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『カチューシャ』







 『個人を理解するには、戦闘以上の手段はない』

──奇術師の言葉は、今なお黄金郷のマハトの思考に妙な残響を残していた。
要するに、より多くの人間と命を奪い合えば、それだけ理解も深まるということなのだろうと。
殺すだけなら簡単だ。マハトにとって、それは呼吸と大差のない営みに過ぎない。
だが、それでは今までと何も変わらない。
──ヒソカがあえてあの言葉を口にした意味は、そんな単純なものではないのだろう。

あの奇術師との戦いには、確かに得るものがあった。
命を奪うという結果ではなく、相手が何を考え、何を選び、何を見せるのか。
その果てに、人間を理解するための『何か』が残るのかもしれない。
それが感情なのか、魂なのか。あるいは本当に、血肉の中から取り出せる何かなのか。マハトにはまだ分からない。

ただ、分からないのなら、確かめればいい。
牡蠣から真珠を取り出す感覚で、臓物の奥から人間を理解するための『何か』を拾い上げられるような──『力ある人間』を。
そんな相手を求め、先程から小汚い路地裏を彷徨っていたというのに。
左肩が微かに疼いた折、マハトはただ、小さく息を吐いた。


「……またこれか」


 銃声。二つ。
二発の弾丸が、マハトの頭部すれすれを通過した。
そしてまた、取るに足らない銃撃が一発。
射手の姿さえ見えぬ前方からの弾丸を、マハトは首をわずかに傾けて避ける。

もう、貫通魔法を詠唱する気にもならない。
戦闘と呼ぶ必要すら感じなかった。


(……これでは、何も分かりそうにないな)


また弾丸が頬を掠めた折。
横手の路地から飛んだ声に、マハトはわずかに視線を向けた。


「おい! そこのあんた! こっちだ!!」

「……」

「何してる! 早く来い、そこじゃ狙い撃ちにされるぞ!」


そこにいたのは、片目に照準器を掛けたスーツ姿の男。
強大な魔力を感じるわけでもない。鍛え抜かれた戦士の身体でもない。
見るからに、長く生き残れそうにない人間だった。


………
……
…



 壁際で弾丸が弾けるたび、乾いた破裂音が路地に響く。
火花と閃光だけが、薄暗いビルの谷間を絶え間なく照らす。
その影に身を預けながら、マハトはふと口を開いた。


「……つまり。お前は今も、その二人に盗聴されているわけだな。逃げても籠の中の鳥とは、人間も不便なものだ。ミシマ」



向かい合う男は、喉元の通信機を指先で二度叩いてみせる。
当然、口は開かない。
ただ、『俺の名前は三島創』と記したノートを開いたまま、新たな一文を書き加えてマハトへ向けた。


『それで、アンタは優勝を狙っていると。……最悪だな。想定してた中で一番厄介なタイプだよ。黄金郷のマハト』

「…………」



 人間と魔族。──捜査官と七崩賢。
出会う場所が違えば、言葉を交わすことなどなかった二人が、今はこうして向かい合っている。
情報を交わし始めて、既に数分。
狙いすら定まらぬ銃弾が壁や路面で次々と爆ぜる中、それを意に介することもなく。
二人はビルの影に身を沈めたまま会話を続けていた。
もちろん、そこに信頼関係など築かれていない。
互いを仲間とは思っていない二人だからこそ、会話だけが歪な形で成立していた。


「ミシマ。……お前、それは偽名なのだろう?」



 その声に、三島は眉をひそめ、何枚かの紙片が覗くノートを指先で二度叩いた。
──“せめて筆談しろ”。
彼の意図を承知の上で、マハトは無視して続けた。



「別に、盗聴している者に聞かれても構わないだろう。奴等は聞き、覚え、いずれ死ぬまで。遺るものなどない」

『俺は構うんだよ。それに捜査官ってのは、必要のない情報まで容疑者にくれてやるほど親切じゃない』

「…………」

『まあいい。喋りたいなら勝手に喋ってろ。こっちはこのままやる』


「…………もう一度聞こう。お前の本当の名前はなんだ。自分から名乗った割には、随分と隠したがっているように見える」

『……しつこいな。教えられない。というかアンタに教える義理がない』

「また義理か。人間はよくそれを理由にするな」


恩や義理、責任。
人間は形のないものに名前をつけては、それを理由に行動を変える。
そんなマハトの疑問など知る由もなく、三島はノートを一枚捲ると、再びペンを走らせた。


『当たり前だろ。アンタにソリテール、フリーレンだったか。……悪いが、そんな名前を三つ並べられて信用しろと? 偽名には偽名で返す。それだけだ』

「……言わなかったか? フリーレンは仲間ではない。名前に聞き覚えがあるだけだ」


三島は呆れたように息を吐く。
その間に、一発。見当違いの銃弾が角の壁面を砕いた。
三島は一瞥もくれず、ノートの最後のページに短く何かを書きつける。
それから数枚を捲り戻し、マハトとの筆談へ戻った。


『聞き覚えね。はいはい、そういうことにしておくよ』

「……」

『どっちにしろ、アンタが人間じゃないことくらいは分かった。スマッシュってのは、随分と種類が多いらしいな』

「…………また、スマッシュか」


そこで、会話が途切れた。
『スマッシュ』。
三島は先ほどから、当然のように自分をそう呼んでいる。
人間ではない何か。だが、魔族でもないらしい。
ならば、それは何なのだろう。
マハトにとって、未知を知るための方法は、つい先ほど一つ知ったばかりだった。



