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月下の魔剣~異形【せいぎ】の来訪者~ > 2


「いやぁ本当に助かったよ! 君たちは命の恩人だ」

ようやく陽太の家までたどり着き、とっくに片付けていたストーブを引っ張り出して出力全開。
少し汗ばむくらいの室温になってようやく青年は復活した。調子に合わせて前髪がみょんみょんと揺れる。

「いえその…元はと言えば僕の不注意が原因なので…」
「いやいや実はその前から凍えて動けなかったんだ。特に人より寒さに弱くって。晶君が気にすることはないさ」

恐縮する晶に対する非難は微塵も見せず、青年は二人に素直に感謝を述べた。

出会いは奇妙な形だったが、話してみれば明るい年上の好青年だった。
細い身体、細長い手足に、大きな丸眼鏡。陽太がどこからか出してきた丹前を着る姿が妙にしっくりくる。
酷く失礼なので考えないようにしていたのだが、上記の特徴に加えてもはや「触角」としか言いようのない前髪に、
背負った際の軽さも相まって、どうしてもどこか「虫」を連想してしまう晶だった。

「ユキヒロさんはどうしてあんなとこにいたんですか?」
「僕はまあ…ちょっと訳があって…」

青年、ユキヒロは、訳があって人を探す旅の途中だという。
しつこく訳を聞き出そうとした陽太は晶のチョップを受けることになった。
数時間前に、あの周辺で大切な携帯電話をなくしてしまったということだ。

「こんな寒い日は普段は暖かいところに避難してるんだけどね。何かあったらと思うと気が気じゃなくて」

確かに、予定のない旅の中で数少ない連絡手段となる携帯は必須だろう。
だがユキヒロのそれは、単純な連絡手段以上に大切なものであるように晶は感じた。

「でも携帯なら誰かが拾ってメモリーに連絡してくれてるかもしれませんよ?」
「もしくは悪い誰かに悪用されてたりしてな」

そして陽太は再びチョップをくらうのだった。
ユキヒロはハハハと笑いながら、そのどっちもないよと言ってのける。

「だってあの携帯は電話もメールもネットもどこにも繋がらない。ずっと圏外なんだよ。登録がないからね」
「…それ携帯してる意味なくね…?」

それには晶も黙って同意する。

「まあ確かにそうなんだけど…中のデータがとても大切なものでさ…」

呟くユキヒロの遠い目が、晶にはとても印象深く感じられた。



せっかくなので夕食を食べていかないかという晶の誘いに最初は遠慮したユキヒロだったが、
食材を買いすぎた、二人だけではつまらない、といった理由で晶がおして結局共にすることになった。
渋々動く陽太とは対称的にてきぱき働くユキヒロの助けがあって、調理はさくさくと進む。
やがて鍋に火をかけしばらく煮込むという段階に来て、晶があっと声を上げた。

「しまった…チョコ買うの忘れてた…」
「はあ? チョコ何に使うってんだよ?」
「カレーに入れるんだよ当然。重要なんだよチョコ」
「隠し味に入れるとコクが深まるっていうね」

