新しい年も開けて、それからあっという間に冬休みも過ぎて、新学期が始まった。
最初のテストで、ついに俺は佐々木と並んで校内一位の成績になった。
「すごいな、キョンは。どんどん伸びているじゃないか。塾の成績もよくなっているしね」
今回は三位だった国木田に褒められ、俺はまんざらでもない気分になる。まあ、佐々木が一緒に勉強してくれるおかげだが。
「そうでもないよ、キョン。最近の君は僕の教え方じゃなくて自分の力で伸びているからね。実力が飛躍的に向上しているのさ」
今回のテストで意外だったのは、谷口が成績を伸ばしたことだ。底辺から真ん中より少し下ぐらいに上がってきたのである。
「周防に最近教えてもらっているんだ」
へえ、周防がね。いい彼女を持ったじゃないか。
「まあ、あんまり俺もだらしないといかんと思い出してな。少しは頑張ることにしたんだ」
そう言って、谷口は胸を張った。
成人の日に連休を利用して、俺と佐々木は泊りがけの旅行に行くことにしていた。
とはいっても、二人で行くのではなく、国木田と鶴屋さんが行くので、ついでに誘われたのだ。
「スキ-を楽しむっさ!」
例の如く鶴屋さんの会社が経営するホテルの近くに、スキ-場と温泉があるところがあって、そこに遊びに行くはずだったわけである。
ところが、佐々木が、母親が何か話があるということで、その日食事に出かけなければならなくなってしまい、とても間に合いそうに
ないということで、この話はおじゃんになった。
「しょうがない。ここは代わりを連れて行くことにしようかね」
そう言って、鶴屋さんはとんでもない提案をしてきた。
その提案とは、佐々木の代わりに、文芸部とSOS団からくじ引きで代わりを選んで連れて行くというものだった。
「早いもん勝ちっさ、ね」
誰も来ないだろうと思っていたら、涼宮と長門、朝比奈さんがくじを引くと言い出した。
「ふたりを邪魔しちゃ悪いかな、と思っていたんですけどキョン君が行くなら邪魔になりませんしね」
朝比奈さんがこっそり俺に囁いた。成程、朝比奈さんは国木田と鶴屋さんの関係に気を使っていたわけだ。
鶴屋さんお手製の籤引きが三人の前に置かれ、一二の三で一斉に引かれる。
「大当たりは誰~だ」
当りを引いたのは長門だった。
「そんじゃ、長門っちに決定!」
鶴屋さんは軽く言っているが、長門よ、いいのか?
「うん。どうせ、何も予定なかったから」
少しはにかんだような表情で長門はそう言った。
「長門っち、なんももって来なくていいからね。着替えぐらいでいいから、後は身軽でおいで」
この結果に、涼宮は不満顔だった。まあ、SOS団の団員たる鶴屋さんの企画なのに、選ばれたのがSOS団の団員じゃなく、文芸部員じ
ゃな。涼宮の気持ちもわからんでもない。
「涼宮、お土産を買ってきてやるから、それで勘弁してくれ」
俺の言葉に、いくらか涼宮は気分を和らげたようで、「必ずよ、忘れたら死刑だからね!」とほざいた。
「僕にも頼むよ、キョン」
もちろんだ、佐々木。お前に買い忘れることは、絶対にあり得ないからな。
「キョン。今回は残念だけど、近いうちに二人だけで旅行しよう」
皆が帰った後で、佐々木が俺に耳打ちした。
白銀の世界と硫黄の香りと湯気の三点セットの冬の温泉地は、スキーやスノボを楽しむ観光客で大賑わいだった。
俺と長門、国木田と鶴屋さんは、スキー場のゲレンテの上で、大いに楽しんだ。
「長門っち、上手いね」
「何度かやったことがあるので」
成程、それでか。手馴れているように見えたのは気のせいじゃなかったわけだ。
国木田は初めてだったが、鶴屋さんの指導のおかげで、1時間もするとコツを掴んで滑れるようになった。
俺も昔滑った事が有り、身体が覚えていたため、短時間の内に感を取り戻し、滑れるようになった。
「楽しいね」
笑顔で楽しむ長門や国木田の顔を見ながら、俺はいつか佐々木と来てみようと思っていた。
夕食前に、冷えた体を温めるために俺達は温泉に入ることにした。
少し熱めの温泉が体を温め、疲れをとっていく。
「キョン、楽しかったかい」
国木田の言葉に俺は頷く。
「佐々木さんが来れなかったのは残念だったね」
仕方がないさ。母親の用事があるんだから。それに長門やお前たちが一緒だから、多いに楽しんだよ。それに
しても、俺達が付いてきても良かったのかよ。朝比奈さんがおじゃましちゃ悪いかな、なんて言っていたから。
湯気のせいだけで国木田の顔が赤くなっていたわけではないことを断言しておく。
「実を言うとね、キョン。皆にはまだ黙ってて欲しいんだけど・・・・・・僕等、付き合い始めたんだ」
・・・・・・いつの間にか先の段階に進んでいたんだな、国木田。つーか、いつからだよ。
「クリスマスの日。これは絶対に他の人には言わないで。合同クリスマスの日、僕等、涼宮さんと鶴屋さんに
お酒飲まされたじゃない。で、鶴屋さんの家に泊まったんだけど、酔いが何とか覚めて鶴屋さんにお礼を言いに
行った時、『クリスマスプレゼントをあげるね』とか言われて、その・・・・・・鶴屋さんにキスされてね、『お姉さん
の心、受け取ってくれるかい、国木田君』とか言われて・・・・・・」
何となく、俺と佐々木の状況と似ているような・・・・・・
「僕も鶴屋さんのことが好きだったし、でも、もう少し自分がしっかりした人間になってから告白しようと考え
ていたから、正直少し迷ったんだけど、嬉しかったから『はい』て返事したんだ。それからさ。付き合うようになっ
たのは」
成程な。しかし、それだったら、隠す必要はないんじゃないか?