「ミシマ。そのスマッシュを殺せば、俺は何か分かるだろうか」


三島のペン先が、ぴたりと止まる。
しばらくマハトの顔を見たあと、呆れたようにノートへ視線を戻した。


『……いい台詞だな。まるでヒーローだよ』



 銃撃は、あれから一度として途切れていない。
壁を穿ち、鉄梯子を撃ち抜き、跳弾の火花が薄暗い路地を忙しなく駆け回る。
その只中にありながら、マハトの黄金の瞳は一度も銃口の主を探そうとはせず。
降り注ぐ銃弾よりも、目の前の人間が何を語るのか。今はただ、それだけを見ていた。
同じ敵に狙われているから手を組んでいるわけでもなかったのだが。
──ただ、少しだけ興味があった。

飛び交う弾丸を聞き流しながら、一人の人間が語る、人間の話を聞く。
何を守り、何を隠し、何を理由に生きているのか。
そうして言葉を重ねていけば、殺して中を開くより先に、何か見つかるかもしれない。
今のマハトには、それを確かめることもまた一つの気まぐれだった。


「…………」


また一発。
銃声だけが、途切れた会話の隙間を埋めていく。
今度は壁の角が大きく削れ、二人を覆う影が僅かに狭くなる。
三島は無言のままノートを捲った。


「……ミシマ、一ついいか」

『“殺す前に一つ”、とかじゃなきゃな』

「……」


三島の皮肉に、マハトは僅かに間を置く。
やがて、その横顔を眺めながら、


『なんだよ。早く言え──』

「おい」


マハトはまだ確かめていなかったことを口にした。




「ミシマ。お前、……さっきから『後ろの頁』に何を書いている?」




 その問いが落ちた、直後だった。
──銃声が止んだ。
あれほど絶え間なく路地を叩いていた破裂音が、嘘のように消えている。
残された静寂の中、朝日だけが漂う黒塵を白く浮かび上がらせていた。

その白い光の中に、ふいに黄金が閃く。
マハトの外套は既に剣へと変わり、その切っ先が眉間へ突きつけられていた。
三島に答えを拒む時間も、誤魔化す時間も与えない。
ほんの僅かでも動けば、そのまま頭蓋を貫ける距離。

それでも三島は、何事もなかったように、隠していた頁をマハトへ向け、


「……気づくの、遅かったな」





《マーダー調査メモ 【黄金郷のマハト】》
『・優勝目的△ 強者との戦闘が目的?』
『・非スマッシュ? → ボトル生成可否不明』
『・ソリテール=マハトと面識あり。要警戒』
『・フリーレン=「仲間ではない」「聞き覚え」→接触注意』
『・銃撃への反応速度:高。戦闘能力の全容は不明』




「……ミシマ、…………お前──」




そこでようやく、マハトの問いに答えた。



「“よし、実験スタート”だとよ。悪いな、ここからは科学者様の仕事らしい」



銃撃の正体、三島創のスタンド『エアロスミス』と──。
姿を現した、『仮面ライダービルド』と共に──。



「って、おい三島! 人の決め台詞パクるな! しかも微妙に違うし! ……ったく、もう……、──」

「────さあ、実験を始めようか。勝利の法則はもう決まっている」



………
……
…


◆



《知》──暴く者。
捜査/CONTROL

《知》──率いる者。
指揮/COMMAND

《知》──創る者。
発明/INVENTION



 三者三様の『知性』。
異なる思考、異なる役割、異なる答え。
三つの歯車が噛み合った時、時計の針は『確信』への秒読みを始める。

────そして秒針は今、戦闘開始を刻む。
────【MISSION START】



「はッ! ──せやッ!」


 拳が捉え、──蹴りが閃光を穿つ。
『三つの知性』、その矛先を担う桐生戦兎。──仮面ライダービルド。
赤と青の装甲が翻り、黄金の斬撃とすれ違う。
瓦礫を蹴ったビルドはさらに踏み込み、再びマハトの懐へと拳を返した。


「はァッ!」

「……ッ…………」


マハトは無表情のまま、黄金の外套を翻す。
拳を受けた黄金が大きく撓み、衝撃に腕が僅かに跳ねた。
傷はない。硬さもまた黄金が勝る。
だが、衝撃の瞬間に弾けた黄金の光が、確かな一撃の重さを物語っていた。
その残光が、ビルドの複眼を黄金に染めた時。
その瞬間、仮面の奥で──桐生戦兎の思考が、数式を描き始める。


  『Z=79』『ρ=19.32 g·cm⁻³ 』
 『Au』 『[Xe]4f¹⁴5d¹⁰6s¹』

『F=ma』『p=F/A』『Eₖ=½mv²』
 『ρ=m/V』『σ=F/A 』


────『Tₘ=1064.18℃』。


(……『金』じゃないな。少なくとも、ただ金を生み出してるだけじゃない……。……そうか!──)

(──ひとつの仮定として……マハトは対象そのものを『硬質物体』に変換する力がある……!)


仮説が一つ形になっただけで、戦兎の口元には満足げな笑みが浮かぶ。
無論、マスクの下で勝手に納得したその顔など、マハトに見えるはずもない。
ならばと、閃きを手を叩いて喜ぶ代わりに──ビルドは痺れの残る身体を捻り、


「はああッ!」

「……ッ!」


──黄金が、爆ぜる。
マハトの脇腹目掛けて、蹴りを叩き込んだ。
衝撃にマハトの身体が吹き飛び、背後の壁へ叩きつけられる。
マハトは瓦礫に掠められた頬を、確かめるようにひと撫でした。
そこにあるのは痛みでも、受けた一撃への関心でもない。
『……この戦いには、何がある?』『こいつは、何のために俺と戦っている?』
黄金の瞳に浮かんだのはただ一つ──ビルドが『戦う理由』への疑問だった。


