67-9xx ある日の橘京子さん


「あたし、佐々木さんの事が解ってないんだなって」
「そりゃそうよ、きょーこちゃん」
 いや、あたしは解らないとダメなんですけどね。という言葉を橘京子は飲み込んだ。
 この子をわざわざ不思議な非日常に巻き込むことはない。既に橘自身がドロップアウト組ではあるのだが、それでも無駄に巻き込むことはない。
 そのつもりはない。

 佐々木の元同級生岡本、佐々木の元信奉者橘。
 二人は佐々木と言う縁でいつしかタッグを組んでいたのが現状であり、岡本の部屋でクッキーを前にくつろいでいるのが現況であった。

「まあでもアレよ、あたしはササッキーが大事なものの為なら我慢しちゃう娘だってことくらい解るわ」
「あたしだって、佐々木さんが大事な人の為なら、我慢する事が、自分にとって幸せなんだって思えちゃう人だって事くらいは解ります」
 二人して顔を見合わせる。
 共犯者の笑みで。

「そんであたしは、そんなアホの子が心配な訳よ」
「我慢しちゃえるくらいに大事だって、そのくらい大事なら、ちゃんと向かい合いなさいって思う訳ですね」
 あっはっは、と笑いあう。

 要はシンプルな事なのだ。
 あの不器用な娘に、ちゃんと恋愛してみたらと言いたいだけなのだ。
 そんな風に、大事なものを捨ててでも大切に思える人なんて、きっと長い人生でもそうそう見つからないのだし。それに

「なーんであんなに我慢しちゃうのかしらねえ」
「そりゃ難儀な方ですから。妙に大人ぶっちゃおうとしちゃうような方ですから」

 けれどあなたは子供です。
 難儀なやりとりをするのは大人になってからでいい。子供でいられるあと少しの時間を、もっと大切にしてください、と。
 作り笑いをしなくていい人と、もっともっと笑っていてください、と。
 一足早く「組織」で作り笑ってきた橘は思ってしまうのだ。

 ただそれだけしか望んでいない人だから。
 そんな無欲な人だから。

 ……だから笑っていて欲しいと思うのだ。

「……まあ、だからって」
「うん。そうね」
 着信音を、インターフォンの音を無視する。
 扉を叩く音すらする。ああ、きっと蹴破られるのもそう遠くはないだろう。

「あの二人をちょいと閉じ込めてみたのはやりすぎでしたでしょうか?」
「うん。さすがに犯罪だわね」
 現実逃避しつつ、お茶を楽しむ岡本と橘であった。
)終わり

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最終更新:2012年09月04日 02:59
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