『Home Sweet Grave』
………
……
…
“──、──────。──、────────。”
「……悪いがお断りだ。俺は今、サンデーと迷子探しに忙しいんでね」
“────ッ! ────、──────! ──────ッ!?”
「まったく冗談キツいぜ。今度は誘拐の相談か?」
“──! ────、──っ!”
「……なるほど。お前ら二人が死んだ理由、なんとなく分かってきたな」
…
……
………
…………
◆
『さとちゃんさんへ』
『大丈夫です。しおちゃんは一時的に預かっています』
『──セリュー・ユビキタスより』
からん、からん。
風に吹かれて、ブラックコーヒーの空き缶が転がっていく。
アパートの外壁に貼りつけられた、一枚の怪文書。
その隣には、子供の拙い筆致で描かれた、犬と、笑顔の女性と、無表情の少女の絵。
──神戸しおが残した、無垢の一枚。
比名子たち三人が揃って絶句したことは、言うまでもなかった。
「…………一時的に……? ……さとう、さん」
「名探偵でも呼ぶか? 証拠一つないもんだ、誘拐犯の顔なんて俺には微塵も浮かばねえな」
軽口を叩き、退屈そうに欠伸を噛み殺しながらも、その目はしっかりと絵を見据え続けているダンテ。
その背後で、ただただ俯き続ける八百歳比名子。
すぐ傍にいるさとうへ、何とか声を掛けようとしては、喉まで出かけた言葉が泡のように消えていく。
でも。
それでもさとうは、喫茶店であれだけ自分を気遣ってくれた──優しい人だったのだから。
比名子は、瞬き一つ挟んで、さとうの名前を呼ぼうとした。
その時にはもう、携帯を眺める松坂さとうの顔に、あの甘い微笑みなど消えていたのだが。
「苦い、……苦い苦い苦い苦い苦い苦い苦い苦い苦い苦いッ」
「……えっ、」
神戸しお。──甘い、甘い、小さな結晶。
あの子は、笑う。たださとうが帰ってきたという、それだけのことで。
だから、学校へ向かう朝でさえ、その先に待っている夕暮れを思えば、少しだけ足取りが軽くなった。
小さなしおの手を握り締めることが好きだった。
誰かに触れることが、こんなにも優しい行為だったなんて、しおに出会うまで知らなかった。
お風呂も、眠る時も。
同じ湯気に包まれて、同じ布団に潜り込んで。
眠ってしまえば、夢の中まで一緒にいられるような気がした。
ずっと。ずっと。
終わりがあるなんて、考えたこともなかったのに。
──苦い。
苦い。
苦い、苦い。
ニガイ──。
脳髄を焼く『不在』が、舌先から全身を痺れさせていく。
目の前には、無防備な背中を見せるダンテがいる。
隣には、少し風が吹いただけで、どこかへ消えてしまいそうな、頼りない女の子がいる。
──この狭いアパートの台所には、出刃包丁が何本もあることを、さとうは知っている。
「…………比名子ちゃん。それに、……ダンテさん」
「え…………?」 「なんだ、さとう」
耐えがたい『苦み』を、どうすれば消せるのか。
さとうは、唇を結んだ後、ひどく静かな声で口を開いた。
「……ぉ、お願いしますっ!!! ま、まだ中にいるかも……いるかもしれないから……! アパート中……しおちゃんを探すの、手伝ってください!!!」
「あ?」
「お願い!! 比名子ちゃんっ……!!!」
「…………さとうさん……」
そう偽善の面を被りつつ、さとうは二人の顔を見回した。
殺意はあった。
しおを連れ去ったパッパラ女がどこにいるか分からない以上、手当たり次第に殺して回る方が、『再会』にはよほど手っ取り早い。
──しかし、今はまだ早い。
まずはこの二人に、しおを探させるついでで、『隙』を作ろう。
「……やれやれだな。捜索代はたっぷり、そのしおちゃんから頂くとしよう」
「……あの、私……一階から、探してみます。……さとうさんは、上の階を……」
