瓦礫の死闘-VS究極獣・Radical Dreamers-(前編) ◆wqJoVoH16Y



「ギャンブル場をつぶして改造すれば、もっと速くなるぞ」
そういってちょび髭のオッサンを故障したエンジンルームから蹴とばしたのはいつのことだったか。
ポーカーフェイスもへちまもない、未通女でもあるまいに。
少々大切な場所に触れられた程度で手を跳ね除けるとは。
今から時を越えられるなら、少し自分に説教したいくらいの情けなさだ。

「大切なのね、この船が」

振り向けばそこにいたのはティナだった。
こうして改めて見ると、セリスとどっこい……いや、別路線で攻めればあるいは……
頭に沸いた妄想を振り払う。エドガーじゃあるまいに、そんなことを考えたのは、もう一人の女のことを考えたくなかったからか。
「きままなギャンブラーぐらしをしてる俺にも、若いころは必死で打ち込める事があった…」
ほら、よくない。こうやって雪崩式につまらないことを思い出して、
「こいつを世界一速い船にして大空をかける…そんな夢を追いかけていた」
もう追いかけるつもりもない夢を、誰かに語ってしまう。
「そのころは俺を夢にかり立てるヤツがいた。世界最速の船、ファルコン号をあやつる飛空挺乗りだ」
誰にも聞かせたことのない歌を、歌ってしまう。
「俺とヤツは… 時にはよきライバル、時には夢を語り合う親友だった。
 どちらが先に空を突き破り、満天の星空の中を航海できるかと……」
青臭い。ギャンブラーとは程遠い。ガキ相手だからとガキの話をしなくてもいいだろうに。
ほら、そのくらいでやめておけよ。バレちまうぞ。

「……だがヤツがファルコンと共に姿を消した時、俺の青春も終った」

そう、セッツァー=ギャッビアーニの懐いた夢は、世界の崩壊とともに壊れたのではないのだ。
その遥か昔――ブラックジャック号にギャンブル場ができたとき、
ある一人の飛空艇乗りが死んだとき、とっくに終わっていたのだ。
ギャンブル場などという重しを翼に乗せて、世界最速の夢を潰しておきながら、
それでもその翼を折って完全に潰す勇気もなかった。
叶えるつもりもなく、叶わないと頭を垂れることもできず、残ってしまった命を、ギャンブルの刺激に浸らせていた。
そのくせ、いざ自分の翼が折れてしまうと、踏ん切りをつけるどころか酒浸り。
ブラックジャック号があろうがなかろうが変わらないのに。
あいつの言うとおりだ。宙ぶらりんに翼を残して、薄めに薄めて人生――――それがギャッビアーニという銘の酒だ。

「多分な、夢を残したまま、死にたかったんだと思う」
自分という名の酒をちびちびと飲みながら、セッツァーはそう吐いた。
「叶える気もない、だけど諦める気もない……だから、夢に酔ったまま死ねれば……」
薄すぎる酒を舌の中で転がし、懸命に味を探す。
マリアを奪いたかったのも、帝国とのギャンブルも……つまるところ、死ぬまでの暇潰し。
消極的な自殺といってもいいかもしれない……それがギャンブラーとして良く回転したのは皮肉だったが。

「なんだ、飲み返すと馬鹿馬鹿しいな。こいつ何がしたかったんだ。死ねよ」

そういって自虐を浮かべながら、セッツァーはさらに一献を飲み干す。
アティという女を嗤えないではないか。死にたければ死ねばいい。
ブラックジャックを有り金全部で改造し、最速の果てへヤツに会いに行けばいい。
満天の星空の中で満足に笑って死ねばいいのだ。

「……? 違うのか。“俺の夢は、それじゃないのか”」

味蕾に走った痺れを逃がさぬように、セッツァーは口にその微かな風味を反芻する。
もしも、真に世界最速が彼の夢であるのならば、奴が死んだからと夢を諦める意味はない。
奴の航路データを基に改めて世界最速に挑めばいいだけだ。
それを俺は諦めた。俺の夢は、奴の死と共に終わってしまったから。

