桜の開花も近い、夜の自然公園。
時は深夜零時。昼の活気は消え去り、点々と灯る光が無人の公園を照らす。
日中は人々の心を癒す噴水池も、今は沈黙し静かな水面を湛えていた。
どうしたことだろうか。
池を照らしていた電灯が次第に弱々しく、光を失っていく。
一つが完全に消え、そしてその両隣の電灯が消え。さらに隣へ、隣へと、闇は広がってゆき。
やがて周辺の全ての電灯が消え、公園は闇に包まれる。
突然。
何もなかった空間に、強烈な閃光が発生し辺りを白一色に染め上げた。
数瞬後、閃光は消える。そこには、光を取り戻した電灯に照らされ膝をつく人影があった。
「あちゃあ…暴発かぁ。眩しいなあもう」
それは若い青年の声だった。
「教えてもらったはいいけど結構扱い難しいなぁ。よくこんなのを持ち歩いてるもんだ」
やがて青年は閃光に眩んでいた視界を取り戻す。
「あれ…ここは…」
きょろきょろと周囲を見回し、そして気付く。視界の隅に大きな異変。
「えっちょ…これ…え!!?」
それは、手。自分の思う通りに動く両の手。
しかしそれは、誰よりも見慣れた自分のそれとはあきらかに違っていて。
「何…なんだ…これ…!?」
恐る恐る、顔に触れる。指先に触れる奇妙な感触、形。全てが自分の知るものではなかった。
顔を指で弾くと、いつもと違う痛みが響く。青年は慌てて近くにあった噴水池に駆け寄る。
「いや落ちつけ…たぶんドッキリだ…どうせいつもの先生の悪戯で…」
池の淵に手を当て、大きく深呼吸。やがて、意を決して青年は池を覗き込む。
水鏡に映った、その姿は……
「 なんじゃこりゃああああああああ!!!!? 」
深夜の公園に、青年の慟哭が響いた。
俺の名は岬 月下。
混沌を極めるこの世界。優れた人物は狙われる、それが世界の法則。力ある者の宿命だ。
俺は今ふたつの組織に狙われている。ケルベロスを連れたロングコートの男。そして、
比留間慎也。
組織は果てしなく巨大だ。俺の情報網を持ってしても、その全貌どころか片鱗すら掴むことができない。。
叛神罰当【ゴッド・リベリオン】、忌まわしき力。俺は現在(いま)を生きるためにあえてこの力を振るわなければならない。
この新たな武器、シルバーダーツの扱いは難しいが、俺は神に叛く男、必ず使いこなしてみせる。あ、よっしゃ刺さっ
「…げっ!」
夜の自然公園でひとり、ガッツポーズをとっていた少年は、何かに気付いて慌てて近くの茂みに飛び込むのだった。
「寒っ。なんでこんな気温安定しないのさ…」
季節を勘違いしたような、冷たい風の吹く春の日。どうしようもないと知りつつも、ついブツブツと文句を言いながら歩く少年…
もとい少女、
水野晶は、食品が大量に詰まった重い買い物袋を両手に引きずるように歩いていた。
「だー重い! ちくしょー陽太の奴、なんでこういう肝心な時にいないんだ!」
ついつい、この場にいない年下の幼馴染に毒づいてしまう。
彼女の幼馴染、
岬陽太の両親は大の旅行好きで、今回は彼女の両親も共に旅行に出てしまった。
短期で帰る予定とは言っていたが、結局のところ長期旅行になるだろう。それはいつものことで、慣れたものである。
陽太の世話を焼くのもいつものこと。今日明日は休日で特に予定もないので、久しぶりに本格派のカレーでも作ってやろうと思った。
そしてはりきった勢いで買いすぎ、時間も遅くなってしまった。こんなときこそ男手が必要だというのに、肝心の陽太がいないのだ。
晶が毒づいてしまうのも仕方ないと言えば仕方ないのではないだろうか。
「はぁ…。さてと、あとはコンビニ寄って……あっ!?」
自然公園の前を通りかかったその時、視界の端に見えた人影。
顔を向けその姿を捉える直前に人影は消えた。消えたといってもそこは自然公園、隠れる場所はある。
その姿はほとんど見えていないが、陽太のような気がした。あの場所まで歩いてでも確認する価値はあると思った。
「………やっぱり」
緑溢れる自然公園に銀色の異物。なかなかシュールな光景だ。木に 魚 が刺さっている。
口が鋭く尖っているあれは確かダツという魚だったか。姿は見ていないが確信した。さっきの人影は陽太だ。
ここに歩いてくるまで何かが動く気配はなかったので、恐らく隠れたままなのだ。だとしたら、この茂みの中だろう。
「出てこい陽太! そこにいるのはわかってるぞ!」
反応なし。陽太の性格と両手の大荷物のことを思えば、予想通りではある。
たぶん姿は見られていないと、知らぬ存ぜぬを通すつもりなのだ。まったく生意気な。
しかし厄介だ。大きい茂みではないが踏み込むのは億劫だし、暗がりにちっこい身体でじっとされていてはとても見つけられない。
何か方法がないかと周囲を見渡して、それを見つけた晶はニヤリと黒い笑みを浮かべた。
考えは単純明快、茂みに水をぶっかける。水道と放置されたバケツを見つけたのだ。
今日は春というにはやけに寒い日、効果は抜群だろう。
近くのベンチに荷物を置いてさっと準備。あぶり出しというよりむしろお仕置きなので、前振りはなし。
余計な動きも躊躇もなく、茂み全体にかかるようにバケツの水をぶちまける。
せーのっ!
