71-209「恋愛苦手な君と僕~放課後恋愛サークルSOS 私と彼女と彼女」

 二枚のチケットを前に、私はまたしても考え込むことになった。
 ”他に誰か行ってくれそうな人は・・・・・・”
 中学からの友人は全滅だ。皆充実した学生生活を送っているらしい。
 ”本当はキョンと行きたっかったんだけどな”
 Xperia Zにもう一度、彼の名前を呼び出してみる。そして、私はため息を付いた。

 すぐに電話に出てくれた彼と少し無駄話をしたあと、本題に入ったのだけど、結果は残念なものだった。
 『あ~、悪いかな。その日は先約があるんだ。せっかく誘ってくれたのに、すまない。』
 キョンが、電話の向こうで頭を下げている姿が目に浮かぶ。
 「いや、気にしなくていいよ。突然誘ってごめんよ。ただ、機会があれば、また君と話をしたいのだけど、構わないかい?」
 『ああ。是非』
 「それじゃ、また」
 勇気を振り絞って彼に電話したものの、ちょうどその日に出かける用事があるらしい。私にとって、男の子と映画を見に行く
なんて、初めてのことになるはずだったが、どうやらお預けのようだ。

 「あれ、佐々木さん、どうしたの?」
 突然声を掛けてきたのは、涼宮さんだった。
 「うん?これ、映画の試写会の招待券じゃないの。これを見に行くの?」
 「そうなの。友達からもらったんだけど、これ、ペア招待券なのよね。私の友達に一緒に行ってくれないか、誘って見たんだけど、
みんな用事があるって言われたの」
 二度目のため息が私の口から出る。
 涼宮さんは、チケットを手に取り、それを眺めている。

 「ねえ、佐々木さん。あたしと一緒に行かない?」

 涼宮さんの意外な言葉に私は少し驚く。
 「ちょうどこの日、用事ないし、それにこの映画ちょっと気になっていたのよね。あたしじゃ駄目?」
 「ううん。そんなことないわよ。それじゃ、涼宮さん、お願いしていいかしら」
 「OK。それじゃ、土曜日の2時からね」
 「よろしくね。それとありがとう、涼宮さん」
 「お礼はいいわよ。じゃあ、そういうことで」
 涼宮さんはそう言って、私に手を振りながら、教室を出て行った。
 ちょっと意外な人が一緒に行ってくれることになったけど、どうやらチケットは無駄にしなくて済みそうだ。

 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 試写会の会場は、シネマフレックス8、そのシネコンの一角だった。招待客はペア100組。時間は午後2時から。
 待ち合わせの場所にした、シネマカフェ「モリコ-ネ」には、約束の時間より少し早く来たのだけど、涼宮さんもほぼ同時に来てくれた。
 「少し早いわね。飲み物でも買っておく?」
 シネマフレックスは飲食物の持ち込みが可能で、私は涼宮さんの提案に乗ることにした。
 お昼ご飯は二人とも食べてきたので、とりあえず、飲み物とお菓子を買うことにした。
 結構な量を買い込んで、シネマフレックス8の試写会会場の入口に並ぶ。

 「あれ、佐々木じゃないか。それにハルヒも。どうしたんだ?」

 私達二人を呼ぶ声に、私と涼宮さんは同時に振り向いた。
 そこには、私たちと同じように、飲み物とお菓子が入った袋を持ったキョンと、その隣には、メガネを掛けた、小柄な女の子の姿があった。


 「ひょっとして・・・・・・佐々木が誘ってくれた映画は、このことだったのか?」
 そういえば、キョンに電話したとき、私は映画の題名と時間を言わなかった。キョンに電話をかけることだけに頭が
いっぱいになって、肝心なことを言っていなかった。
 「ああ。君の先約てのは、これのことだったのかい?」
 とんだ偶然に思わず笑ってしまう。
 「長門が、あ、そういえば紹介していなかったな。こちらが長門有希。北高の、俺の頼りになる友人だ」
 キョンが紹介した女の子は頭を下げる。地味な感じだが、整った顔つきの、なかなか綺麗な女性だ。
 「長門、こちらは佐々木、そして涼宮ハルヒ。光陽の生徒だ。この前知り合ったんだ」
 「初めまして、長門さん、佐々木です」
 「よろしく、あたしはハルヒ。あなたのこと、有希、て呼んでいい?」
 長門さんは微笑みながら大きく頷いた。