「う、うんっ!! ごめんなさい……ごめんなさいっ!!!」
携帯電話の画面を一度だけ確かめると、さとうは弾かれたように階段を駆け上がった。
「しおちゃん」「お願い」「──オ願イッ」。
階段のきしみと共に歪んでいくさとうの声色に、ダンテと比名子は思わず顔を見合わせたが、これ以上の言葉はない。
殺し合いの告知から、実に五時間近くを経て。
ついに音を立てて崩壊を始めたさとうの精神。
彼女の血走った赤黒い瞳孔は、一体この現実のどこを見据えているというのか。
「お願い……お願いだから出てきてしおちゃん、しおちゃん、しおちゃん、しおちゃんっ!!!──」
「──しおちゃんっ!!!!」
ダンテらのドアを閉める音が、耳の奥から消えた、その時。
──ガチャン。
「………………。──」
「──あー。──」
「──……どこだろ。しおちゃん」
──あの実にわざとらしかった焦燥が、すうっとさとうの顔から消え去る。
携帯画面の『飛騨しょうこ』へのメールを映すその瞳にはもう、しおを思う涙の気配さえなかった。
◆
………
……
…
「……ふう。しおちゃーんいるなら返事してー。私ここだからー」
まるで近所の迷い猫でも探すかの声で、さとうは戸棚を雑に開く。
テレビの裏を一瞬だけ覗き込み、天井のシミをぼんやりと見つめ、カーテンの裾を握っては、大して繰ることもなくそっと手を離す。
まるで『自分だけ探さないのも悪いから』とでも言いたげな、酷く気だるげで空虚な足取りでしおを探し続けた。
「しおちゃーん。おーい。いたら返事してー。──」
「──…………ま、いないよね。……うん。知ってたし」
散らかった部屋のこたつに乗っかり、行儀悪く脚を組んで腰を下ろすさとう。
二、三度。比名子らが周囲にないことを確かめた後。
彼女はポケットから携帯電話を取り出し、友人・飛騨しょうこへ宛てたメールの文面をただ眺め始めた。
ただ、ぼーっと。殺意の乱れさえない。
未練たらしく、カチカチとキーを押し込む音だけが静寂に響く。
送信ボタンを押し、もう何度も見た『送信に失敗しました』との画面を浮かべ。
さとうはまた、ぽつりと一言。
「しおちゃん……」
義務感であるかのように、そう呟いた。
~
【差出人: 飛騨しょうこ】
【受信日:一日前】
『おはよ、さとう!』
『今日もバイトだよね? 私も頑張るから、あんたも頑張ろ!』
『あ、でも無理はしないこと!笑』
『なんかあったらいつでも連絡してね』
『私たち、ずっと友達なんだからさ!』
『じゃ、また学校でね!』
~
「……ふふ。結局何が言いたいメールなの? しょうこちゃんってほんと……」
穴が開くほど何度も読み返したというのに、自覚のない笑みが浮かぶ。
それに気づいたさとうは、その上がった口角を指先で強引に押し戻した。
──思い出したくもない。
──血塗れの伊地知虹夏に抱きしめられて以降、ずっと自分はこんな調子だった。
「…………」
何か得があるわけでもないのに、いつも当たり前みたいに登下校を共にしてきた、飛騨しょうこ。
すぐ泣いて、すぐ笑って。鬱陶しいくらいに喜怒哀楽を目の前で振りまいてくる、しょうこ。
時折、すべてを見透かしたような顔で「本当のこと、話してほしいな」なんて手を取って。
『じゃあ、叔母さんの部屋にでも連れていってあげようかな。……それでも、まだ本当の私を知りたいの?』なんて抱かせる、あの女。
さとうにとってしょうこは、『友達』という記号に当てはめただけの存在。
いなくなったら寂しいが、何よりも大切な『甘い結晶』に比べればどうってことのない。
今、この胸に居場所を与える理由など、ひとつもないはずの友達だった。
それだというのに。
どうして、こんなにも。
「…………にが。苦っ。苦いんだってば、もう」
いつだったか。