「……なあ、仮面の種族」

「は?! なんだそれ! 人を新種みたいに分類すんな! 桐生戦兎! 人間!」

「…………分からんな」

「……あぁ奇遇だよ。俺もお前の分類基準がさっぱりだ」

「いや、違う。──」


「──俺と戦うために策を弄しながら、お前からは俺を殺す意思を感じない」

「…………」

「仮面の種族。お前はこの戦いの先で、俺の何を知ろうとしている?」


 剣先をゆるりと構え直し、マハトはそう呟いた。
それは挑発でも、降伏を促す問いでもない。ただ、魔族としての純粋な疑問だった。
問えば答える。
追い詰めれば、死の間際にさえ何かを語る。
──それが、マハトがこれまで数え切れぬほど見てきた人間という生き物だ。
故に今回も、知りたいという欲求のままに問いを投げただけで、答えそのものには大した期待もない。
上空へ『人を殺す魔法《ゾルトラーク》』を放ちながら、ついでのように問いを投げたものだが、


「この戦いの先ねぇ……。悪いけどマハト、それ俺に聞く相手間違ってるよ。はい三島、発案者さんご指名だぞ!」

「おい振るな桐生! 避けてんだよこっちは! エアロスミスぶっつけ本番なんだぞ!! ……くッ!」


あいにくビルドは聞く耳も持たず。
戦闘態勢もそこそこに、砕けた黄金片の一つでも落ちていないか探していた。

縦横に空を裂く《ゾルトラーク》の隙間を、プロペラを唸らせた小型戦闘機が縫って飛ぶ。
機銃から吐き出された弾丸が、追い縋る光条へ抗うように火花を散らす。
光と鉛が交錯するその先で、マハトの黄金の瞳は静かに。──照準器の男を捉えた。



「で、この戦いで何を探ってる、だったな。黄金郷のマハト」

「…………」



 『三つの知性』、その眼を担う──三島創。
時を少し遡れば、この一連の戦闘──マハトとの接触を最初に提案したのは、他でもない、彼だった。

【F-2/繁華街地点】。
『エアロスミス』の照準器は、数百メートル圏内にある生物の呼吸をポインターとして捉える。
繁華街を移動する最中、その索敵網に一つの反応が掛かった。
──黄金郷のマハト。
接触を避け、このまま退避する。
最初に出た判断はそれだった。戦兎も異論はない。
だが、その方針が固まりかけたところで、三島が口を挟んだ。


“ここで退いたところで、無事に逃げ切れる保証はない”
“俺たちは奴が何者で、何ができるのかも知らない。そんな相手に背中向けて、無事に済む保証がどこにある?”
“……もしかしたら、何事もなく逃げられるかもしれない。けどな、”

“その『もしかしたら』に、俺は捜査官として可能性を見出せない”


それは、命を危険に晒す、あまりにも無謀な提案だった。
戦兎もすぐさま反論したことは、言うまでもない。

ただ、一つの事実として。
三島たちが殺し合いの打破を目指す以上、他の参加者が何者で、何を目的とし、どんな力を持つのか。その情報はいずれ必要になる。
そして、もう一つの事実として。
戦兎の手元にある戦力は、ラビット/タンクと最低限の手札だけ。
──この先に待つ脅威を考えれば、あまりにも心許なかった。


“フルボトルを作った相手は、これまでスマッシュだけなんだろ?”
“──なら、『スマッシュじゃない奴』でどうなるかは、まだ誰も知らない”



 ──そして、時は現在へ戻る。
三島が危惧し、何より戦兎自身が警戒していた通り、ビルドがマハトを圧倒していたわけではない。
装甲には傷が走り、度重なる衝撃は確実に戦兎の身体へ蓄積している。
三島にも疲労が滲み始め、エアロスミスの飛行には僅かな鈍りが見える。
結果だけを見れば、三島の提案は自殺行為も同然だった。

光条を撃ち放ったマハトが、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。
黄金の剣が翻り、今度はその切っ先がビルドへ向いた。
三島の額を、一筋の汗が伝う。


──それでも。
──捜査官の眼は、もう必要なものを見終えていた。


「教えてやるよ、黄金郷のマハト。お前から知りたかったことなら十分探らせてもらったからな」

「……何を知った?」


マハトがゾルトラークを放とうとした、その時。
三島が開いたのは、見覚えのあるノート。
《マーダー調査対象 【黄金郷のマハト】》。
先ほど見せた頁には、戦闘を経て得た情報が新たに書き加えられていた。

だが、マハトの黄金の瞳が僅かに揺れたのは、その内容ではない。


ノートを開いた拍子に、ひらりと滑り落ちる──一枚の『折りたたまれた紙』。
ゾルトラーク詠唱よりも先に、上空から響いた──エアロスミスの銃声音。


「…………っ、……なるほど。最初からそこが狙いだと、お前──」


──轟音。
マハトの声が、その途中で呑み込まれる。
頭上の、支えを失った『バルコニー』が崩れ、鉄柵も、瓦礫も、粉塵も。そのすべてが一息にマハトへ降り注ぐ。
黄金郷の姿は、崩れ落ちた瓦礫の底へ消えていた。



「『黄金郷のマハト。遠距離攻撃可能。射程、威力は不明』。──」

「──空欄を埋めるには十分な情報だな。……行くぞ、桐生」


三島はノートを閉じると、瓦礫には一瞥もくれず、ビルドの肩を掴んだ。


思えば。
あれほど無秩序に見えたエアロスミスの銃撃も。
そして、周囲を巻き込みながら繰り出されたビルドの攻撃も。
すべては、この『崩落』を仕込むための布石だったのだろう──と。
積み重なった瓦礫が内側から軋み、黄金がその隙間から覗く。
二人の策にやや理解の値を感じたとはいえ、七崩賢の一角がこの程度で闘いをやめるはずがない。
マハトは瓦礫を押し退け、再び立ち上がろうとしたが、
その時。



 ──『三つの知性』。
その舵を担うラストピース。
──三島の作戦、その指揮を買って出た────西住まほ。

接触する以上、戦闘そのものを目的にはしない。
退路を確保し、いつでも離脱できることが最低条件だった。



「…………ほう。その女がお前を盗聴していたのだな。ミシマ」

「折り畳んだ紙から女とバイクが出てきて、驚くところがそこかよ。……やっぱアンタ、最後まで要警戒だ。じゃあな」



支給品『エニグマの紙』から現れた、まほと、ビルドの愛機『マシンビルダー』。
黄金の瞳がその背を追った時には既に──三人を乗せたマシンは、朝焼けの街の彼方へと消えていた。





