鶴屋グループの忘年会は、このホテル最大の第一ホールを使用しているのだが、それでも入りきれないほどの人
がいた。
「取引とかの付き合いがいかに多いかだね」
佐々木が感心したようにつぶやいたが、それには俺も同意する。将来、鶴屋さんはこの鶴屋グループの当主になる
かもしれないのだ。
その時に、その横にいるのが国木田なのかどうかわからないが、今二人で並ぶ姿を見てると、そんな未来を想像さ
せられる。
それにしても、周囲が大人ばかりで、その中に高校生の俺達が居るのは、正直違和感はある。いくら大人ぶっても
、まだ大人と俺たちでは、大きな壁が存在するのだ。
いつかはこういうところに自然に溶け込める様になるのだろう。その時が来るまでは、俺達はさまざまな経験を積み
、学んで行かなければならないのだ。いつまでもガキのままではいられないし、いるべきではないのだから。
”ん?あれは……”
たくさんの招待客の中に、俺は良く見知った顔を見つけた。
”あれは佐々木の母親じゃないか”
佐々木と良く似た清楚な感じのする、美人の母親は、いかにも大人の雰囲気を漂わせていて、キャリアウーマンとい
う言葉がピッタリ似合う素敵な女性だ。佐々木が大人になれば、こういう風になるのだろうと想像させられる。
その母親の隣には、紳士という言葉が良く似合いそうな男性がいて何か言葉を交わしている。おそらく会社の同僚と
観た。
「おい、佐々木」
俺が声を掛け、そちらの方を指差して佐々木も気付いたようだ。
「母親の会社も鶴屋さんの所と会社と取引していたとはね。世間は意外なところで繋がっているんだね。そういえば、
今日は会社関係の会合があるとは話していたけど」
どうする、声を掛けるか?
「いや、いいよ。どうも外で会うのは、ましてやこんなところで顔を会わせるのも気恥かしいのでね」
まあ、佐々木の気持ちは良く分かる。俺も同じ状況だったら、親とは顔を合わせたくはないものだ。
とりあえず、俺達は乾杯が終わってから、この場を去ることに決めた。
後から思えば、この時の事は、俺と佐々木の関係の一つの分岐点に繋がっていたのだが、俺も佐々木もこの時は、全く
そんなことには気付いていなかった。
「遅いわね、まだ終わらないのかしら」
あたしは少し退屈だった。
鶴屋さんのホテルの小ホールに、SOS団の団員と文芸部の部員達とその連れ。
すでに準備は整っている。後はキョンや古泉君、鶴屋さん達が来るのを待つばかりだ。
「ねえねえ、長門さん、キョン君は何をプレゼントしてくれたの?」
朝倉が優希に尋ねている。
キョンが朝倉達カップル組にプレゼントしたのはペアのマグカップ。全員別々でデザインもいいものだった。
あたしには手袋、みくるちゃんにはエプロン。あたしの手袋は布地の肌触りが良くて、両手を寒さから守ってくれる
機能性とデザインを両立させたものだった。
キョンの、皆に対する思いやりが感じられる。その事があたしには素直にうれしかった。
この室内に飾られたクリスマスツリーを見ると、学園祭の事を思い出す。クラスの出し物の宣伝をしていたあたしに、
風邪をひくぞ、と言って、サンタの衣装を着せてくれたこと。
キョンにとっては、何気ないことなんだろうけど、あたしには大切な思い出。
キョンがくれた手袋のように、あたしの心を温かさで包み込んでいた。
キョン君――彼は皆の分のクリスマスプレゼントを用意してくれていた。
「長門さん、その中身気になるわね。開けて見てみようよ」
朝倉さん達へのプレゼントは、ペアのマグカップだった。くまもんとかいうキャラが描かれたカップは、おそらく中河
君をイメージして買ってきたのだろう。
涼宮さんに彼が買ってきたのは手袋だった。私には何を買ってくれたのだろうか?