しょうこに、軽い気持ちで抱きしめられた感覚が、脳裏からどうしても離れてくれない。
「…………つまんない、分かんないよ」
『うん、また学校でね』『いつもありがとう、しょうこちゃん』。
圏外で送れない返事が滑る度、あの時の彼女の匂いを考えてしまう。
甘いとも、苦いとも言い切れない。
味覚ではなく、鼻腔の奥にへばりついて離れない、しょうこの頬の匂い。
制服から漂っていた、微かな香り。
「……なんか、眠い。……そりゃあ今寝たらダメだけどさぁ……」
どうせ、その辺で買ったボディミストの匂い。
制服だって『まあ女子高生ってこんな感じだよね』という、記号通りの洗剤の匂いなのに。
どうでもいい情景が美しいまでに広がる。
雨に濡れた襟元。少し湿った制服の布地。傘。耳のすぐそばで聞こえた、しょうこの息遣い。
あの時、どちらの体が温かかったのかさえ、今さら気になって仕方がない。
「寝たら。ダメだけど、さぁ……。────あっ」
あの匂いは、本当にボディミストだったのだろうか、なんて。
気が付いたら、携帯画面に鼻を近づけるほど──もうわけがわからなくなってくる。
──どうでもいい独り言が、止まらなくなっていた。
誰に見られたわけでもないのに。
慌てて顔を引っぺがしたさとうは、正確にボタンを打ちこみ、写真フォルダを開く。
まるで現実逃避するかのように、神戸しお──世界で一番愛しい天使の寝顔写真を眺め始めた。
あぁ、甘い。
甘い、甘い。
……甘い。
これが幸せ。これこそ自分のハッピーシュガーライフ。
無機質な時計の音さえ大きく聞こえるような生きている実感を、しおは与えてくれる。
しおのことが、世界で一番、宇宙で一番、本当に大好きだから、こそ。
『私、あんたのこと親友だと思ってる!』
『何があっても受け入れるし、協力だって出来るだけするよ!』
『だから……話してほしい! 本当のこと、話してほしい!』
──仮に、薄っぺらな偽善をぶつけられた時。
「……しょうこちゃんには言っちゃおうかな」だなんて、どこまでなら『真実』を打ち明けられるか、頭の中の箇条書きを選別してしまう。
それで、どうせ最後には「……やっぱり無理。これ以上関わらないで」って、冷たく突き放してしまうのだろうと。
知られたあとも受け入れてもらえたら、それはそれで困るんだよと。
次々浮かぶ妄想が、我慢できないほど嫌で。
嫌で、
「……しおちゃんはかわいいなぁ。手足短いし。なんか、全部。──」
「──…………しおちゃん~」
嫌、で。
「…………どこにいるんだろ。しおちゃ──」
────たっ。
「え? ……さとう、さん……………?」
「…………ぁっ」
──比名子に、その姿を見られてしまった今でさえ。
どうしようもなく嫌悪感で、いっぱいだった。
◆
もしかしたら、「ああああぁああああああ」なんて叫びながら向かったのかもしれない。
──叫ぶ意味も理由も、ないというのに。
わけも聞かず、言い訳すら挟む隙も与えず、ただ呆然と障子に寄りかかっていた比名子の目掛けて。
携帯を手放したさとうは──台所から包丁を掴み取っていた。
何の口封じなのかも、本人でさえ分からない。
いとも簡単にバランスを崩した比名子の後ろへ回ると、さとうは歪んだ表情のまま刃先を首へ突き向ける。
「はぁッ、はぁッ」
荒れ狂う過呼吸。震える刃先。
抱き寄せたかのように、比名子の身体の重みが、触れ合う肌を通して伝わってきた。
『どうしてしおちゃんを探してないんですか?』──と、言われたくないから。
今しがた思いついた殺害動機を胸に、その白い首筋を掻き切ろうとしたが。
「……はあ、はあッ、ぁぁぁ、はあッ!──」
「──……ッ、……。な、なんで……?──」
「──ねえ、なんで抵抗しないの…………? 比名子……ちゃんっ……」
「…………」
