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『There are two paths you can go』





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裏路地に佇む六人の男女の中で、夜明けが近いと気づいたのはリーニエ一人だけだった。
他の面々が見守る中、乙骨憂太の反転術式によって、ルルーシュの傷は少しずつ塞がっていく。
折れかけていた肋骨が軋みながらも形を取り戻し、腫れ上がっていた顔の輪郭が本来のものに近づいていく。
だが完治には至らず、また痛みの記憶まで癒えることはない。
意識の混濁の中で、ルルーシュはただ荒い呼吸を繰り返し、やがて糸が切れたように意識を手放した。


「……とりあえず、命に別状はなさそうです」


乙骨は額の汗を拭いながら立ち上がった。
オールマイトが、いまだ目を覚まさない吉田優子を見下ろす。
ルルーシュと違い彼女の表情は柔らかく呼吸も安定しているが、意識が戻る気配はない。


「休める場所を探した方がいいでしょう」


杉下右京の言葉に、一同は頷いた。
乙骨がルルーシュを背負い、マッスルフォームの姿となったオールマイトが優子を抱える。
残るは―――、


「ナナリーさんの遺体は、私が」

「いえ、彼女も任せてください」


杉下が動く前に乙骨が口を挟んだ。
しかし彼はすでにルルーシュを背負っている。
線の細い少年である乙骨に、二人を運べるほどの力があるとは……。


「リカ」


それは、闇の中から現れた。
初めて見る杉下とリーニエが一歩退き、身を固くする。
存在をすでに知っているオールマイトですら、その肌に立つ粟を抑えきれない。

異形。
しかし見た目の恐ろしさ以上に、それが纏う空気、それが放つ空気が、周囲に対して怖気を抱かせる。
白く、大きく、しかし決定的に歪な人型が地に横たわるナナリーの遺体を拾い上げ、その胸の孔にスルリとしまい込んだ。


「丁重に」

「はぁい」


乙骨の言葉に従順な素振りを見せるが、その内に秘めた狂暴性、あるいは乙骨以外への関心の希薄さを感じ取ってか、誰も口を開かなかった。
リカ、と呼ばれた異形は再び闇の中へと姿を消していく。


「彼女を弔うまで、誰にも手出しはさせません」


静かに、しかし確かな誠意と強固な確信が籠った言葉だった。
異を唱える者はいない。
いや、いたとしてもやはり、今は場所を変えるべきである。
脳裏に浮かぶ言葉を全て押し込んで、杉下は周囲の気配を探りながら先導した。



◆



ほどなくして見つけたのは、明かりの消えたファミリーレストランだった。
ガラス張りの外観は暗く、店内は完全な闇に沈んでいる。
表通りからは死角になった路地側の入り口から、一行は中へと滑り込んだ。

早朝とあって未だ大部分が闇に包まれた街のファミリーレストランは、隣にいる者の息遣いさえ聞こえてくるほど静まり返っている。
テーブルに投げ出されたメニューやカトラリー。
入っていた氷が解けたのか、水だけが入っているピッチャーがテーブルを濡らしている。
人の温もりだけが欠けた、生活の残骸。

乙骨は最奥のボックス席にルルーシュを寝かした。
別のボックス席では、オールマイトが優子をそっと座席につかせている。


「……ここなら、しばらくは大丈夫でしょう」


杉下がそう言いながら、窓ガラス越しに外の様子を窺う。
仄かな日の出の気配が窓の外に漂い始めた店内で、生存者六人──いや、意識のある四人は、それぞれの緊張を身体の奥に押し込めていた。

二人が見守れる位置のテーブルにて、残る四人は薄闇の中で向かい合った。
外部から光が目撃されないように店内は暗いまま。
テーブルの上は、オールマイトの支給品である懐中電灯がつけられている。


