アットウィキロゴ

『ファントム・メナス』






 早朝の渋谷は深夜のそれとはまた違った表情を見せていた。
 漆黒だった空は東の端からわずかに藍色を帯び始めている。
 ビルの隙間から差し込む微かな光がコンクリートの地面を薄く照らし出していた。
 だがそれは夜明けの美しさなどではない。
 むしろこれから訪れる惨劇を予感させるような冷たく静謐な光だった。

 ダース・シディアスは月を伴い自らが手を下した男女の死体がある場所へと向かっていた。
 歩みは緩やかだがその足取りに迷いはない。
 やがて路地の奥に差し掛かる。
 そこはまだ夜の名残を色濃く残していた。
 周囲のビルよりも一段と暗く朝の光もまだ十分には届いていない。
 焼け焦げた匂いが微かに鼻をつく。
 シディアスの足が止まった。
 路地の中央、アスファルトの上には二つの黒焦げの骸が横たわっていた。
 フォース・ライトニングによって焼き尽くされた黒人の男と醜女。
 抱き合い、口づけを交わしながら、その身を青白い雷光に包まれて絶命した二人の姿をシディアスは克明に記憶している。
 骸そのものは、あの時のままそこに残されていた。
 だが、その周囲には本来あるべきはずの物がなかった。
 シディアスの喉から低い唸り声が漏れた。
 黒焦げの骸の傍らにあったはずのデイパックが何者かに持ち去られていたのだ。

「どうかしましたか」

 月が訝しげに問いかける。

「……何者かが既にここを訪れたようだ」

 シディアスは静かにそう答えた。

(誰の仕業か。この二人の死体を漁った者は)

 フォースを通して痕跡を探ったが既に時間が経過し過ぎている。
 何者が支給品を持ち去ったのか明確な姿までは掴めなかった。
 ただその場に微かに残る澱のような気配だけは確かに感じ取れた。

(暗黒面の気配か)

 シディアスは焼け焦げたアスファルトの傍らに膝をついた。
 仮面の奥から覗く黄色い瞳が炭化した肉片の欠片へと向けられる。

「……何を」

 月が背後から問いかける。

「ポリジュース薬には奴らの身体の一部が必要だ」

 シディアスは静かにそう答えながら黒焦げの骸に改めて視線を落とした。
 フォース・ライトニングによって焼き尽くされた肉体は皮膚も着衣の大半も既に炭と化していた。
 だが人体というものは思いのほか頑丈にできている。
 シディアスの目があの黒人の男の骸、その頭部へと留まった。
 縮れた髪の一部が焼け焦げながらも、まだ頭皮に張り付いている。
 シディアスはゆっくりと手を伸ばし、その髪を数本、指先で摘み取った。
 続いてシディアスは視線をもう一方の女の骸へと移した。
 男のものと同様に大部分は炭と化していたが、頭部にはまだ幾らかの髪が残っている。
 艶やかな黒髪だったはずのそれは今や無残に縮れ、焦げた匂いを放つだけの物体と化していた。
 シディアスは、その髪にも手を伸ばした。

(独占欲を愛と履き違えた哀れな女よ)

 指先でその髪を摘み取りながら、シディアスの脳裏にあの時の光景が蘇る。
 死の淵にありながら、なお男に舌を差し入れ、共に死ねることを喜んでいた醜い女の姿。

(貴様のような者に変身する価値があるとは到底思えぬが)

 誰の顔を借りるかは状況次第で選べば良い。
 多ければ多いほど選択の幅は広がる。

「……随分と手慣れていますね」

 月がその様子を見ながら呟いた。

「君もいずれ理解するだろう。目的を達成するためには、あらゆる手段を厭わぬ覚悟が必要だとな」

 シディアスは立ち上がりながら静かにそう答えた。

「僕は既にそれを実践してきたつもりですが」
「ほう?」
「正義の名の下に、多くの命を裁いてきました。手段を選ばなかったという点では、あなたと同じかもしれません」

 月の声には僅かな反発の色が滲んでいた。
 自分を単なる未熟者として扱われることへの微かな苛立ちだろう。
 シディアスはその反応を興味深く観察しながら内心で笑みを浮かべた。

「そうか。ならば、これからの行動でそれを証明してもらおうか」

 シディアスは包んだ二つの髪の房を懐へと丁寧にしまい込んだ。
 これでポリジュース薬の材料が二種類手に入った。
 黒人の男の姿、醜女の姿、状況に応じて、どちらの仮面を被るかを選べる。
 それは、この殺し合いにおいて確実に有用な武器となるはずだった。

「もう一箇所、向かうべき場所がある」

 シディアスは路地の奥から差し込む早朝の薄明かりに目を細めた。
 この島に満ちる暗黒面の気配は時間が経つごとに確実に濃さを増している。
 エリアの境目に貼られた結果でシディアス自身の闇の力の流出は抑えられているが、殺し合いの場という環境そのものが暗黒面にとって有利に働く。
 参加者たちの負の感情、恐怖、怒り、絶望、憎悪。
 それらが渦を巻き、この島全体を一つの巨大な儀式の場へと変えつつあった。

「……どこへ?」
「先刻、余が二人の男と戦った場所だ」

 シディアスの足取りに迷いはない。
 クローン大戦末期、モール程度のシスでもある程度は先の未来を見通してアナキン・スカイウォーカー抹殺を計画できたのは戦争という環境が暗黒面のフォース・ヴィジョンを向上させたからだ。
 この命の授業も同様でありシディアスのフォース・ヴィジョンの精度は高まり続けている。
 あの死闘の場所へと着実に近づいていく。
 これから先の展開で必要になるピースを手に入れるために。
 やがて視界の先に見覚えのある光景が広がった。
 そこは、まさに戦場の跡地だった。
 交差点のアスファルトは無残に抉れ、コンクリートの破片が四方に散乱している。
 街路樹は黒焦げになり根本から崩れ落ちていた。
 ビルの壁面には幾筋もの焼け焦げた痕が走り、割れた窓ガラスの破片が地面に散らばっている。
 フォース・ライトニングの威力を物語る生々しい破壊の跡だった。