本当は家に帰ってから開けようかと思っていたけど、私も観て見たいと思い、プレゼントを開けてみることにした。
「え、それ、いいじゃないの!うらやましい~」
彼が私にプレゼントしてくれたものは、おしゃれなベレー帽子。水色と紫を基調とした明るい色のウール使用の、暖かい
帽子。左側に子猫の刺繍があるのがアクセントになっている。
「キョン君は長門さんの事を気にかけているよね。明らかに私達とは扱いが違うような気がする」
朝倉さんは少し膨れ面だ。
その言葉が当たっているかどうかはわからないけど、もしそうだとしたら本当に嬉しい。
佐々木さんみたいに、彼の”特別”にはなれないけど、彼が気にかけてくれる存在であるだけで、私は満足だ。
「あ、朝倉さん。実は自分から朝倉さんにプレゼントがありまして……後ほどお渡ししますが、受け取っていただけま
すか?」
突然中河君に言われて、朝倉さんはキョトンとしたような顔をして、それから顔が真っ赤になった。
その様子がおかしくて、思わず私は口元を押さえて笑っていた。
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挨拶もおわり、全員が合同クリスマス会の会場である小ホールに勢ぞろいする。
料理や飲み物、デザートが運ばれており、すでに準備万端だ。
「そんじゃ、皆の衆、SOS団と文芸部、その仲間達の友情と絆に乾杯するにょろ。そしてメリークリスマス!!」
鶴屋さんの音頭で、飲み物が入ったグラスが高々と上げられ乾杯して、グラスを合わせる。
クラッカーの音が響き、楽しいパーティの幕開けである。
さすがは一流ホテルの料理は一味違う。どれもこれも美味しい。どうやったらこんな料理が作れるんだ?
涼宮がガツガツとむさぼる様に食っている。少しゆっくり食えよ。料理はいっぱいあるんだから。
しかし、育ちの違いと言うか、喰い方にそれぞれの特徴と言うのが見えるな。
「どれも美味しいね。本当に鶴屋さんには感謝してもしきれないくらいだ」
後で、全員で鶴屋さんにお礼を言わなければならないな。あの人のおかげで、こんな楽しい時間を過ごせるのだから。
「それだけではないよ、キョン。キミにも感謝だ。キミが皆に気遣ってくれるから、僕らは楽しく過ごせるんだ」
そうかな。俺はそんな大したことはしていないんだが。
「謙遜しなくていいよ、キョン。それにね、僕は君とこんな素敵な時間を共に過ごせることが、楽しくてしかたないんだ」
佐々木が俺の眼をまっすぐ見ながらそう言った。
「キョン、僕にとって何よりも大事なものは、君と共に過ごす時間だよ。それこそが僕に君が与えてくれる最高のプレゼント
なんだ」
何気ない日常の中にある幸せな時間。共に過ごす暖かな時間。かけがえのない、どんなイルミネーションよりも輝いている心の
宝石。大切な人を思う心。
「キョン。僕は……私は……」
「何あんた達二人で世界をつくっているのよ!!」
良い雰囲気を破壊神の如くぶち壊してくれたのは、涼宮ハルヒだった。
何か顔が赤いが、うん?息もアル……まさか、こいつ!
「おい、涼宮、お前、何飲んだんだ!」
床に転がっているワイン瓶、シャンパンにいわゆるアルコール飲料の数々。
「誰が持ち込んだんだ!」
「のりょ~ん。私なんだな、これが!」
陽気な鶴屋さんが更に陽気で悪乗りしすぎている。
気がつくと、室内はカオスと化しており、まともなのは俺と佐々木、長門に古泉だけだった。谷口の馬鹿は既に潰れている。
「これはまずい。古泉、とりあえずこれ以上アルコール類を飲ませるな。片付けるぞ」
「確かにあなたのいうとおりですね。早速……うわっ!?」
「逃しませんよ、一樹さん」
表情が朱色に染まっている橘が、古泉の頭を掴み、自分の顔を近づける。こいつも相当入っているようだ。
「貴方を涼宮さんなんかに渡しませんからね」
そう言って、橘は皆の眼の前で、古泉とキスをした。
……もはや無茶苦茶である。この状態はその後、一時間程続いた。
「ちょっとやりすぎたかね」
鶴屋さんが笑いながらそう言ったが、少しどころか大分ハメを外した気がする。
古泉は橘のキス攻撃にお手上げ、国木田、谷口、中河は撃沈、朝比奈さんに朝倉も同様、涼宮はワイン瓶抱えて
眠り込んでいる。かろうじて俺と佐々木と長門がまともだった。