「では、僭越ながら」


杉下が口火を切った。


「改めまして、警視庁特命係の杉下右京です。
 まず、皆さんの持つ力について、少し伺っても?」


当然の言葉だった。
刑事としての職業病、純粋な好奇心、そういったものが皆無とは言わない。
この短時間で、杉下の常識を覆す現象が何度も目に飛び込んできたのだ。

瞬間移動したシュラ。
巨漢と痩身の姿を行き来するオールマイト。
乙骨の呼び出した『リカ』。

この非常事態においてはなおのこと、それらの存在は無視できるわけがない。
彼の表情は穏やかさを保ちつつ、しかし目に映る真実を逃すまいとする観察眼が光を湛えていた。
乙骨は少し逡巡した後、頷く。


「乙骨憂太、呪術師です。
 呪力……人の負の感情から生まれるエネルギーを使って、呪霊と呼ばれる存在を祓っています」

「呪霊、ですか。では先ほどの『リカ』……さん? というのは」

「彼女は僕の式神で、僕の制御下にあります。
 対して呪霊は人を害する妖怪や、悪意ある災害だと思ってください。
 人に近しい姿を取ることもありますが、人間ではありません。
 人間の負の感情から生まれ、それをまき散らす怪物。
 共存はできません。
 殺されるか、もっと酷い目に合うか、それだけです」


呪術規定では一般市民に呪術の存在を明かすことは禁じられている。
もちろん喫緊の状況ではその限りではなく、大抵の場合は呪霊や呪詛師に襲われている被害者に状況を説明するようなシチュエーションがありえる。
もちろん、乙骨もそういった状況は何度も経験してきた。

その経験上、乙骨は自分の言葉に迷いを滲ませないように心がけていた。
自分が積み重ねてきた戦いの経験と譲れない一線を、確信をもって伝えること。
それが、呪いと言う荒唐無稽な真実を理解してもらうために不可欠だと考えていた。

その上で、力に関する説明を求めた杉下に対し、乙骨は呪術の詳細な説明よりも呪霊の説明を優先した。
呪力の感知が得意ではない乙骨も、会場に漂う悍ましい気配は察している。
この空間に確実にいるであろう呪霊の危険度を正確に説明しても脅かすだけになるとはいえ、その存在は知ってもらった方がいいと判断したためだった。


「乙骨少年とはすでに軽く話しているが、恐らく私は、皆と違う世界から来ている」


今はトゥルーフォーム姿のオールマイトが続けて口を開く。


「"個性"と呼ばれる、生まれつき特別な力を宿す人間が大半を占める世界だ。
 その中には見た目に影響を受ける者もいる。
 ……今の衰えた肉体の私が、個性使用時に限り全盛期の体格を取り戻すようにね。
 だが私たちは紛れもなく人間だよ。
 人から生まれ、心を持ち、悩み、笑い、人と営みを共にする。
 その事実の前に、差別も区別もあってはならない」

「なるほど……」


杉下は静かに頷いた。
異なる世界など、簡単に受け入れられるものではない。
まだ乙骨の話の方が、現代社会との整合性がある。
それでも眼鏡の奥の瞳には疑惑の色よりも、目の前の現実を受け止めようという努力に近い、複雑の色が浮かんでいる。
非常事態とはいえ巨漢と痩身、両方の姿を人目に晒すことはオールマイトにとって断腸の思いであったが、この場においては杉下への説得力となっていた。

「ちなみに、オールマイトというお名前は?」

「個性社会では警察以外にも、国家資格で個性の使用を許可された者が治安維持活動に従事している。
 私も含め、本名を公表せずに活動するためのものさ」

「……いやはや、私の常識では測れない世界がある、ということですね。
 ならば、貴女は」


視線がリーニエへと向く。
その頭部、ピンク色のツインテールから伸びる山羊のような角へと。


「私はリーニエ。私のいた世界には、魔族がいる」


リーニエは表情をほとんど動かさぬまま、抑揚の薄い声で答えた。


「魔族?」

「私の角は生まれつきで、なんなのかは私もよくわからない。
 ……ただ、私には魔族の血が流れてるらしいとだけ。
 見た目が少し違うけど、同じ言葉を話す種族、らしい」