――――今度のテスト飛行は危険かもしれない。

まさか、俺がアイツに恋をしていたとでもいうのか。
世界最速になりたいのではなく、世界最速を夢見た女の傍にいたかった、ただの野郎だったのか。

――――私にもしもの事があったらファルコンはよろしく。

「バカ言え」
違う。ふと浮かんだあまりに詰まらない答えを押し流すように、セッツァーは杯を空にした。
アイツはいい女だった。だが、俺はあいつを止められなかった。
無茶だと、危険だとわかっていても、あのテスト飛行を止められなかった……止めなかった。
「アイツが一番輝くのは、空の上だ……あそこで風を切らなきゃ、咲けない花なんだよ」
懐から一枚の栞を取り出す。
無理やり船から降ろして、どこかに閉じ込めて、死んだら困る俺の女になれと言えばよかったのか。この栞のように。
出来ればとっくにしていたろう。だが駄目なのだ。摘み取ってしまえば枯れてしまう。
そして……俺が美しいと思ったのは……ありのままの花なのだ。夢に咲いた花なのだ。
「俺の前から逃がさねぇと言ったろうが……勝ち逃げのつもりかよ……俺は……俺はな……」
酒を飲むたびに少しずつ、少しずつ、体内で酒精が蒸留されていく。薄め続けてきた退廃的な生を濾過していく。
奴に勝ちたかった。奴よりも少しでも速く有りたかった。
それが、摘めば枯れる花を愛でる唯一の術だった。世界最速など、その結果に過ぎない。
ならば何故。何故俺は、アレを美しいと思ったのだ。恋ではない。肉欲など雲海にありはしない。

――――いつまで後にいるつもり? くやしかったら私の前に出てみな。
「俺は、ただ……」
圧倒的な強さで流れていく大気。激烈で苛烈で猛烈な流れが生む心地よい冷却を全身で感じ取る。
轟音にも等しい大気の鳴き声。銀髪と黒い裾をはためかせて、対峙する夕陽の何と荘厳なことか。

――――それとも私のおしりがそんなにみりょく的なのかしら?
「……お前の尻も悪くはないけどな……」
杯が満たされたとき、瓶の口から滴が垂れて、波紋を立たせた。これが最後の1杯だ。
この太陽の輝きには全てが霞む。太陽に最も近い場所で、俺は太陽を追う。
どんなギャンブルでもこの高みには辿り着けない。
生<リターン>と死<リスク>が融合した場所で、俺はただ挑み続ける。
眼下の大地など興味はない。見下して得られる悦など、この輝きの前には無に等しい。

――――これからが本番よ。きろくをぬりかえるわ!
「やっぱり、見たいじゃないか。俺だって男だからな」
ああ……あの赤く燃えた夕陽の向こうで、高らかに歌った花よ。夢に輝いた、最高の光よ。
ひょっとしたら……お前に俺の顔なんて見えちゃいなかったかもしれない。
誰よりも速いお前は、空ばかり見ていたから。
それでも構わない。むしろそれがいい。後ろを省みるなんて、お前には似合わない。
俺の存在が僅かにでも重荷になるなら切り捨てろ。
だから突き抜けろ。俺も誰も省みず、より速く、より強く、より高く、咲き誇ってくれ。

――――くもをぬけ、世界で一番近く星空を見る女になるのよ!
「その向こうでお前がどんな顔をしてるのか、気になってしかたねえんだよ……ダリルッ!!」
そんなお前を越えて、お前の顔を正面から見て、正々堂々と奪っていくから。

「うっぷ、ぷぷ、ふくくく、くは、ハハハハハハハハッッ!!」
最後の一滴までも飲み干したセッツァーの口から、げっぷと共に笑いが迸った。
薄めに薄めて、もう味もろくに分からなくなった俺の酒……それでも、延ばし延ばして絶やせなかった俺の夢。
生と死の狭間、空を突き抜けた先の星空を見たいと言った君は、そこでどんな顔をするのだろう。それはきっと何よりも美しい。
だから最速なのだ。尻を追うだけでは見えること叶わぬ。肩を越えて顔を拝むためには最速になるしかない。
世界最速のいい女の顔を見たかった。ただそれだけの、青い春だったのだ。

