24-575「ささきへんしゅうちょう」

パシッ!

紙を指で弾く音が部屋中に拡がった。
その音には言外に「もう充分だ」と言う雰囲気を持っていた。

僕はきっと精神病の一種に罹っていたに違いない。
普段はPCのキーすら満足に叩いていない僕だけど、何の拍子か小説を書いてみようと思ったのだ。
何かに影響された結果に違いないと思う。
気が付けば文具屋で鉛筆と消しゴムと原稿用紙を買い込み、小さな時からずっと使っていなかった小刀で鉛筆を
何本も失敗を繰り返しながら削り、必死で原稿用紙と格闘していた。
最初の頃は少しの誤字も許せなくて辞書と首っ引きで文章を書いて、消しゴムで消しても残りそうな原稿はさっ
さとゴミ箱に捨てていたけど、段々と気分が乗ってくると後からの推敲で何とかすればいいと思った。
やがて、そんなちっぽけな羞恥心は傲慢へと変わり、原稿を書き上げると家の外に飛び出していた。

その結果が今の状況だった。
急いで出版社に駆け込んだ僕を恐れ多い事だが編集長が直に対応してくれて、僕は自分の成功を確信した。
しかし、原稿を手にした編集長は優しげな表情を一変させて、僕の文章を一字一句を検分するかのように眺めて、
やがて表情は険しくなっていった。
何もかも、僕は間違っていたようだ。
表情をさっきの優しげな表情へと切り替えた編集長は僕に諭すように言った。

「その表情を見る限り、自分自身で気が付いたんだと思う。
 君の文章はまるで成っていない。とても高等教育を受けた人とは思えない程だよ。
 会話文の先頭に人物名を書くのは非常に不自然で読みにくく、会話のひと言ひと言を文字化するのは余程に
 想像力が乏しい人間か速記者のする事で、小説として読むに耐えないのだよ。
 話の中身もストーリーの背景が見えないし、人物像も見えてこない。
 それに文章内の独白らしき文章も、途中で視点が次々と変化しているから誰の気持ちか思いか判らないね。
 こんな文章で君は読者の皆様に、きみは何を訴えたいのかい?」

編集長は一息で言い放った。
その表情は微笑んだままだった。

「君は寺山修司を知っているかな。
 “書を捨てよ、街へ出よう”という作品で一躍有名になった作者だよ。
 この台詞は今の君にこそ相応しいと思う。
 小説は中のイベントが面白いだけでは成立しないんだ。
 作者の人生経験を元に共通言語として言葉や文字を使い、自分を表現していく作業なんだよ。
 だからひとつの文章から誰の文章かを推察する事は非常に簡単で面白いんだよ。
 その中で作中の人物の言動から登場人物の個性を見出すのは非常に知的な行動なのだ。
 機械ではとても出来ないし、他人の文章を切り貼りしても直ぐに分かってしまう物なんだ」

僕は編集長の辛辣な批評に完膚無きまでに打ち拉がれたが、その言葉の節々には小説・文章・言葉・文字を
いかに愛しているのかを語っているように思えた。
人の意見を訊く時に、こんな不埒な事を考える僕は生意気なのでしょうか。

「そうやって紡ぎ出された文章を扱うのが僕の仕事であり使命なのさ」

 佐々木編集長
                               -終-

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最終更新:2007年11月13日 16:53
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