男の契約 ◆6XQgLQ9rNg
遠くから、潮騒が響いている。
無法松にとって波音は、罪を思い出させてくる音だ。
その音を聞いていると、クルセイダーズのリーダーを務めていたときに犯した罪の記憶が甦ってくる。
忘れてはならない記憶であり、償うべき罪。それが、無法松の意識を引っ張り上げる。
目を、開けた。どうやら、まだ生きているらしい。
一度死んだ身だというのに、まだ生きているというのも奇妙な表現だと無法松は思う。
小さな明かりに照らされて、木目調の天井が見えた。傷だらけでところどころ穴が開いていて、痛々しい印象を与えてくる。
「よう、気が付いたみたいだな」
身を起こしたとき、野太い声が響く。そちらを見ると、熊にそっくりな男が壁にもたれて座り込んでいた。
「俺は……気絶しちまってたのか」
無法松の呟きに、熊男が頷く。
「ああ。南の湖畔で倒れていたところを拾ってきたってわけだ。命に別状はなさそうだから、安心していいぜ」
安心などできるはずがなかった。何せ、あたりには彼女の姿がないのだ。
「緑の髪をした女は、流れ着いてなかったか?」
「いや。お前さんだけだったな」
無法松の胸が一気に熱くなる。付着した水滴が乾きそうなほどの激情が、無法松を焦がしていく。
衝き動かされて、立ち上がった。寝ている場合では、ない。
「ここは、何処だ?」
「島の北にある座礁船だ。地図で言うとA-07になる。
神殿に運び込もうかとも思ったが、そっちの方で爆発が見えたからな。
ちょいと遠かったが、ここまで運ばせてもらったぜ」
島の地図を思い出し、舌打ちが落ちた。
救ってくれた男を責めるつもりはないが、ティナと別れた場所から随分離れてしまったのは問題だ。
急がなければならない。あの化物じみた男から、逃げ切れていればいいのだが。
「世話を掛けた。すまんが、俺は行かせてもらう。のんびりしている暇はねェんだ」
駆け出そうとする無法松。その背に、熊男が声を投げかけてくる。
「何処へ行くのか知らんが、何があったのかくらい話してくれ。状況が状況だからな。情報が欲しい」
熊男の態度に、苛立ちを覚えた。
こんなところでゆっくりしている間に、ティナが命を落としていたら。
無法松は、自分自身を許せなくなる。女に守らせた挙句、その女を死なせたとあれば、男の名折れだ。
そうなったら、ティナは勿論、彼女の仲間にも顔が合わせられない。
「のんびりしている暇はねェって言っただろうが! 話なんざ後回しだッ!」
熊男を悪いと思っているわけではない。
だが彼を怒鳴りつけ、無法松は駆け出そうとする。湿った床が軋み、悲鳴を上げた。
不意に、無法松の肩を大きな手が掴んできた。睨みつけてやるが、熊男は意に介さない。
「あー、待て待て。手ぶらで行くつもりか?
悪いが、荷物を預からせて貰ってるんだ。お前さんがどんな奴か分からなかったからな」
水を吸ったデイバックを押し付けられる。
無法松が受け取ると、熊男がランタンを片付け、自分のデイバックを背負い始めた。
そして、立てかけてあった巨大な鍵のような鈍器を引っつかむと、無法松の隣に並ぶ。
にかりと笑い、熊男は無法松の背を叩いた。
「だが、そんな心配は無用だったようだな。急いでるなら、移動しながら話を聞かせてもらうぜ」
熊男の笑みは清々しい。助けてもらったこともあり、無法松は熊男に疑いの念を露ほども抱かずに笑い返した。
「……恩に着る。男無法松、この借りは必ず返す」
◆◆
座礁船の外に出ると、潮の香りが鼻腔をくすぐってくる。海風を浴びながら、二人の男は併走する。
「情けねェ話だ。俺は、ティナって女に救われたんだよ。あの、とんでもねェ野郎からな」
歯噛みが、言葉に交じる。口惜しさを感じさせる無法松の声に、熊男――
ビクトールは耳を傾ける。
「本当、とんでもねぇ野郎だった。飢えた野獣みてぇにギラついた目をした、髪の長い大男でな」
無法松が告げる男の姿を、脳に描いていく。淀みなく描いていけるのは、名簿に目を通してあったせいだろう。
「何もかもをブチ殺しそうな、殺気の塊だった。人間とは思えなかったぜ」