虚ろな瞳のまま、しょうこの写真へ視線を固定する比名子に、──さとうは頭が破裂するくらいおかしくなりそうだった。
さとうの血走った目には、微動だにしない比名子がいる。
両手は力なく畳に投げ出され、口を半開きにしたまま、それでも呼吸音だけは確かに鼻腔から漏れ出る彼女がいる。
死体同然の、心を喰われたかのような、一人の同学年。
「どうしてッ!!! どうしてって聞いてるよねッ!!? ねえッ!!!!」
「…………」
秒針が進むにつれ、心臓がその何倍もの速さで胸を叩く。
ワナワナと震えつつも、声を荒げてしまうのも無理はなかった。
「……ィッ、だからどうしてって!!!」
「…………」
「だ、だからァッ!!! 黙ってないで答えてよ、ほら──」
「…………ひとりが、嫌」
「ヒッ! …………え?」
「……ひとりが、嫌だと思ったから……………です」
比名子が、何を口走るのか。
色々なパターンを想定していたからこそ。
──その異質な答えに、危うく包丁が床に零れそうだった。
「…………どういう、こと……?」
凍り付いたさとうの問いに、ひとつ息を吸うことさえなく、比名子は口を開く。
「美胡ちゃん。…………私の、……友達」
「……え、……え?」
「……私のことばかり気にかけてくれて。……隣で楽しそうに笑ってくれて。…………一緒にお祭りにいこうって誘ってくれた、…………美胡ちゃん」
「…………ぇ……?」
「……私にはもうない。なかったから。……楽しいことを『楽しい』って、何も繕わず手を繋いでくれる。……………美胡ちゃんが、ずっと大切だった。──」
「──…………だから正直、辛かったんです。……殺し合いで、初めて会ってからずっと。……ずっと泣くのを、我慢していた。──」
「────さとうさんを見てると、……美胡ちゃんを思い出しちゃうから」
「え、」
比名子の顎を押さえる右手に、生温い感触が伝わる。
涙だった。
比名子に嗚咽はない。声に震えはない。絶望の無表情も何一つ変わりはない。
ただ淡々と、透明な水脈が頬を伝って流れていくだけ。
生の証ともいえる、温かい吐息が、さとうの全身の血液を爪先から頭頂まで、残らず冷えさせていった。
「……だから。…………さとうさんなら、良いと思って」
「え。……なに、を……?」
『なにを』と聞いたところで、自分が今やろうとしてる事だろうに。
さとうはそれでも、比名子の思いを理解したくなかった。
「……背負わなくても、大丈夫です。…………ダンテさんに見つかる前に、……逃げてください」
「なに、いってるの……? なにを、なにをッ!!!」
分からない、分からない、絶対に理解したくない。
比名子は、一向に動こうとしない刃先へ自ら首筋を押し当て、じわじわと体重をかけてこようとしてくる。
信頼できると思った人に、殺されようとしている。
「ヒッ!!」
「…………私のことなんて、すぐ忘れてください」
「なにをッ!!!!! 嫌だ、嫌だ嫌だ!!! だからなにをって!!!!」
「……私の『願い』につきあわせて、ごめんなさい。…………身勝手な私を、……許さないでください」
「嫌ッ!!!! 苦い苦い苦い苦いッ!!」
分からない。自分はずっと分からないままだというのに。
自分は奪う側で、殺す側の存在であるはずなのに。
さとうの脳内にはこの瞬間──ちっとも甘くない走馬灯が奔流となっていた。
虹夏を殺してしまった、あの瞬間。
意味の分からない罪悪感でいっぱいで、一口飲んでも全く味がしなかったあのアイスコーヒー。
舌の上でただの油脂と化した、サンデーの生クリーム。
比名子を欺いた、意味のない偽善の演技。
飛び降りた時見えた、──比名子の湿り気を帯びた髪の毛。
潮風。
“どうして”
“なんで”
“どうして”
何故、虹夏に抱きしめられて以降、しおのことさえ忘れてしまう瞬間があるのか。