「僕の希望なんだよ。鶴屋さんのそばにいて恥ずかしくないような人間にならなきゃいけない、と思っているから
ね。自分が納得できるまでは、まだ公表するつもりはないよ」
男らしいな、国木田。
「キョンだって、そういう考えだったんだろう。今のキョンは、佐々木さんの横にいるのがふさわしい存在になった
と僕は思うよ」
褒めてくれてありがとうよ、国木田。それとおめでとう。よかったな。お前の言うように皆にはまだ黙っておくさ。
「ありがとう、キョン」
二日間をかけて、冬山を思う存分楽しんだ俺達は、次の日、仲間たちへのお土産を手に登校してきた。
とりあえず、土産物を各部室へ放り込み、俺は教室へ急ぐ。今日は国木田の家に寄ったので、佐々木は先に来ていた。
「おはよう、佐々木」
「おはよう、キョン」
”?”
笑顔で挨拶を返してくれた佐々木だが、何故かいつもと表情が違う。どことなく元気がない。
「佐々木、どこか具合が悪いのか?」
「え、そんな風に見えるかい?」
「ああ。少し元気がないように見えるが」
ちょうどその時、担任の岡部が入ってきたので、そこで会話は中断になった。
HRが終わったあと、佐々木が小さな声で俺に囁いた。
「キョン、今日の放課後、話があるんだ。二人だけで話したいことが」
昼休み、俺は長門の教室に行った。
「長門、すまないが、今日の部活には顔を出せそうにない。悪いけど、朝倉と2人で作業を進めてもらってていいか?」
今、文芸部は図書委員会と共同で、蔵書の貸し出し増を図ろうと、いくつかのイベントを計画していた。大したもので
はないが、「文芸部が選ぶお勧めの百冊」企画はかなり好評で、今度は俺達はそれぞれのジャンルにおけるお勧め本の選定
に取り掛かっていた。
「わかった。今日は図書委員会側も人手を出せるとか言っていたから、2人で大丈夫だと思う」
「すまない。この埋め合わせは必ずするから」
そう言って、俺は長門に頭を下げた。
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彼――キョン君の表情がいつもとは違っていた。少し不安げな様子だった。
”何かあったのかな”
私も少し心配になる。彼の幸せそうな顔が一番好きだから、あんな表情は見たくはない。
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2人で入ったその喫茶店は、店の奥が個室になっていて、そこに入れば、外部からは姿は見えない。
そこで話したいと言ったのは佐々木だった。そのことだけで、言い様のない不安に囚われる。
メニュ-を前にしても、佐々木は黙って下を向いたままだった。
「キャラメルマキア-トとカフェオレ一つずつ」
俺が注文して、佐々木はようやく顔をあげた。
「何があったんだ、佐々木。おまえがそんな風に元気がないなんて、初めての事だ。心配でたまらないんだ、俺は」
「キョン、実は……」
佐々木の話をまとめると、次の通りだった。
昨日、佐々木はあるホテル内のレストランへ、母親と食事に行った。ただし、2人だけでではなく、もう一人同席者が
いたのだ。
それは俺達がクリスマス会の時、ホテルの大宴会場で見かけた、佐々木の母親の傍らにいた、紳士然としたあの男性だった。
佐々木の母親の勤め先の同期であり、上司であり、佐々木の母親が色々と苦労した時期も支えてくれた、信頼できる友人だ
った。本人は一度も結婚した事がないそうだ。
佐々木自身も話してみて、かなり好印象を抱いた。3人で楽しい時間を過ごしたのだが、食事が終わり、その帰り道だった。
佐々木は、母親がその男性からプロポ-ズを受けている事を聞かされた。
さらに、その男性と母親は、3月をめどに、経済発展著しいインドネシアに支社長として派遣されることが決まっていた。
男性は二年間はインドネシアに長期滞在をするらしい。母親は男性を補佐する立場として、何度も行き来する事になって
いたのだが、それならば、結婚して一緒にいく方が望ましい、と考えたらしかった。
「僕は母親を祝福してあげたい。中学生の時から、今まで女一人の手で僕を育ててくれた母親には感謝しているんだ。でも
……」
母親はさすがに今度は長期滞在になるので、今までみたいに佐々木を一人で置いておかず、プロポ-ズを受けたなら、佐々木
も一緒に連れて行くつもりらしかった。
「……佐々木、二年たったら、ここに戻ってくるのか?」
やっと搾り出せた言葉が、震えているのが自分でも判った。
佐々木は首を横に振った。
「その人は、実家はこことは別の所なんだよ。ご両親も亡くなられていて、日本に帰ってきたら、本社の重要ポストに迎えら
れることが既定路線でね。本社にそちらの方が近いから、結婚したら、母親もそちらに移るつもりなんだ。今の僕らが住んでい
る家は、人に貸すか売却するつもりらしい」
俺達の間に沈黙が降りる。
「ご注文のお品、お持ちしました」
店員が持って来たコ-ヒ-に、俺達が手を付ける事は無かった。
最終更新:2013年04月29日 13:59