まあ俺が勝ったわけだが。
そもそも持ち主であり最もプレイ時間の長い俺が勝つのは自然な流れであり展開であり、合理的でもある。
にも拘らず、対戦相手の女3人は姦しく俺に抗議を申し立ててきた。
……なるほど、『姦しい』という文字の通り、女3人が集結したことによる自然発火みたいなものか。
「また変なことを考えて妄想に入り込もうとしているね?」
佐々木にしては的外れな指摘だな。俺はこの上なく現状を把握しているぞ。
「なるほど耳には届いているようだ。ならばより公平な手段による再勝負という提案には賛同してもらえるね?」
「そうだよ! なんかズルいよキョンくん!」
「私も……もう一度チャンスがほしいです」
何か趣旨が変わってないか? というツッコミは言うだけ無駄なのだろう。
そうは言ってもなぁ……。考える事しばし。
「……なあ、元々は勝負に勝った人物と俺が一日お出かけする、という条件なんだよな」
「そうです」
今日はアグレッシブだなミヨキチ。顔が近いぞ。
「だから、つまりだ……」
言いたくないなぁ。
「なになにキョンくん?」
お前はただ遊びたいだけだろ妹よ。
「……勝者である俺が、この中から誰かを誘えばいいんだろ?」
「「「!」」」
いそいそと佐々木が髪を撫で付け、妹が上目遣いにニヤリと笑い、ミヨキチが手を腿に挟んで親指を交差させ始める。
「キミが……そうしたいなら是非もない」
「それなら、うん。恨みっこなしだね!」
「はい。……あの、わたしもそれで構いません……」
まあそういう訳であるのなら、だ。
俺は微笑んで、その名前を告げた。
「なあ……キョン」
「なんだ佐々木?」
俺は手を引かれながら佐々木を見やる。
「キミの決断は尊重する。……うん。その気持ちに偽りはない。元々そういう条件の勝負だった訳だしね」
「おお、そうか?」
俺が口で勝てないのは佐々木だからな。お前が同意してくれるならそれだけで一安心だ。
「ただね」
佐々木は握った手を見下ろす。
「……あまりにも予想外だったよ」
佐々木も俺も妹に手を引かれている。
両手を使って俺たちを牽引する妹はまるで機関車だ。そして大井川鉄道的な蒸気音を擬声しながら先を行くこいつは、きっと古式ゆかしい黒光りする煙突を生やした牽引車の気分なのだろう。
その息が白く凝結して、空へと上り消えてゆく。
「おい、今からそんなに走ってどうする。水族館は逃げやしないぞ」
「へへー、ふふー。走りたい気分なんだよー!」
振り向いた妹の顔は満面の笑みだった。
まぁ、それ自体は悪い事ではないのだが。
「ミヨキチだっているんだ。もうちょっとペース落とせ」
「ミヨちゃんあたしより足はやいんだよ。平気だよ!」
「あれ、そうなの?」
俺は振り向いて、もう片方の手が握る先を見た。
「は、はいぃ?」
ミヨキチは顔を真っ赤にして足をもつれさせ、いかにも精一杯といった風情である。
「だ、大丈夫かミヨキチ!?」
俺は慌ててスピードを落とした。自然、残り3人の足も止まる。
「は、はい……ご心配なく……」
「ほんとに――」
「ええもう、ホントに何ともないですからっ」
俺が手を解いて額に触れようとすると、ミヨキチは早口で返事をして俺の手を遮った。
どうやら元気ではあるらしい。……となれば……。
「……妹よ、嘘をつくなんてお兄ちゃん悲しいぞ」
「えー、ウソじゃないよぉ~~。……あ」
何を思いついたのかエヘヘと妹は笑い出し、
「じゃあさ、ミヨちゃんは佐々にゃんと二人でゆっくり歩いてくればいんだよ!
んで、キョンくんはぁ、あたしと駅まで二ニン三キャクっ!」
とびっきりのイタズラ笑顔で振り向いた。
やれやれ、何を言い出すかと思えば――
「ダメです!」
「それは話が違う!」
吃驚した。俺以外の二人が猛然と反論したのだ。
「えー、でもー。ミヨちゃんは走りにくそうだし佐々にゃんはゆっくり歩きたそうだし。
これが公平だと思うなー。そう、コウセイムシな大岡さばきだよ!」
あのなー……。
「「嘘だっ!」」
またもや俺の反論は先んじら――
「公正無私というのなら僕こそが次はキョンと手を繋ぐべきだ! 僕だけが彼と手を繋げていない今の状況は決して公平とはいえないっ。むしろ悪意ある思惑を感じるくらいだっ! キョン、キミもそう思うだろうっ?」
え? 俺?
「いいえ、お兄さんはペースを落とせと仰いました『わたしのために』!
ですからわたしと2人で手を繋いでゆっくり歩くというのがお兄さんの意思、本音なんです!」
どうしたんだミヨキチ、いつもはもっとおしとや……。
「よく言ったものねミヨキチちゃん。お顔が真っ赤よ?