「これが俺の酒か! なんて青臭え!! 鼻が曲がる。舌が痺れる。不味いったらありゃしないッ!!」

笑い過ぎた息を整えながらセッツァーは立ちあがる。
トルネコ<世界一の武器商人>、ヘクトル<理想郷>、アティ<傷つけたくない>、
ロザリー<貴方に届け>、無法松<燃え尽きた夢の灰>、ジャファル<君に生きてほしい>。
ここまでにセッツァーが呷り煽ってきた数々の酒器達が並べられ、それを見てセッツァーは心の底から不明を恥じる。
アキラの言うとおりだ。己は薄い自分の酒の味を恐れ、他人の酒を呑んで難癖に絡む酔漢でしかなかった。
愛すべき仲間たちの銘を受けた色取り取りの酒も並ぶ。
帝国の独裁から自由を勝ち取ろうと願われた夢が硝子の向こうで輝いている。
それだけじゃない。これまでセッツァーが味わったことのない酒瓶も並んでいた。
これから注がれる夢も、あと一滴しか残っていない酒も、どれもが自由に輝いている。
環境は苛烈。ふとしたことで失敗してしまった酒もあるだろう。それでも、人は夢を創り続けている。
みんな違うのだ。素材も、製造法も、熟成も。そうやって夢に満たされたのが、世界じゃないか。

「……どうしてくれんだよ……不味過ぎだぜ。不味過ぎて不味過ぎて……」

そんな美酒、名酒集う酒場で、セッツァーはようやく得心する。
世界にはこんなにも夢が、溢れているのだ。だったら、その事実を先ず受け入れて――――

「もうこの酒しか呑めねえよ」

“俺の酒以外全部棄ててしまえ”――――――この空には、俺の夢だけでいい。


夢見たあなたは 遠いところへ
Oh my heroine, my dream ,Shall we still be made to part,

色あせぬ永遠の夢 誓ったばかりに
Though promises of perennial dream Yet sing here in my heart?


「なんだ? 何を言ってやがる?」
セッツァーを吹き飛ばした血まみれの鉄拳を布で拭いながら、アキラはセッツァーから聞こえた声を訝しむ。
怒れどもゴゴのこともあり、確かに殺しはしていないが、それでもダメージは致命的な筈だ。
なのに倒れた相手から湧き上がる音は、ひどく場違いで、はっきり言って不吉でだった。
「……歌、ですか……?」
アキラと共にそれを聞いたちょこは、それを歌だと思った。ちょこがイメージする歌に比べ、やけに芝居がかった音調だったが。
だが、歌姫シャンテの歌を聞いたことがあるちょこは、そこに得も言われぬ悪寒を覚えた。
魂の込められた歌は、聞き手を歌い手の世界に誘う。聞いてしまえば、二度と帰ってこられないような世界に。


「……何、これ……?」
ピサロが変態を終える前に、聖剣の一撃で消し飛ばそうと構えていたアナスタシアの手が止まる。
か細い音は、しかし決して断てぬ糸のように伝っていた。
その歌にアナスタシアの過去が共振し、彼女は確信する。
あの歌は、よく似ている。かつて生贄となったとき、私が世界に歌った呪い<シニタクナイ>の歌に。
「え、ルシエド、なんで震えて……ッ!?」
歌に共鳴したのは、アナスタシアだけではなかった。その手に持った聖剣ルシエドが大きく震えている。
そして――――


悲しいときにも つらいときにも
I'm the darkness, you're the starlight Shining brightly from afar.

空に降るあの星を あなたと追い
Through hours of despair, I offer this prayer To you, my evening star.


肉塊の内側から響く歌と共に、止むことなく連鎖していたデスピサロの進化が止まった。
「……まさか、お前がこんな歌を歌えるとは思わなかったな」
デスピサロへの変生のさなか、失われていくピサロが自嘲した。
誰が歌っているかなどどうでもいい。だが、その歌に、残されたピサロの意志が呼応した。
「ああ、そうだ。お前に歌われるまでもない。私は誓ったのだ。二度と忘れぬと、永遠に愛すると」
一瞬たりとも『勇者』に囚われてしまった不明を、ピサロは胸の深い所で自省する。
背中の火傷の記憶が、デスピサロの道へ歩みかけた自分を叱咤しているようだ。
済まないと思う。だが、もう一度成りかけたのも、そうそう悪いものではない。そうピサロは苦笑した。

