確かに、最初からニノのためにオディオを殺すと誓っていれば。
あの時、ようやく再開できた雨の中の戦いでニノの手を振りほどかなければ。
セッツァーの策に従わず、ニノの相手を自分が務め確保していたら。
ニノは死ななかったのかもしれない。
今もニノは自分の隣で生き続け、共に人生を歩むことができたかもしれない。
ならば、ニノを殺したのはやはり自分のせいなのか……?

最強の暗殺者だったジャファルに、ここで致命的な隙が生まれる。
『疾風』の異名を持つラガルトがジャファルにした忠告が、今まさに実現される。
人間になった代わりに完璧な強さは失われ、人間らしい脆さが生まれた。
『死神』だった頃には惑わされることのなかった相手の言葉に、いいように翻弄される。
特に、何よりも大切なニノのことだからこそ、ジャファルはセッツァーの言葉が無視できない。
人の心を理解したばかりのジャファルにとって、セッツァーの辛辣な言葉は深い部分にまで刺さってしまう。

「仕上がりだ! 旦那!」
「待ち詫びていたぞ」

そんな時、唯一沈黙を守っていた魔王の言葉が響く。

「双填・ゼーバー×ゼーバー――」

断罪の言葉が、急激な魔力の高まりとともに発せられた。
遠く離れたピサロだが、アルマーズのみのヘクトルと違い、ピサロには向こうへ介入できる武器がある。

「貴様のような木偶が、あの娘の傍にいるのは気に食わんな」

唯一認めた人間だからこそ。
唯一ロザリーの傍にいてもいいと思った人間だから。
ニノの隣にジャファルが立つのを受け入れることは許さない。
死の臭いのする男の吐く息など、ロザリーには毒でしかない。
負の要素など、ロザリーの周りには一つたりとも置いておけない。
故に、始末する。 一片の後悔もなく、明確な殺意をもって。

(安心しろ娘よ、宣言通り今からお前の仲間を届けてやる。
 尤も、すぐにロザリーと一緒に戻ってきてもらうがな!)

バヨネットの撃鉄を叩き、一点に集中された黒でも白でもない魔力が発射される。

「デジョネーター<アカシックリライター>ッ!」






――――そして、勇者となった元暗殺者は死んだ。



【ジャファル@ファイアーエムブレム 烈火の剣 死亡】
【残り11人】









時系列順で読む

投下順で読む


139-3:私がわたしを歩む時-I'm not saint-(後編) ピサロ :141-2遥かなる理想郷
セッツァー
ヘクトル
ジャファル



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年01月31日 23:01