何故、こんな時まで、しょうこと並んで歩いたバイトの帰り道なんて──心底どうでもいい過去が過るのか。
「…………あの、比名子ちゃん……さ」
「…………はい」
「その、美胡ちゃんって。…………比名子ちゃんには、どんな人なの…………?」
「…………」
これまで感じたことのない、いたみの無い激痛が、脳から網膜へ直接刺さった時。
『あ──』と。
「……私に毎朝、『おはよう』って。メールしてくれる子……です」
叔母なんて存在しなかった、ごく普通の女子高生としての人生を──心のどこかで望んでいたのかな。
しょうこに嘘をつく必要がない。違う世界線の自分に、あこがれていたのかな。
私にも、虹夏さんみたいな明日があったのかな。
虹夏の死は、──【自分に『平穏』を望ませる呪い】。
理解したくないのに、さとうはそう理解しかけてしまった。
「────────────────────────────────ッッッッッ」
以降の記憶は、ひどく朧げだった。
比名子を突き飛ばしたさとうは、何かに取り憑かれたかのように部屋を飛び出した。
誰でもいい。誰かを殺さなきゃ。
『200号室』の入り口ドアが最初から開けっぱなしだったことに、この時気付く。
そして外界へと飛び出し、視界に真っ先に飛び込んできたのは──ダンテ。
恐らく様子を見に来たのであろう、気だるげな態度と行動が噛み合ってないその男へ、包丁を突き付けたものだが。
「……武器が駄目だな。俺とデートしたいってんなら、リベリオンをオススメするぜ。さとう」
柄を突き付けたため、刃先で傷ついたのは自分の掌。
朝焼けの輝きを前にして、さとうは言葉にならない何かを吐いた後、その場に力なく崩れ落ちた。
◆
【♪──これからについて】
………
……
…
──『200号室』。朝日が差し込む居間にて、三人。
頭の後ろで両手を組んだまま、こたつに寝転がるダンテは、雑誌をめくりながら、しおがこのアパートにいない現実をさとうたちへ告げる。
彼は、壁に立てかけられた大剣を一瞥。
こたつに足先だけを突っ込み、体育座りで俯く比名子へ一瞥。
そして、『今後の動向方針』について、明確に語りだした。
「もう一度言うぞ。最優先はしお──つまり、セリューおまわりさんの元に向かう。コロにはご褒美としてステーキをプレゼント。……これで俺の持ち金はパーってわけだ」
「…………はい」
「ただし、あいにく俺は勝手に戦闘経験値が溜まる質でな。お前ら二人、命の保証までは断言できねえ。──そこで、信頼できそうな天才くんに出会ったら、お前らを預ける方向で考えている」
「…………はい」
「基本、金にならない依頼はお断りだが、森口のばあさんはバイトがお好きなようだ。先生の荒稼ぎに免じて、俺は依頼を全うする気でいる」
「……はい……」
「ハッ、いい返事だ比名子。……よし、当面はこの方針でいこう」
「………………はい」
返事は返る。
比名子だけは、絞り出すような声で必ず相槌を打ってくれた。
とはいえ、今の比名子もまた、心ここにあらず。
ハイネックインナーの裾をか弱く掴む彼女の視線、その先には──さとうの背中。
「で、お前もいいんだよな。さとう」
「……うるさい」
「あぁ、小言は週七に控えるさ。……それで。提案に意見でもあるか?」
「うるさいッ」
ブラウン管テレビの画面に顔を押し付け、ぶつぶつ、ぶつぶつと呟き続ける──。
──そんなさとうを見つめることが、比名子には精一杯の慰めだった。
「つまんない」「なんなのこれ」「なんで私がこんなこと考えなきゃいけないわけ?」「全部意味わかんない」。
テレビ画面が、舌先で湿る。吐息で一瞬曇る。
さとうは、自分でも持て余している感情を、『うるさい』の一言で終わらせていた。