「礼を言うぞ、オディオ。お陰で思い出すことができた……私は、3度もロザリーを殺していたのだな」

誓いを立てた今だからこそ分かる。人が真に死ぬのは、命果てた時ではなく、忘れられてしまった時なのだと。
ロザリーは人間によって殺された。そして、この島で魔王と勇者の雷によってもう一度死んだ。
だが、真に罪深きは――進化の秘法によって全てを憎悪で塗り上げ、ロザリーを忘れてしまった2度目の死なのだ。
忘れぬ限り、愛は終わらない。受け取った心を捨てぬ限り、永遠はなくならない。

――――ならば『敗北』するというのか? どんな綺麗ごとを述べようが『勝者』にならねばお前の大願は果たせない。
    そのためには『力』が要るだろう。ならば憎め。愚かな人間を憎め。愛を逆さに変えて憎しみに進化せよ。

闇が、そう言った気がした。どこか哀願するような口調で、同病を相憐れむように。
それは至極正論だった。ピサロもそれしかないと思っていたからこそ、僅かにもデスピサロへの道を選びかけたのだ。
「違うな。誰も彼もが愚かなのだ。そこに人間も魔族もない。我らは、等しく愚者だ。
 それさえも忘れてしまえば、我らは罪人ですらなくなってしまう」
だが、ピサロは知っていた。力だけが全てではないことを。
その矮躯であっても、炎のように駆け抜けた一人の少女の愚かさを。
愛する人の願いを理解しながらも、その願いを踏みにじって歩く自分の愚かさを。
かつてロザリーの命を奪った欲望も、ピサロが抱くこの願いも、等しく愚かなヒトの夢なのだ。
「最早、憎しみなど抱かん。私はただ、この夢を――――愛を貫くだけだ。
 立ち塞がるならば等しく殲滅する。誰もと同じ1人の愚者として、私はロザリーを愛し続けるよ」
かつて人間を憎み抜いた魔王は、ただ一人の男として、その愚かな世界で足掻き続けることを選んだ。
ただ一個の生命として、ただ一個の生命を想い続ける。
そこに一部の隙もなく、有象無象の人間を憎む隙間などありはしない。

「失くした程度で砕ける愛など、憎しみに変えられる程度の愛などもう要らん!
 進化に逆らってでも、今度こそ、この愛を徹して見せるッ!!」

デスピサロとして憎むのではなく、ピサロとしてロザリーを愛し続ける。
闇の中で高らかに告げられた愛に、ピサロの胸の中で何かが白く輝き始める。
「これは、あの店主の……!?」

――――その想いは、力へと至り、狂愛となりて我へと届く。

ピサロの懐から光が飛び出る。それは古ぼけた石像だった。
女神を象った、かつて愛を司った存在の骸が、強烈な光を放つ。
その光に、ピサロの心臓が高鳴った。締め付けられるほどに胸が苦しくなる。

光の先に女性の影が浮かぶ。その輪郭を一目見ただけで、ピサロはこれが夢かと錯覚した。
そして、ピサロはその胸の高鳴りを吐き出すように、この歌に続いた。
どうか夢なら醒めるな、待ってくれと、その影に手を伸ばすように。


望めぬ契りを 交わしてしまった
Must my final vows exchanged Be with him and not with you?

どうすれば なあ、おい 言葉を待つ……
Were you only here To quiet my fear… Oh speak! Guide me anew.


紡がれる歌は輪唱となって、物真似師の戦場にも響く。
苛烈な剛剣の一撃をいなし続けていたゴゴの手が止まる。
「……これは……オペラ…………セッツァー、なの……?」
世界を渡り物真似をし続けてきたゴゴには、この歌がなんなのかに見当がついた。
オペラ座の演目の中でもタコとトレジャーハンターのいわくを持つオペラだ。
「キャプテン……お前は何を、いや“どこに行くつもり”なんだ……ッ!!」
アナスタシアの物真似が解れるほどに、ゴゴの中に言いようもない悪寒が走る。
この歌劇は知っている。それにまつわる、仲間たちの物語も聞いたことがある。
だが、この血を流さんばかりの絶歌は、ゴゴの中にある世界には存在しなかった。
この歌に導かれるように、ゴゴの中のブリキ大王が消失する。
自分の知るマーダーであるセッツァーさえも置き去りに、セッツァーが変わってしまう気がした。
「セッツァー……ッ!!」
「余所見をするな、“フレアが来るぞ”ッ!」
飛翔せんとするセッツァーの手を引かなければならない。
そう思って意識をセッツァーに向けたゴゴの背後で、超熱が生成される。
イスラを守り続けているストレイボウの叫びに、ゴゴが再ぎ向き直った先には、
ゴーストロードが掲げた魔剣ラグナロクからフレアが放たれていた。

