70-28「佐々木さんのキョンな日常 白銀の二人」

 空気が一段と冷えてきたな、と感じていたら、暦は12月。初冬に入っていたのだ。
 晩秋のさみしさが過ぎ、気温は下がり出すのとは対称的に、街の中は華やいでくる。
 ビルや街路樹、あるいは公園や住宅地にも、イルミネ-ションが現れ、凍てつく闇夜の中に光の幻想を浮かばせるのだ。
 そして、☆*::*:☆MerryXmas☆:*::*☆。
 心躍る冬のファンタジーが、人々の心に魔法をかけるのだ。

 今日でバイトは終わりだった。臨時にいれたバイトだったが、実入りはよく、目標を大分上回ることができた。
 「いや~、今時珍しいくらいよく働いてくれた。君のおかげで随分はかどったよ。もし、その気があるなら続けて欲し
い位くらいだ」
 そんなお褒めの言葉をいただきながら、俺はバイト代を手渡され、お礼を言うと、その足ですぐにある店に向かった。

 「いらっしゃいませ」
 若い女性店員がにこやかに出迎える。あれはあるだろうか。
 ”あった!”
 中河に頼まれて朝倉を紹介した日に、佐々木といろいろ服を見て回った時に見つけた白いポンチョ。帽子付きでとても
暖かそうで、試しに佐々木に着せてみると、すごく似合っていた。まるで雪の妖精のようだった。
 ただ、その時は持ち合わせもそんなになく、値段も高くてとても手が出なかった。
 今の俺には充分な資金がある。しかも嬉しいことに売り出し期間中で、値段が下がっていて、思ったよりはるかに安く
手に入れることができた。
 「彼女さんへのプレゼントですか?」
 ラッピングを頼んだとき、店員にそう尋ねられたとき、俺は「はい」と思わず答えていた。

 思ったより安く手に入れることができたので、文芸部の仲間たちにもちょっとした物を買うことにした。
 廃部寸前の部を復活させるために佐々木と入部し、長門や朝倉、国木田とともに文芸部誌(そういえば、SOS団にも手伝
ってもらったな。あいつらにも感謝だ)を作り学園祭で発行したこと。それに伴い、いろいろなことがあった。
 入学してあっという間に月日は過ぎ、気がつけば新しい年がやってくる。

 そして、その間にはいつも佐々木がそばにいてくれた。

 ”彼女さんへのプレゼントですか?”
 そばにいてくれる、俺にとってかけがいのない、大切な存在。
 いろいろな気持ちを込めて、このプレゼントを渡そう。
 そんなことを考えながら、俺は街中を歩いていた。

 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------

 「SOS団との合同クリスマス?」
 「ああ。涼宮さんがこの話を持ち込んできたんだ。発端は鶴屋さんと国木田君らしいが」
 成程、あの二人か。しかし、鶴屋さんは賑やかなことが好きらしい。夏休みの旅行と言い、よく俺たちに声をかけてくれる。
 だが、まあ、余計な世話ではあるが、どうせなら国木田と二人で過ごせばいいのでは、と思ったりもするのだが(口には
出さないが、鶴屋さんは相当国木田を気に入っているのはわかる)。
 「それと、どうやら今回は谷口君と彼の彼女である周防さん、それと中河君にも声をかけているそうだよ」
 谷口が参加するかはともかく、相変わらず太っ腹な人だ。中河は朝倉絡みか。多分来るだろうな。

 「ああ、それから古泉君の友人の橘さんも招待するとか言っていたよ」


 しかし橘を呼ぶとはな。佐々木も鶴屋さんも、橘が古泉の婚約者だとは知らない。それを知っているのは、俺と長門だけだ。
  ただ、佐々木は橘が古泉のただの友人でないことは感づいている。そして、古泉が涼宮に想いを寄せていることは、涼宮
以外は知っている。
 「会場は鶴屋さんのお屋敷か?」
 「いや、会場は鶴屋さんの会社のホテル『ジュラブリーク』だそうだ。当日、鶴屋企業グル-プの忘年会があって、貸切状態
になるそうなんだが、鶴屋さんの厚意で、一会場をSOS団と文芸部の合同クリスマス会にタダで貸し出してくれるそうだよ。し
料理付きの持ち込みありだそうだ」
 そいつは楽しくなりそうだな。鶴屋さんには本当に感謝である。