【支給品説明】
『エニグマの紙@ダイヤモンドは砕けない』
紙にした人間や物体を収納し、持ち運ぶことができる特殊な紙。
折り畳んだ紙を開くことで、収納された対象を元の姿へ戻すことができる。
ロワでは、収納された人間も意識を保ち、紙の内部から外部の状況を認識・会話することが可能。
西住まほに一枚のみ支給。





【AM.04:53.38】
【──MISSION COMPLETE】




【1日目・路地裏】
【黄金郷のマハト@フリーレン】
[状態]:軽度の疲労
[道具]:死出の羽衣
[その他]:基本支給
[思考];殺し合いに乗る。
1:力ある者との戦闘を重ね、人間との共存、その鍵を探る。
2;今回の戦いからは、結局何も得るものはなかった。だが、三人の知略には少し興味がある。
3:……仮面の種族、か。



………
……
…


◆


 エアロスミスのプロペラの音も、マシンビルダーの駆動音も、朝焼けの前に沈む。
少しずつ陽の差しはじめた校舎。


「…………疲れた。捜査は一旦休憩だ」


二階。物静かな教室。
窓辺から入り込む、朝の風。
缶コーヒーの苦い香りと、静かに捲られるノート。



「再現するのは装置じゃない。必要なのは工程の代替だ。美空がやってた浄化と同じ結果を、別の方法で無理やり作って……」


黒板を綴る、かすかな音。
ぴょん、と跳ねた寝ぐせが、そのたび小さく揺れている。
古びた机と、乾いたチョークの匂い。



そして。
ストローの先から舌へ落ちる──ただ、ピーチミルクティーの甘い味。


「…………」




「問題は……そもそもフルボトルに落とし込めるかどうか。……ま、それを確かめるための実験なんだけど──」

「おい桐生。講義はもういい。……てか何だ、その黒板」

「ああ、これ? 科学式。通称・天才にしか読めない文字」

「……そうか。怪文書ならヴォイニッチ手稿とデスノートで間に合ってるんだがな」

「誰が怪文書だよ! 科学式! 科学の式! 最っ悪だ!!」

「はいはい分かったよ。好きにしろ」


朝風を孕んで、白いカーテンがふわりと揺れる。
三島はそこで言葉を切り、静かに少女を振り返る。


「……俺の無茶に付き合わせたな。悪かった」

「……いえ。謝る必要はありません。勝算があると判断したから、私が指揮を執りました」

「そうか、うん。……ああ、そういや。『スタンドDISC』の方はもう馴染んだか?」


また、風に吹かれて。黒髪をさらりと揺らす。
ふと指先が、頭の一箇所で止まる。
確かめるように髪の上から軽く触れて、それから彼女は何事もなかったように手を下ろした。


「…………。はい」



 『作戦の盤上では、敵の撃破だけを勝利とは呼ばない』。
万が一に備え、マハトから遠く離れた学校へ移って、しばらく。
黒森峰女学園チームの隊長──西住まほは、窓際の机に腰掛け、自身に入れた『スタンドDISC』の感触をぼんやりと確かめていた。

頬杖をつき。朝風に揺れるカーテンを目で追い。
それにも飽きると、まほは窓の外へ視線を逃がす。
その先には、三島がいる。
──この得体の知れないDISCを、護身用として入れておくよう勧めたのも三島だった。
少なくとも、まほの手元にはラベルも説明書もない。
他の参加者に支給されたものがどうなのかは知らないが、このDISCに何が収められているのか、彼女には知る術がなかった。
当然、戦兎は反対したものだが。

それでも、丸腰でいるよりはいい──と。
既にDISCを使用していた三島にも倣い、最後にはまほ自身の判断で、それを頭へ差し込んだ。
その時の戦兎の深いため息を、まほはまだ覚えている。


「……」


 三島は今も窓辺に立ち、黙って遠くの街並みを眺めている。
別に、用があるわけではない。声をかける理由もない。
だから、まほはその背中をしばらく眺めてから、風に乱された前髪を指先でそっと直す。
──“スタンドの性能も、今のうちに確認しておくべきか”
そんなことをぼんやり考えながら、小さな欠伸をひとつ噛み殺した。


「……ところで三島。さっきから気になってたんだけどさ。エアロスミスで探知してんだから、わざわざ目で見張る必要なくないか?」

「ほっとけ。片方はもう見てる。もう片方で見るのが捜査官だ」

「あー、専門外には分かんないやつね。なるほど。俺の黒板見てるお前らと一緒だ」

「……そろそろ聞いてほしいんだろ。『その数式、何なんだ』って」

「先に言うなよ! 今ちょうど説明しようと思ってたのに!」


頬杖をついた腕に、黒森峰の制服の袖が小さく皺をつくる。
その向こうで、戦兎はむっと黒板へ向き直り、得意げに数式の中央を叩いた。


「これはな、フルボトル生成装置を簡易的に再現するための設計式。つまり……俺の新発明、その第一歩!」

「なるほど。発明王様は保護対象か。な、西住」

「そうですね。……戦兎、そんなことより先にベルトを整備してくれ」

「分かってるって!」


そんな声も、誰もいない校舎ではやけに遠くまで響いて、やがて何事もなかったように消えていく。
戦いのない朝は、妙に静かだった。


「……って、いつからタメ口になった?! まほ!!」

「……ハハ。相思相愛で何よりだ」

「誰と誰がだ! うっせぇ三島!!」



二人のやり取りに、まほの口元がほんの少し緩む。
喉は渇いていないのに、なぜかもう一度、甘いものが欲しくなった。
ストローへ唇を寄せ、もう一口だけ、桃の甘さを含むまほ。
彼女は、三島のスーツに残った泥に目が留まる度。