ふと、セッツァーは手を止める。
どこか遠くで、自分の名を呼ぶ声がした気がしたが、爆音に掻き消えてはっきりと分からなかった。
「いいか、どうでも」
そういって再び歌を口ずさみながら、セッツァーは酒場にある全ての酒瓶を砕いていく。
大口径の44マグナムの銃弾が、この島に集められた酒をバリバリと割っていく。
トルネコを、ヘクトルを、トッシュを、アティを、ニノを、ジャファルを、目につくもの片っ端から破壊していく。
一々批評なんかしない。お前たちの酒が旨かろうが不味かろうが、これが唯一絶対の俺の酒だ。
あの沈みゆく夕陽に咲いた輝きさえあればそれでいい。他の雑味など全て無くなれ消え失せろ。
デスイリュージョンの刃が、かつてブラックジャック号のバーに並んだ酒瓶を切っていく。
ロック、ティナ、セリス、カイエン、マッシュ、エドガー、ガウ、ストラゴス、リムル、モグ。
かつて共に夢見た自由の酒も、等しく捨てていく。
瓶の切れ目から血のように酒が床に流れても、セッツァーには何の感慨もなかった。
「悪いな――――お前らも邪魔なんだよ、重くて」
これまで手抜きに薄めてきた我が夢をここから挽回する。その為には全力疾走しなければならない。
ならば過去も友誼も全て不要。後ろを向けばその分遅れる。誰かを“省みる”なんて無駄なことはできない。
セッツァーの魔法が、溢れた酒に引火する。火は瞬く間に酒場を焼き、紅き風にセッツァーのコートが翻る。

「いいぜ、ここを超えることができりゃ、俺の勝ち。だったら、全賭け<オールイン>だ」

記憶を棄てる。絆を棄てる。銘を棄てる。胸に抱くは夢だけで、その自我こそが空に続く唯一の道。
全てが燃えて果てる中で、セッツァーは己が手に持った酒を呑んだ。
舌の中で湧き上がる芳醇。かつて抱いた限りなく純粋な夢の味が、セッツァーに広がった。
ゴミ<他人の夢>も不純物<仲間>も入らない、本来の夢が、その掌にある。

ならば、今この時。 セッツァーが空で、空がセッツァーだった。

夢以外の全てを棄てる。何もかもが軽い。我が夢だけで満たされたこの空は希望そのものだ。
だから、望む。燃料<夢>はある。目的地<希望>も見つけた。だから、最後に望む。
ダリル、君の背中を追う為の翼が欲しい。
最速を追うための翼もまた最速。誰にも追いつけぬ、どんな障害もするりと抜ける翼を。

その欲望が迸ったとき、セッツァーの懐に黒き光が輝き始める。
右手に収まるのは銃ではなく心臓。日常への回帰を夢見た一人の男の、希望と欲望の結晶。
その幻想の心臓に亀裂が入る。真実に至ったギャンブラーの感情に、希望と欲望が塗り替えられていく。
希望と欲望、二つに通ずるもう一つの感情――――『夢』に、全てが支配されていく。
なんと禍々しき希望か、なんと忌々しい欲望か。だが純粋である漆喰の夢はかくも美しい。
世界の守護者たらんであるゼファーが絶対に受け入れてはならぬ美しさ。
だが、同時に欲望でもあるこのファンタズムハートは、その善悪を超越した美しさを認めるしかない。

「翼がなくちゃ、夢を見られないからな」

平和を祈ったファンタズムハートが、大空の輝いた夢に染め上げられたとき、
砕けたダイスがその心臓へと混ざり、変性していく。
希望という翼に、欲望という翼に、夢という黒き鷹の翼に、堕ちていく。


ありがとう わたしの 空よ
I am thankful, my sky, For your tenderness and grace.