大方興奮しすぎて熱でも出したんじゃないかしら。お家に帰って安静にするべきね」
佐々木、それは心配しての――
「大きなお世話です! 佐々木さんこそブツブツ文句ばっかり言って! 嫌ならどうぞお帰りください!」
おいミヨ……。
「私は帰らないわ。体調も万全だしね。
でも“子供”はちょっとした事で発熱したりするものよ。家へ帰って静養する事を勧めるわ」
「わたしだって平気のへっちゃらです! 佐々木さんこそ帰っていいですよ!」
「あなたこそ……!」
「そっちこそ……!」
「あー、そこまでだ2人とも」
俺は繋いでいた両手を放して、
「あっ……?」
「えっ……」
「キョン……?」
言い争っていた2人の手を取った。
「『佐々木、ミヨキチと妹も含めて4人みんなで』ってのが俺の指定だった。お前らの条件である『手を繋いで』ってのにも従った」
まぁ『遊びに行く』という条件だけを守り、『2人で』という項目を無視した訳だが。
「でも喧嘩ばかりして仲良く出来ないってんなら、ここで終わりにするぞ」
「「それは……」」
2人は顔を見合わせて、うつむいた。
もう一押しかな。
「出来るのか、出来ないのか?」
俺が問い詰めると、
「し、しょうがない……」
「し、仕方ないです……」
しぶしぶといった感じで頷いた。
そんな2人に握手をさせて、
「じゃ、しばらくは2人で手繋ぎだな」
「うう……」
「むぅ……」
ミヨキチが呻き、佐々木が息をついて、二人は手を繋いだ。
さて、俺は誰と手を繋ぐか……。
と見回せば、妹がニコニコして俺を見上げている。
「お前はミヨキチとだ」
「えー」
「えーじゃありません。ほら」
押しやって、手を繋がせる。まぁあの顔を見た脊髄反射的な判断だったが……。
あれ?
さて、こうなると……。
「佐々木、手、いいか?」
まぁ、こうなっちまうよな。
「え、あ、うん」
チョコレートと間違えて碁石を口に入れたような顔をして、佐々木が小さく頷く。
まぁ……なんだ。こういうのは躊躇すると余計恥ずかしくなるからな。
「そ、そうだね」
俺は佐々木の手を握った。
さて、人は歩く時その方角へと視線を向けるのが当然であり、そして俺はわざわざそれに背くほど天邪鬼な人間ではない。だから俺は自然と前方に目を向けて、しかるべくしてその景色以外の情景は目に入らなかった。妙に無口になった3人娘がどんな顔をしていたのかは、つまり俺の知るところではないわけで、まぁ知りたくないと言えば嘘にならなくもないが、しかし『見る』ということはすなわち『見られる』ということであり、つまり俺はそんな事態を避けたかったらしい。
そして避けたいといえばもう一つ。
「ちょ、ちょっと急ごうか」
「う、うん」
「……はい」
「あ、走る? 走るの?」
俺たちは小走りに駅へと向かった。
知り合いに見られるのだけは、なんとしても避けないとな。
そんな一日が終わり、夕暮れの帰り道にて。
佐々木が喉を鳴らすように笑った。
「中々、うん。定番の……コースというのも悪くないものだね。
むしろ定番足り得るのは、それだけの根拠があるということをしみじみと実感したよ。キョン、キミはどうだい?」
「ああ、楽しかったよ」
お前がはしゃぐ声なんてのも聞けたしな。
「そ、それは言わないでくれたまえよ。僕も少々忘我が過ぎたと反省してるんだ」
なんでだ。可愛かったぞ。
「な、な」
小っちゃい子みたいで。
「……キョン、キミは少し女性の遇し方というものを知るべきだと思う」
冗談だ。そんなに怒るなよ。
「……キョンくん」
なんだ起きてたのか? じゃあそろそろ降りてくれ。お前を背負いながら二人と手を繋ぐってのも結構大変なんだ。
「……えへへ、キョンく~ん……」
なんだ、寝言か? ったく。これじゃもうしばらくこの過重労働を続けるしかないじゃないか。
「ふふっ」
お、どうしたミヨキチ。
「いえ。お兄さん、やっぱり優しいなぁって思って」
そうか? だけど君や佐々木に背負わせるわけにもいかんだろ。
「そうじゃないです。ふふっ」
なんだ? 思わせぶりだな。
「いえ。……その、お兄さんさえ良ければ、またこうしてお出かけしたいです」
「そうだね。こうしてみんなで遊びに行くのも悪くはない。いい息抜きになるよ」
そうだな。佐々木の言う通りだ。
また時間の都合がつけば、この4人で出掛けるか。
「そうですね」
「楽しみだよ」
出掛けの険悪さはどこへやら。すっかり打ち解けた雰囲気で二人が笑っている。
「キョンくん……ニブちん……」
だというのにこの妹ときたら。
「すっかり甘えてますね」
くすくす笑うミヨキチ。
「頼りきった寝顔だよ、キョン。お兄ちゃん冥利に尽きるじゃないか」
そんな風に呼んでくれないけどな。ここ3、4年。
「恥ずかしがってるんですよ」
「捻た事をしたがる年頃なのさ」
ホントかね? 今度妹に聞いてみるとしよう。
「優しく聞いてあげてくださいよ?」
「一人の女性として、尊重してね?」
はいはい解りましたよ。って、もうこんな時間か。
どうせだ。うちで夕飯も食ってくだろ?
「お兄さんさえ宜しければ」
「ああ。キミが構わないなら」
ついでだ。『優しく』『尊重した』事情の聞き方とやらも教えてくれ。食事をしながらゆっくりとな。
「「ふふっ」」
「いいですよ。お兄さん」
そう言ってミヨキチが笑った。夕日の照り返しで輝く雲のような、綺麗な笑顔で。
「では骨を折るとしようか」
夕日を隠した雲のように、輪郭が強い光芒を放って、佐々木が笑みを浮かべている。
「ああ」
俺は答えて、帰り着いた我が家の扉を開けた。
「ではディナーへようこそ! お嬢さま方」
慇懃なお辞儀を交えてね。
最終更新:2012年03月11日 22:43