「……………………」



──黒森峰が十連覇を逃した、あの日の決勝。
──勝利を捨ててでも仲間を救った、妹の背中が、脳裏に過る。



「……」



 あの日の、耳を塞ぎたくなるほどの雨音を、今でも覚えている。
湖へ沈んでいく戦車を見て、妹は作戦を捨て、迷わず水へ飛び込んだ。
黒森峰の紋章が泥に濡れることも。
西住流の名に、敗北という傷がつくことも。
そして、自分自身まで水底へ引き込まれるかもしれないことさえ、あの時のみほには眼中になかった。

時折、まほは思う。
いや、『鉄の掟、鋼の心』という勝利至上の看板から離れた今だからこそ、思える。
あの日は、みほも、仲間も助かった。
だからこそ、あの選択は正しかったのだと語ることができる。

けれど、誰も助からない結末だって、確かにあった。
──むしろ、そうなる可能性の方がずっと高かったのではないか、と。


…
……

『お姉ちゃん、……私は、……自分の判断、絶対に──』

“間違ってるから”

『………………』

“もう一度言う。間違ってるから”

……
…



「…………」



 ──先ほどのマハトとの戦いも、根は同じだった。

みほと三島。
選んだ行動も、置かれた状況も、まるで違う。
それでも、『自分の命を勘定の外へ置いている』という一点だけは、よく似ていた。
今でこそ三島らは、「万丈がどうの」「いない奴を使って自分の評価を上げるな」と、くだらない軽口を叩き合っている。
けれど、あくまでそれは、『結果的にそうなっただけ』の世界線だ。


あの時は、考える時間がなかった。
三島から突然提示された策を吟味し、勝算があると判断した。
だから指揮を執った。
それが、あの場で自分にできる最も合理的な選択だった。


だが。
もし、マハトが話など全く通じない相手なら。
もし、戦兎が戻ってこなかったら。
それでも自分は、得られた情報を並べて『作戦成功』と呼べただろうか。



────本当に、『勝利』していたのだろうか。





「…………。……三島さん」



ストローから唇を離し、まほは手の甲で口元をそっと拭った。
呼ぶつもりだったのか。
それとも、ただ声になってしまっただけなのか。
そんなことを考えるより先に、名前はもう、静かな教室へ落ちている。
三島は窓の外へ目を向けたまま、振り返ることなく「ん?」とだけ応じる。
まほはその後ろ姿を見つめ、静かに、いつもと変わらぬ声音で──、



「三島。お前、死ぬつもりだっただろ」


「……………………は?」

「え。…………戦兎……?」



──チョークを置いた戦兎の声に、断ち切られた。



「全部話したよな、俺は。……自分が葛城巧だったことも。俺が作ったものが戦争に使われて、大勢の人を傷つけたことも。…………新世界じゃ全部なかったことになったって。それも話した」

「……」

「じゃあ、お前はどうなんだよ。俺もまほも、お前が『三島創って名乗ってる誰か』ってことしか知らない。お前、自分のこと何一つ話してないだろ」

「…………それで。俺にも身の上話をしろって?」

「いや、そういう意味じゃねえって。話の流れで分かるだろ」

「分かるかよ。じゃあ何が言いたい」


短い問いだった。
戦兎はすぐには答えず、跳ねた髪を指先で何度か撫でつける。


「過去に何があったとか、今も何かを背負ってるとか。……そんなの、話したくなきゃ話さなくていい」

「……はぁ。だったら何だ」


直らない寝ぐせだけが、所在なさげに揺れた。


「俺が言ってんのは、過去のお前じゃない。三島創。今ここで生きてる、お前の話だよ」

「……だから、何が言いたいって聞いてるだろ。なんな──」



そして、一拍。
──消える。



「もう二度と、自分が死ぬかもしれない作戦を提案するな」

「…………」



「自分一人いなくなれば丸く収まるとか、残った奴はそれで救われるとか。…………そう思ってんなら、勝手に決めんな」

「…………」

「リーダーの三島、指揮のまほ、天っ才の俺。──」

「──誰か一人でも欠けるなんて、勝利の法則には入ってねえんだよ」

「……」



「…………」



 戦兎はそう、三島だけを見て言った。
まほへ向けられた言葉ではない。だから、まほが何かを返す理由もない。
それでも、
“犠牲の可能性を否定できないのが、『作戦』というものではないのか?”──と。
口になかった言葉だけが、朝風に攫われて沈黙に消えていった。


「………………」



以降。
気がつけば戦兎は、何事もなかったように「やっぱ天才だな、俺」と腰のベルトへ語りかけ、三島もまた窓を眺めている。
幻、ではない気がする。
それでも、さっきまでのやり取りだけが、朝の一幕から綺麗に切り取られてしまったようだった。
まほは何も言わず、指先で帽子のつばを、確かめるようにそっと撫でた。
──さっきのことは、忘れることにした。


「……ああ、そうだ。西住。さっき俺に何か言いかけてたよな」

「いえ。もう何でもありません。……『スタンド』のことも含めて」

「……そうか。エアロスミスだのスタンドだの……次から次へと、俺も頭が痛い。いい加減、慣れないと身が持たないよ」

「……ええ」


──少なくとも今だけは。忘れることに。




 事実。
後になって振り返っても、まほにとって、あの教室で過ごした時間の記憶は少しばかり曖昧だった。
空は曇ってもいなかったのに、窓から差し込む太陽の光だけが、妙に静かだったこと。
それくらいしか、不思議と思い出せない。
今でも明確に覚えていることは、『三つ』だけ。


