「どうして名前で呼ばれたがらないのか、だって?
唐突かつ今更な話だね、キョン」
「ふと気になったんだよ。深い意味はない。
詰まらないってんなら話を変えてもいいぜ?」
「いや、意味なんて後から付いて来るものだよ。君との会話は特にそうだ。
――そうだな、君は字(あざな)というものを知っているかな?」
「ああ、三国志で出てきたな。
確か中国では名を呼ぶのは無礼だから、代わりに付ける名前が必要だった、とか何とか」
「ほう、三国志を読むのかい?
これは嬉しい誤算だな。思わぬところで共通の趣味を見つけてしまったよ」
「言っておくが、28号な人の描いた漫画版だからな」
「おや、それなら書籍版を貸してあげようか。正史と演義ではどちらが好みだい?
……冗談だよ、そんな顰め面をしないでくれ。でもまあ、読みたいというならいつでも貸し出すよ。
そうそう、字は知ってるんだったね。ならば、忌み名についてはどうだい?」
「寡聞にして知らんな。
字面だけだと、縁起が悪いから付けちゃいけないとされてる名前、って感じだが」
「そういう風習も探せば何処かに有りそうだが、残念ながら違うね。
先の中国の話だが、乱暴に要約すると『真の名は軽々しく呼んでは(呼ばれては)ならない』ってことだね。
これと『呪術には対象の一部が必要』という共感呪術の理論や、『言葉は意味通りの力を持つ』という
言霊信仰が合わさった結果、日本では『真の名を悪意ある者に知られるのは危険』という考えが生まれた。
そんな考えから、偽装として在り来たりな名を付け、真の名を忌み名と呼び、家族以外には硬く秘するという風習が出来たのさ」
「……うーむ、中々興味深い話だな。民族学ってのも面白いもんだ。
しかし佐々木よ、賢くない俺は既にこの話のゴールを見失い始めているんだが」
「あ――ああ、済まない。ちょっとした比喩のつもりが語りすぎてしまったな。
……詰まるところ、僕は彼らのように、下の名前には特別な思い入れがあるということさ。
長々と話してしまったが、そう深く関係する話じゃあないんだよ、今のは。忘れてくれ」
「いや、ダウトだな」
「……?
どういうことかな、キョン?」
「なに、今の話にヒントがあったのさ。
『家族以外には硬く秘する』――つまり、名前を呼べるのは家族だけなんよな。
なら話は簡単だ。家族以外に名前を呼ばせてあげるのは未来の亭主だけ、ってことだな。だから名前で呼んで欲しくないんだろ?
――なーんつって、適当に言ってみたり……っておい、どうして顔を背ける」
「度し難い……本当に度し難い男だよ、君は」
「……まあ、その、なんだ。
そういう乙女チックなのも年相応でいいと思うぞ、佐々木」
「……いや、情けは不要だ。笑ってくれ……」
おまけ
「最後、トドメとばかりに名前で呼ばれていたら、流石の僕も危なかったよ……」
「ん? 何か言ったか、佐々木」
「いや、何も?」
最終更新:2009年02月17日 12:21