2-891「卒業文集」

小学六年生の頃、三年前といえばかなり昔のことだったのだが、
中学三年になった今、振り返ると三年前の入学式がつい最近のことのように思える。
誰が言っていたのか知らないが、年を取るごとに体感時間は短くなっていくらしい。
年を取るごとに月日の過ぎるのを早く感じることを考えると、人間二十で人生の半分は終わったようなものらしい。
「ほぅ、君も最初に出会ったときと比べればなかなか博識になったものだね。
 君は物事を理解できるほどの知識はあるのに、こっちの話を知らない程度に無知というのが僕の認識だったのだが、
 いつの間にか僕を感心させるほどの知識がついていたとは。今度から認識を改めなければならないな」
そりゃ一年間もお前と付き合っていればそれなりに博識にもなる。
って言うか、お前それは褒めてるのか貶してるのかどっちだ?
「褒めているのさ。僕にとって君は最高の聞き手だったからね。
 君という最高の聞き手を失うと考えると、やはり残念な気分だよ」
俺と佐々木は校庭の隅で卒業式の余韻に浸るみんなを眺めていた。
抱き合いながら涙を流す女子、部活の後輩に胴上げされる男子、
後輩に迫られて第二どころか袖口のボタンまでむしりとられている奴……羨ましくはないぞ。断じて。
桜舞い散る校庭で、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。
今日が三年間過ごしてきたこの学校との、この仲間たちとの別れの日。
俺のこの学校最後の瞬間を佐々木とともに、桜舞う卒業風景を眺めて過ごしている。

「そういえばキョン。卒業文集は見たかい?」
卒業文集ってアレか? たしか須藤たちが中心になって作っていた奴。
「将来の夢を書け」と渡された原稿用紙には適当なことを書いて出した記憶しかないが。
「君の将来の夢というのもなかなか気になる案件だが、僕が気になったのは19ページのところだよ」
卒業記念品やその他いろいろが詰まった鞄の中から、卒業文集を引っ張り出す。
19ページね……ぺらぺらとめくった先は、クラスのアンケートを集計したものだった。
クラスで一番かっこいいのは?とか、無人島に連れられていって最後まで生き残りそうなのは?とか、
そういった類のアンケート結果ががずらりと並んでいる。
そういえばそんなアンケートもあったな。
俺の名前がどこかに入っていないかと、ペラペラ目を通していると、
「げ……」
まさか、と予想外のところに俺の名前が入っていた……佐々木の名前とともに。
「クラスのベストカップル!?」
「そうだ、惜しくも一位は逃したが、堂々の二位に輝いたみたいだ」
ちょっと待て。いつの間に俺と佐々木が付き合っていることになっているんだ?
確かにクラス内では佐々木と話す機会が多かったし、一番仲がいい女子といえば佐々木だろう。
だが、佐々木と俺がベストカップル? Why? 何故?
「この場合、当人同士が付き合っているかどうかは瑣末な問題だ。用は周りから見て、
 どれだけ二人がベストカップルに見えたかどうかを問う質問だろ?
 僕たちが周囲にどのように思われていたかを問う、実に興味深いアンケートじゃないか」
佐々木はいつものようにくっくっくと笑う。
おい、佐々木。この結果について不満には思わないのか? 当人の知らぬ間に、カップルにされてるんだぜ?
「では逆に聞くけど、キョン。僕と君が付き合ってると思われるのは、嫌かい?」
佐々木がついっと一歩踏み出て、俺の顔を下から覗き込む。
いつも意識していなかったから気づかなかったけれど、ほんのりと香る髪の香りは女の子のもの。
今まで気づかなかった佐々木の女の子らしさに、ドクッと鼓動が鳴る。
「キョンさえよければ、僕は……」
クラスの美人ランキングの方でも上位入賞していた整った顔が、俺の目の前にある。
すっと近づく顔、そのまま……
「なんてね」
ぴょん、と佐々木は一歩後ろに引いた。やわらかい髪の残り香を残して。
「確かに君と僕とは何の関係もない、ただの友達さ。だけれども、あまり男子に近づかない僕が珍しくキョンと仲良くしてるもんだから、

 周囲の気をひくのだろう。特に女子はそういった面が気になるからね」
お前も女子だろう、と言いかけた目の前を、ひらりと一枚の桜が舞う。
気がつけばまだ残っている生徒もまばらになり、在校生たちも教室に戻りはじめている。
そろそろ、ここにいるのも潮時だろう。
「さて、僕もそろそろおさらばするよ。君と次に出会えるのはいつになるか分からないが、
 できれば忘れないでいて欲しい。まあ町で見かけたら声でもかけてくれ」
「あ、ああ。もちろんさ。親友のことを忘れるわけないだろう」
佐々木は一瞬、畑を耕していたら古代の金印を発掘してしまった農家のように目を丸くし、
「くっくっくっ、そうか、その通りだ。君と僕の関係を示す最適な言葉が見つかったよ。ああ、そうか、親友か。悪くない」
いつものように喉の奥で笑った。
なかなかツボに入ったようで、目にはうっすら涙まで浮かんでいる。
おい、佐々木。そこまで笑うことじゃないだろ。
「いや、すまない。まさか君の口から親友って言葉を聞けるとは思わなくてね」
佐々木は制服の袖で涙を拭う。
袖で拭った佐々木の目は赤くなっていた。そこまで笑えることを言った覚えはないのだが……
「それじゃ、キョン。今度こそさよならだ」
コツンと卒業証書の筒を合わせて、佐々木はすたすたと歩き出した。
校門を通り抜け、佐々木が角を曲がり見えなくなるまで、
佐々木は一度も振り返らなかった。
「それ、誰?」
「ああ、こいつは俺の……」
「親友」
キョンが答える前に、僕が勝手に回答を出していた。
自分の回答権を僕に奪われてしまったキョンはビックリまなこで僕のことを見つめている。
君と最後に出会ったあの日を、まだ僕は鮮明に覚えているよ。
なんたって、僕は君の”親友”だからね。

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最終更新:2008年01月28日 09:01
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