9-719「いつもどおり」

「実は今日の昼休み、本人の名誉の為に名前は言えないが、告白されてしまってね」

 いつもの塾の帰り道、何となく話題が途絶えた時に、彼にそう言ってみた。

「…、そうか」
 答える彼はいつもよりも少しだけ長く考えて、いつもより少し眉を顰めた。
「勉強もスポーツもルックスもいいのに、何で僕なんかに告白をしてきたのか」
 お前だからだろ、と彼はいつもより小さな声で、いつもより少しだけ向こうを向いた。
「…恋愛は精神病の一種じゃなかったのか?」
 いつもより少しだけ拗ねているように聞こえるのは、僕の気のせいじゃなければいいと思った。

「そうは言っても、とても情熱的に口説かれたからね。いや、口説くなんて比喩は彼にとって失礼だな。
 彼はとても真面目で、真摯だったよ」

 彼はいつもより余計にこちらを向いて、いつもより少しだけ焦った声で言った
「まさか、付き合うことになった、なんて言わないだろうな」
 彼はいつもより長く僕の目を見て、いつもよりもずっと僕の言葉を待っている。

 多分、ここが「いつも」と「いつもじゃない」の境界だから。

「もちろん断ったさ。受験生で、しかも進学先が違うんだ。まあ、それが無くても、僕は断ってただろうけどね」

「そうか、…そうだろうな」
 漏れる溜息はいつもの通り。いつの間にか、彼と僕の間はいつも通りに戻っていた。

喉元までせり上がってきた問いを何とか押さえつける。
この冬が終われば、いつもどおりは、前にあったことになってしまうから。
せめて、もうすこしだけこのままで。

桜が咲く頃に言ってみようか。彼と僕の距離が変わってしまう前に。
「もし、君が告白してきたなら、僕は何と答えるんだろうね」

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最終更新:2008年01月27日 08:08
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