「どうも最近、うまく閉鎖空間を操れないのよね」
「へ?」
な、何言ってるんです佐々木さん?
放課後の公園で、こともなげな様子で佐々木さんが発した電波話。
あたしの脳が自慢のツインテールごと静止するのを感じます。いやいや、あなたにそんな能力はないはずでしょう?
「ほら橘さん、少し前まではちょくちょくあったじゃない」
「いやいやいや」
あたしは思わずふるふると首を振るものの、佐々木さんはあごに指をあてて笑っている。
いやそのお姿は大変可愛らしいと思うのだけれど。
そうこうしていると滔々と語り始めた。
「例えば中で茜色の巨人が歌っていたり、キョンと一緒に閉じ込められてみたり、逆に彼を閉じ込めて私の今の高校生活について懇々と語ったり、或いは夢だと思い込んで彼と本心を明かしあって思わず泣かせちゃったり、中学時代に空間を介して彼に一夏の経験をお願いに行ったり、高校時代も記憶に残らない形でこっそり出会っていたり、はたまた猫さんの中へと精神を飛ばしてみたりね」
「ああなんだ」
事ここにいたって、ようやくあたしは見当が付いた。
要するに今回はメタ的な話ですか。
「さてね」
くすくす笑う佐々木さんに、あたしはもっともらしく頷いて見せる。
これでも元「組織」の幹部ですからね。こういう態度もお手の物なのよ? いやホントに。
「確かにそうですね。佐々木さんが閉鎖空間や能力を操れたら、結末も少しは違ったのでしょうけれど」
「さて何の結末かしら?」
メタ的な話だから聞き流してください。
「けれどそれはキョンも望まない事だから」
「それはそう、なんですけどね」
願望をかなえる力、それは本来は誰にでもある力で…………なんて流れでは結局なくて。
現実には、ただ一つの大きな力があって、そして佐々木さんは「器」としての能力があるだけだったから。
彼を守れる能力を持ちたければ、涼宮さんから力を奪うしかなくて。
それは、彼の望みに真っ向から反することでしかなくて。
「そう、私はどこまでも彼の味方でいたかった。だからアレで良かったと、そう思うわ」
笑みは何処までも優しくて、悲しげで。それでも「自分は間違ってなんかいない」と強く強く主張していた。
まったく、この頑固者はどうしてこうなのだろう。
まるで…………。
「まるで?」
「ええと」
好き放題に神人が暴れる閉鎖空間を突発的に作りつつも、「その神人を倒し、空間を正常化できる超能力者」をも発生させた涼宮さん。
神人がいない閉鎖空間を常時発生させるだけで、「ただ閉鎖空間を見守るだけの超能力者」を発生させた佐々木さん。
涼宮さんのあり方は、まるで「大暴れしつつも、内心は常識人で、間違いを自覚している」という彼女自身によく似ていて
そして佐々木さんのあり方もまた「ただ自身を見守るものだけを必要とし、干渉、ましてや正す者など必要としない」頑固な彼女自身と似ている。
彼女らの内面だという閉鎖空間、そしてその対処者である超能力者のあり方。
これらは彼女らの内面そのものに似てないだろうか?
そしてあの春先の事件、佐々木さんの閉鎖空間が初めて崩壊した事、事件後の彼女が「新しいことを覚えていこう」としている事
どうにも符合している事例が多いのは気のせいでしょうか?
…………………
………
「という訳で彼のところに行きますよ佐々木さん!」
「何が という訳 なのかしら橘さん!?」
ずるずると襟首を掴んで引っ張るあたしに抗議しつつも、佐々木さんはずるずると引っ張られ続ける。
あたしのお世辞にも達者とは言えない腕力に形ばかりで抗う彼女。まったく、この頑固者はどこまで自分を騙そうとし続けるのかしらね?
まあいいです。あたしは超能力者ですから。
「これは腕力よ橘さん!?」
「んふふふふ何のことかしら!」
非現実的なクリーム色じゃない、現実的で幻想的な、美しい夕焼けに染まり始めた空を見上げる。
佐々木さん。現実の空の下であなたが変化を望むなら、あたしは干渉してあげましょう。
今度こそ、あなた付きの超能力者としてね!
さあて、ここから彼の家までちょっと遠いけど、どこまでこうして行こうかしら?
)終わり
「あたしは自分が間違ってることくらい解ってるわよ! けど止まれないの! だからあたしを止めて! あたしを見て! あたしを構って!
でないと世界をぶち壊すわよコンチクショー! …………って感じですよね涼宮さん」
「いやいやいや」
そんなにぶんぶん首を振ってるとどっか取れますよ佐々木さん。
「いやいや取れないから」
え? あたしたまに取れますよ?
ツインテールとか。
「え?」
「うそです」
てへぺろ☆
「それはさておき」
「置かないで橘さん」
佐々木さんもあんな感じですよね。
ほら、自分の間違いが云々どころか干渉する人すら欲しがってない感じじゃないですか。そんな事を彼にも言ってたでしょ?