 キョンから聞いた話によると、長門さんの従姉妹がこの映画の試写会に応募したところ、チケットが当選したらしい。
案外この手のチケットは当たる確率が高いらしい。
 その従姉妹は長門さんとこれを観るつもりだったそうだが、用事が出来て行けなくなったらしい。それで、その従姉
妹はキョンに代役を頼んだそうだ。
 ”だけど、その従姉妹の子、本当に用事があったのかな?”
 何となくだけど、キョンと長門さんの様子を見ていると、そう思えてくる。
 キョンは長門さんをかなり信頼しているようで、長門さんもキョンと話しているとき、安心したような表情をしている。
 少し長門さんを羨ましく思った。

 映画の席は、スクリ-ン正面から少しずれた後ろの方の席だったが、何と私達とキョン達の席は続きの並び席だった。
 順番的にいえば、涼宮さん、私、キョン、長門さんで座ることになった。
 映画は僕等と同じ高校生が書いて、新人賞をとって、話題になった小説が原作の恋愛と青春もの。
 「For you~あなたへ届ける想い」
 安ぽっくなく、現実にもがきながらも正面から物事に向かっていく、高校生たちの物語。上下二冊の、結構分厚い物語
だけど、心境とか行動とかが、本当にリアルに描かれていて、一気に読み終えた。(涼宮さんもこの本を読んでいたらしい)
 ある女の子と一人の男の子、彼らを取り巻く仲間たち、ライバル。その彼らの入学から卒業までの物語。
 それをどうやって、映像化したのだろうか。
 楽しみでもあり、同時に不安もある。自分の好きな作品なら、誰だってそういう気持ちになるだろう。

 「あれ、開かない、このジュ-ス」
 長門さんがジュ-スのキャップに苦戦していた。珍しい、ガラス瓶の金属製キャップで、「伊予柑」とラベルが貼ってある。
 「珍しいもの買ったな・・・・・・長門、借してみろ、開けてやるよ」
 キョンはそう言って長門さんから瓶を受け取り、力を入れて、キャップを開けた。
 「ありがとう、キョン君」
 長門さんの顔は、本当に嬉しそうな表情をしていた。

 「キョン、私のも開けてよ!」
 涼宮さんがペットボトルをキョンに放りやる。
 簡単にキャップを開けると、キョンは涼宮さんに「ほれ」と言いながら、ペットボトルを手渡した。
 この前、鶴屋さんとキョンの友人の国木田君とのお出かけの時、涼宮さんとキョンが一緒についていったそうだが、その時
以来、涼宮さんはキョンを気に入ったようだ。
 ペットボトルを受け取った涼宮さんはご機嫌だった。


 映画を見終わった私達は、シネマカフェ「モリコ-ネ」にいた。
 「正直、微妙ね。感想として」
 上映時間、二時間十分。その中にうまく納められるか、原作愛読者として心配したのだが、感想は述べた通りで
ある。
 「基本は抑えていたのだけど、いくつか省略しすぎよね。主人公の二人が最終的にお互いを選ぶ過程も、省かれ
ていたし、あれじゃご都合主義よね」
 涼宮さんも少し不満顔だ。
 「なかなか原作の雰囲気を、二時間の映画にするのは難しいかも。原作が上下二冊で、結構分厚いし」
 どうやら長門さんも原作を読んでいたようだ。
 「ドラマにしたほうが良かったかもね」

 「まあ、でも流れ的には納得いったな。原作は俺はまだ読んでないけど、結局、主人公は女友達を選んだのは、
そうなるだろうな、と思ったよ。女の子のライバル達は主人公にも魅力的だったろうけど、それまでの積み重ねと
信頼関係が、二人を結びつけた、と受け取ったけどね。俺も原作読んでみようかな」
 「キョン、よかったら、僕の本を貸してあげようか?」
 キョンの言葉を聞いて、私は反射的にそう言った。
 「え、いいのか?」
 「遠慮はいらないよ。僕は読み終えているし。読者が増えてくれるのは、ファンとして嬉しいし」

 我ながら素早い行動だったと思う。
 横目で見ると、涼宮さんが何か言いたそうな顔をしている。おそらく涼宮さんも私と同じことを言おうとして
いたのだろう。かなり涼宮さんはキョンのことを気に入っているようだ。
 こういう場合は先手必勝が大事。

 モリコ-ネを出て、私達は買い物に出かけることにした。
 涼宮さんが、夕食を皆で食べようと提案してきて、皆乗り気になり、それまでまだ時間があったので、買い物を
することにしたのだ。
 どこのお店も既に夏物商戦真っ最中。急に最近暑くなり、季節が変わりつつあることを示していた。
 その途中で気づいたのだけど、キョンはこういうことに慣れている様子だった。長門さんや涼宮さんに、試着後
の感想を求められていたけど、かなり的確なのだ。
 「キョン、君は女性の服を選ぶのは慣れているようだね」
 そう聞いたら、キョンの妹さんがいつも服を買いに行くときは、キョンに連れていってもらい、選ぶのも手伝っ
てもらうそうで、また、長門さんとは彼女の従姉妹を交えた三人で買い物をしたことがあるので、こういうことに
なれているとのことだった。
 女性と付き合うのが苦手だと言っていたが、キョンは基本的には女性を大事に扱うタイプの人間のようだ。
 私も、一枚、これjからの季節に必要な洋服を一着、キョンに選んでもらうことにした。

