33-658「衣替え」

『衣替え』

夏服と冬服が混じる5月のある日。新しい夏服を着込んだ俺は、いつもより若干早く登校した。

「やあ、キョン」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
「何だ。佐々木か」
「何だは無いだろ」
そう言って微笑む佐々木。言葉とは裏腹に、この初夏の日差しのように輝く笑顔。
昨日まで紺色の冬服だった佐々木は、真っ白な夏服姿。整った顔に純白の制服が映えていた。
「今日は早いね」
「まあ、たまにはな。お前はいつもこの時間なのか?」
「僕は大抵この時間だよ。くつくつ」

佐々木はしばらく戸惑ったような顔をしていたが、キラキラした目をさらに輝かせ、俺の方に身を乗り出し、おもむろに声を発した。
「今日の君はかっこ良いね。見違える程だよ」
「そうかな?いや嬉しいな」
100%リップサービスだろうが、褒められて嬉しくないわけではない。
「もしかしたら、この僕でも恋に落ちてしまうかもしれないくらいだね」
かなり大げさな表現だが、そこまで言うのだから少しはかっこ良いのかな?夏服が新しいから、馬子にも衣装って奴で。

「佐々木の方もかわいいぞ」
これはお世辞でなく本心だ。客観的に見て、佐々木がかわいいのは事実だ。
「ありがとう。君もお世辞がうまくなったね。くつくつ」
佐々木は若干照れた表情を見せていた。日差しの暑さにやられただけかもしれないが。
「いや、お世辞でなく。いつもかわいいのだが、今日は特別に。そうだな、今日のお前だったら男の8割が恋に落ちるだろうな」
続けて言う。
「その、堅苦しい口調を止めればな」
「……」

もしかして、悪かったかな?
「君もその8割に入るのかな?」
「さあな」
それを聞いた俺の親友は悪戯そうにニヤリと笑い、こう言った。
「あのー、お願いがあります。○○くん(俺の下の名前)。次の土曜日の塾帰り、私に映画を奢ってくれませんか?駄目ですか?」
そう言って演技する佐々木はまるで、普通の女の子が愛する男に告白する時のような雰囲気に見えていた。
息がつまって胸が苦しく、心臓がドキドキした。そして、何か言わなければならないことが有るような気がして不安だった。この苦しみは何なのだ?

「何てね、僕には似合わないよね。こんなの」
まだドキドキは治まらない。
「映画くらいいつでも奢ってやっても良いぞ。変な意味じゃなくて、いつも勉強見てもらっている御礼として」
「ありがとう。遠慮なく奢らせてもらうよ。くつくつ」
その後、佐々木はいつもの学者さん顔になり、衣替えの由来や歴史などの薀蓄を延々と語ってくれた。
何時の間にか胸のドキドキは収まっており、心地よい安心感に包まれていた。


何事も無い平凡な一日のこと。

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最終更新:2008年06月18日 22:07
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