期末テストも終わり、後は夏休みを待つばかりとなった。今回の成績は目標とする中間テストの成績を上回って
いて、俺も佐々木も大満足である。
テストの結果を持ち帰り、母親は大喜びで、夕食を我が家で食べた佐々木に、母親はえらく感謝の言葉を述べ
ていた。
「キョン。どうだい。8月から君も僕と一緒に塾に行かないかい?」
すでに佐々木は週一回塾に行っている。8月からはそれが週二回になるのだ。
「佐々木さんの言うとおり、あんたも塾に行ったら?最近頑張ってはいるけれど、まだまだ佐々木さんと同じ
大学にはいけそうな成績じゃないでしょう。」
ちょっと待ってくれ。わが母親ながら無茶を言う。だいたい佐々木ならわが国の最高学府でも通りそうな頭脳
の持ち主だ。
「キョン。君は努力すればするほど伸びる存在だよ。中学校の時からすれば、比較にならないほど成績は伸びて
いる。頑張れば僕を追い越せるよ」
本当かね。ん、待てよ。一つ聞くが、佐々木よ、前は行く大学をもう決めているのか?
「まだ決めてはいない。これから先どんな分野に進みたいかを決めてからだね。名前と偏差値だけで選ぶつもり
はない」
確かに佐々木の言うことは正論だ。
「だけど、僕がどこの大学にいっても、君が一緒の大学に入ってくれれば心強いけどね」
夏休みまであと何日かという日の放課後のわが文芸部の部室。
今日は国木田も来ていて、文芸部部員全員勢揃いというわけなのだが、何故かその会合に涼宮率いるSOS団の
団員達も参加していた。
「すいません、僕が余計なことを言ったばかりに」
古泉が申し訳なさそうに俺に言った。
「だからさ、キョン。あんたの書いた小説とやらを、わがSOS団で映画にしてあげるから。私達も文芸部の部誌に協
力するから、貸しなさいよ。古泉君の話じゃなかなかの傑作だそうじゃない。きっと面白いものができるわよ」
涼宮がでかい声が俺の耳に響く。少しうるさいのだが。
きっかけは、古泉とSOS団の部室でボ-ドゲ-ムをしながら、他愛無い話に興じていたときのことだ。
その日、佐々木達が少し遅れてくるというので、一人で文芸部の部室に向かっていたとき、古泉に声を掛けられて
時間つぶしにゲ-ムをすることにした。
古泉はあんまりゲ-ムに強いほうではないらしく、2回やって2回とも俺が勝ったのだが、その途中お互いのクラブ活動の
話になり、俺達文芸部部員が文化祭にむけて作る文芸部部誌の話になった。
長門が作ったくじを引き、俺が推理小説、佐々木がSF,長門が恋愛小説、朝倉が詩、国木田が随筆を書くことになった。
俺はSFや推理物は好きなので、この結果には正直助かった。恋愛ものはたぶん俺には無理ではないか、と思う。
こう言うと古泉は、何故か首をかしげていたが。
書き始めると筆が進み、俺は三日で中編推理小説を書きあげた。
「興味深いですね。よろしければ、僕に見せてもらえないでしょうか」
俺は原稿用紙を古泉に渡した。
内容的には、少年探偵団風で、男女の高校生二人組とその仲間が学校で起きた事件を解決するという、まあどこにでもあり
そうな小説である。
「これはおもしろいですね。貴方にこんな才能があるとは。心理的な盲点をついたトリックが見事でしたよ」
読み終えた後、古泉は俺の小説をほめてくれた。
「お世辞抜きでいい感じですよ。ところでこの小説の主人公のモデルは貴方と佐々木さんですか?」
冷静で深い洞察力を持つ女子高生の主人公は、確かに佐々木をイメ―ジしたものだが、行動派の男子高校生は俺ではない。
シャ-ロック.ホ-ムズとワトソンのコンビをイメ-ジしたものだ。
「なるほど。そういえば、貴方と佐々木さんはこの上ないパ-トナ-コンビに見えますね」
ところで、SOS団は文化祭で何をやるんだ?