呪霊という共存不可の存在を語る乙骨。
異形の上で同じ人間がいると言うオールマイト。
彼らの手前、自分がただの人間であると言い張るよりも多少の情報を開示すべきとリーニエは判断した。

その一方で、魔法の存在については口にしない。
知識がないとして、魔族と人間の関係についても言及を避けた。
彼女は魔族そのものなのだから、魔族の血が流れていると言うのは全くの嘘でもない。
虚実を織り交ぜつつ、相手が納得できる情報だけを差し出す。


「人間に近しい存在、ということですね」


杉下の言葉に、リーニエは小さく頷いた。
乙骨だけが、僅かに眉を寄せる。
だが今はそれ以上追及する材料もなく、彼は口を噤んだ。


◆


ルルーシュが目を覚ましたのは、それから間もなくのことだった。


「……っ、く」


全身に響く痛みで、呻き声が漏れる。
肋骨のヒビ、顔の腫れ、そして何より、癒えることのない喪失感。


「まだ痛みますよね。治療します」


乙骨がすぐに歩み寄り、両手を掲げる。
淡い光がルルーシュの身体を包み込んでいく。
反転術式による治癒。
リーニエはその様子を一瞥した後、静かに立ち上がった。


「私は……優子の側にいる。
 同性の方が、彼女も安心すると思う」


大人二人にそう告げると、彼女は優子の眠るテーブルへと歩いていった。



◆



杉下が不意に、深く頭を下げた。


「オールマイトさん。先ほどは、申し訳ありませんでした」


唐突な謝罪に、オールマイトが目を瞬かせる。


「……何のことかな?」

「私は遵法精神のもとに、殺し合いを止めようと考えていました。
 倒れた相手を殴り続けることは過剰防衛だと。
 それは今も間違っていたとは思いません。
 ですが……この場では貴方や、あの十字傷の男のように大きな力を持つ者たちがいる。
 私の物差しが通用しない場面が、必ずある。
 それを理解せずに、貴方を制止してしまった」


杉下の声は静かだが、その奥には確かな悔いが滲んでいた。


「実際、悪人側と秩序側の双方が超人である場合の基準で、貴方はあの男に手加減をしていた。
 その証拠に、制圧が完全ではなかった彼は隙を見て逃亡することが出来た。
 私が誤ったタイミングで止めに入ったせいで、悪人を逃してしまったわけです。
 それが……悔やまれてならない」


乙骨くんにも、釘を刺されてしまいましたからね、と最後に杉下は言い添えた。
呪霊について語る際、乙骨は殊更に、人に見えても人ではなく、和解は不可能だと念を押すような口ぶりだった。
オールマイトの制圧が中断され、十字傷の男を取り逃がしたことを言っているのだと、杉下は理解している。

乙骨の口ぶりに剣呑さを感じていたのはオールマイトも同様であった。
異形型と社会の関係を引き合いに出したのは、杉下の判断を言外に肯定しつつ、同様に異形を抱えていたリーニエへのフォローも意図したものだった。

オールマイトはしばし沈黙した後、大きく息を吐いた。


「頭を上げてくれ、杉下くん」


その声には、責めるような色は一切なかった。


「私に限らずプロヒーローの多くが打撃偏重の戦闘スタイルをとっている。
 本来拘束に適した締め技や関節技を用いるのは状況に恵まれた時で、ハッキリ言って極めて稀だ。
 なぜなら打撃による制圧は迅速かつ効果的に脅威を無力化できるから。
 だがこれは私と、私のいた世界の都合であり、君の判断は間違っていない。
 私も、あの場で全力を出していれば、もっと早く決着をつけられたかもしれない。
 だがそれは結果論だ。……次に機会があれば、その時は私を信用してほしい」

「はい」


実際、シュラを取り逃したのは杉下の間の悪さに一因があるのは事実だ。
だが原因を突き詰めるならオールマイトにも落ち度はあり、杉下もオールマイトもその点をきちんと理解し反省している。
乙骨の懸念が当たることはないだろう。


