69-551『夢幻泡影』

「幸福の薬を飲みますか?」
と聞かれて、イエスと答える馬鹿は麻薬中毒患者位だろう。
夏休み、佐々木と再会してから俺達は順調に愛を育んだ。
「正気の沙汰とは思えんテーマだな。」
「この話には続きがあってね。幸福の薬を飲んだら、もう目は覚めない。しかし、夢の中で全てが叶う。こんな話だよ。」
「成る程。……夢は万能だ。」
現在の俺達が過ごすこの世界も、誰かが見る夢なのかも知れん。これはあの馬鹿のやらかす与太事か。
「胡蝶の夢とも言える。哲学なら、こうした話もあるわけだよ。」
「ふむ。」
確かにそうかも知れんが、それじゃつまらんだろう。
「人生を『借り物の身体で生きる』と仮定した人間もいるぜ。」
「伊達政宗だね。」
借り物というだけで、死生感の達観ぶりが凄いんだがな。俺には辿り着けん。
「夢物語の登場人物でもいいじゃないか。」
「確かにね。こうしている時間は、夢物語でない。」
佐々木と手を繋ぐ。暖かさと湿った手汗。
「俺が幸福の薬を飲む事は、多分無いな。」
「僕もだよ。こうした時間が夢では勿体無い。」
ただ、この手の温もりがないなら飲むかも知れん。
「手だけかい?」
「言い替えよう。お前の温もりだ。」
「くっくっ。」
影が重なる。佐々木の香りが鼻腔をくすぐり、柔らかい感触と暖かさに包まれた。
一時の夢。全ては夢幻の如く、波間の泡のように消え去る。

「泡沫夢幻だな。」
「夢幻泡影と仏語では言うよ。」

この時間も、儚く消えてしまうものだとしても。

――――8月31日。
再びループは巡る――――

END
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最終更新:2013年04月07日 03:17
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