「……凄まじいですね」

 月がその光景を見渡しながら呟いた。
 声には僅かな驚愕の色が滲んでいる。

「この程度は暗黒面の本来の力の一部に過ぎん」

 シディアスは静かにそう答えながら周囲を見渡した。
 フードの奥から覗く黄色い瞳が地面を丹念に見渡していく。

「見つけたぞ」

 シディアスの唇から満足げな呟きが漏れた。
 瓦礫の角に一本、地面の窪みにまた一本。
 逃走の跡を丹念に辿りながらシディアスは焦ることなく歩を進めていった。
 子供特有の、軽く小さな足跡を追う先々に絹のように滑らかな白銀色の髪が落ちている。
 おそらく逃走の最中に瓦礫や壁に体をぶつけ、その都度、抜け落ちたものだろう。
 その髪の色と質感は記憶にあるあの少女の姿と寸分違わず一致していた。
 シディアスはしばしの時間をかけその一帯を丹念に見て回った。
 膝を折り、瓦礫を除け、時に物陰にまで手を伸ばしながら点々と散らばった髪を一本たりとも取りこぼさぬよう丹念に指先で摘み集めていった。
 やがて手のひらの上には複数本の白銀の髪が集まっていた。

「これは誰の髪ですか」

 月がシディアスの手元を覗き込みながら問いかける。

「あの時、逃げていった娘だ。イリヤと呼ばれておった」

 シディアスは集めた白銀の髪を手のひらの上でまとめながら答えた。仮面の奥で老いた唇が薄く弧を描く。

「名簿にない名を名乗れば不審に思われる。最初に殺した二人の姿は集団に入り込むのには適していない。だがこの娘は違う」

 シディアスは懐から取り出した小さなスマートフォンを操作して名簿を表示した。
 画面をスクロールしていき、やがて目当ての名前を見つけ出す。

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 その名を口にしながらシディアスは静かに頷いた。
 老獪な思考が次々と展開されていく。
 少女の姿を装えば、他の参加者からの警戒は薄れるだろう。
 庇護欲を誘い、油断させ、そして然るべき時に牙を剥く。
 それこそがシスの奸計というものだ。
 残りの二人、悠仁と呼ばれていた小僧と鍍金の巨漢の髪の毛も拾い集めておく。
 シディアスは満足げにそれらの髪を懐へとしまい込んだ。

(これで五人分の髪の毛が揃ったか)

 死せる二人、生ける三人。それぞれに異なる利用価値がある。

 その時だった。
 フォースの奔流がシディアスの意識の奥深くを揺さぶった。
 老いたシスの暗黒卿は僅かに目を細めた。
 暗黒面の波動。
 しかも一つではない。二つの闇の気配がこのエリアへと足を踏み入れたのをシディアスは確かに感じ取っていた。
 喉の奥から、低い呟きが漏れる。

「どうかしましたか」

 隣を歩いていた月がその変化に気づいて問いかけてきた。
 声には僅かな警戒が滲んでいる。

「フォースが新たな存在を感知した」

 シディアスは静かにそう答えながら感覚を研ぎ澄ませていく。

「何を感じ取ったのですか」

 月が問いかけてくる。その声には隠しきれない緊張が滲んでいた。

「暗黒面に近しい者たちが、このエリアに足を踏み入れたようだ」

 シディアスは少し先の路地の奥、朽ちかけた建造物が並ぶあたりへと視線を向けながら答えた。

「弟子の方々、ということは……」
「いや」

 シディアスは即座に否定した。

「ベイダーでも、ティラナスでも、モールでもない。奇妙なことよ。まるで余の知る銀河のいずこにも属さぬ根本から異なる理から来た者であるかのようだ」

 その言葉に月は僅かに息を呑んだ。
 得体の知れない未知の脅威がまた一つ増えたことを意味していた。

「……どうしますか」

 月の問いにシディアスは静かに顎を引いた。

「決まっている」

 その声には迷いの色は微塵も感じられなかった。

「当初の予定通りだ。負傷者なら救護して情報を引き出す」
「相手が敵対的である可能性は」
「無論ある」

 シディアスはあっさりと頷いた。

「だが、それを恐れて動かずにいれば、この殺し合いを生き抜くことなど到底できまい」

 フードの奥で黄色い瞳が妖しく光る。

「君もその目で確かめてみたいだろう。この島にいる暗黒面の気配を宿した者たちの姿を」

 月は、その問いに即座には答えなかった。
 だがその瞳の奥には隠しきれない好奇心の色が僅かに揺らいでいる。
 危険を冒してでも、その正体を見極めたいという欲求が彼の中に確かに存在していた。

「……分かりました」

 やがて月は静かに頷いた。
 シディアスは、その返答に僅かな笑みを浮かべた。
 フォースの流れを頼りに二つの闇の気配が漂う方向へと確かな足取りで歩を進め始めた。
 早朝の薄明かりが少しずつ渋谷の街並みを照らし始めている。
 焼け焦げたアスファルトの匂いと微かな朝露の香りが入り混じる中、二つの仮面を被った者たちの足音が、その気配の方向へと近づいていった。




◆




 自動操縦型のスタンド、ブラック・サバスはオールマイトたちを店内に引き留めておくだけの陽動としては十分だった。
 リーニエは意識のない優子を背負い直すとファミリーレストランの裏口の闇に身を滑り込ませた。

(急がないと)

 背中で眠る優子の重みを感じながらリーニエは足早に路地を進んだ。
 乙骨憂太。
 あの少年の底知れなさを思い返すだけでリーニエの中に警戒の色が濃く浮かぶ。
 路地を抜けたところでリーニエはスマートフォンを取り出した。
 アプリでタクシーを出現させる。
 運転席には誰も座っていない。無人の自動運転車両。
 リーニエは躊躇することなく後部座席のドアを開け優子を抱えたまま乗り込んだ。
 目的地を島の端に指定する。
 タクシーはゆっくりと動き出し、やがて速度を上げていく。
 リーニエは背もたれに優子の体を丁寧に預けさせながら窓の外を静かに見つめ続けた。
 乙骨たちの索敵能力がどれほどのものかは分からない。
 だが、少なくとも自分の魔力探知の感覚では背後から追跡されている気配は感じられなかった。

 やがてタクシーは緩やかに減速し始めた。
 目的地に到着したことで完全に停止する。
 リーニエは静かに周囲を見渡した。
 人の気配は感じられない。

(逃げ切ったようだな)

 小さく息を吐き出す。表情には出さないが内心では確かな安堵が広がっていた。
 リーニエはドアを開け、優子を背負い直しながら静かにタクシーから降り立った。
 朝の薄明かりが少しずつ強さを増している。
 周囲は廃墟然とした無人の商業ビルが立ち並んでいた。
 背中の優子は、依然として意識を取り戻す気配がないが、その呼吸は安定しており時折、幸せそうな寝言が漏れているのが聞こえた。