「それに、私はあの場で君から感じた正義感を強く信頼している。
 私のような大男を前に一歩も引かなかった君の姿勢を、私は好ましく思っているよ」


杉下はオールマイトの言葉に少し驚いたように目を見開き、それから静かに微笑んだ。


「……ありがとうございます。その信頼に感謝します」


杉下はもう一度だけ頭を下げる。
それから視線を、少し離れた場所で治療を受けるルルーシュへと向けた。


「妹さんの仇を、逃がしてしまった。彼にも、謝らなければなりません」

「……あの少年は、まだ復讐を諦めていないだろう」


オールマイトの言葉に、杉下は静かに頷いた。


「ええ。目を見れば、わかります」


二人はしばし、痛みに耐えながら治療を受けるルルーシュの背中を見つめていた。




◆



「……」


ルルーシュは、乙骨が話しかけても口を利かなかった。
淡い光が身体を包む不思議な感覚はあったが、その心はどこか遠くにあった。
乙骨は治療を続けながら、静かに本題の一つを切り出した。


「ナナリーさんの遺体は、僕の式神の中で守っています。
 安心してください」


その言葉に、ルルーシュの瞳が鋭く動いた。


「……返せ」


大声を上げようとした瞬間、全身を貫く痛みに顔が歪む。
叫び声は形にならず、呟くような言葉が吐き出された。
後で必ず、と乙骨は言った。


「……話は変わりますが」


乙骨は治療の手を止めず、静かに問いかけた。


「アナタ、邪視か、……呪言のような力を持っていませんか」


ルルーシュの表情が凍りつく。
平静を装おうとしたが、隠しきれない動揺が顔に浮かんだ。
その無様を自覚し、強く目を瞑りながら、ルルーシュは観念したように口を開く。


「……何故、それを」

「目と喉に、強い呪力が込められています。
 自分では気づいていないようですが」


強いと言っても、一般人と比べればではあるが、詳しい説明は省いた。
乙骨は淡々と続ける。


「呪力というのは、負の感情から生まれるエネルギーです。
 この殺し合いに巻き込まれたと言う極限状態。
 あるいは、先ほど味わった壮絶な体験を呼び水として、元々あった素養が開花した可能性がある。
 それが、アナタが元々持っている力の発動を阻害しているんだと思います」

「……制御するには」


ルルーシュの声が震える。


「強い感情は呪力の浪費にも繋がる。感情を抑えなくては」

「呪力も制御できない。だから、ギアスも使えない、と言うのか」

「はい」


乙骨の即答に、ルルーシュは歯を食いしばった。
自分に芽生えた得体のしれないエネルギーは、あろうことか復讐の手段を阻む枷でしかない。
自分の肉体、自分の感情さえも、復讐を諦めろと言うのか。


「……ふざけるな」


低く呻くような声。文字通り、手負いの獣のような不穏な声色。
それが聞こえていないのか、乙骨の態度は変わらない。


「オールマイトさんと杉下さんは、社会を守る秩序側の人間として、アナタの復讐を止めた。
 アナタはそれに同意したけど、本当は諦めていない。
 ……お二人も気づいていると思いますよ」


乙骨の声には、責める色はない。
ただ静かな観察があるだけだった。

ルルーシュの瞳に、憎悪にも似た光が浮かぶ。
それは乙骨に向けられたものだったが、乙骨は微動だにしなかった。


「僕は復讐、肯定派です」


なんてことはないというように話す乙骨に、ルルーシュの表情も変わらなかった。


「更生不能、制止不可能の悪人を前に、取れる手段が限られることもあると、僕は思う。
 アナタが今、自分の力を使えないなら。
 ……許してくれるなら、代わりに僕が手を汚してもいいですよ」