それと意外だったのが周防で、相当酒に強いのか、ケロッとした表情でいて谷口を介抱していた。
「とりあえず、酔い潰れているのは我が家に運ぶとするかね。泊まってもらうことにするよ。キョン君達も泊ま
るかい?」
いや、俺達は帰りますよ。そこまで世話になるのも申し訳ないですし。
「僕も戻ります。森さんに怒られそうですが」
橘は古泉にもたれ掛かって眠っている。
「わかった。んじゃ、新川さん達に手伝ってもらって、ここを出るとしようかね。あ、バスは裏口に回してもらっ
たがいいね」
マイクロバスの横を、赤いスバルBRZが走り抜けていく。
古泉は橘を背負ってBRZまで運んでいたが、その様子は妹をいたわる兄のようにも見えた。
宴の後で、バス内は静かだった。酔っ払い共を運ぶのは苦労したが、新川さんやホテルのスタッフが手伝ってくれた
ので、どうにかできた。
なお、谷口は周防がタクシーを呼んで、一緒に乗って帰った。
「果てさて、真っ直ぐ帰ったのかね?」
鶴屋さんがしれっとそんなことを言っていたが。
俺と佐々木、長門と朝倉は長門たちのマンションの前で降ろしてもらった。朝倉がある程度回復して、歩ける程度には
なったのでそうしたのだ。
「それじゃ、キョン君。おねーさんは今日はとても楽しかったよ。みんなに感謝するっさ」
いえいえ、お礼を言うのはこちらの方です。散々世話になり、大分迷惑をかけてしまって。
「気にしなくていいよ。私はね、キョン君。SOS団と文芸部のみんなには感謝しているんだわ。こんな楽しい学生生活
を送れることにね。今だけの、仲間と共に過ごす時間は、何物にも変えられない大切な宝物なんだよ」
笑顔の中にある真剣な言葉。鶴屋家次期当主としての自覚を、あのグル-プのパーティで鶴屋さんは感じたのかもしれない。
いつか人は大人になる。他人や世の中に頼る存在から、世の中や他人を支える存在へと人は成長するのだ。
「それじゃ、みんなお疲れさん。そしてもう一度、☆*::*:☆MerryXmas☆:*::*☆!」
「キョン君、今日はありがとう。こんないいプレゼントまでもらって」
「私たちも皆の分を用意していたんだけど、あのバカ騒ぎで渡せなかったから、また今度ね」
朝倉は少し寝ぼけた感じでそう言った。
「でも、朝倉さん、ちゃんと中河君から何かもらっていたよね」
「え、み、見てたの?」
中河め、酔っ払っていても、大事なことはしっかり忘れてはいなかったようだ。
「それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、お休み」
俺と佐々木は佐々木の自宅へ向けて歩き出す。
「キョン、見てごらんよ」
いつの間にか雪がちらつき始めていた。
「ホワイト・クリスマスになるのかな」
だとすればロマンチックだ。
歩く人々の口から、歓声が上がっている。
佐々木が雪に手を伸ばす。白い雪の妖精の様に。
「そういえば、キョン。僕も君にプレゼントするものがあったんだ。あの騒ぎのなかじゃとても渡せなかったから、今渡す
よ。受け取ってくれ。キョン」
佐々木はそう言って、バックの中から紙袋を取り出す。
「開けていいか」
「どうぞ、遠慮なく」
開けてみると、中に入っていたのは、とても暖かそうな、白いマフラーだった。
「本当は手編みをあげたかったんだけど、そんな技術は持っていないんで」
これで十分すぎるくらいだよ。ありがとう、佐々木。
「そうだ、キョン。今、君の首にそれを巻いて見たいのだが、ちょっといいかな?」
お願いしますよ。
俺は身をかがめる。
「もう一つ、プレゼントがあるんだ」
マフラーを俺の首に巻きつけながら佐々木はそう囁いた。そして――
俺の唇に佐々木に唇が重なっていた。
柔らかい唇の感触が残っていた。
「キョン。僕の心を、君を大切に思い、異性として好きだという僕の心を受け取って欲しい」
口調はいつものとおり。でも、顔は朱色に染まっている。身体が少し震えている。
佐々木が勇気を振り絞って、俺に気持ちを伝えてくれた。
俺は佐々木をそっと抱きしめる。今度は俺から佐々木にキスをする。
「ありがとう、佐々木。受け取らせてもらうよ、お前の気持ち」
佐々木が俺の体を抱きしめ返す。
雪が少し強く降ってきて、世界が白銀の色に染まっていく。
その中で、俺達はお互いのぬくもりを感じていた。
最終更新:2013年04月07日 03:44