37-722「佐々木の名前は?」

「どうして名前で呼ばれたがらないのか、だって?
 唐突かつ今更な話だね、キョン」

「ふと気になったんだよ。深い意味はない。
 詰まらないってんなら話を変えてもいいぜ?」

「いや、意味なんて後から付いて来るものだよ。君との会話は特にそうだ。
 ――そうだな、君は字(あざな)というものを知っているかな?」

「ああ、三国志で出てきたな。
 確か中国では名を呼ぶのは無礼だから、代わりに付ける名前が必要だった、とか何とか」

「ほう、三国志を読むのかい?
 これは嬉しい誤算だな。思わぬところで共通の趣味を見つけてしまったよ」

「言っておくが、28号な人の描いた漫画版だからな」

「おや、それなら書籍版を貸してあげようか。正史と演義ではどちらが好みだい?
 ……冗談だよ、そんな顰め面をしないでくれ。でもまあ、読みたいというならいつでも貸し出すよ。
 そうそう、字は知ってるんだったね。ならば、忌み名についてはどうだい?」

「寡聞にして知らんな。
 字面だけだと、縁起が悪いから付けちゃいけないとされてる名前、って感じだが」

「そういう風習も探せば何処かに有りそうだが、残念ながら違うね。
 先の中国の話だが、乱暴に要約すると『真の名は軽々しく呼んでは(呼ばれては)ならない』ってことだね。
 これと『呪術には対象の一部が必要』という共感呪術の理論や、『言葉は意味通りの力を持つ』という
 言霊信仰が合わさった結果、日本では『真の名を悪意ある者に知られるのは危険』という考えが生まれた。
 そんな考えから、偽装として在り来たりな名を付け、真の名を忌み名と呼び、家族以外には硬く秘するという風習が出来たのさ」

「……うーむ、中々興味深い話だな。民族学ってのも面白いもんだ。
 しかし佐々木よ、賢くない俺は既にこの話のゴールを見失い始めているんだが」

「あ――ああ、済まない。ちょっとした比喩のつもりが語りすぎてしまったな。
 ……詰まるところ、僕は彼らのように、下の名前には特別な思い入れがあるということさ。
 長々と話してしまったが、そう深く関係する話じゃあないんだよ、今のは。忘れてくれ」

「いや、ダウトだな」

「……?
 どういうことかな、キョン?」

「なに、今の話にヒントがあったのさ。
 『家族以外には硬く秘する』――つまり、名前を呼べるのは家族だけなんよな。
 なら話は簡単だ。家族以外に名前を呼ばせてあげるのは未来の亭主だけ、ってことだな。だから名前で呼んで欲しくないんだろ?
 ――なーんつって、適当に言ってみたり……っておい、どうして顔を背ける」

「度し難い……本当に度し難い男だよ、君は」

「……まあ、その、なんだ。
 そういう乙女チックなのも年相応でいいと思うぞ、佐々木」

「……いや、情けは不要だ。笑ってくれ……」


おまけ

「最後、トドメとばかりに名前で呼ばれていたら、流石の僕も危なかったよ……」

「ん? 何か言ったか、佐々木」

「いや、何も?」

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最終更新:2009年02月17日 12:21
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