「うおおっ!?」
「ぎゃあああああああっ!!!!」
一瞬聞こえた陽太の声に、予想だにしなかった全く別の叫びが重なって、晶はビクリと身体を跳ねあげた。
ガサガサと茂みから出てくる陽太。頭が少々濡れているが、晶に文句は言わなかった。
そんな気は一瞬で失せた。なぜなら、晶以上に驚いたのは間近で叫びを聞いた陽太だからだ。
晶と無言で顔を見合わせ、申し合わせたように茂みに目をやる。
「あの陽太…さっきの…何?」
「…俺も知らねえ」
やがて、茂みの中で何かが動く。ずりずりと引きずるような音。
身構える二人の前に、文字通り這い出す人影。
それは、びしょびしょに濡れた厚手のコートに、大きなフードを深々と被った青年だった。
しゃがんで身体を縮こまらせガタガタと震えている青年に、晶は恐る恐る声をかける。
「あ…あの…まさか人がいるとは思わなくてごめんなさいその…大丈夫ですか」
「だっ、だだだ大丈夫さささこここのくらいはははっはは」
完全に歯の根が合っていない。大丈夫でないのは誰の目にもあきらかだ。
「でっ、でもその…」
「いや、大、丈夫だよほら、身体の、震えも、治まって、き…」
パタリ、と。枯れ枝のように倒れる青年。朦朧とする意識。
「ははは…嬉しいなあミホノブルボン…まさか君が迎えに来てくれるなんてあははは…」
筋肉の痙攣発熱すら止まってしまい、青年は徐々に冷たくなっていくのだった。
「…どうしようコレ」
「どうしようも何もトドメさしたぞお前」
「トドメって…」
「『早春の悲劇!青年凍死!』」
「えっ!?」
「昨夜未明、某市自然公園にて青年の凍死体が発見された。青年は冷水を浴びせられ屋外に放置された疑い。警察は犯人を追っ」
「ちょっ!? やめてよ!!」
「普通にそうなりそうな感じだろーが」
「わかった! わかったよもう連れてくよ!!」
晶は大声を上げて陽太を黙らせる。
「陽太ん家に」
「何で俺!!?」
「いいじゃんすぐ行くつもりだったんだし。どうせ親もいないんだし」
「今はお前ん家もいないだろうが!」
「カレー作ってやんないよ!」
「……汚え」
これが二人の力関係である。
不満を言いつつも結局、最後には陽太は晶に従うことになるのだ。
「じゃあ僕がこの人背負うから。陽太は荷物持って」
「わかったよちくしょー…って重てっ! なんだこれ重てっ!」
「僕はずっと持ってたんだからそれくらい我慢しなさい! さてと、よっこいせ……って…」
軽っ!
晶は喉まで出かかった言葉を慌てて呑み込んだ。
それにしても軽い青年だ。自分より少し背は高いのに、背負った感覚はちっこい陽太よりも軽かった。
そしてとても冷たい。水をかけてしまった自分のせいだという罪悪感を感じずにはいられなかった。
「じゃあ行くよ陽太」
「待てこれ重たいってこれマジで」
先程までよりも数段楽だが、陽太に対する罪悪感は微塵も感じない晶だった。
みょーんみょーん。
チクリ。
「………」
「どうした晶?」
「…何でもない」
みょーんみょーん。
みょーんみょーん。
チクリ。チクリ。
イラッ
「いやマジでどうした晶」
「………」
青年の前頭部から二本、飛び出した変に硬い毛がみょんみょん動き、後頭部にチクチクこつこつ当たる。
晶は無言で、このまま青年を背負い投げしたくなる衝動を必死に抑えながら歩いていくのだった。
<続く>
登場キャラクター
最終更新:2010年07月16日 19:35