ビクトールの背筋に怖気が走る。無法松の表現が、誇張などではないと分かっているせいだった。
名簿の間違いか、性質の悪い嫌がらせかと思っていた。いや、信じたかった。
「……奴なら、喜んでこの殺し合いに参加するだろうな」
だが、どうやら現実らしい。ビクトールは、眉をしかめずにはいられなかった。
その男は相当の脅威だ。奴の恐ろしさは、身をもって知っている。
だが、死んだはずの男を呼び出した魔王オディオは、その男を遥かに超える脅威だと言わざるを得ない。
ビクトールは解放戦争に参加していたとき、死んだ人間が帰ってくる瞬間に立ち会ったことがある。
それは、全ての宿星と門の紋章が起こした奇跡だった。
その奇跡をたった一人で、しかも自在に起こせるとすれば。
真の紋章すら超越した、本物の化物だと言っていいだろう。
「知っているのか?」
尋ねてくる無法松に、ビクトールは重々しく首を縦に振った。
「
ルカ・ブライト。俺の知る限り、最も注意するべき男だ。強さは勿論、その残虐さは半端じゃない」
哄笑を上げる狂皇子を思い起こしただけで、冷や汗が頬を伝う。
悪夢の再来だとしか、思えなかった。
「なら、ますます急がねぇとッ!」
無法松が足を速める。焦りに押されて疾走する彼の腕を、ビクトールは掴んだ。
足を開き土を踏みしめ、つんのめりそうになる身を支える。急停止の後が、地面に刻まれた。
「何しやがるッ!?」
「なぁ、松。率直に聞きたいんだが」
神妙な顔で、ビクトールは言う。
「――お前、ルカに勝てると思うか?」
「はぁ!? 今はそんなことを話してる場合じゃ――」
「いいから答えてくれ。率直な意見が聞きたい」
真剣なビクトールの眼差しに、無法松は口を閉ざす。僅かな逡巡の後、短く息を吐いた。
「……正直、勝てるとは言い切れねぇな。けどよ、諦めるわけにもいかねぇだろうが。
女を見殺しにするなんて、男のやることじゃねェ」
無法松はビクトールの手を振り払おうとする。だが、ビクトールはそれを許さない。
「俺は、ルカを倒したことがある。お前よりは奴の気質や戦い方を知っているつもりだ」
「……何が言いてェんだよ」
怪訝そうに眉をひそめる無法松を、ビクトールは見据えた。
「ティナ、だったな。そいつは俺が迎えに行く。お前は、仲間を集めてくれ。
――オディオを倒すための、仲間を」
言うと、無法松が息を呑んだ。
構わず、続ける。
「魔王の名は伊達じゃない。あいつは、本物の化物だ。
俺たち一人一人が束になったって、勝てるかどうかは分からない。
でも、やるしかないよな? 立ち向かわずに屈するなんて、御免だろ?」
「当然だ。こんな馬鹿げたことを考える野郎を許せるわけねぇッ!」
無法松の啖呵に、ビクトールは歯を見せて笑う。
いい答えだと、思いながら。
「だよな。俺も同感だ。
だからこそ、仲間を探し集めてほしい。ルカみたいな奴が他にもいないとは限らないからな。
別行動を取って、少しでも早く、効率よく人を集めたほうがいい」
「だったら、お前が――」
食い下がる無法松を遮り、断言する。
「もう一度言うぞ。俺は、ルカを倒したことがある」
惑いなく言い切ってやると、無法松は奥歯を食い縛る。数十秒の沈黙の後に、彼は渋々、首を横に振った。
「……分かったよ」
その返答に、ビクトールは満足げに頷いて無法松の手を離す。
空いた手で名簿と鉛筆を取り出すと、名前の羅列を指差した。
「リオウ、
ナナミ、
ビッキー。こいつらは信頼していい。俺の名前を出せば、協力してくれるはずだ。
ジョウイは……悪い奴じゃあないし、こんな殺し合いを率先してするとは思えない。
だが、警戒はしておいてくれ。そして――」
「ルカ・ブライトは危険。そうだな?」
言葉を継いだ無法松に、頷きを返す。
「俺の知り合いはアキラだけだ。
で、エドガー、マッシュ、
シャドウ、セッツァー、ゴゴ。
こいつらがティナの仲間で、要注意人物はケフカって野郎だそうだ」
告げられた名前に手早く印をつけると、ビクトールは名簿と鉛筆をデイバックに放り込んだ。
「魔王が死者の発表をすると言っていたのは覚えてるよな? 三回目の発表の時に、ここでまた落ち合おう」
