29-497「佐々木さんの、ごく何気ないバレンタイン、の巻」

佐々木さんの、ごく何気ないバレンタイン、の巻

今日は2月14日。全国的にバレンタインデイという奴だ。
クラス中の男子が妙にソワソワし、谷口があちこちの女子めがけて突進しては、
絶望のうめき声を上げて崩れ落ちるのを繰り返す。そんな日である。
やれやれ。まあ皆がんばってくれ。
「おはようキョン、やけに落ち着いてるけど、勝者の余裕かい?」
無邪気そうな顔で、俺と同じ今日一日の傍観者然として振舞う国木田だが、
騙されてはいけない。こいつはクラスの中でもトップクラスのチョコゲット数
を誇る「連邦の微笑む悪魔」なのだ。別に赤くない彗星でも青くない巨星でも
なんでもかまわないが。
「ひどいなあ。変な仇名つけないでよ。みんな義理でくれただけだよ。
キョンだって涼宮さんたちからもらってるんでしょ?」
あのイベント好きなハルヒが、こういうイベントを見逃すはずもないからな。
実はこの前の建国記念日にSOS団の「宝探しツアー」とやらがまた開催されてな。
チョコはその時もらったよ。昨年以上に色々しんどい目にあわされた上でな。
実際、この3日間、筋肉痛が取れなくてバレンタインどころじゃないんだよ。
ああもうだるいったらないぜ。俺そんなにチョコ好きなわけでもないんだぜ。
割りにあわんと思わんか、国木田。
「ああ、連休中にもう済ませちゃったんだ。そうだね。涼宮さんも、
ライバル多いだろうから、先手必勝を選んだんだ。
それでもSOS団内部じゃ紳士協定、いや淑女協定を結ぶあたりが
涼宮さんらしいっちゃらしいのかな」
なんだかよくわからんぞ国木田。
「でもそれにしちゃ、カバンがやけに膨らんでないかな、キョン?
他には誰にもらったんだい?」
今日は妙に目ざといな。
こいつは出掛けに、妹とミヨキチからもらったチョコだよ。
二人ともハルヒと同じで、とにかくこういうイベントが好きみたいだな。
まあままごとみたいなもんさ。
「……キョン。君多分、知らない所で、小学生男子の物凄い恨みをかってると思うよ」
何の謎かけだ、そりゃ。
「あと、妹さんとミヨキチちゃんの分以外に、もう一つチョコが入ってるみたいだけど」
おわ。どうしたんだ国木田。お前人のカバンをいきなり開けてのぞき見るような奴じゃ
なかっただろう。いつの間にそんな風にすさんでしまったんだ。お父さんは悲しいぞ。
「だってキョンのカバン、口が開いてるから思いっきり見えてるよ」
何ですと。げ、本当だ。くそう、さっき谷口がぶつかってきた時だな。
「なんか今のキョンて、一歩間違えば、『自分はもうチョコこんなにもらいましたよ』
って見せびらかしてる嫌味な奴と思われちゃいそうだね」
勘弁してくれ。そんな気はさらさらないってこと、お前なら分かるだろ。
このチョコだって、今朝佐々木とたまたま遭って貰っただけだよ。
何故か、一瞬国木田は息を詰らせると、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。
別に大したもんじゃない。挨拶代わりみたいなもんさ。
「うんうん。そうだね。で、もらった時の状況をもっと詳しく具体的に。
キョンの発言は不利な証拠として使われることがあり、キョンに弁護士を
呼ぶ権利はないので覚悟を決めてどうぞ」
なんだよそれ。だから本当に深い意味はないんだって。
あいつ自身、そう明言してたんだから。