「あ、ところでさ。まほ」

「……何だ。戦兎」

「…………いや、戦兎って……。あー、もういい! それよりさ。まほって妹……大好きだろ?」

「は?」



一つは、いかにも戦兎らしい、脈絡のない一言と。



「いや、妹いるのか知らないけどさ。でもさっき──」

「…………待て。……三つだ」

「え?」


「エアロスミスの反応。俺、西住、桐生。……『三つ』ある。今も……消えてない……」

「そりゃ当然だろ。増えてたら怖いわっ。……なんだよ三島、急に」

「そうだよ……、消えてない…………。……動いていないんだよ……、『不自然』なほど……」

「……三島さん?」

「…………待て。おかしい。これ……いつから…………、いや違う……!──」

「──……いつから俺は、『右目』が……見えてない…………?」

「…………え?」



「……西住。俺の顔、……今どうなってる?」



もう一つは、振り返った三島の顔。
半分は仮面のように固まり、もう半分だけが、まだ死にたくない人間の顔をしていたこと。
その境目から右半分だけが、──既に『黄金』に染まっていたこと。

そして最後の一つが──その顔を見た瞬間、喉の奥からせり上がってきた、ひどく生温い空気の味。



「み、……島さ──」



名前を最後まで紡ぐより早く、戦兎の腕が二人を横殴りに突き飛ばした。
強い衝撃。机の脚が床を引っ掻く音。戦兎は何か叫んでいた。
『逃げろ』。
たぶん、そんな拍子抜けするほど単純な言葉だったかもしれない。

ピーチティーの紙パックが、『誰か』の足元で潰れる音だけは、やけに鮮明だった。




「……お前もここに来ていたのか。話したいことがある、仮面の種族」




ああ、三つではなかった。
──気付いた時には、『四つ』。この教室には点があった。



………
……
…



◆



【♪──Катюша】




 万象を黄金へと塗り替える魔法《ディーアゴルゼ》。
──金に対して最も冒涜的な、マハトの代名詞。
視界に捉えられた任意の対象は、何の『予兆』も、『前触れ』さえもなく、静かに黄金へと侵されていく。

朝日が屋上を照らす。
“学校へ立ち寄った折、見覚えのあるソレを見つけたから”──それだけの理由で、黄金に成り始めるエアロスミスの機首。
そんな美しい輝きなど、戦兎は絶対想像もしたくなく。
とうにその身を仮面ライダービルドへと変え、死に物狂いで拳を叩き込み続けていた。



一発。


「はあっ……!!」

「……」



また、一発。


「はあアッ!!!」

「……仮面の種族。あの時、三人の気配を感じてな。初めはそのまま黄金にしてしまおうと思っていたんだ」

「ッッ……!!!」



また。
虚しく一発。


「はアアアッ!!!!」

「だが、お前たちは興味深い知略を見せてくれた。……少し、考えてみたくなってな」

「ッ、はぁ……ッ!!」

「……まさか、こうしてもう一度会えるとは思っていなかった」



まるで、いつもの勝利が待っているかのように。
抵抗すらしないマハトへ、狙い通りの拳が届く。
ラビットとタンクのフルボトルだけが、ベルトの中で虚しく揺れ続けた。



「俺は争いを好まん。……確かに、これまでいくつかは殺してきたが、あれらは戦いではない。ただ殺しただけだ」

「…………ッ、はぁ……ッ……はぁ……」

「闘争によって理解が深まる。それは分かった。……だから最後に一度だけ、会話でも同じことができるのか確かめたい。──」


「──話をしよう、一度」

「……ッッ!!! はあアアアッ!!!!」



 そしてまた、結末などとうに分かりきっているのに、もう一発。
ビルドはその言葉を振り払うように、渾身の蹴りをマハトへ叩き込んだ。
手応えはある。
何もかもを振り払うように叩き込む一撃一撃は、先ほどと同じように、確かにマハトの肉体を傷つけていた。
拳は届く。蹴りも効く。黄金の剣に阻まれるたび、火花だって散る。
──そして、それらを受けてなお、『ディーアゴルゼ』を放たないマハトも。
繰り返されている光景は、何一つ変わっていない。

それでも、黄金に固まった三島の右半面が。守れなかったその顔が。
戦兎の脳裏にこびりついて離れない。
ただ、身体だけが必死に動いていた。


「俺は長い間、いくつもの村で人間を見てきた。それで最近、一つ考えていることがある。──」

「──人間と魔族が共存するための鍵は、『金』なんじゃないか?」


もう、マハトが何を語っているのかさえ頭に入らない。
その代わりに戦兎の脳裏を埋め尽くしていたのは、ここにはない手札ばかりだった。
ハザードトリガーがあれば。
ラビットドラゴンなら。
──ジーニアスさえ、あれば。


「そう。人は金に価値を見出す。……だが、クヴァールもそうだった。魔族には何の価値もないはずの輝きを、綺麗だと言って眺めていたんだ。──」

「──金には通貨以上の何かがあるのかもしれない。……お前は、どう思う」

「ィッッ……! ……っ……」



この独りよがりな『会話』を続ける化け物など、容易く退けられたというのに。
──あんなことには、ならなかったはずなのに。



「はぁ……ッ、はぁ……ッ……!」


 息が切れる。
汗に濡れた髪が、額へべったりと張りつく。
それだけ拳を浴びせても、目の前の魔族は息一つ乱していない。
マハトは現れるなり、「仮面の種族」と自分を呼んだ。
なら、逃げても追ってくる。
三島たちの元へ戻ることは、そのままコイツを案内することになる。

