39-954「帽子と手袋」

「まあ、なんだ、その」
頭を掻くのはいつ覚えた誤魔化しの仕種なのだろうか。少しだけ記憶の底を浚ってみたが価値のある情報は得られなかった。
非常にばつの悪い表情からするに、恐らく彼には物理的な返礼品の持ち合わせが無いのだろう。
「いいのだ」
私はにっと笑ってみせる。内心の落胆がそのまま表に出ていない自信はあるが、
それを糊塗しようとして無理な表情になってしまっているかどうかについては保証の限りではない。
「推測するに、君は昨日も涼宮さんたちとともに過ごしたのだろう?
 であれば、月末である今日、平素から余裕を削られている君の懐具合が更に悪化している可能性は高い。
 そこで何かを甘えた声でねだるほど、僕は君に依存していないつもりだ」
「すまんな」
片手を上げて拝むような仕種をしてから、開けていいか、と彼は尋ねてきた。
勿論だ。
「ただし、他の誰かのそれとかち合ってしまう可能性は大いにある。
 それでもがっかりしないでくれると、こちらとしては有難い」
「返事に困るような言い方をするなよ」
「……すまない、これは性分のようなものだ」
「まったく……」
彼は苦笑しながら袋を開ける。中に入っているのは月並みな代物だ。
ただの毛糸の帽子と手袋。それ以上のものではない。
「出来が悪くて申し訳ない。手編みよりは市販品の方が良いとは思ったのだが……」
「台無しなこと言うなよ」
彼は帽子を被り、手袋を嵌めてみせた。
「どうだ。似合うか?」
少なくとも今の服装にあまり似合っているとは言えなかった。
帽子とペアで多少は良かったと評すべきだろう。どちらか片方だけだったら最悪だった。
とても正視できない。彼が眩しくて、とかいう意味合いではない。
勉強の合間にちびりちびりと作った処女作は、よく言っても子供が作ったような出来でもあった。
「製作者に対してそれを尋ねるのは酷というものだろう。評価は他の人にしてもらうべきだ」
「そうだな、すまん」
彼はやや消沈したような、心配そうな瞳をこちらに向ける。今の言葉は冷たすぎたかもしれない。
悪いのは私が作った代物なのだ。彼ではない。だが、それを指摘することはできなかった。
「でも、暖かいぞ」
彼がそう言って微笑んでしまったから。
「今日はこの恰好で帰らせてもらうぜ。助かったよ」
「そうか、役に立ってくれたなら有難い。拙いながら作った甲斐があるというものだ」
本当は恥ずかしさで一杯だった。彼が指差されて笑われるのではないか、とまで思ってしまう。

でも。

「サンキュ」

そう言って私の手を握ってくれた彼の手は暖かくて。
つい、私は微笑んでしまうのだ。

彼の首に巻かれているマフラーが誰の作ったものか、着ているセーターがどんなに上手に編まれているかなんてどうでもいい。
今はこの矮小で身勝手な幸せに浸っていれば

それでいい。

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最終更新:2008年12月29日 23:10
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