一度でも この想い 揺れたわたしに
I see in your eyes, so intense and wild , All doubts and fears erased!


久しく絶えし輝き……『愛』を忘れぬ者よ――――我は『愛』を司る貴種守護獣。
輝きの中に浮かぶ女神の影がピサロに言う。その後光は遍く全てを慈しむかのような優しさだった。

――――幻獣より生れし母親、魔王の娘、そして幼き未完の賢者……愛の萌芽は確かにあった。
    しかし、それでも我を目覚めさせる域までは届かなかった。“この世界は、愛を認めていないから”……

この世界を司るのは憎しみという愛の同種であり対極の感情だ。
どれほどの愛を魅せられようとも、遥かな過去に愛に裏切られた憎しみの王はそれを認められない。
愛とはいつか裏切られて喪われ憎悪になるもの。そうだと魔王が信じる故に、彼女はこの島に具現できなかった。

――――だがそなたは貫き、喪われてもここにある愛を示した。
    善悪賢愚の理を超えた愛が、本来存在できない私を呼び覚ました……

ピサロの狂気に等しい愛が、彼女を具現する。
本来ならば世界の守護者たるガーディアンロードがピサロのような魔王に手を貸すことはない。
だが、憎悪と表裏一体の愛を司る彼女は、他の3柱の誰よりも魔王達を理解していた。

――――歌うがいい、この憎悪の荒野で咲き誇る一輪の花よ。そなたの歩む道もまた1つの『未来』であり『世界』。
    そなたの前にあらゆる苦難が立ちはだかる時、我が威力、果てぬ絆となりて全てを退けてみせようぞ。

愛の光が、外界のデスピサロから亀裂を走らせて漏れ出す。
ロザリーないなくとも、否、ロザリーが居ないからこそ強く強く願った愛が奇蹟を起こす。
失くさない、喪わない、忘れない、壊させない――――その願いが、急激な進化に耐えきれなかった肉体を癒す。

――――告げよ、我が名を。そのとき、愛の抱擁となりて、激しく包み込む力とならん……


         「いしのめがみ」が砕け散ったッ!


強く 激しく こたえてくれて
Though the hours take no notice Of what fate might have in store,

いつまでも いつまでも あなたを追う……
Our dream, come what may, will never age a day. I'll fly forevermore!


「なんなんだ、その光は……ッ!!」
立ち上がったセッツァーから迸る忌まわしき光に、アキラのが細まる。
夢は砕いた。力は潰えた。ならばこの光は一体。

それは歌劇。運命に引き裂かれた男が、遠く離れた女を追い求める狂恋の歌劇。

「返して……アシュレーさんの光まで、奪わないで……ッ!!」

ちょこの悲痛な叫びなどどこ吹く風と、歌劇はクライマックスに向かう。
運命に沈みこんだ男の下に女の幻が現れ、己が心の在り方を確かめるのだ。

それは恋歌。届かぬ思いを、それでも届くと願いて誓う恋と夢の歌。

「それは、私が纏った力!? なんなの、それは、なんなのッ!?」
デスピサロの破片を吹き飛ばしながら立ち上った光を前に、アナスタシアは狼狽する。
ルシエドと同種の力を見間違うことはない。ならば、この力は――――


その結末は、女を取り戻さんと現れた戦士の帰還。
その終曲は、女を約束通り奪わんと現れたるギャンブラーの登場。


「もう一度、夢を見させてもらうぜ―――――――召喚ッ! ゼファー&ルシエド!
 Linking to the Material ―――――――――――――――Wake up, Code:Z&L!」

「永遠に、ただ君だけを愛している―――――ハイ・コンバイン! ラフティーナ!
 Conduct a symphony ―――――――――――――Access to limitted, Code:R !」


この時、一瞬、舞台は夢と愛に満たされた。





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144-3:瓦礫の死闘-VS黄龍・反撃は雷のように- アナスタシア 144-5:瓦礫の死闘-VS究極獣・Radical Dreamers-(後編)
ちょこ
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セッツァー
ピサロ
ストレイボウ
アキラ
イスラ
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最終更新:2012年08月25日 23:47