──ここで止めるしかない。

焦燥に歪む顔を仮面の奥へ隠し。
装甲を纏っただけの科学者は、ただ必死に拳を握った。



全身を乗せた一撃を浴びせる。
──その衝撃が、一つ。
──同じカップラーメンを啜る、万丈の記憶を連れてくる。


「……何故、拳を止めん。この闘いに何の意味がある」



もう一発、拳を打ち込む。
──今度は、配信のコメントに悪態をつく美空のことも思い出す。


「なんなら、この剣も収めていいんだ。……俺と話をしてくれ」

「はあぁああああああああああああああッ!!!!」



もう一度、腕を上げる。
──思い出すは、幻徳の服のことも。
──何かにつけて「みーたん」と騒ぎ出す、一海の声も。
──土みたいな味の、マスターの珈琲も。


「それとも、話ができないのか?」




もう、一回。



「……話を、しよう」

「はぁ……はぁ……、…………はぁ、………………っぃ、……」



走馬灯のように、大切な人たちの記憶が浮かんでは、ひとつずつ手の届かない先へ消えていく。
ここまで、ビルドが受けた攻撃は一度もない。
殴られてもいない。
斬られてもいない。

それでも、辛うじて拳と形容できる右手をマハトへぶつけた時。
仮面の奥では、──かつての『葛城巧』と同じ目だけを残して。


「…………頼むからっ……。もう……」

「……ん?」



正義のヒーローは、床へ膝を落とした。



「……俺の……大切な人を、…………奪わないでくれ…………っ」

「……そうか。自ら闘いを望んでおいて、今度は泣いて俺に縋る。──」


「──…………人間の感情はなぜ、こうも一貫性がないのだろう」

「…………っ、……ぃっ」



 ラビットタンクの内部で、まだ戦えるとでも言うように、液体が波打つ。
追い詰められた野兎なら、最後には野犬へ牙を剥く──戦兎はせめて、それを待っていたのかもしれない。
ただ、今は「……あぁ、お前は人間ではなかったな。仮面の種族」という処刑宣告じみた言葉さえ反論できず。
彼は、首筋へ振り下ろされる黄金の剣先から、ただ目を逸らしていた。



──その刹那だった。


廊下の奥から、微かに何かが空気を叩く音がした。
それは瞬く間に大きくなり、甲高い『プロペラ音』となって迫ってくる。



「……え、──」

「…………」


『エアロスミス』。
黄金に侵され今にも墜ちそうになりながら──それでも最後の勢いだけで。
戦闘機は、戦兎を突き飛ばし、校舎の外へと叩き出した。



◆


…
……
………


「はぁ、はぁ……っ。ぁ……あぁ…………。何が、何が自己犠牲すんなだよ……桐生……桐生、桐生桐生桐生ッ……!! あぁああああッ、クソッ、クソッ、クソォッ!!!!」

「…………はぁ……っ、み、……三島さ──」

「ぁ、あ…………あああああアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああッ!!!!!!」


「……っ、……………三島、……さん……っ」



 退けたはずの化け物と再び出会って以降。
まほは三島の肩を抱き、壁に身体を擦りつけながら、半ば引きずるようにして逃げ続けていた。

三島は、もう──限界だった。
黄金に侵されていく右半面へ爪を立てる。
剥がせるはずもないそれを、血が滲むほど必死に掻き毟る。

自分にもう後がないと察していたのか、まほの手には、先ほど三島から託されたノートがある。
ページの端には、三島の捜査官としての生涯──その痕跡である付箋がびっしりと生き残っていた。


「ああああああッ!! アアアアアアアアアア!!!! 死ね……ッ、死ねよ……消えろ……ッ! ぁ、ああああああああッ!!!!」

「…………っ、……立って、……立ってください」



そのノートには、マハトの記録もある。
命を捨てる覚悟までして、掴み取った情報がある。
それが今、何処の誰とも知れない化け物一人に、書き損じの紙屑扱いされようとしている。

死ぬことよりも。
血管を締め上げるような、片頭痛よりも。
足先から少しずつ、自分の身体ではなくなっていく感覚よりも。


「ァア……ぁ、ぁぁ…………ッ」

「……退避を、再開しましょう。……お願いです……から、逃げ──」



『何の意味もなかった』と、誰かに否定されることの方が──ずっと、怖かった。



「──ぁぐッ……! …………え……?」

「……ハァ……ハァ…………西、住…………」



 だから三島は、まほの肩を振り払い、震える腕で銃口を突きつけた。
『逃げろ』『俺をおいてさっさと』と。
とうに弾丸一発吐き出せない黄金の置物を構えつつ。


「…………俺の名前は、……中上亮。…………人を……大勢、殺した」

「…………え? ……なにを言って──」

「竜崎は……俺を、Lの後継に指名した。…………でも、違う……俺じゃ、駄目……駄目なんだ…………」

「……三島さん! 三島ッ──」



「重罪には、死を以て償うほかない。……それが、俺が追い続けたこの国の司法だ」



──エアロスミスの照準器を、震える指を這わせた。


………
……
…


◆


「…………」


 ──滑空。
エアロスミスが狙うは、ただ一人──黄金郷のマハト。
無論、先ほどまでの戦闘とは、速度も、軌道も、何もかもが違う。
半身を黄金に奪われた三島には、もうエアロスミスを操っている感覚すらない。

それでも、飛べ。
もっと速く。

帰還するための燃料など、もう要らない。
撃ち尽くす必要もない。
残った弾薬ごと、燃料ごと、自分ごと、『特攻』。──そこで爆ぜればいい。



“もう二度と、自分が死ぬかもしれないことをすんな。三島”