「すべては涼宮さんしだいですが、どうやら映画を撮りたいというようなことを言われていましたが」
どんな映画だ?
「さて、それも涼宮さんしだいです」
あいつの頭の中身はわかりにくいからな。古泉も苦労するだろうな。
そんなことを古泉と話していたのだが、そのあと何を考えたのか知らないが、涼宮は文芸部部室へやってきて、俺の作品を
原作に映画を撮るといいだしたのである。
本当にこいつの頭の中身はどうなっているのだろうか?
「最初は、あたしは脚本も自分で考えて傑作を撮ろうと思っていたわよ。だけど、古泉君がキョンの書いた推理小説
が面白いって言うからね。ついでに文芸部との共同作業ということにしておけば、相乗効果でSOS団と文芸部の知名度が
上がること間違いなしよ!」
、、、本当にこいつは無茶苦茶だな。俺は小さくため息をつく。
涼宮がどんな映画を撮るつもりだったか知らないが、何となく俺はその内容がとんでもないモノにであるような気が
してならなかった。そして、おそらく古泉か朝比奈さん、場合によっては幽霊部員の谷口も振り回される事態になる
ことは、想像だに難くない。
「涼宮、俺の作品を買ってくれるのは嬉しいが、とりあえずまだ古泉から話を聞いただけだろう?お前自身が読んで
判断してみてくれないか」
俺は原稿を涼宮に渡した。
ちなみに、我が文芸部の部員達は既に全員読んでくれて、(友人だからだろうが)高評価をもらった。(佐々木からは
「この主人公のモデルは僕かい?」と言われた。やっぱりみんなそう思うのかね)
涼宮はその場で原稿を読み始めた。かなり速い速度で用紙を捲って行く。本当にちゃんと読んでいるのかね。
いつの間にか涼宮の原稿をめくる手に、皆の視線が集中する。
その手が最後の一枚を捲り、その後、涼宮は俺の方へ視線を向ける。
どうだった。読んだ感想は?
「これいいじゃない!あんた、以外な才能があんのね。古泉君の言うとおりだったわ!」
以前、この部室で俺に見せた、輝くような笑顔を浮かべ、宝物を見つけた子供のようにでかい声でしゃべる。
「よし、あたしの手で、これを傑作にしてやるわよ。超監督涼宮ハルヒのデビュ-作で、文化祭投票一位を狙うわよ!」
、、、ちょっと待て。何だ、その超監督ってのは。そのおかしな肩書きからして、こいつにまともな映画が撮れるとは
思えん。俺の作品を褒めてくれたのはありがたいが、とんでもない改変を施されるような気がしてならん。
「なあ、涼宮。お前が超監督とやらをやるとしてだな、主人公は誰がやるんだ?お前か?」
「あたしは監督よ。女優までやる余裕はないわ。この主人公はみくるちゃんにやってもらうわよ」
その時点で、既に間違いだな。朝比奈さんは愛くるしいお方だが、主人公のイメ-ジとは違うぞ。
主人公の相方は、古泉か谷口か。どちらかといえば、谷口の方がかろうじて近いかもな。
「谷口?ああ、そういえばそんなのいたわね。まあ、名前だけの空気みたいなものよ」
かなりのいわれようだな、谷口。
しかし、”俺の原作とはかなり違ったものになるのは確実だな”
俺がそう考えていたとき、意外なところから解決策が提示された。
「この主人公を男の子に変えて、それを古泉君が演じて、相方を女の子にして涼宮さんが演じればいい」
発言の主は文芸部部長・長門優希だった。
長門の提案は画期的なものだった。確かに主人公の性別を入れ替え、それぞれを古泉と涼宮が演じれば、原作
の雰囲気をそこまで壊さなくて済む。
古泉は涼宮に振り回されているイメ-ジが強いが、普段は爽やかスマイルのイケメンだし、話を聞いていると、