 「いい感じじゃないの。佐々木さんの雰囲気にあっている気がするわ」
 試着室から出てきた私を見て、涼宮さんは褒めてくれた。
 キョンが選んでくれたこの服は私も大いに気に入った一枚だ。
 「これ、ちょっと代金を払ってくるわね」
 これから先、この服を着る機会が増えてくる――そんな予感がした。


  夕食に涼宮さんが選んだ店は、有機自然食品で作ったバイキング料理の店で、しかもそこは料理学校の生徒達が
実習の場として作っているために、お得であるという店だった。
 営業時間が短いため、早めに行かないと席が埋まるということで、少し早めにその店に入店する。
 窓側の、奥の席に私達は腰掛けた。
 キョンの隣に長門さんが座り、彼の正面は私。私の隣に涼宮さんが座った。
 「飲み物を選ぶか」
 メニュ-を見ながら、全員で選んでみる。
 「俺が持ってくるよ。みんなは料理を取りに行ってくれ」
 そういってキョンはテ-ブルを離れる。
 ちなみに、皆が頼んだものは、私がジャスミン茶、涼宮さんがウーロン茶、長門さんが清美オレンジ、キョンが水
出し冷緑茶だった。

 しかし、涼宮さんにしろ長門さんにしろ、よく食べる。キョンより食べているような気がする。
 「長門、サラダとってくるけど、ついでに飲み物追加で持ってこようか?」
 「あ、それじゃ、キョン君が飲んでいたものとおなじ物をお願いしていい?」
 「キョン!あたしにはりんごジュ-スを持ってきて!」
 涼宮さんの言葉に、少し苦笑しながらもキョンはサラダと飲み物を取りに行った。

 「それにしても、長門さん。キョンはあなたに随分優しいようね」
 「え、あ、でも、キョン君は誰にでも親切だよ。面倒見もいいし」
 「そうね。私もそう思うけど、でもあなたにはとても気を使っているように見えるの。少し羨ましいわ」
 そう言うと、すこし長門さんは顔を朱色に染め、うつむいた。
 「でもさ、キョンて話しやすいよね。あいつは女の子と話すのが苦手だと言っていたけど、そうは思えない」
 「相性じゃないかしら。私達と話すときは、自然体で話しているみたい」
 「それって、私達三人とキョンが、相性がいいってこと?」
 「そうね。話しやすい、変に気負わず話せるということはそういうことじゃないかしら」
 「ふうん。でも、佐々木さんの言うとおりかもね」

 三人で色々話しているところへ、キョンがサラダと飲み物を持って戻ってきた。

 夕食のあと、私達三人を、キョンは家まで送ってくれた。
 最初は長門さん、次に涼宮さん、そして最後に私。
 「ありがとう、キョン君。また月曜日に」
 「それじゃ、キョン。また皆で遊びに行こうね。じゃあね」
 長門さんと涼宮さんは性格もまるで違うけど、キョンと別れる時は、二人共名残惜しそうな顔をしていた。

 すこし宵闇が濃くなってきた道を、キョンと二人で並んで帰る。
 この前、成り行きで塾の帰りに送ってもらって以来だ。
 「今日は楽しかったよ」
 「ああ、俺も。まさか佐々木たちと一緒になるとは思わなかった」
 「僕もあれには少し驚いた。偶然とは恐ろしいものだな」
 いろいろなことを話しながら、少しづつ我が家に近づいて行く。
 楽しい時間はそろそろ終わりを告げる。シンデレラの鐘の音が聞こえるような気がする。

 「今日はありがとう、キョン。また機会があれば、君たちと遊びたいのだが」
 私の家の玄関で、キョンお顔を見てそう告げる。
 「また時間があるときに、俺でよければ、付き合うよ」
 「ありがとう、キョン。君や長門さんとは、なんだかいい友達になれそうな気がするよ」
 「佐々木だったら、長門も友達になれるんじゃないかな」
 キョンは笑ってそう言った。

 私と長門さんと涼宮さん。
 私達三人を繋ぐキョンという一本の糸。
 これから先、キョンをめぐって面白いことが起こりそうな、そんな気がしてきた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年07月01日 01:32
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。