 ただ、橘が来ることにはやはり一抹の不安を感じざるを得ない。
 しかし、学園祭の時に、橘が見せた態度は大人の対応だった。俺は気を回しすぎなのかもしれない。
 この前、古泉は答えは必ず出すといった。その言葉は誠実なものだった。
 それならば、俺はあの二人を信じればいいだけじゃないのか?何も心配することもあるまい。

 -----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
 それからあっという間に日にちは過ぎて、冬休みに入り、文芸部とSOS団との合同クリスマスの日を迎えた。
 3時に、鶴屋さんのお屋敷に集合する約束をしているが、その前に佐々木と二人で出かけることにした。もちろんクリスマスプレゼン
トを渡すためだ。
 11時に佐々木がうちに来る約束だったが、それよりも少し早く佐々木はやって来た。
 「少し早いとは思ったのだが、心が落ち着かなくてね。こんな気分になるのは久しぶりだよ」
 俺もだ。今日は楽しみだな。

 家を出るとき、妹が付いて来たがっていたが、お前はミヨキチと遊びに行く予定だったろうが。
 ただ、俺と佐々木から、妹にはクリスマスプレゼントを渡し、ケ-キも買ってやっていたので、一応はおとなしくなった。
 まあ、いつか機会があったなら、妹を連れて行ってやってもいいかな。

 街中は人の熱気に溢れていた。
 クリスマスソングが流れ、買い物する人で店は混み合っている。
 華やいだ街を見るのは好きだ。心躍る冬のファンタジーに、俺もとらわれるのだ。
 一軒のイタリアレストランに入る。夜にたくさん食べる予定だから、今は軽めに行こうという佐々木の提案に従い、パスタセットを
頼んだ。
 俺達が座った席は、窓側の席で、外の通りを歩く人の波がよく見える。
 「今年一年、いろいろあったね・・・・・・」
 外の景色を眺めながら、佐々木がそう呟く。
 「キョン。去年の今頃は、受験の最後の追い込みに入っていて、どんな未来が待ち受けているのか、期待と不安が会った。心理的には
あまり余裕も無くなりつつあったけど・・・・・・今、こうして君と二人でここに居ると随分昔のことのように感じるけど、わずか一年前なんだ
よね」
 確かにな。一年経つのは早い。北高に入学してからはさらに早くなったような気がする。
 「僕もそう思うよ。でも、今更なんだけど、僕は北高に来てよかったよ。君とこうして過ごせるのはとても充実した時間だよ」
 それは俺も同じだ。お前が北高に来てくれたおかげで俺は変われたし、楽しい学生生活を送れているのだから。

 「そうだ、佐々木。そのお前に感謝を込めて、少し早いかもしれんが、プレゼントを渡すよ。ほかの連中が一緒のところだと、どうもうる
さい気がするんでな」
 そう言って、俺はラッピングされたあのプレゼントを佐々木に渡した。
 「ありがとう、キョン、いつもいつも・・・・・・」
 受け取ったプレゼントをギュっと佐々木は胸にだく。
 「キョン、中身を見ていいかい?本来なら家に帰って開けるべきなんだが、今の僕は見たくてしょうがないんだ」
 構わないさ。お前のものなんだから。
 それでも佐々木は丁寧に包装を外し、中身を取り出す。
 「キョン、これ・・・・・・」
 佐々木の表情にあの輝くような笑顔が浮かぶ。
 「高かっただろうに・・・・・・キョン、無理したんじゃないよね?」
 少し臨時のバイトはしたが、それ自体はあの時に比べ、値段は下がっていたしな。気に入ってくれたかな?
 「もちろんだよ。早速今日のパーテイに着させてもらうよ」
 そういう佐々木の顔は子供のように無邪気で、眩しいほど綺麗な笑顔だった。


それから一旦家に戻り、クリスマス会用の荷物をまとめ、鶴屋さんのお屋敷に行くことにした。
 すでに文芸部、SOS団のみんなは揃っていたが、その中に古泉の姿はなかった。
 「古泉君は後で橘さんと来る、と連絡があったさ」
 その代わりではなかろうが、谷口と周防、そして中河の姿があった。
 「お前がくるとはな」
 谷口に声をかけると、「俺は周防と二人で過ごしたかったんだが、周防が参加してみたいと言ったんでな」
とこぼした。
 「まあまあ、谷口。みんなで楽しめばいいじゃない」
 国木田が慰めたが、しかし谷口のやつ、よほど周防に惚れているようだ。