「……何を言っている」


鋭い視線のままのルルーシュに、乙骨は人差し指を立ててみせた。


「一つだけ、条件があります。
 アナタの復讐が──妹さんの魂の尊厳と安らぎのためのものであること。
 そして、アナタ自身の怒りと悲しみに決着をつけるための、"仕方のない"ものであること」


ここで初めて、乙骨の視線に力がこもった。
乙骨の瞳が、真っ直ぐにルルーシュを射抜く。



「悪人が相手でも、人を殺め、命を踏みにじって悦に入るような……それこそ、アナタと妹さんを甚振った輩と同じ人種に成り下がるような復讐には、僕は手を貸せません」



その言葉に、ルルーシュは自分の内側を顧みた。
シュラの笑い声。ナナリーを弄んだ、あの愉悦に満ちた声。
自分は、あれと同じになろうとしている──?

思えば、オールマイトや杉下も、同じことを言っていただろうか。
怒りは正当だが、復讐を正当化するな、あの男と同じになるなと。
復讐を否定しているか、肯定しているかの違いはあれど、今の俺を同じように諫めている。


「……オールマイトさんも、杉下さんも」


乙骨は言葉を続けた。


「彼らが掲げる理想は、綺麗事かもしれません。
 でも、最後に勝つのは彼らだし、彼らであるべきだ。
 その道の先にある『優しい世界』のために、彼らは戦い方を選ぶ必要がある。
 だから、『冥府魔道』を歩くのは僕の役目だ」


優しい世界。
その言葉に、ルルーシュは瞼を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、ナナリーの微笑み。



──お兄様。



その声が、耳の奥で優しく響いた。
だが、消えることのない憎悪もまた、彼の胸の中で、ボコボコと黒く沸き立っている。


「……復讐は」


瞼を開き、ルルーシュは乙骨を見据える。


「俺の権利だ」


その声は掠れながら、縋りつくことの出来る何かを探すようだった。
乙骨の表情に、僅かな痛みが過る。


「だが奴に死を与えられる者に、手を引かせる理由は無い。
 それでも一つ、こちらからも条件を付ける」


ルルーシュは震える手を持ち上げた。


「奴の……死に様を見ることが、絶対条件だ。
 権利者として、俺自身がそれを見届ける。
 ――――……それから、同世代だろう。敬語はよせ」


乙骨は少し間を置いた後、静かにその手を握った。


「ベストを尽くすよ」


その握手は、あまり固くなかった。
乙骨が怪我人を労わったことも、ルルーシュが相手への警戒心や敵意がぬぐい切れなかったこともある。
それでも、二人の若者の間に、言葉にならない理解が生まれた瞬間だった。




その内心、乙骨は口にすることのない一つの懸念があった。

──ルルーシュに突然、呪力が溢れ出した理由。
それは本当に、極限状態への感応だけなのだろうか。

乙骨は一般人が突然術師として目覚めた前例を知っている。
何らかの手段で肉体に手を加えられた覚醒タイプならば、問題が無いわけでもないが、ひとまずはいい。
だがもし、体内に呪物を仕込まれていたのだとしたら。

それを確かめる手段が、乙骨の手元にはない。


(虎杖くんとの合流は、急いだほうがいいかもしれないな)


それまでは可能性を口にすべきではないと、乙骨はその懸念を誰にも告げぬままに胸の奥へとしまい込んだ。




◆



そのころ、優子の眠るテーブルでは、リーニエが不意に立ち上がっていた。


「こっち、少し暗いから、支給品にあった、ライター? をつけたい」


誰にともなく告げられたその言葉に、四人の視線が集まる。


「待ってください、外から光が──」


見えない位置で、と杉下が制止しようとするより早く、リーニエの手の中で小さな火花が散った。
直後、天井に触れるほど大きく燃え上がったそれを、リーニエはすぐに消した。


「……ごめんなさい」


そう言うと、彼女は優子を抱え上げ、別のテーブルへと移動する。
その間にオールマイトが窓から外を伺い、周囲に人影が無いことを確かめ、杉下に頷きを送った。
移動を済ませたリーニエは再び、杉下に確認を取るように視線を向けた。