なかなか落ち着いた思考を持っている。こいつが演じても、違和感はそれほど感じないだろう。
涼宮は、まあ、言うまでもなく活動的すぎるくらい(自分の興味がある時だけだが)活動的だ。相方を演じるに
はぴったりだ。
これを思いつくなんて、長門はすごい奴だ。
「そんな事ないよ、、、ちょっとした思いつきだから、、、」
照れた感じで謙遜しながら長門は言ったが、それを思いつくまでが大変なのだ。
「でもね、あたしは監督をやりたいのよね。何か作ってみたいという気持ちがあるのよ」
「まあ、ハルにゃん。撮影は私とみくるで行うからさ、全体の構成は任せるとして、思いっきり演じればいいよ。
監督兼主演女優なんて、めがっさかっこいいよ」
少し不満顔の涼宮を、鶴屋さんがうまく説得する。ただし、この場合、主演は古泉なのだが。
「うーん、そうね。鶴屋さんの言うとおりかもね。確かにそっちのほうがいいかも」
「そうそう。なんてったって、SOS団の団長はハルにゃんなんだからさ、団長を全面的に押し出すべきだよ」
さすが鶴屋さんだ。上手に涼宮をその気にさせて、いい方向に持って行っている。
結局、長門の案が採用され、主演・古泉、涼宮に決まり、映画の題名は「SOS探偵団」となった。
ちなみに、俺の原題は「虚影」というものだったのだが、涼宮が映画の原作にすることを承諾した時点で、あまり
口を挟まないことを決めた。
「賢明な判断だと思うよ、キョン」
佐々木もそう言ってくれたので、俺はその方針を貫くことにした。
ただし、話はこれで終わりではなかった。
俺の書いた小説には、主人公の他に犯人役や脇役が当然いるわけで、幽霊部員を加えたとしても、撮影に必要な人間
の数は足りないわけだ。
それで涼宮はどういう対応策を考えたか?
大体想像はつくと思うが、涼宮は我が文芸部部員にも出演しろと言ってきたのだ。
「ねえ、佐々木さん。あなたもこの映画の制作に協力してくれない?」
ちょっと待て、涼宮。佐々木は忙しい身の上だ。8月からは週二回に塾へ行く回数が増える。お前たちが撮る映画が
どれだけ時間がかかるかしらんが、佐々木の貴重な時間を浪費させるな。
「へえ、アンタ、よく佐々木さんのことを把握してるのね」
当たり前だ。俺にとって佐々木は大切な親友だ。佐々木の力になってやるのが俺の役目だ。
「涼宮さん。日曜日だったら撮影に協力してもいいけど」
佐々木の口から意外な言葉が出た。
おい、佐々木。自分の時間は大丈夫なのか?
「気を使ってくれてありがとう、キョン。僕にも気分転換は必要だ。涼宮さん達を手伝うのも面白いかもしれない。それに
君の作品を演じてみるのも悪くはない」
佐々木の言葉に、涼宮は大喜びだ。
「話がわかるわね、佐々木さん!キョン、あんたも見習いなさい」
余計なお世話だ。言われなくても、佐々木は俺が見習うべき存在なのだ。
「ただし、涼宮さん。キョンと遊びに出かける時間は頂戴ね。キョンと出かけるのが私にとっては一番いい息抜きだから」
「もちろんよ!デートなり何なり遠慮なくやってちょうだい。ただし不純異性交遊はダメよ。校則で禁止だし、SOS団の団員規則
でも禁止なんだから」
とんでもないことを言いやがる。だいたい校則を一番無視しそうな奴が何を言うか。それに俺達は文芸部部員であり、SOS
団員ではない。馬鹿なことを言うな。
「さあて、どうしようかしら、ね」
涼宮の言葉に、佐々木がいたずらっぽく笑いながら、これまたとんでもない発言をかました。
最終更新:2013年01月01日 20:54