「スノーボールアースというものを知っているかい?」
僕はコーヒーを飲みながら彼女に視線だけ向けた。
コイツは女相手には基本的に普通の言葉で喋る。この中で男は僕だけ。つまりこの言葉は僕に向けられた台詞なのだろう。
「フン、ナメるな現地人。それくらい知っている。先カンブリア期に地球規模で起こった大氷河時代で、かつてはありえないと思われていたが、温室効果ガスにより脱出の可能性が見いだせたことで…」
「オーケー藤原、君はなかなか博識だね、では次の問題だ。ジャイアントインパクトという…」
橘はポカーンとしている。愚かな。これくらいわからないでどうする…?
「何だと言うんだ?言っておくが僕はお前らみたいな奴ら相手に、暇つぶししている時間など…」
「いいから…!」
う…どことなく威圧感が…まぁいい、このレベルの常識など。
「ジャイアントインパクトとは、月が出来たと言われる地球の一部と小惑星の大衝突だ。これによりぶつかった地表は大気圏まで吹き飛び、それにより…」
「ありがとう、なかなかいい答えだ。なら次はどうかな?」
まだあるのか?
「じゃあ、そうだねぇ、かの有名な巌流島の決闘についてご教授願おうか」
「いい加減にしろ…次は歴史か!いいか!巌流島の決闘は佐々木小次郎…フン、お前と同じ苗字だな…と宮本武蔵が巌流島で戦ったチャンバラ話だ。まぁ決闘というが実際は佐々木小次郎は…パクパク…禁則?」
「…………」
「…………!お前なんてことを!」
この女とんでもないことをしやがった!
「一体なんなのですか?意味がわからないのです」
「おやおやバレてしまったようだねぇ」
くっくっと喉を鳴らして笑う。ふざけるな!これはヤバいかもしれない…
「詳しく教えて欲しいのです!」
「あら橘さん知りたい?そうだねぇ…あ、九陽さん、ナプキンを食べてはいけないわよ…地獄の門番の話は知っているかしら?」
「片方が嘘つきで片方が本当のことを言うってやつですか?」
「その通り。門番は二つの門を守っていて片方を選べば帰れる。ちなみに質問はどちらか片方に一度しかできない」
黒い宇宙人が少し動いた。
「それと今回の話と何が関係あるんですか?」
「くっくっ…教えてあげなよ、物知りな未来人くん」
「……僕たちはお前ら古い時代の人間が知るよしもないことを喋れないように操作を受けている」
「禁則事項ってやつね」
「顔が近い、超能力者!そうだ、逆に言えばお前らが知ってもいいことは自由に話せる」
「おや、やはり完全に気づかれた様だね」
もうこの神様候補は無視だ。
「チッ、つまりこの時代で仮説段階の話について僕が喋れることはお前らから見た未来でも変わらず支持されていて、僕が禁則を受けた話は将来、新発見により覆されるというわけだ…」
「すごい!藤原式嘘発見機ですね」
「そう、ちょっと違うけど似たようなものよ。近い将来、佐々木小次郎についての新しい史料が発見されるかもね。あーあ、君たちが4年以上前に行ければよかったのに」
「なぜだ」
「そうすれば実際にその時代に行ってその仮説が事実かがもっとはっきりしたのにな」
これは涼宮ハルヒに感謝だ。万が一史実が確認されていて、仮説が史実であることがコイツラに悟られたようなら、強制送還じゃ済まない…最悪消される。
「もうお前らと歴史や仮説については話さないぞ」
「そうかい…じゃあ君に最後の質問をしようじゃないか」
「フン、その手には乗らない。これからお前らの質問は全て禁則で答えてやる」
「おやおや…では地獄の門番になぞらえて…」
彼女はカップを撫でた。
「僕がキョンと将来共に歩けるか聞いたとき、君はなんと答える?」
「…………」
「沈黙もまた答えだね」
アイスコーヒーの氷はしっかりと溶けきっていた。だが彼女の投げた問いには解かれた答えはない。
最終更新:2008年09月28日 17:23