「……別に私はそんなんじゃ」
「そのくせ『私を見て』ってアピールはしちゃうんですよねえ」
変人の演技とか、それでクラスから浮いちゃう自分を楽しんじゃったりとか。
閉鎖空間を常時発生させて、介入するような能力は持たないけど観察だけはできちゃう能力者を発生させたりとか。
「んんん……………」
目線そらしても変わりませんよ佐々木さん。
変えたければ変わりましょう。
「んん。だから彼が好きなんでしょうね佐々木さんてば」
ちゃんとあなたに向き合って、いつでもいつだって話を聞いて、聞き流さないでちゃんと頭で考えようとしてくれて。
壮大な野望や自己がどうたらなんて、とっぴな話だって笑わない彼だから。。
「だからって、笑顔が止まらないとかホント可愛いですよねえ」
「いやだからそれは……ってどうしてそれをあなたが知ってるのよ橘さん!?」
メタな話ですから。ですからメタ的な視点から言わせて頂きますと、涼宮さんだって決して立派な人間って訳じゃないですから。
立ち向かいましょうよマジでマジで。
「やれやれ」
)終わり
「そうです。分裂驚愕なんて言ったって結局はたった一編でしかないんですよ。
佐々木さんは、そのたった一編、『あんな事言ってても、本当はキョンさんは涼宮さんが大好きなんです』って一編の為だけに舞台に現れて
そして消えなきゃいけなかったって事じゃないですか。それを世間一般になんていうと思います?
踏み台ですよ、そんな風に誰かを踏み台にするような物語だった事が嫌なんです。
誰よりも、自分自身をも改変してしまった長門さん、文字通りの勘違いの恋だった中河さんとは、佐々木さんは全く違うじゃないですか。
そんなことをしなくたって、涼宮さんたちは誰よりも好かれていて、好きあっていたじゃないですか。
でもこれじゃ逆効果です、がっかりしてしまうのですよ!」
「だから驚愕発売前、多くの人が「大学編」を書いたのではないのですか?
誰かを笑わせる為に、踏みつけるための専用のキャラクターだなんて、その為だけに現れただなんて、そんな人だなんて誰だって思いたくなかったんです、だから多くの人が『彼女達は好敵手になるだろう、きっと数ヶ月先も、大学生活でも彼を挟んで楽しんでいるのだろう』なんて物語を作り上げたんじゃないんですか?」
「悪く言えば周りがすっかりイエスマンだらけになってしまった涼宮さんに、意見を言える同性として現れてくれたんだって、
どんなに仲が良くても、ここぞという時じゃなきゃ涼宮さんへの言葉を形に仕切れない長門さん、朝比奈さんだけじゃない、いつでもちゃんと張り合って、いつでも誰よりも向かい合って、きっと誰よりも仲良くなれる『親友』が涼宮さんに出来るんじゃないかって、彼らはそう思ったんじゃないのでしょうか?」
「涼宮さんとくっつくのが規定路線だって誰もがわかっているんです。
それでも、その為だけの『踏み台用』だなんてやりくちをする人だなんて誰もが思いたくなかったんです。
同じ役を演じるとしても、ずっとレギュラーだった人がするのと、その話だけの新キャラがするのとじゃあ、まったく重みが違うじゃないですか、後者はまるでその為だけに生まれたようなものじゃないですか、
そんなの悲しすぎるじゃないですか……」
「あのね、橘さん。けれど」
「大体ですね、特に驚愕、『そこは読者が想像して補完してください』が多すぎと思いませんか? 畳むつもりがないならふろしき広げないでくださいって思っちゃいけませんか? そんな事するから藤原さん絡みとか唐突とか小者とか酷い言われようになるんですよ、彼は彼で禁則事項や既定事項って制限があるのにあそこまで言われちゃさすがに気の毒ですよ、それに分裂での喫茶店での会話、思いっきり伏線で引いておいて放り投げるとかどんな神経してんですかっての!」
「いや落ち着いて橘さん」
「何よりですねえあんなに懐きまくってる佐々木さんが! たった二回しか会ってない涼宮さんに彼を託すだなんておかしいじゃないですか! どんだけ神聖視されてるんですかって話ですよ、佐々木さんは十分「対比」として成立してませんか? 涼宮さんの精神の成長の為にも、もっとぶつかりあっても良かったんじゃないですか? あたしや藤原さんもそうですけど、三人ともSOSの引き立て役で終わらせなくたって良かったじゃないですか、そんな風にしなくたって彼らは十分好かれてるでしょう? それに中学時代に一度も彼の部屋に行かなかったとか遊ばなかったとか、何か理由をこじつけて色々やらかしてるに決まってるじゃないですかキャラ的に! 彼も彼です、少なくとも試験模試受験と、あの悲観主義者気味の彼を励ましまくってなきゃおかしいでしょ? 受験戦争って現実の青少年にはちょっとしたイベントですよ、それを経てキョンさんのあの態度ってもがもが」
「橘さん抑えて抑えて!」
「ぷはっ、大体圧倒的優位にある涼宮さんが選ばれるなんて誰だって解ってるんですよ! けど『彼はツンデレ』って前提とはいえ分裂までの彼の涼宮さんへの態度から急転しすぎじゃないですか? 何より『選ばれなかったら死ぬ』なんてシチュエーションで彼女を選ばせておいて『選ばれた』とか、そもそも嫉妬云々どころか好意と力の選択そのものが直結とかふんもっふもっふるもっふる!」
「九曜さんも抑えて!」
「―了―――解」
橘さんブレイクブレイク!
)終わり
冒頭で触れたタイプの閉鎖空間モノや閉鎖空間解釈モノ、本wikiに保管された作品の中からごくごく一部を。いずれもお勧め。
なお「閉鎖空間であること」がネタバレになる作品は掲載していません。
※「一夏の経験」「彼を閉じ込めて高校生活について語ったり」「夢だと思い込んで彼と本心を明かしあって」の作品は
その話のネタバレになるので明記しません。悪しからず。
各作品作者様、こちらに載せ切れなかった各作品の作者様、いずれも素晴らしい作品を本当にありがとうございます。
最終更新:2012年08月17日 01:37