 クリスマス会と言っても、文芸部とSOS団だけだから、そこまで気を張る必要はないだろうと考えていたのだが、
どうやらそれは間違いで、「みんな、バシッと着飾っていくよ、気合入れるっさ!」という鶴屋さんの一言で、全員
いわゆるドレスコードではないにせよ、男も女も着飾っていくことになった。
 着るものはすべて鶴屋さんのお家が貸してくれることになった。しかもスタイリスト付きときた。
 「なあ、キョン。お前と朝倉さん達はいつもこんなことをしているのか?」
 スタイリストに指導を受けながら、すこし戸惑い気味の中河が聞いてくる。
 「キョン達は、いつでもではないよ。ただ、朝比奈先輩は鶴屋さんの着せ替え人形と化しているね。僕も一緒に出か
けるときは鶴屋さんが選んでくれるけど」
 さらっと国木田が答えたが、お前、それはかなり羨ましい状況じゃないのか?

 「ほんじゃ、ご対面~」
 明るいノリの鶴屋さんの声がして、着替えに使っていた部屋をでると、そこには着替えてメイクまで完璧に決めた女性
陣の姿があった。
 「どうよ、男性諸君、美人過ぎて声もでるまい」
 いや、鶴屋さんの言うとおりである。
 もともと美人ぞろいなのだが、それが完璧に決めると、美人度はさらにアップする。
 普段地味な印象のある長門ですら、抑えた感じは残っているものの、華やいで見える。
 「いい感じでしょう、キョン」
 涼宮が誇らしげに言う。元々超美人の部類に(おとなしくしていれば)入る涼宮だ。メイクもしてある上、大人っぽい
衣装で着飾れば、イチコロになる男は数知れずだ。
 「よく似合っているな、涼宮」
 褒められて嬉しかったのか、涼宮は腰に手を当て胸を張った。


「僕はどうだい、キョン」
 佐々木は俺が選んだ白いポンチョを活かしながらも、さらに大人びて人目を引くコーディネートで、まさに雪の妖精である。
 「佐々っちのは自分で持ってきたのが良かったんで、それをそのまま生かしたっさ。そのケ-プポンチョはまさに今の時期に
ぴったりなもんだわ。センスがいいね!」

 「これはクリスマスのプレゼントに、キョンが私に選んで買ってくれたものなんです」

 佐々木の言葉に、何故か一瞬、その場に沈黙が降りる。

 「・・・・・・キョンよ、やはりお前は、なんと言おうと佐々木のことを一番よくわかっているのだな」
 中河、何だ、そのすべて承知です、みたいな言い方は。

 「へえ~、キョン、もう佐々木さんにプレゼントをあげたわけ?少し早いんじゃないの」
 何故か涼宮の口がペリカン口である。
 「早くもないさ。今日はクリスマスイブだろう?多分今日は忙しいと思ったから、先に渡したのさ」
 それにその服を着て歩く佐々木の姿を見てみたい気持ちもあったからな。
 「それと、みんなにも大したもんじゃないが、プレゼントを買ってきた。受け取ってくれるか?」
 「え、あたしにもあるの?」
 涼宮の表情がパッと明るい表情になる。
 「もちろん。お前だけじゃなく、SOS団にも文芸部の皆にもあるよ。後でバスの中で渡すよ」

 「キョン、お前、本当に気がきくな。俺なんか周防の分しか買わなかったぜ」
 谷口がそう囁く。
 いいんじゃないか。お前は幽霊部員なんだし。周防を大事にしろよ。あんな美人がお前と付き合うことなんて、この先ないと
思うからな。

 とりあえず準備が出来、俺達は鶴屋家が用意してくれたマイクロバスに乗り込む。
 「皆さん、お元気でしたか?」
 運転手は、あの夏休みの合同旅行でも俺たちを乗せてくれた新川さんだった。
 今日の新川さんの格好は、なんと燕尾服である。
 「私も参加させていただきますので」
 渋いロマンスグレ―の運転手はこれまた大人の渋い笑顔を見せた。