出掛けに妹とミヨキチに待ち伏せをくらって、やや遅刻気味で小走りで
いつもの道を進んでいると、佐々木に出くわした。
「やあ、奇遇だねキョン。また遅刻ぎみで慌てている、というところかい」
奇遇ってお前。何でこんなところにいるんだ。電車通学だと確実に遅刻だぞ。
「ああ、安心してくれたまえ。僕の学校は今日が入試でね。
一般生徒はお休みなのだよ。3年生は私立の受験に忙しいしね」
ああそうか、ウチはもう少し後だけど、考えてみりゃ高校ごとに違うんだよなあ。
俺のはや歩きに歩調を合わせながら、佐々木はくっくっと馴染み深い笑顔を浮かべる。
そういや私服だもんな。慌ててて気づかなかったぜ。
「久しぶりに朝の散歩と洒落込んだのだけれど、君と出会うとは思わなかったよ。ふふ」
確かにそうだな。俺が遅れ気味じゃなかったら、すれ違ってただろうしな。
何かに気づいたように、佐々木がポンと手を打った。
「そうだ、キョン。せっかく会えたのだから、君にはこれを進呈しよう」
手にした小さなポーチから、佐々木は綺麗にラップされた包みをてのひらに乗せ、
そっと差し出した。
やっぱりこの中身はチョコなんだろうなあ。
「まわりの女子生徒が皆浮かれるものでね。僕もなんとなく流されて買い込んだのだけれど、
恥ずかしながら渡す相手がいなくてね。父にでも渡そうかと思っていたのだけれど、
これも何かの縁というものだ。君に差し上げるよ」
ああ、なるほど、そういうことか。
佐々木はいつものような透明な笑みを浮かべていて、そこにあるのはまったくもって、
慣れ親しんだ、普段の佐々木の表情だった。
だから俺は、佐々木の言葉を信じて、ごく普通の友達が何気ないプレゼントを交換する
くらいのつもりで、佐々木の手からそれを受け取ったんだ。
「やはり、これくらいの距離からがいいのかな」
ん? どう意味だ。
「特段かまえたり、意識したりするからおかしくなるのかなと思ってね。くっくっ。
まあ、君と僕は、改めて親友なのだと感じられて嬉しいということさ」
そうだな。お前とこうやって話しながら歩いてると、中学時代みたいな気分になるよ。
「そういってもらえると、僕も嬉しいよ。
さて、そろそろ本格的に君が遅刻してしまいそうだから、ここで。
キョン、勉学に励みたまえ、くっくっ」
そう言うと、佐々木は次の交差点で立ち止まり、大きくしなやかに手を振った。


で、俺はこうして筋肉痛の脚を酷使して、そのおかげで今机につっぷしてるわけだ。
何てことない話だろ。
? どうした国木田? その古泉ばりの「やれやれ」のポーズは。
あと谷口、いつの間に人の話を立ち聞きしてやがる。お前がさっきぶつかったせいで、
カバンの口ゆるんだぞ。
「KOKOKO……」
鶏か?
「このブルジョワジーの共産主義者めー! 己の非を悔いてJIJIJI地獄へおちろ-!」
泣きながら逃走する谷口。どういう意味だお前。
「持てる者の癖に持たざる者視点でしか物事を見てないってことじゃないかな?
谷口にしてはめずらしくちょっと知的なアイロニーだね。
……あとキョン、君は女性の表情や言葉を額面どおりに受け取る癖、
早めに改めるべきだと思うよ」
だからお前までどういう意味だよ。


……いいんだよ。佐々木は俺より遥かに頭がよくて、俺より遥かに演技力があって、
色々な話を虚実取り混ぜて語ってくれて、そして俺の隣でよく笑ってくれる奴だから。
だから佐々木の言葉の裏なんか、悪い頭で下手に勘ぐるよりも、
額面どおり受け取った方が、多分お互い上手くいくんだよ。
あいつはそこまで計算できる奴だから。
前からそうだったし、これからも多分そうなんだ。
「はいはいご馳走様ご馳走様」
だから人の話を理解してないだろ国木田。
なしくずしにおしまい

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最終更新:2013年03月03日 01:35
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