 不意に乾いた足音が耳に届いた。
 リーニエは音のした方向へと視線を向ける。
 朝靄の向こう街並みの隙間から二つの人影がゆっくりと姿を現した。
 一人は、黒いローブに身を包んだ老人。フードの下からは奇妙な仮面のようなものが覗いている。
 もう一人は身なりの整った若い青年だった。
 リーニエは優子を背負ったまま静かにその二人へと向き直った。
 老人がゆっくりと足を止めた。
 その仮面の奥から覗く瞳がリーニエと優子の姿を捉えているのが分かった。
 沈黙が朝の静寂の中に落ちる。
 リーニエは表情を変えることなく静かにその二人を見据えた。
 魔力の流れを改めて静かに読み取ろうとする。
 青年は勿論、仮面の老人からも、これといって何も伝わってこなかった。
 強者特有の圧のような気配も何一つ感じ取れない。

 それも仕方のないことだった。
 長きに亘り、この老人はジェダイ騎士団の目を欺き、共和国元老院議長という表の顔の裏で、シスの暗黒卿としての正体を完全に隠し通してきた男だ。
 フォースの感覚に長けた者たちの目をすら盗み続けてきたその隠蔽の技量からすれば、魔力を頼りに探る程度の感知など初めから意味を成さない。
 リーニエが何も感じ取れなかったのは彼女の技量の問題ではなく、ただ相手がそれだけの手練れであったというだけの話だった。

「殺し合いに乗った参加者に追われていた」

 沈黙を破ったのはリーニエだった。
 静かな抑揚の薄い声だった。
 優子を背負ったまま彼女は淡々と続ける。

「この子と一緒になんとか逃げ切れたところ」

 その言葉にシディアスは仮面の奥で僅かに目を細めた。
 フォースを通して伝わってくる感情の機微。
 そこに明確な嘘の色があることを老獪なシスは即座に見抜いていた。
 嘘そのものにシディアスは特段の反感を抱かなかった。
 むしろ、この状況下で即座に無害な被害者を演じてみせるその機転には一定の評価を与えても良いとさえ思っている。

「それは災難だったな」

 シディアスは努めて穏やかな声音でそう答えた。
 パルパティーンの仮面を纏う今の自分は、あくまで慈悲深い老政治家として振る舞うべきだ。
 視線がリーニエの背中で眠る優子へと向けられる。

「その娘は意識を失っているようだが」
「魔力を使い切って気絶している。命に別状はないと思う」

 リーニエは静かにそう答えながら優子の体を背負い直した。

「……魔力?」

 月が僅かに反応を見せた。その紫がかった瞳がリーニエの頭部、ピンク色のツインテールから伸びる山羊を思わせる小さな角へと向けられる。
 リーニエはその視線を受けながら抑揚のない声で続けた。

「私は魔族。見た目が人間と少し違うだけで同じ言葉を話す種族」

 杉下たちに語った説明とほとんど同じ内容を語る。
 虚実を織り交ぜ、相手が安心できる範囲の情報だけを渡す。

「この子も同じ魔族なのか」

 リーニエは、その問いに小さく頷いた。

「角を見れば分かる。同じ種族だと思う」

 シディアスは、その一連のやり取りを静かに観察していた。

(虚実を織り交ぜる手口、悪くない。だが……)

 フォースを通して感じ取れる情報は言葉よりも遥かに正直だった。
 リーニエが語る説明に明確な嘘が含まれていることをシディアスは確信していた。

「なるほど。この島には様々な事情を抱えた者たちが集められているようだ。私自身も、この殺し合いに巻き込まれた身でな。共に情報を交換し合うのも悪くないだろう」

 その言葉にリーニエは僅かに目を細めた。

「あなたたちは何者?」
「私はシーヴ・パルパティーン。銀河共和国の議長を務めていた者だ」

 シディアスは慣れた口調でその名を告げた。

「隣にいるのは月くん。彼もまた、この殺し合いに突然巻き込まれた被害者の一人だ」

 月は僅かに緊張した表情を見せながらも静かに頭を下げた。
 表向きは無害な青年として振る舞う。その役割を彼もまた理解していた。

「私はこの子を守りながら安全な場所を探している」

 リーニエのその言葉にシディアスは静かに頷いた。

「無論、協力は惜しまぬが」

 そこでシディアスは僅かに言葉を切った。
 仮面の奥から覗く黄色い瞳がリーニエをまっすぐに見据える。

「少し君と二人だけで話したいことがある。月くん、その娘の様子を見ていてくれ」

 その言葉に月は僅かに眉をひそめたが、それ以上何も言わず静かに頷いた。
 この老人が何を考えているのか完全には理解できない。
 だが、少なくとも今この場で彼の意向に逆らう理由もなかった。

「では、少し歩こうか」

 シディアスは静かにそう言いながらリーニエを促して近くの路地へと足を進めた。

(もし敵対的な行動を取るなら対処すればいい)

 リーニエは静かにシディアスの後を追い路地の奥へと足を進めた。
 やがて優子と月の姿が瓦礫の陰に隠れて見えなくなる位置まで進んだところでシディアスの足が止まった。

「……それで話とは何だ」

 リーニエが抑揚のない声で問いかける。
 その瞬間だった。
 シディアスの右手が、ゆっくりと持ち上がった。

「君の本質についてだ」

 リーニエの背筋に初めて明確な警戒の色が走った。
 だが、それに気づいた瞬間には既に遅かった。
 見えない力が彼女の首を締め上げていく。

「……ッ!?」

 声にならない呻きが漏れる。
 リーニエの体が、瞬く間に地面から浮き上がった。
 足先が空を掻き両手が無意識に自らの首元へと伸びる。
 だが、そこには何もない。掴むべき実体がまったく存在しなかった。

 フォース・グリップ。

 念動力によって対象を絞め上げ、あるいは持ち上げるという暗黒面の力の技の一つ。
 見えない圧力がリーニエの喉元をじわじわと締め上げていく。

「……く、う……ッ」

 リーニエの表情に初めて明確な苦悶の色が浮かんだ。
 無表情を保ってきたその顔が痛みと驚愕によって歪む。

「な……に……を……」

 声すら絞り出すことが困難だった。
 空中に吊り上げられたままリーニエの体は無力にもがき続けた。
 シディアスはその光景を静かに見ていた。
 仮面の奥から覗く黄色い瞳に、これまでの穏やかな老政治家の色は既に微塵も残されていなかった。

「余に嘘は通じぬ」

 声に混じるのは老いてなお絶対的な支配者としての響き。

「逃げてきたなどという言葉。それがどれほど薄っぺらい虚言であるかフォースを通せば手に取るように分かる」

 リーニエの瞳が初めて明確な恐怖の色を帯びた。

「答えよ。何を企み、何を隠しておる」

 シディアスの右手が動く。
 次の瞬間、リーニエの体を掴んでいた見えない力が唐突に方向を変えた。

「……ッ!」

 リーニエの体が、凄まじい速度で地面へと叩きつけられる。
 ドッという重い衝撃音が朝の静寂を裂いた。
 アスファルトに叩きつけられた背中から鋭い痛みが全身を貫く。
 肺の中の空気が一瞬で押し出され声にならない呻きが漏れた。