「さとう、チャンネル2を回してみろ。お天気の専門家とお話しできるぜ」
「だからうるさいんだってばッ。そういうとこですからッ、ダンテさん」
「そうかい。俺が悪かったよ」
「…………」
もしかしたら。
ダンテなりの不器用な気遣いだったのかもしれない。
「嫌なら俺たちについてこなくてもいいんだぜ」と、言わないことに。
そんな陳腐な良心が、万年金欠の悪魔退治屋にあったかは定かでないが、さとうはブツブツ呟き続け。
──時折、画面の反射越しに、比名子と目が合った。
「……」
「……」
お互い、どこか縋るような視線だったが、無論会話はない。
すぐに目を逸らし、二人とも、その視線の意味を知りたくなかった。
時刻は午前六時前。
掌の包帯をいじるさとうに、首を掻く程度さえひどく重苦しい比名子。
ダンテがくだらない雑誌を捲る音の合間に、刻一刻と『死者放送』が近づいてくる。
「行動を起こすのは放送を聞き終えてからだ」と前もって宣言していたダンテだったが、ふと手が止まり。
──雑誌を投げ捨て、上半身を起こした。
「ああ。『青いサムライ』と『ピエロ』。それに『カイドウ』」
「…………え?」
「奴さんらに出会っちまった時は、ちょっとばかり派手なお祭りになる。もちろん、お前らを守るのが最優先だが、俺のトークショーに今から心の準備をしてほしいもんだぜ」
「……ピエロ。カイドウ……さん?」
あまりにも突拍子のない発言だった。
何故だかダンテが妙に自分へと視線を向けてくるため、比名子も思わず聞き返した。
「その人たちは、一体……?」──いや。『しおさんを探してる間、誰かに会ったんですか?』。
ダンテは天井を見上げた後、どこか呆れたように答え始める。
「比名子。俺とお前が出会った時。……あの食欲旺盛なお嬢ちゃんのことは、記憶に新しい筈だ」
「……」
頭の上に指でツノを作るジェスチャーで、『お嬢ちゃんの真似事』をしてみせながら、ダンテは言葉を続ける。
「どうやら、お前はそういう素敵な出会いを引き寄せちまう体質みたいでな。……いや、あるいはこのアパートがとんでもねぇ『事故物件』なのか。俺には怪談話が理解できない」
「…………どういう、ことですか?」
「どっちにしろだ。今から話すのは俺が『さっき出会った』、最高に笑えない怖い話だ。──」
「──なあ。自分の顔殴れば、殺されずに済むと思うか?」
「はい?」
「生き返った後、真っ先に人様に喧嘩売る奴がどこにいる? 『俺は大臣の息子の知り合い』って、なんの脅しになるんだ?」
「…………?」
「その愉快なお二人様が言うに、自分らの死は『戦略的死亡』だそうだ。……泣ける話だぜ」
「すみません。意味が分からないです……」
ダンテの言っていることがどんな質の悪い冗談なのか。そもそもどこで笑えばいいのか。
当事者ではない比名子にも、さとうにも分かるはずがなかった。
ただ、最後に。
「俺たちの仇を討てだとさ」と、その『謎の死者たち』から背負わされた宿命について語ったダンテは、右手の指を軽く擦り合わせた。
「ケリはつけてぇが、お前らを見放しもしねえ。……死者放送だぜ。謹んでご清聴だ、比名子。さとう」
「…………はい」 「…………」
内に棲む悪魔《Devil Trigger》は、今はまだ静かに眠る────。
【チャンプ@アカメが斬る! 成仏確認】
【エンシン@アカメが斬る! 成仏確認】
【注釈:どうせ地獄行き】
【D-4/アパート内/早朝(放送直前)】
【ダンテ@Devil May Cry(2007年版アニメ)】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:ドラゴン殺し@ベルセルク、ケルベロス(ライトヘッド、レフトヘッド)@GUNGRAVE
