今度は一年九組、すなわち涼宮と古泉のクラスへ向かった。あいつらが提案したという『お客も店員もみんなで
コスプレ喫茶』に、佐々木は招待されていたということで、これは行かねばなるまい。しかし、一体どんな店なの
だろうか?
・・・・・・何だ、あれは?
九組の教室の前に看板を持ち、大声で客を呼び込むバニーガール。間違いなく涼宮ハルヒである。
おい、涼宮。お前、なんて格好をしているんだ?
「いらっしゃい、キョン!来てくれたのね!」
お前が佐々木に声をかけてくれたからな。それにしても、何でバニーガールなんだ?
「呼び込みはこの姿が定番じゃない」
どこかのいかがわしい店なら確かにそうだろうが。スレンダーながら、発育しているところはしている涼宮のその
姿なら、先客万来だろう。
ところで、ここはどういう喫茶店なんだ?
涼宮の姿から目をそらしながら俺は尋ねる。
「名前の通りよ。横の教室にある衣装部屋に入って、自分の好きな衣装を選んで喫茶店で楽しんでもらうのよ」
そう言われてみると、八組と特別室の入口に「衣装室」の看板が立っている。八組が女性、特別室が男性の衣装室
らしい。
「面白そうだね、キョン。早速着替えてみよう」
佐々木は大乗り気のようである。
コスプレ喫茶というだけあって、どこから集めたんだ、というくらいいろんな衣装がある。制服からアニメキャラ
ものまで、よりどりみどりである。
「君がどんな衣装を選ぶか楽しみだよ」
そう言った佐々木はなにを選ぶやら。
だが、その前に‥‥‥
「おい、涼宮」
俺はいったん外に出て、涼宮を呼ぶ。
「なに、キョン」
何故か嬉しそうな笑顔を浮かべて、涼宮は俺の所へやってくる。
「お前、これを着ていろよ」
そう言って、俺は涼宮に真っ赤な衣装をかける。
「その格好のままじゃ、風邪を引くぞ。まだ、明日もあるんだから」
一番暖かそうな衣装はそれだったので、俺はサンタの衣装を選び、涼宮に着せたのである。
「あ、ありがとう、キョン」
照れていたのか、涼宮は俺の顔を見ないでお礼を言った。
「お待たせ、キョン」
衣装選びに念を入れていたのか、佐々木は俺より遅く出てきた。
お互いの衣装を見て、俺達は吹き出しそうになった。
佐々木はメイドの衣装に猫耳カチューシャをつけていたが、無茶苦茶似合っている。
俺は執事の衣装に犬耳をつけてみた。夏休み、鶴屋さんの別荘で見た新川さんを思い出し、少しひねってみたので
はあるが、二人とも頭に飾りものをして並ぶと、何となくコントっぽい。
「あれ、涼宮さん、衣装変えたの?」
「そうよ。キョンが選んでくれたの!」
ああ。涼宮が寒そうだったからな。
「キョンはあいかわらず、優しいね。君のその女性を紳士的に扱う態度は誰に教わったのか、非常に興味があるね」
俺自身はそんなに女性に優しくしているとは思わないが。古泉の方がよっぽど紳士的だと思う。
「無自覚は罪なことだよ、キョン」
「じゃあ、中に入って。たっぷりサービスするように古泉君に言っておいたから」
涼宮が俺の背中を押す。おい、そんなことをしなくてもいい。繁華街の客引きか、お前は。
「二名様、ご来店」
一年九組の教室は、様々なコスプレ衣装に身を包んだ客と店員で賑わっていた。
定番の制服から、アニメキャラ、被り物から、映画キャラまで様々だ。
その中で、ひときわ目立っていたのは、この企画を涼宮と考案した古泉だった。
おい、古泉。その宇宙貴族兼艦隊司令官風の衣装は何だ?
「これですか。実は涼宮さんが選んだのですが、『銀河英雄伝説』のラインハルト=フォン=ローエングラムだそうです」
あのSF古典名作か。しかしなんで今頃そのキャラなんだ?
「いま、宝塚でその演劇を上演しているのをTVで涼宮さんが見まして、それに決めたそうです」
それでか。しかし、その衣装、少し派手すぎるな。
「ええ。僕としましてはヤン=ウェンリーが良かったんですが。涼宮さんの選択には従いますよ」
お前も少しは断れ。あいつのためにならんぞ。
「まあまあ・・・・・・そういえば、涼宮さんからサービスするように言われていますので、どうぞ、空いている席にお座りください」
皇帝陛下に言われるのも何か妙な気分である。
「キョン、君がアニメのキャラコスプレをやるとすれば、なにをやりたい?」
う~ん、そうだな。ベタなところで、ルパン三世かな。髪型も近そうだしな。
「・・・・・・それはどうかと思うのだけど、じゃあ、僕は峯不二子のコスプレをやればいいのかな?」
いや、お前はクラリスだよ。清楚できしゃに見えて芯が強いお姫様が似合うと思うが。
「すると、君は僕の心を盗んで行く泥棒ということになるね」
そんな会話を交わしてくると、古泉皇帝陛下が飲み物を持ってきた。
・・・・・・おい、古泉これは何だ。
「当店名物のミックス果汁『スクエア』です」
商品名はともかく、このストローは何だ。ハート型で、一つの器に二本挿してある。二人で、これを飲めというのか?
「はい。あなたがたにふさわしいかと思いまして。ついでにこちらもどうぞ」
俺たちの目の前にもってこられたのは、これまたハート型の、二人分はありそうなホットケーキだった。皿は一つでナイフとフォ
ークは二つ。
「ではどうぞ、ごゆっくり」
ごゆっくりじゃねえ!
「キョン。せっかくだから頂こうじゃないか。涼宮さんたちの好意だ。ありがたく受け取っとこう」
・・・・・・しかし、佐々木よ。これを人前で飲んだり食べたりするのかよ?
「僕は一行に構わないよ。買い物に行ったときも、よく二人で分け合ったり、交換したりしているじゃないか。同じことだよ」
教室の中のざわめきが一瞬大きくなったような気がしたが、気のせいだろう。
まあ、佐々木が言うとおり、買い物のときと大して変わらないか。俺もいただくことにしよう。
「キョン、どっちがジュースを飲んでしまうか、競争してみるかい?」
結論から言えば、二人で同時に飲んで、俺の方が飲んだ量は多かったな。佐々木と顔が近づいて、ジュースを飲むのに少し
苦労したが。
ホットケーキはきっちり二等分した。二段がさねだったので、メープルシロップとバターが多くかかっている上段を佐々木が
、下段を俺が頂いた。味はかなり良かった。
「ごちそうさん」
教室を出るとき、俺は古泉に礼を言った。
「しかし、あなたも意外に度胸がありますね。どんなふうに食べるかなと思っていたんですが、堂々と二人で一緒に飲まれて
いましたね」
ああ。少しだけ恥ずかしかったが、まあ、佐々木と遊びに行く時とそれほど変わらんからな。ああいう、ジュースの飲み方は
初体験だが。お前があのストローを選んだのか?
「あれも涼宮さんのアイデアなんです」
いろいろ考えつく奴だ。
「古泉、暇になったら後でいろいろ廻ろうぜ」
そう言って、俺達は次の教室へ向かう。
古泉は爽やかスマイルで頷いたが、俺にはいつもの表情よりも少し曇っているように見えた。
最終更新:2013年03月31日 23:29