「……げほッ……ッ」

 咳き込みながらリーニエはどうにか体を起こそうとしたが、全身の骨格に走る痺れるような痛みがその動きを鈍らせる。
 シディアスは、その様子を静かに見下ろしていた。

(この生物、魔族とやらは実に興味深い)

 フォースを通して感じ取れる、この娘の本質。
 それは単なる人間の暗黒面への傾倒とは明確に異なる質を持っていた。

(暗黒面そのものが、実体を持って形を成したかのような存在よ)

 その闇の質感は、これまでシディアスが接してきたどの存在とも異なっていた。
 人間が積み重ねる怒り、憎しみ、嫉妬といった感情の集積とは違う。
 もっと根源的にその種そのものが闇に近しい何かとして生まれついている。

(このような生物には言葉での説得など生半可な意味しか持たぬ)

 シディアスは長年の経験からその判断を下していた。
 魔族という存在の本質が暗黒面に近いのであれば、その理解の仕方もまた暗黒面に通ずるやり方が最も適しているはずだ。

(言葉で丸め込むより力で分からせる方が、この生物には効果的であろう)

 リーニエは痛みを堪えながら、どうにか立ち上がった。
 全身に走る痛みが、まだ完全には引いていない。
 視線を僅かに周囲へと走らせる。
 既に東の空は明るくなり始めていた。
 日が昇り始めた今、ブラック・サバスではこの脅威に対処することはできない。
 リーニエはデイパックのファスナーを開いた。
 中から取り出したのは支給品として与えられていた円筒状の金属製の柄だ。
 見覚えのない形状だった。
 リーニエはそれを両手で握り込んだ。
 咄嗟にスイッチらしき部分を指で押し込む。
 シュンという独特な起動音が響いた。
 柄の先端から赤色のライトセーバーの刀身が勢いよく噴き出す。

「……ッ!?」

 リーニエの動きが一瞬止まった。
 ライトセーバーは明らかに通常の武器とは異なる特性を持っていた。
 見た目は確かに剣のようだが、その刀身に物理的な重量というものが、まったく感じられない。

(重さが……ない……?)

 振ってみようとした腕の動きが想定していた軌道から大きく逸れる。
 刀身に質量がないということは、これまで培ってきたあらゆる武器の型が根本から成立しないということを意味していた。

「……ッ、なに、これ……」

 思わず抑えていた声が漏れる。動揺が僅かに表情に滲んだ。
 シディアスはその光景を見て仮面の奥で唇を歪めた。

「ほう。ライトセーバーを支給されていたか。だがその武器はフォースを操る者にしか使いこなすことはできぬ」

 その声には僅かな嘲りが滲んでいた。

「フォースを持たぬ者が、いくらその柄を握ったところで真価を発揮することはできん」

 それでもリーニエは武器を下ろさなかった。
 動揺は一瞬だった。
 無表情な顔の奥で彼女は既に次の手を組み立てていた。

――模倣する魔法《エアフアーゼン》。

 これまで幾多の戦士の動きを記憶し、その技を我が物として再現してきた彼女の固有の力。
 相手が纏う魔力の流れを読み取り、その動作を丸ごと写し取る。
 リーニエの記憶には数えきれないほどの戦士の動きが刻み込まれている。
 その中には剣を用いた戦士の型も含まれていた。
 たとえ武器の性質が異なろうとも剣という形を持つ以上、その動作を模倣すればいいはずだ。
 刹那、リーニエの体が動いた。
 地を蹴り一足で間合いを詰める。
 ライトセーバーを両手で構え、模倣する魔法で模倣した動作を用いて、刃を斜め上から振り下ろした。
 シディアスの仮面の奥から覗く黄色い瞳に、これまでの嘲りとは異なる確かな興味の色が浮かぶ。
 袖の中に隠していた自らのライトセーバーの柄を右手一本で引き抜く。

「面白い」

 シディアスの声に明確な愉悦が滲んだ。
 目の前の娘はフォースとは異なる力でライトセーバーを使用している。
 シディアスのライトセーバーがリーニエの斬撃を正面から受け止める。
 二振りのライトセーバーがぶつかり合い、光の刀身同士が擦れ合う独特な音が朝の静寂に響き渡った。
 リーニエの腕に予想以上の衝撃が走った。
 シディアスは受け止めた刃を、そのまま滑らせるようにして跳ね上げると、返す動きでリーニエの脇腹を狙って刃を滑り込ませる。

「……ッ!」

 咄嗟にリーニエは体を捻ってその一撃を受け流した。
 だが完全には防ぎきれず刃の先端が僅かに肩口を掠める。

「くッ……!」

 シディアスの剣術は静止と爆発的な加速を絶え間なく繰り返す、あまりにも変則的な型だった。
 一見、繋がりのない途切れ途切れの動き。
 だが、その一つ一つに抑えきれない怒りと悪意に満ちた優雅さが同居していた。
 シスの剣術の中でも最も悪質とされる型ジュヨー。
 感情そのものを推進力に変え、内に渦巻く激情を余すことなく攻撃性へと転化する、この上なく獰猛な流派だった。

 一方のリーニエの動きは確かに洗練された剣士の型を再現していたが、それはあくまで普通の剣を前提とした技だった。
 重さを利用した踏み込み、体重移動による斬撃の威力、そうした要素の一つ一つがライトセーバーという特異な武器の特性とは根本的に噛み合っていなかった。
 リーニエは再び踏み込みながらライトセーバーを振るった。
 記憶にあるかつて目にした剣士の連続攻撃、一つの型から次の型へと途切れることなく繋げていく技。
 だがシディアスはその動きを、あまりにも容易く見切っていた。
 最小限の動作で斬撃を受け流す。手首だけを利かせた無駄のない防御。
 そして、その直後――

「が、ッ!」

 シディアスの右足がリーニエの腹部を強く蹴り上げた。
 衝撃で体が浮き上がり、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
 リーニエの背中が瓦礫の山に叩きつけられた。

「げほ……ッ」

 咳き込みながらリーニエはどうにか体を起こそうとした。
 全身に走る痛みが先刻フォース・グリップで叩きつけられた時の痛みと重なり、より一層強く感じられる。
 シディアスは、ゆっくりとその場に立ったままリーニエを見下ろしていた。
 リーニエは痛みを堪えながら再びライトセーバーを構え直した。
 模倣した動きが思うように機能しない。
 刀身の重さという、これまで剣術を成立させてきた大前提そのものが崩れている。
 ならば今、目の前で自分を圧倒しているこの老人の動き、その一つ一つの軌道、力の伝達、間合いの取り方こそが、この武器を真に使いこなすための型そのものではないか。