「ああ、分かった」
無法松は首肯すると、ビクトールを真っ直ぐに見据えて、唇を噛んでから、続ける。
「――ティナを、頼む」
「……やれるだけのことはやるさ。死ぬなよ、松」
「それはこっちのセリフだ。お前こそ、死ぬんじゃねェぞ」
互いの拳を、打ち付ける。その瞬間、二人の間で『死なない』という契約が結ばれる。
一瞬だけ笑みを交し合い、ビクトールと無法松は再び地を蹴り身を跳ばした。
二人の男が同じ信念を抱き、異なる方向へ駆けていく。
距離は、すぐに開く。
無法松の足音が完全に聞こえなくなったところで、ビクトールは息を一つ吐いた。
ビクトールは確かに、ルカ・ブライトを倒したことがある。
だがそれは、数多くの兵士と、十八人の精鋭と、優秀な軍師の策が結集して、ようやく掴み取った勝利だった。
決して、ビクトール一人で手にした勝利ではない。
しかし、敢えて明かさなかった。あたかも、この手でルカを討ち取ったと思わせるように、言い聞かせた。
ルカの元へ、無法松を連れて行かないために。
否、ルカの元へ、ではない。
ルカと相対した、ティナという少女の元へ連れて行かないために、だ。
無法松らを襲撃したのがルカであると察した瞬間、ビクトールはある確信めいた直感を抱いた。
その直感が外れていれば、何の問題はない。そのときは、無法松と約束した通りにティナと合流すればいい。
だが、当たっている可能性の方が遥かに高いとビクトールは思う。
決して悲観的な予測ではない。
ルカの強さ、凶暴さ、容赦のなさを考慮すれば、そう断ずるのは妥当だ。
狂皇子ルカ・ブライトは、たった一人で止められるような相手ではない。
もしもその通りなら、無法松を連れて行くわけにはいかない。ティナの遺体を、無法松に見せたくはなかった。
屍となったティナを前にし、返り血を浴びて、狂皇子が高笑いを上げていたならば。
無法松は、黙っていられないだろう。
それは、避けなければならない。
怒りに捉われ冷静さを見失ってしまったら、決してルカには勝てない。
周りが見えない状態で勝てるほど甘い相手ではないのだ。激情に身を任せ殴りかかった結果など目に見えている。
そんな結末を迎えさせるわけには、いかなかった。
――火を放ちやがったって話だし、急がねぇとな。
故に、ビクトールは一人、疾走する。
鍵のような鈍器――魔鍵ランドルフを担ぎ直し、嫌な直感が外れているよう、祈りながら。
【B-7 平野 一日目 黎明】
【無法松@
LIVE A LIVE】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6、不明支給品0~2(本人確認済)
[思考]
基本:打倒オディオ
1:アキラ・ティナの仲間・ビクトールの仲間をはじめとして、オディオを倒すための仲間を探す。
2:第三回放送の頃に、ビクトールと合流するためA-07座礁船まで戻る。
[備考]死んだ後からの参戦です
※ティナの仲間とビクトールの仲間について把握。ケフカ、ルカ・ブライトを要注意人物と見なしています。
ジョウイを警戒すべきと考えています。
【B-7 森林 一日目 黎明】
【ビクトール@幻想水滸伝Ⅱ】
[状態]健康
[装備]魔鍵ランドルフ@
WILD ARMS 2nd IGNITION
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品0~1(確認済)
[思考]
基本:打倒オディオ
1:ティナの生死を確認する。生きていれば合流。
2:アキラ・ティナの仲間・ビクトールの仲間をはじめとして、ルカおよびオディオを倒すための仲間を探す。
3:第三回放送の頃に、無法松と合流するためA-07座礁船まで戻る。
[備考]参戦時期はルカ死亡後のどこかです。詳細は後の書き手さんにお任せします。
※ティナの仲間とアキラについて把握。ケフカを要注意人物と見なしています。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年06月25日 23:00