「ここでつけても?」

「……いいでしょう。ただ、お気をつけて」


杉下の許可を得て、リーニエは二度目の点火を行った。
その炎が生んだ、店内の影の中から──。


「――ッ!」


突如、黒い人影がせり上がった。
まるで影そのものが実体を持ったかのような、輪郭の定まらぬ何か。
それはリーニエと優子を一瞬で抱き上げると、そのまま自らを生んだ影の中へと沈んでいく。


「吉田さん!」


乙骨が席を跳躍し、影が沈んだ場所へ刀を突き立てる。
だが、手応えはない。刀はただ床を貫いただけだった。


「オールマイトさん、後ろ!」


杉下の声とほぼ同時、オールマイトの背後の暗がりから、再び黒い人影が浮かび上がっていた。
下手人の手が伸びる―――それよりも早く、マッスルフォームへと姿を変えたヒーローの拳が唸る。


「――遅い!」


空気を圧する轟音とともに人影が吹き飛ぶ。
しかしその体は床に叩きつけられるはずが、足もとの暗がりへと再び音もなく沈み込んでいった。
そして――離れた場所の壁際の影から、何事もなかったかのように浮かび上がる。
影を潜行する能力にとって、明かりのともっていない店内はこの上ないホームグラウンドであった。



「『再点火』したな?」



くぐもった、しかし興奮を隠しきれないような声が店内に響いた。



「チャンスをやろう! 『向かうべき二つの道』を!」



◆



影の中を移動する能力を持つそれは、『ブラック・サバス』というスタンド能力だった。
そのスタンドDISCは、支給品をろくに確かめていなかった優子の所持品であり──今はリーニエの力となっていた。

未だ意識の戻らない――というより、いつの間にか呑気な寝言を漏らし始めた優子を背負い、リーニエは「被害者」を装ってファミレスからの離脱を果たしていた。
自動操縦型スタンドの『ブラック・サバス』を、足止めとして店内に残したまま。
じきに日が昇り、『ブラック・サバス』の独壇場は終わるだろう。
直射日光さえ避ければまだまだ戦えるはずが、リーニエは最初からスタンドに足止め以上を求めていなかった。


「……」


夜明け直前の路地を進みながら、リーニエは背中で眠る優子に意識を向ける。
彼女と共にあの場を離れたのは、「同じ魔族として」優子と意思疎通を図るためであり、乙骨憂太から距離を取るためだった。

魔力探知で感じ取った乙骨の莫大な呪力量。
本人が持つ呪力と、彼の式神が蓄えた莫大な呪力の規模感は、五百年を超える年月を生きた大魔族を比較に持ち出してなお、乙骨という少年の底をイメージすることさえ叶わないほどのもの。

自分の力への過信が災いした敗北を経て、リーニエは冷静に彼我の実力差を確信していた。
現状であの少年と敵対すれば勝ち目はない。
その上、戦士の動きを模倣する自らの魔法にとって、規格外の呪力量を前提とした攻防を行うであろう乙骨は、学習材料としてあまりにも不適切だ。
他の参加者に嬲られていた弱者(ルルーシュ)以外と情報交換も済んだ以上、あの集団に固執する価値もない。

──異なる世界から、人々が集められている。
情報交換によって得たその事実に、リーニエは一つの行動方針を定めた。

乙骨を始めとした、異世界から来た未知なる戦士たち。
彼らと敵対した時に備え、更なる力と、より適した学習材料が欲しい。


「……優子」


静かな路地の一角で、リーニエは背中で眠る少女に呼びかけた。
返事はない。ただ、幸せそうな寝言だけが返ってくる。
白み始めた空の下、ピンク色のツインテールの少女は、感情の読めない瞳のまま歩き続けた。