(この老人の剣術を模倣する)

 シディアスが再び踏み込んだ。
 静止していたはずの赤いライトセーバーが瞬きの間に上段から迫る。
 リーニエはライトセーバーでシディアスの赤い刃を正確に受け止めた。
 これまでとは明確に異なる感触だった。
 刀身に重さのないこの武器を無理やり普通の剣として扱っていた先刻とは違う。
 ライトセーバーという武器そのものの特性に則った無駄のない受け方。
 刃と刃が触れ合う瞬間の衝撃が、これまでよりも遥かに滑らかに体幹へと伝わっていく。
 シディアスの黄色い瞳が見開かれた。
 明確な感嘆の色が滲む。

「余の動きを写し取ったな」

 リーニエは刃を構え直し再び踏み込む。
 今度はシディアスが先刻見せた、下段からの掬い上げるような一撃をそのまま再現する形で。
 赤の刃が鋭い軌道を描いてシディアスの脇腹を狙う。
 だがその攻撃は見切られていた。
 シスやジェダイはフォースで先を読みながらライトセーバー・デュエルを行う。
 魔法による模倣だけではフォースの流れまでは感じ取ることはできず。
 シディアスの体が僅かに沈み込んだ。
 フォースによって強化された肉体が老いた見た目からは想像もつかない速度でリーニエの斬撃を回避する。
 そしてその直後、赤いライトセーバーが静止から一転、爆発的な速度でリーニエの防御の隙間へと滑り込んできた。

「……ッ!」

 リーニエは、咄嗟に赤の刃を立てて受け止めようとした。
 だが、その速度はこれまでのどの一撃よりも速かった。
 暗黒面のフォースによって強化された膂力と長年の実戦で研ぎ澄まされた、この獰猛な剣技、その二つが組み合わさった一撃は模倣によって得られた技術だけでは到底追いつけるものではなかった。
 ガンッという重い衝撃音。
 シディアスの刃がリーニエのライトセーバーを正面から叩き弾いた。
 柄が彼女の手からもがれ宙を舞う。

「……ッ、ぁ……!」

 唯一の武器を失いリーニエの体勢が完全に崩れる。
 その隙をシディアスは容赦なく突いた。
 右足がリーニエの胸元を強く蹴り上げる。
 衝撃で息が詰まりリーニエの体は後方へと吹き飛ばされた。
 アスファルトの上をそのまま数メートル転がる。
 肩、背中、腰、全身のあちこちが擦り傷となり血が滲む。

「……うっ……」

 シディアスはゆっくりとその場に歩み寄った。
 赤いライトセーバーを静かに構えたまま。
 リーニエは地面に横たわったままシディアスを見上げた。

「……慈悲を」

 掠れた声がリーニエの唇から零れた。
 その言葉にシディアスは足を止めた。
 仮面の奥から覗く黄色い瞳が地に伏したリーニエを静かに見下ろす。

「願うだけ無駄よ」

 その声音はあまりにも冷ややかだった。
 シディアスの手がゆっくりと持ち上がった。
 指先から青白い電光がパチパチと弾け始める。

「な……ッ」

 リーニエの瞳に明確な恐怖の色が浮かんだ瞬間、その電撃が放たれた。

「ぁああああああああッ……!!」

 絶叫が朝の渋谷に響き渡った。
 青白い雷光がリーニエの全身を包み込む。
 神経を焼くような激痛、これまで経験したことのない、異質な痛みの奔流が彼女の意識を容赦なく蹂躙していく。
 その電撃には明確な加減が施されていた。
 シディアスはあえてその威力を抑えていた。
 今、リーニエに浴びせているのは殺すためではなく教え込むための一撃だった。

(この娘には、まだ利用価値がある)

 手駒として使い倒すために命だけは確実に繋いでおかねばならない。
 力の差を刻み込み、道具として生かす。

(この生物には力の絶対性を、骨の髄まで刻み込む必要がある)

 暗黒面という力の本質を、言葉ではなく、痛みという最も原始的な手段によって刷り込む。
 強者と弱者、支配者と従属者、その明確な序列をこの魔族という存在の本能そのものに叩き込むのだ。

「があああああああッ……!!」

 リーニエの体が地面の上で痙攣するように震えた。
 声にならない悲鳴が口の端から漏れ続ける。
 全身の神経が電撃の痛みによって焼かれ続けている。
 シディアスはその光景を、静かに、そしてどこか満足げに見下ろしていた。

「暗黒面の力をその身に刻み込むとよい」

 電撃を浴びせながらシディアスは静かに言葉を続けた。

「貴様のような存在であれば、この力をより深く理解できるはずだ」
「あ……ああああ……ッ」

 リーニエの意識が痛みの中で徐々に朦朧としていく。
 だが、その混濁した思考の奥で一つの感覚だけが確かに刻み込まれていった。

――絶対的な力の差。

 抵抗などはじめから許されていなかった。
 この老人の前では自分がこれまで積み上げてきた魔法がまるで意味を成さない。

(強すぎる……あまりにも)

 畏怖と共にもう一つの感情がリーニエの中で静かに芽生え始めていた。
 この圧倒的な力に対する抗いようのない従属の意識。
 電撃はしばらくの間、止まなかった。
 朝の渋谷にリーニエの悲鳴だけが絶え間なく響き続けていた。

「あ……ぁ……」

 リーニエは地面に横たわったまま痙攣するような呼吸を繰り返していた。
 全身の神経がまだ焼けるような余韻を伝えている。
 シディアスは右手をゆっくりと下ろしながら地に伏したリーニエを見下ろした。
 仮面の奥から覗く黄色い瞳には先刻までの冷酷さに加えて、何かを見極めるような静かな観察の色が浮かんでいた。

「立て」

 短い命令が朝の静寂に落ちる。

「……ッ、う……」

 震える足でリーニエはどうにか立ち上がった。
 全身に走る痛みに顔を歪めながらも、その双眸だけはシディアスをまっすぐに見据えていた。

「貴様は余に従うべきだ」

 その言葉にリーニエは僅かに息を呑んだ。

「そうすれば生き延びられる。そして余の下でより強大な力を得られる」

 七崩賢の一人、断頭台のアウラ。リーニエはその直属の部下だった。
 魔族という種族の中で強者に従うということは生存のための合理的な選択だ。
 リーニエは痛みに震える体を抑えながらシディアスに戦慄した。
 これまで見てきた、どの人間よりも、この老人の在り方は魔族に近かった。