 文芸部とSOS団の部員、団員へのプレゼントと言っても、そこまで大したのではない。ただ、皆喜んで
くれたのはよかった。
 ちなみになにをプレゼントしたかを いえば、国木田&鶴屋さんを始めとするカップル組にはペアのマ
グカップを、朝比奈さんにはエプロン、涼宮には手袋、そして長門には帽子をプレゼントした。

 俺たちを載せたマイクロバスは、賑わう街中を走り、やがて一軒の大きなホテルへついた。
 ホテル「ジュラ―ブリク」(ロシア語で鶴を意味するらしい)は、格式ある大型高層ホテルで、鶴屋
グル-プが持つホテルのなかでも、1,2位を争う規模だそうだ。
 ホテルの入口に衛兵すがたのドアボ-イが立っているのも、高級車が続々と入ってくるのも、このホテ
ルの格の高さが伺える。
 ”本当に俺達が来てよかったのかな”
 そんなことを考えていると、見覚えのある、赤いスバルBRZが入ってきた。

 中から降りてきたのは、K大学で見かけた時よりもさらに決まっている古泉、そして大人っぽい橘。
 橘をエスコートするように古泉が手を取り、入口へ向かう。
 「古泉」
 声をかけると、いつもの爽やかスマイルでこちらへ顔を向ける。
 「皆さんお揃いで。それにしても艶やかですね。男性陣も決めていますね」
 お前にはかなわないがね。それにしても、お前の連れもバッチリじゃないか。うちの女性陣と全く遜色
ないぞ。
 「褒めてくれてありがとうございます。一樹さんのパートナーとしてきていますので、恥ずかしくない
格好をしないと」
 ”一樹さん”ときたか。どうやら、この場には婚約者としての立場で来たらしいな。

 「古泉君も決めているわね。あれ、アンタは学園祭の時の、古泉君の友達の・・・・・・」
 「ええ。お久しぶりです、涼宮さん。一樹さんの友人の橘京子です」
 にこやかに、誇らしげに笑顔を浮かべて橘は名乗りを上げ、さりげなく、しかしあきらかに見せつけるよ
うに古泉の腕に自らの腕ををからめる。
 それは涼宮にだけではなく、俺たち全員に橘と古泉の関係を印象づけるような行動だった。

 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------

 合同クリスマスが始まる前に、鶴屋さんと国木田は、鶴屋グル-プの忘年会に顔を出すことになっていた。
 「一族のひとりとして顔を出さなければいかんのだわ」
 鶴屋さんも大変である。が、なぜ国木田が一緒なのか?
 「国木田くんは付き添いだね。お姉さんをエスコートしてくれよ」
 鶴屋さんにも学校内には男女問わず、ファンが多いのだが、そいつらから見れば、国木田は羨ましい限りだろう。
 その忘年会は、鶴屋グル-プと深い関わりがある会社のお偉方とかも出席するらしい。
 「僕も出ますよ」
 そういったのは、古泉である。どうやら、古泉の父親の代理で出るようだ。合同クリスマスだけで来たわけではなかっ
たようだ。言うまでもなく、橘も一緒に出るわけだ。
 「キョン君も佐々っちと一緒に来てみてはどうだい?大人の世界、見てみるのもいいかもよ」
 そう言われて、少し考えたのだが、佐々木が「面白そうだ」と言ったので、結局二人で行くことにした。

 「さっさっと切り上げて来なさいよ。皆合同クリスマス会楽しみできたんだから」
 いささか無礼な発言の主は、言うまでもなく涼宮ハルヒ。
 会場をタダで貸してもらって、おまけに料理まで出してもらっているんだ。少しぐらい待ってろ。鶴屋さんにも立場と
いうものがあるんだから、そこは尊重しろ。
 俺がそうたしなめると、「まあ、キョンの言うとおりね。でも、なるべく早く来なさいよ。全員揃ってからクリスマス
会を始めると決めているんだから」と言って、あっさりおとなしくなった。

 「案外君の言うことは涼宮さんは聞くんだね」
 佐々木はそう言って笑っていたが、、単なる気まぐれだろう。涼宮に振り回されている古泉を見ているとそう思うのだが。

 忘年会会場に行く途中、佐々木は、橘が古泉にしたみたいに、俺の腕に自分の腕を絡ませた。
 「僕も君にしっかりエスコートしてもらうよ、キョン」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年04月07日 03:41
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。