──推定距離、三メートル。
──推定距離、二メートル。
──推定距離、一メートル。


青空さえ見えない屋根の下。
エアロスミスは、残されたすべてを燃やして、最後の大空を舞った──。




『────《ディーアゴルゼ》』




ただ、それだけだった。

床が、黄金に染まる。
床から生えた黄金の杭が、エアロスミスの腹を串刺しにする。



「……やはり、そうか。仮面の種族は確かに強かった。要検証だな。──」

「──力ある者と一戦交える。そのへんの人間を殺す。……これを両立してこそ、共存への理解も進むかもしれない」




爆ぜた。
──三島が望んだ通りに。
命だけは予定通り失われ、その対価としてマハトの髪を微風で揺らすに至った。



【三島創@デスノート Light up the NEW world 死亡確認】
【残り83人】




【D-1/学校/1日目/早朝】
【黄金郷のマハト@葬送のフリーレン】
[状態]:魔力消費(小)、左肩に裂傷痕
[装備]:死出の羽衣@幽☆遊☆白書
[道具]:基本支給品、グリーンオーブ×2@Devil May Cry3×2、ランダム支給品×0~1
[思考・状況]:殺し合いを通じ、人間との共存に必要なものを理解する。
1:力ある者を探す。その過程で出会った人間は手あたり次第殺す。
2:黄金化、および首輪について、条件を変えながら何度か実験を行う。
3:宿儺の使い魔(魔虚羅)には、人を殺す魔法を試す。
4:黄金化に対抗できる相手には実験を優先せず、殺害する。
5:少し疲れたな。放送まで休もう。
6:……この建物を黄金にしておけば、人間も寄ってこないだろう。

※万物を黄金に変える魔法《ディーアゴルゼ》は、参加者へ直接使用した場合、効果が完全に表れるまで時間を要します。
※黄金化は、マハトから1エリア以上離れる、または一定時間が経過することで解除されます。解除までの時間には個人差があります。
※黄金化した状態で致命傷を負った場合、黄金化が解除されても死亡します。
※ディーアゴルゼのその他制限については、後続書き手様にお任せします。


………
……
…


◆



 ショーウィンドウの向こうで、遥か遠くの学校が黄金に輝く。
途中でまほを拾い、戦兎が逃げ込んだ先は、無人のファミレス。
自動出現で並べられたコップは、何の皮肉か、一人分多い三つが誤って配膳されていた。
まるであざ笑うかのようにカランと溶ける氷よりも、何よりも。
戦兎の目は、対面に座るまほから離れなかった。


「…………なあ。まほ──」

「何でもない」

「え?」

「……私の心配をしているなら見当違いだ。そんな顔で見るな、戦兎」

「…………そっか」


まだ何も言っていないのに、『何でもない』。
戦兎の言葉にできない慰めを遮り、まほは冷静に、淡々としていた。
帽子に刻まれた黒森峰の紋章にも、乱れ一つない。
背筋を伸ばし、口元を固く結ぶその姿は、依然と変わらぬ黒森峰女学園の隊長そのものだった。
──見開かれたその両目と、コップを強く締めつける両手を除けば。
瞬き一つすらしない彼女を見て、戦兎は思わず手の甲を掻いた。

心配するなと言われた以上、無理矢理違う話題をするのは彼女を傷つける。
それでいて、学校での出来事は絶対に触れたくない。
もう、この沈黙を続けることにも耐えられなかった。
戦兎は、どうにか別の話題を探して、ぎこちなく口を開いた。


「…………あ。そうだ、まほ。……お前の、そのスタンド」

「……それがどうした」

「いや……せっかく入れたんだろ? 一回くらい、どんな能力なのか試しといた方がいいんじゃねえかって。……名前、なんだっけ?」


今はもういない人間が勧めた──まほのスタンドDISC。
三島の名を決して出さなかった戦兎だが、この息苦しさを少しでも遠ざけられれば。
まほは一回、瞬きをした。



「別に、大した名前じゃない。……あれは確か──」






「────ッ!!! …………ぁ、っ……」




そして、その話題が却って、小さな戦車にとっては今最大級の地雷だった。



──スタンド名。
──【ゴールド・エクスペリエンス】────。
──触れた無生物に生命を与え植物や動物に変える、黄金色のスタンド────、



「ぃぃあああッ!!! あぁぁあぁあああ!!」

「ま、まほ!?」

「アァァアア……!!! イヤ、いや……ッ、ぃやアアアァァアァアッ!!!!!」


 コップが弾き飛ばされる。
まほは半狂乱に自分の髪を掴んだ。左手では、何度も頭を殴りつける。
まるで、調子の悪いビデオデッキを叩けば、中のDVDまで吐き出されるというように。
一度、二度、三度──鈍い音だけが、虚しく頭蓋を揺らすが、既に『自分の一部』と化したDISCが排出されるはずもなく。

代わりというように出現したのは。
精神エネルギーの向上に引きずり出された──ゴールド・エクスペリエンス。


「あ……っ!」


半狂乱の主をなぞるように。
スタンドの黄金の指先が、──三つ目のコップを『ハエ』へと変えた時。


「ヒッ──。……ぁ、……あ……ッ、」

「まほ……! まほ!!」



「いやぁ……ッ、いぃぃぃやあああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああッッッ────────」



黒森峰女学園主将、西住まほ。
彼女は初めて、誰にも見せたことのない激情を吐き散らした。


□

□



【D-3/ファミレス/1日目/早朝】
【桐生戦兎@仮面ライダービルド】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(極大)、強い罪悪感
[装備]:ビルドドライバーとフルボトル(ラビット、タンク)@仮面ライダービルド
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2
[思考]:殺し合いには乗らない。
1:首輪を解除し、この殺し合いを壊す。
2:殺し合いを打破するための仲間を集める。
3:秋山優花里を探して誤解を解く。まほのためにも、みほとしほを探したい。
4:……まほをこれ以上傷つけさせない。

【西住まほ@ガールズ&パンツァー】
[状態]:腹部に打撲、精神的動揺(激)
[装備]:スタンド『GDE』@ジョジョ5部。防弾チョッキ
[道具]:基本支給品一式、三島の捜査ノート@デスノLNW、エニグマの紙x1@ジョジョ4部
[思考]:失敗じゃない。
1:失敗じゃない死んでいないつまらなくなっていない面白くない何も楽しくないくだらない何も起きていない。
2:みほ、みほ、







前回 キャラ 次回
037『この探偵事務所に爆撃を!』 039『壊れた娘の使い道』
009『刹那の知略戦』 マハト
018『Light up the to be Continue』 まほ
018『Light up the to be Continue』 戦兎
中上亮

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最終更新:2026年09月21日 21:50