(人間のはずなのに)

 リーニエの脳裏に静かな確信が浮かび上がった。
 この老人は確かに人間だ。
 だが、今、目の前に立つこの存在の本質は、もはや人間という枠組みでは到底測りきれないものだった。
 闇そのものを極限まで洗練させた、その果てにある存在。
 魔族という種族が本能によって闇に近しい存在であるならば、この老人は己の意志と選択によって、その闇の深淵をどこまでも突き進んだ結果に辿り着いた存在なのだろう。
 それはリーニエがこれまで見てきた、どの魔族よりも、恐ろしく、そして魅力的でもあった。

「……分かった」

 リーニエは震える声でようやくそう答えた。

「私は……あなたに従う」

 その言葉に偽りはなかった。
 生き延びるためという極めて合理的な判断。
 だが、その判断の奥底には、もう一つの感情が静かに芽生え始めていた。
 この圧倒的な存在の下で自分もまた、その力の一端に触れてみたいという抗いがたい興味。
 シディアスはその答えを聞きながら仮面の奥で満足げに目を細めた。

「よい判断だ」

 その声には確かな称賛の色が滲んでいた。

「いずれ貴様も理解するであろう。暗黒面という力の素晴らしさを」

 シディアスはそう言いながらライトセーバーを静かに袖の中へと収めた。







「では、次だ」

 仮面の奥から覗く黄色い瞳がまっすぐにリーニエを見据えた。

「先程のような虚言はもう聞きたくない」

 その声には有無を言わせぬ響きがあった。

「貴様が何者で、これまで何をしてきたのか。そして貴様の言う魔族とは、いかなる生き物なのか。すべてを余に話せ」

 リーニエは痛みの残る体を抱えながら静かにシディアスを見上げた。
 拒むという選択肢は既に彼女の中から消えていた。
 先刻の電撃によって刻み込まれた圧倒的な力の差。
 それは単なる恐怖以上の絶対的な服従の感覚としてリーニエの中に根を張り始めていた。

「魔族は人間を捕食対象として見ている。私の名は七崩賢の一人、断頭台のアウラ様の直属の部下」

 淡々とした声で彼女は語り始めた。

「私の魔法は人が動いている時の体内の魔力の流れを記憶する。相手の動きを模倣して再現できる」

 フォースを通して伝わってくる感情の機微。
 そこに今度は虚偽の色は感じられなかった。

「この殺し合いに参加させられてから私は異なる世界から来た人間たちと出会った」

 その言葉にシディアスは仮面の奥で僅かに目を細めた。
 先刻、二つの闇の気配を感知した際、余の知る銀河のいずこにも属さぬ、根本から異なる理から来た者やもしれぬと確かに思い巡らせてはいた。
 この娘の口からはっきりとそう語られたことで、その推測は確信へと近づいていく。

(この島には、余の銀河とは異なる幾つもの世界の住人たちが集められておるということか)

 なるほど、道理でフォースの流れを通しても正体の掴めぬ気配が幾つも入り混じっているわけだ。
 リーニエは静かに語りを続けた。

「最初に遭遇した杉下右京という人間。彼は誰も殺させないという信念を持っていた」

「オールマイトという別の世界のヒーロー。平和の象徴を自称していた」

「乙骨憂太。呪術師と名乗る少年。彼の力は底が見えないほど巨大だった」

 シディアスはその一連の説明を注意深く聞き続けていた。

「もう一人、ルルーシュという名の青年がいた。私たちが合流する前、彼は妹を殺されていた。殺したのはシュラという男」

 家族を殺された青年という構図にシディアスは僅かな既視感を覚えていた。

(余の弟子ベイダーはかつて母を失い、その怒りに任せてタスケン・レイダーを皆殺しにしたのだったな)

 怒りと喪失。それが暗黒面への転落を促す強力な触媒であることをシディアスは誰よりも理解していた。

「杉下とオールマイトは彼の復讐を止めようとした。だけど乙骨は復讐を代行すると言っていた。杉下とオールマイトの正義は綺麗事に近い。でも乙骨の在り方は現実的で厄介。私はその集団からブラック・サバスを使って逃げてきた」

 リーニエの話を吟味しながらシディアスは仮面の奥で静かに思考を巡らせていた。

(ルルーシュ。妹を殺され、復讐に燃える青年か)

 その情報を反芻した瞬間、フォースの奔流がシディアスの意識の奥深くへと流れ込んできた。
 未来を垣間見るヴィジョン。フォースが齎す予知の一端。
 仮面の奥でシディアスの黄色い瞳が僅かに見開かれた。
 フォース・ヴィジョンに映るのはルルーシュという青年が辿るはずだった未来。
 膨大な憎しみを、その双肩に一身に背負う姿。悪逆皇帝として世界のすべての憎悪を自らへと引き受ける。
 そして、その果てに待つのは死。
 その死によって、争いの連鎖を断ち切り、妹の望んだ優しい世界を実現するという、あまりにも壮大で、あまりにも自己犠牲的な結末。

(だがこの命の授業の場において、その未来が大きく捻じ曲げられておる)

 鬼畜に妹を理不尽な暴行の末に殺されたことでルルーシュは暗黒面へと傾きつつあった。

(この青年がもし自らの手でシュラを殺したならば)

 フォースのヴィジョンが、さらに先の光景をシディアスの脳裏に映し出していく。
 復讐を成し遂げた青年は完全に暗黒面へと堕ちるだろう。
 その先で、ルルーシュという青年が見出すのは最愛の妹の蘇生。
 この殺し合いという催しの最後の勝者に与えられるという「あらゆる願いを叶える権利」を用いて死んだ妹を再びこの世に呼び戻すという新たな執着。
 本来ならCの世界を否定し、自己犠牲によって優しい世界を作ろうとした青年が怒りのままにシュラを殺すことにより優勝を目指すマーダーとなる。

(ルルーシュとやらが暗黒面に完全に堕ちれば、この命の授業に抗う者たちにとって大きな脅威となるであろう)

 だが乙骨とやらの言葉がルルーシュの覚悟に迷いを生じさせている。
 もしシュラを手にかけるのが乙骨ならば、ルルーシュは暗黒面へと堕ちることはないかもしれない。

(少々予定よりは早いが余自らが動くか)

 シディアスは静かに思考を巡らせ始めた。

(まずはルルーシュとやらに接触する)

