11-883「佐々木倒れる」

「暑い・・・」
そうまるで地獄の業火に焼かれる罪人のようにつぶやくと、ちっさなタオルで首筋の汗をぬぐった。
まだ6月の半ばだというのに、なんだっていうんだこの暑さは。
これからますます暑くなっていくかと思うと、余計鬱になる。
地球温暖化反対―。
「自分勝手なエコロジーだね。」
俺のボヤキを聞いた一歩後ろを歩くクラスメイトがそう言って、笑った。
「必要は発明の母っていうだろ?この苦しみが俺をエコロジストへと駆り立てるのさ。」
「君の場合、喉もと過ぎれば熱さ忘れるとも言えるね、キョン。」
こいつは大げさに、まるでアメリカの通販番組のように両手を挙げてみせる。
その喉もとでは熱さではなく、くっくっという独特の笑い声が鳴っていた。
「暑さが忘れられるようなら地球温暖化問題は解決だ。」
「その地球温暖化問題だが、知られてはいないが、実は多くの科学者は二酸化炭素が原因であるという現在の常識に対しては、懐疑的な意見を出しているんだよ。」
こいつの知識量にはいつも驚かされる。
いったいどこでそんなことを調べているんだか。
「ではなぜ、そんな説が堂々とまかり通っているかというとだね―」
と、一瞬うしろを歩くあいつの影が不自然に揺らいだ。
思わず後ろを振り返る。
「おいっ―」
「いや、大丈夫。少し立ちくらみがしただけ―」
と言いながら、額を押さえてあいつは崩れるように、その場に座り込んだ。
「おい、大丈夫か、佐々木!?」
倒れそうな佐々木の肩を支えてやる。
額に汗を浮かべながら、目を閉じてつらそうな表情をしている。
呼びかけには反応しない。
気を失っているようだ。
暑さにやられたか―
とりあえず、ここではまずい。
日陰を探して休ませないと。
あとは水分か。
近くにあった自動販売機でスポーツドリンクのペットボトルを買って、佐々木を抱きかかえた。
早く日陰の涼しいところへ連れて行ってやらないと。
苦しそうな額につめたいペットボトルを当ててやる。
ペットボトルで冷やしてやったのが効いたのか、佐々木はゆっくりと目を開けた。
そして―

「きゃっ」

え、なっ?
佐々木も驚いただろうが、俺も驚いた。
なにせ目の前の佐々木はただでさえ大きな瞳を大きく開けて、今まで聞いたことの無いような声を出したからだ。
「お、おい?大丈夫か、佐々木?」
え、あ、うん、と声にならない返事をしながら、佐々木の顔が見る見る赤くなって行く。
こりゃ結構重症じゃねえのか。
「いや、あの、キョン。大丈夫、大丈夫だよ。だからその―」
真っ赤な顔で支離滅裂。
こりゃ結構高熱とか出てるんじゃないか。
「お前、顔真っ赤だぞ。熱が出てるんじゃないか?」
そして、額に手を当てようとすると
「だ、大丈夫。少し恥ず、じゃなくて直射日光にやられただけだから!」
そうなのか?
耳まで真っ赤だぞ。
「そ、それよりも早く降ろしてくれないかな。一人で歩けるから―」
と、言うが早いか、俺の手を強引に振りほどこうともがいて、佐々木は地面に派手にしりもちをついた。
「おい、お前本当に大丈夫か?」
声をかけると、いたた、と尻をさすっていた佐々木はさっと立ち上がり、あさっての方向を向いて上気した頬を両手で押さえている。
「どうした?風邪か!?」
「え、えーと、うん、そうかな。ちょっと今日は朝から熱っぽい感じはしていたから―」
「そうか、やっぱり風邪か。」
そう俺が納得すると佐々木は小さな声で、たぶん、とつぶやいた。
「じゃあ、今日は予備校は休んだほうがいいな。」
「あぁ、そうさせていただくよ。」
言葉遣いはいつもどおりだが、口調は少し挙動不審だ。
「じゃあ、佐々木、俺んちで少し気分がよくなるまで休んでいけよ。」
ふぇ?、と声にならない声を佐々木はあげた。
「いや、お前まだ体調悪いみたいだし、気分がよくなるまで涼しいとこで少し寝ていくといい。」
ますます顔が赤くなっていく。
こりゃ結構重症かな。
「あー、大丈夫。少し寝て気分がよくなったら、俺がお前の家か、病院へ自転車で送ってやるよ。」
「ち、ちょっと待ってくれたまえ。それって、キミも予備校を休むということかい?」
目の前の佐々木は頬を押さえながら挙動不審な動きをしている。
「仕方ないだろ。お前を放っておくわけにはいかないし。」
な、いや、でも、とぶつぶつ呟いている。
「やっぱりお前今日は変だ。自分では気づいていないかもしれないが。」
「いや、確かにそうかもしれないけど・・・」
「今日は妹は友達のところへ遊びに行っているはずだし、親もデパートへ買い物に出かけて夕方まで帰ってこないから、誰に気兼ねする必要も無い。」
余計問題だー、と佐々木が言ったような言わないような。
「安心しろ。一応日本の中産階級らしくちゃんとエアコンはあるから。」
そういう問題じゃない、と佐々木が言ったような言わないような。
「お前、顔が本当に真っ赤だぞ。かなり重症じゃないか?」
そして、重症なのはキミのほうだよ、と佐々木がぼそっと呟いたのがはっきりと聞こえた。

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最終更新:2007年07月20日 21:11
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