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×0~1
[思考]:あいにく世の中ってのは、俺を早帰りさせてくれねぇらしい。
1:比名子、さとうから目を離さない。必要に応じて、信頼できそうな参加者に預ける。
2:あの女(ソリテール)との再会は御免だ。
3:エボニー&アイボリーとリベリオンを探す。
4:しおをさらったセリューに会う。
5:『ピエロ』とは対話。俺はサーカスは観客でいたいもんだ。
6:『カイドウ』とは対話寄り。踏み潰すのが趣味らしいが、あいにく俺の相棒は踏まれるより斬る方が得意でね。
7:そして、『青いサムライ』。……俺が一番おしゃべりしてえ相手はコイツなのかもしれねぇな。
※最終話直後(シリーズの時系列だと1と4の間)から参戦です。
※制限により、デビルトリガーは長時間維持できず、一度使用するとインターバルが必要です。
※ダンテは霊から、バージル、ヒソカ、カイドウに関する情報を得ました。ただし、話の内容は自慢話と精神的勝利が大半のため、身体的特徴については抽象的な情報しか得ていません。カイドウ以外の名前も知りません。
※アパートに彼らが集まった理由は特にありません。チャンプとエンシンは何故かそこに引き寄せられたという、それだけのネタです。
◆
「……比名子ちゃん、さ。メール、交換しない?」
「…………え?」
「……別に、用事があるわけじゃないんだけど。……ほら、離れ離れになったら、不安でしょ。比名子ちゃんは」
「……さとうさんが、嫌じゃなければ……」
「嫌じゃないよ。……嫌なわけないじゃん」
「はい」
「……服毒かなぁ、ってさ。……飛び降りるのは怖いし、痛いのも嫌だし。……できれば、きれいなまま見つけてもらいたいなって」
「……」
「……なんでもない。今のなし。全部なしね。──」
「──ねえ、比名子ちゃん。……さっきは、……ごめん」
「…………お願いします。謝らないでください」
「……」
「……その代わり、今はこのまま、……ずっと手を繋いでくれますか?」
「うん」
【D-4/アパート内/早朝(放送直前)】
【松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:右掌に傷(包帯処置)、しおへの焦燥(大)、比名子への強い親近感
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:しょうこちゃんに、メールを返したい。……しおちゃんにも、会いたい。
1:比名子ちゃんを一人にしない。
2:……それとダンテさんにもついていく。
3:飛び降りるのは嫌。手首を切るのも怖い。誰かに殺されるなんて、もっと嫌。……もし死ぬなら、眠るみたいに二人でいたい。
4:比名子ちゃんの望む『優しいさとうさん』でいる。
※さとうの支給品・支給武器は【D-4/アパート333号室室内】の脱衣所に放置してあります。
※さとうの参戦時期は、アニメ第6話あたり。カフェでしょうこと話す前です。
【八百歳比名子@私を喰べたい、ひとでなし】
[状態]:自殺願望(中?)、さとうへの強い親近感
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品×1~3
[思考]:美胡ちゃんに「ごめんなさい」って言いたい。
1:ダンテさんと、さとうさんに迷惑を掛けない存在でいたい。
2:さとうさんのこの手を離しちゃいけない。
3:さとうさんに、【願い】を押しつけたことを謝りたい。
4:……一回でいいから、また家族旅行に行きたい。
※入水自殺後、汐莉との再契約以前からの参戦です。
※アパートの壁には、セリューが書いた置き手紙としおの絵が貼られています。
最終更新:2026年10月12日 04:43