 リーニエの語った情報、そしてフォースが齎したヴィジョン。
 妹を殺され復讐に燃える心。
 それは既に暗黒面への扉に片足を踏み入れている証だった。
 あとは、その扉を確実に押し開かせるだけでいい。
 問題はリーニエの話に出てきたオールマイトと乙骨憂太。
 暗黒面へと堕とすための布石を打とうにも、この二人の存在はその障害となるだろう。
 この二人を同時に相手取るということは、かつてメイス・ウィンドゥやヨーダと渡り合った、あの死闘に匹敵する消耗を強いられることを意味する。

(そうなれば大きな消耗は避けられまい)

 この島に飛ばされた直後、あの憤怒に支配されていた時の自分であれば、迷わず正面から挑みかかっていたかもしれない。
 だが先の反省をシディアスは決して忘れていなかった。
 真に賢明なシスであるならば力を無駄に浪費することなく、最小限の犠牲で最大の成果を得る道を選ぶべきだった。
 力による支配だけでなく狡猾な策略と欺瞞によって、敵の陣営そのものを内側から切り崩す。

(ルルーシュのいる集団に自然な形で入り込む)

 シディアスの思考が急速に組み立てられていく。
 無害な参加者を装い、杉下、オールマイト、乙骨、そしてルルーシュのいる集団へと接触する。

(そして集団に入り込んだ後は)

 視線が静かにリーニエへと向けられた。

(この娘と月を用いて奴らを分断する)

 すでに己の駒として服従させたリーニエ。
 立場的にシディアスが優位な協力関係にある月。
 この二人を巧みに用いれば、オールマイトと乙骨という二つの障害をルルーシュから引き剥がすことは決して不可能ではない。
 正面からの激突を避け、狡猾な誘導によって障害を遠ざける。
 状況次第では他のマーダーたちを利用してもいい。
 シディアスは静かに目を細めながらリーニエへと視線を戻した。

「リーニエ。貴様には、これから余の計画のために動いてもらう。まずは貴様の持つ支給品を回収する」

 既に暗黒面の力によって従属を刻み込まれた今、この老人の要求に逆らうという選択肢はリーニエの中には存在しなかった。
 リーニエは素直にデイパックを差し出した。
 シディアスは中にあったランダム支給品二つを自らのデイパックに移す。

「そのライトセーバーは貴様が使え」

 地面に落ちていたライトセイバーを拾い上げるとリーニエに手渡した。

「では、行くぞ。月たちの元へ戻る」

 リーニエは静かに頷きデイパックを背負い直した。




◆




 リーニエがタクシーを降りた場所から然程離れていない位置に夜神月は立っていた。
 月はシディアスとリーニエが戻ってくるのを見て僅かに緊張した表情を見せた。
 二人だけで姿を消した間に、一体何が起こったのか、その詳細を彼は知らない。
 だがリーニエの纏う雰囲気が明らかに先刻とは変化していることは月の観察眼を以てすれば察することができた。

「優子は?」

 リーニエが静かに問いかける。

「まだ目を覚ましていない」

 月は簡潔にそう答えた。
 意識のない優子は瓦礫に寄りかかるようにして静かに眠り続けていた。
 時折、寝言らしき呟きが漏れているが、それ以外に目立った変化はない。
 シディアスはその様子を一瞥した後、月へと向き直った。

「月くん。予定よりは幾分早いが余はこれより行動を開始する」

 その言葉に月は僅かに眉を寄せた。

「行動というのは」
「詳しくは追って説明しよう。まずはその娘の荷を検めさせてもらう」

 シディアスは優子のデイパックを手に取ると中身を検分していった。
 何とかの杖と呼ばれる支給品の傍らに一着の衣装が畳まれて収められている。
 それは黒と紫をベースとした、どこか妖艶な雰囲気を纏う装束だった。
 支給品の説明書には「テスタメント・フォーム」という名称が記されている。
 必要なものは全部揃った。
 これでフォース・ヴィジョンにより予知した直近の光景を実現させることができる。

「申し訳ないが月君、ポリジュース薬は全て余が使う」

 月の表情が僅かに強張った。

「……全部、ですか」
「そうだ」

 シディアスの声には有無を言わせぬ響きがあった。
 月は内心で僅かな逡巡を覚えていた。
 ポリジュース薬は自らの安全を確保するための手段の一つだった。
 他人に成りすまして危険から身を遠ざける。

「代わりにこの銃を渡しておこう」

 シディアスはそう言いながら先刻リーニエから回収した支給品の一つを取り出した。
 それは細長い金属製の武器、銀河の各所で広く用いられている、汎用型のブラスター・ピストルだった。

「銀河において最も一般的な武器だ。君の住んでいた地球という星の実弾を用いる銃器よりも性能は良い」

 ポリジュース薬の運用には対象の髪や体の一部を事前に用意する必要があり、使用のタイミングも限定される。
 対してブラスター・ピストルは単純明快に自らの身を守る手段として機能する。
 月にとって直接的な護身の手段を得られるということは決して悪い話ではなかった。

「……分かりました。これで手を打ちましょう」

 月は静かにそう答えながらポリジュース薬の入った容器をシディアスへと差し出した。
 シディアスはそれをブラスター・ピストルと交換すると満足げに頷いた。
 危うい均衡の中での取引ではあったが、少なくとも今回に関しては悪くない結果だったと月は自らを納得させていた。

「それでは始めるとしよう」

 シディアスは白銀の髪をポリジュース薬の容器の中へと落とし込んだ。
 容器の中の液体が激しく鮮やかな銀色に変化する。
 その液体をシディアスは躊躇なく一気に飲み干した。
 その直後、老体に明確な変化が現れ始めた。
 まず骨格そのものがミシミシと軋むような音を立てながら急速に縮小していく。
 老いた男の皺だらけの手が次第に小さく滑らかな形へと変わっていった。
 長身であった体躯も瞬く間に縮み小柄な少女のそれへと変貌していく。
 しわがれた老人の顔立ちが、次第にその輪郭を失い、代わりに幼さの残る整った少女の顔立ちへと作り変えられていく。
 長く絹のように艶やかな銀髪が微かに揺らめく。

 やがて変化は完全に完了した。
 そこに立っていたのは、もはや老いたシスの暗黒卿の姿ではなかった。
 十歳前後と思われる、小柄な少女。白銀色の髪を持ち、整いすぎているほどに端正な顔立ち。西洋人形を思わせる繊細で儚げな容姿だった。

「ふむ、上出来だな」

 その声もまた、これまでの低く嗄れた老人の声とは、まったく異なっていた。
 幼さの残る、澄んだ少女の声音。
 シディアスは優子の荷から取り出しておいた黒い衣装を手にとった。
 体の線を大胆に見せる妖艶な雰囲気を纏う装束テスタメント・フォーム。
 衣装を纏い終えるとシディアスは静かにその場で身を翻した。
 白銀の髪がその動きに合わせてさらりと揺れる。