□


□



【F-6 ファミレス店内/早朝/1日目】

【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[状態]:重傷(治療済み、小康状態)、精神的消耗(大)、呪力の萌芽
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:ナナリーの仇を必ず討つ。
1:なんだこいつは……!?
2:シュラの死に様を必ず見届ける。
3:呪力とギアス発動の関係、感情制御について模索する。
4:オールマイトと杉下への強い憤り。しかし……
[備考]
※制御不能の呪力が溢れ、ギアスの使用が制限されています。
 最低でもギアスによる即死、服従の命令は不可能ですが、永続とは限りません。


【オールマイト(八木俊典)@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:右腕のダメージ(中)、全身のダメージ(中)、マッスルフォーム
[装備]:懐中電灯
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考]主催を全員捕縛して、この殺し合いを終わらせる。
1:黒い人影(『ブラック・サバス』)に連れ去られた優子とリーニエを救出する。
2:杉下・乙骨との協力体制を継続する。
3:ルルーシュの復讐を止め、十字傷の男(シュラ)を無力化して捕縛する。
4:カイドウは必ず倒し、止めて見せる。
[備考]
※参戦時期は1巻、緑谷に能力移譲前から。


【乙骨憂太@呪術廻戦】
[状態]:全身にダメージ(軽度に改善)
[装備]:和道一文字@ONE PIECE
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2、ナナリー・ランペルージュの遺体(リカに格納)
[思考]主催を倒し、この殺し合いを終わらせる。
1:黒い人影(『ブラック・サバス』)に連れ去られた優子とリーニエを救出する。
2:優子や戦えない者達を守る。
3:ルルーシュとの復讐代行の契約を果たす。
4:ルルーシュの体内に呪物が仕込まれている可能性考慮。
5:虎杖との合流を急ぐべきか……?
6:カイドウは必ず倒す。
[備考]
※参戦時期は25巻、人外魔境新宿決戦直前。


【杉下右京@相棒】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:ゲームの主催者を必ず逮捕する。
1:黒い人影(『ブラック・サバス』)に連れ去られた優子とリーニエを救出する。
2:オールマイトへの信頼を胸に、協力体制を維持する。
3:島内の構造、地理を把握し、他の参加者と可能な限り協力体制を築く。
4:参加者は誰も殺さず、誰も殺させない。
5:ルルーシュの復讐を止め、十字傷の男(シュラ)を必ず逮捕する。



【F-7 路上/早朝/1日目】
【リーニエ@葬送のフリーレン】
[状態]:健康
[装備]:『ブラック・サバス』のスタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:更なる力と学習材料を求める。
1:『ブラック・サバス』を用いて乙骨たちと距離を取る。
2:優子と「魔族として」意思疎通を図る。
3:異世界の戦士に警戒。


【吉田優子@まちカドまぞく】
[状態]:魔力消費(大)、気絶(寝言)
[装備]:何とかの杖
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考]生きて聖蹟桜ヶ丘に帰りたい。
1:殺し合いはできればしたくないです。


【支給品解説】
【懐中電灯@現実】
オールマイトに支給。
ごく普通の懐中電灯。
電池式かバッテリー式か不明だが、この殺し合い期間中に点かなくなることはないはず。


【『ブラック・サバス』のスタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険】
吉田優子に支給。
ポルポの使用する『ブラック・サバス』が内包されている。
【破壊力 - E(押さえつける力はA)/スピード - A /射程距離 - A /持続力 - A /精密動作性 - E /成長性 - E】
影の中に潜んで、影の中を移動する。自動操縦型スタンド。更に生物、またはその影を掴み、魂を引きずり出しての攻撃も行える。また原作では口内から「スタンドの矢」を突き刺す攻撃を行うが、この企画において口内の矢は単なる刺突武器に代わっている。






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032『死の飛翔』 034『“極”悪党、集結』
008『土 の 味』 乙骨
008『土 の 味』 ルルーシュ
008『土 の 味』 オールマイト
008『土 の 味』 右京さん
008『土 の 味』 リーニエ 050『ファントム・メナス』
008『土 の 味』 シャミ子 050『ファントム・メナス』

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最終更新:2026年10月05日 21:10