「これで準備は整った」

 もはや、そこに立っているのは銀河を支配したシスの暗黒卿の面影など微塵も感じさせない存在だった。
 完全にイリヤスフィール・フォン・アインツベルンという一人の少女へと擬態を果たしていた。

「……凄いですね」

 月が改めてその変貌ぶりに静かな感嘆の声を漏らした。
 リーニエは無表情のままその姿を見つめていた。
 魔力の流れを読み取ろうと意識を集中させても、今この瞬間、目の前に立つ存在から感じ取れるのは少女そのものの気配だった。
 ポリジュース薬と暗黒面のフォースによる擬態は完璧な精度を保っている。
 この容姿なら顔を隠す必要はないのでひょっとこの仮面はデイパックに入れた。

「では、行くとしよう」

 テスタメントフォームのイリヤの姿になったシディアスは静かにそう告げながら朝の陽光に照らされる渋谷の街並みへと視線を向けた。

「ルルーシュとやらのいる場所へ向かう。この姿ならば怪しまれることなく集団に入り込めるはずだ」

 弱々しく、庇護されるべき存在。幼い少女という、あまりにも無害な仮面。
 それを纏った今、シディアスは、あの一団、杉下、オールマイト、乙骨、そしてルルーシュのいる場所へと堂々と足を踏み入れることができる。
 そして失った妹と近しい年齢の少女としてルルーシュに近づく。

「リーニエ。この娘のことが気になっておるようだな」

 シディアスの言葉にリーニエは静かに頷いた。

「ならば娘の意識が戻った暁には貴様が意思疎通を図るとよい」

 シディアスは静かにそう告げた。

「月くん。彼女は君が背負ってくれ」

 意識のない優子を背負い、庇護しているように見せかける月の姿は、彼らが単なる被害者の集まりに過ぎないという印象をより強固なものにするだろう。
 武力を持たない優子を守りながら移動する青年の姿はそれだけで警戒心を解かせるに十分な説得力を持つはずだった。

「分かりました」

 月は優子の傍へと歩み寄り、その小柄な体を慎重に背負い上げた。
 意識のない優子の頭が月の肩に力なく預けられる。
 時折漏れる、呑気な寝言だけが、この張り詰めた状況の中で場違いなほど穏やかに響いていた。
 朝の光がいよいよその輝きを増していく中、一人の少女に化けた老獪なシスの暗黒卿と、その手駒となった二人は次なる標的へと向けて歩みを進め始めた。
 幼く無垢な仮面の下に銀河を支配する暗黒面の化身が潜んでいる。
 ファントム・メナス――見えざる脅威は朝の渋谷の街並みに静かに紛れ込んでいった。


【G-8 市街地/早朝/1日目】
【ダース・シディアス@スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐】
[状態]:ポリジュース薬でイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに擬態、師の秘術を手に入れられる喜び、弟子達の成長を見られる楽しみ、ジェダイ(アソーカ)を痛め付けられる悦び。オールマイトと乙骨を警戒。
[装備]:ライトセーバー×2、テスタメント・フォーム@Fate/Grand Order
[道具]:基本支給品一式、ポリジュース薬(19回分+専用グラス5つ)@『ハリーポッター』シリーズ、『ひょっとこ』の仮面、フィン、ローズ、イリヤ、虎杖、ダークマイトの髪複数本、不明支給品×1
[思考]:殺し合いに勝ち残り、師であるダース・プレイガスの秘術を手に入れ、弟子達にシス卿としての在り方を示す。
1:ルルーシュを暗黒面に堕とし、命の授業を加速させる。
2:月とリーニエを使い、ルルーシュを集団から孤立させる。
3:ルルーシュ自らの手で、シュラへの復讐を遂げさせる。
4:ダース・ベイダー(アナキン)を後継者として連れて帰りたい。
5:主催である森口を“怒り”に任せた【感情】ではなく、師の協力者として、シスの教義に従い殺す。
6:武力は無いが、深い暗黒面の素質のある月に期待。(でも、場合よっては使い潰す。)
7:先程、戦った小僧(虎杖悠仁)にも、武術・内なる暗黒面に期待する。
8:弟子と殺し合うのは暗黒面の宿命。彼らとの戦いを楽しむ。
9:ティラナス卿(ドゥークー伯爵)とは状況次第では一時的な協力も模索する。
10:唯一のジェダイ、アソーカは状況次第で保護する。ベイダー卿と出会うまでな…。

※主催の森口は師である『ダース・プレイガス』の協力者、この殺し合いは師の秘術の再現の為と思っています。
※フィンの感情から『参加者が様々な時間や場所から集められている』可能性に気付きましたが、確証がないと思っています。
※夜神月及び参加者は【銀河共和国・帝国】に属さない惑星から集められたと考えています。
※殺し合いの会場も同様の惑星で行われていると思っています。

【夜神月@DEATH NOTE】
[状態]:これからの不安
[装備]:ブラスター・ピストル@スター・ウォーズシリーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1 ~2
[思考]:殺し合いから生き延び、元の世界にて【新世界の神】として君臨する。
1:ブラスターは手に入ったが、これだけは不安なのでシディアス卿との協力関係は維持する。
2:竜崎(L)やレイ・ペンパーが生き返った…?竜崎とは戦いたい気持ちもあるが、元の世界に戻る事を優先する。
3:主催は『死神大王』ではないのか?

※主催の森口の後ろに【死神大王】が存在すると仮説を立てています。
※半信半疑ながら、Lとレイ・ペンパーが生き返った事をやや信じています。
※暗黒面に対しても、疑問を感じていますが、シディアスの力を見て、信じざるを得ないと思っています。

【リーニエ@葬送のフリーレン】
[状態]:疲労(中)、負傷(中) 、シディアスへの服従心
[装備]:『ブラック・サバス』のスタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険、ライトセーバー
[道具]:基本支給品一式
[思考]:シディアスに服従して、暗黒面を学習する。
1:優子と「魔族として」意思疎通を図る。
2:異世界の戦士に警戒。

【吉田優子@まちカドまぞく】
[状態]:魔力消費(大)、気絶(寝言)
[装備]:何とかの杖
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考]生きて聖蹟桜ヶ丘に帰りたい。
1:殺し合いはできればしたくないです。






前回 キャラ 次回
049『バトルマニア』 051『[[]]』
023『2つの【仮面】を持つ者達/ブスの復習』 シディアス
023『2つの【仮面】を持つ者達/ブスの復習』 月
033『There are two paths you can go』 リーニエ
033『There are two paths you can go』 シャミ子

>TOP

最終更新:2026年10月05日 21:08