ユキヒロが晶に同意する。晶は陽太の右手をじっと見つめる。

「陽太………」
「おいコラ晶。変なこと考えてんじゃねえよ」
「…は無理か。夜だもんね」
「昼でもやんねえよ!」
「…へ? 何を?」

陽太が言いたがらない能力――料理やお菓子を発生させる――を知らないユキヒロは、
二人の謎のやりとりに首をかしげるのだった。

ふつふつと煮立つ鍋を見つめて、晶はよしと立ち上がる。

「仕方ない! ひとっ走り買ってくるか! 10分くらいで帰るから陽太は鍋見ててね」
「おー、いってらっしゃい」

上着を着込む晶を陽太はぼんやりと見送る構え。ユキヒロの前髪がピクリと動く。

「あ、晶君、今は……いや…」

少し考えて、立ち上がるユキヒロ。

「僕も行くよ」
「え? いいですよ別に? どうせすぐ近くですし…」
「少し気になることがあるんだ。たぶん気のせいだと思うんだけど…」
「はぁ…」

「また凍えてもしんねえぞ?」
「大丈夫だよ、この丹前暖かいし。心配してくれて嬉しいよ」
「………けっ」

隠せていない照れ隠しにぷいと顔をそむける陽太。
ああこれがツンデレってやつか、としみじみ思う晶だった。



冷たい風にユキヒロが固まりかけることが何度かあったものの、無事にコンビニで板チョコを買った帰り道。
当たってほしくはなかったユキヒロの予感が実現する。

「え…なんで今頃!?」

垣根の角を曲がった先に、それは待ち伏せていた。闇に溶け込む漆黒の身体と、浮かび上がる紅い光。
比留間の言っていた「調査」は、少なくともこの周辺では終わったものと思っていた。
あの夜以来全く見ることは無く、晶の心配事から消えかけていた猛犬キメラ。
それが今、あの夜のように3匹、目の前で低い唸り声を上げていた。

「ごめん、晶君」

犬と晶の間に、陽太と違う長い腕が差し込まれる。

「こいつらの狙いは僕なんだ。無関係な君を巻き込んでしまってすまないと思ってる」
「え…狙いって…」
「そうだな…そこから3歩、下がってて。あまり離れると守れない。君を狙うことはないと思うけど…」
「はっ、はい」
「それと…あんまり驚かないでね」
「え…?」

踏み出しながらバサリと丹前を脱ぐと同時に、ユキヒロの雰囲気が変化する。
全身の柔らかいシルエットが、全体的に硬質なものに。
露出した腕を覆うのは肌ではなく、内側に無数の棘が並ぶ薄緑の装甲。
同じく薄緑の、背中から左右に一対生える、笹のような形をしたボード。

「ユ…ユキヒロさん…!?」
「もう少し下がって。……そう、そこがいい。そこでじっとしてて」

キメラと睨み合ったまま振り向きもせず、背後が見えているかのように的確に、ユキヒロは晶に指示を出した。
よし、と呟くと、半身に構えキメラと相対する。

「さて今日は…1、2、3………」

突如斜め後方の垣根から飛び出すキメラ。晶が声を上げる間もなくその牙がユキヒロの首筋にかかる、
その遥か前に、ユキヒロはその鼻先を裏拳で迎撃していた。

「4匹か」


間を置かず前から飛びかかるキメラをカウンターの膝から前蹴りで蹴り飛ばし、流れる動作で直後のキメラに踵落とし。
遅れたキメラの牙を、いつ手にしたのか短い鎌のようなものでガキンと受け止め、そのままその身体を回転投げ、最初のキメラに叩きつける。
余裕を持ったユキヒロはポツリと呟く。

「あれ?なんか動き鈍い…?」

すぐに体勢を立て直すキメラを回し蹴り、すくいあげるアッパーからのストレート、バックステップから掴んで投げ。
4匹を一カ所に飛ばすや否や高い垂直ジャンプから

「ライダーキック!!」

斜めに落下する飛び蹴りを叩きこむ。
直撃した1匹は大きく弾き飛ばされ、押された3匹はバランスを崩すがダメージ無し。
ユキヒロは首を捻りながら立ち上がった。

「うーん…やっぱりうまくいかないなあ…」

直後立ち上がったキメラは、申し合わせたように同時に夜の闇へと駆けだす。
ユキヒロは背中のボードを左右に広げて屈み、その下に隠れていた透明のボードを解放する。
大きく広がり形が明らかになったそれは、まさしく昆虫の翅だった。

垂直ジャンプと同時に翅を高速で振動させると、ブーンと大きな音と共に風が生まれその身体は空中へと舞い上がる。
すぐに到達した近くの電信柱の頂点に着地すると、キメラが逃げた先をじっと睨みつけた。

しばらくそうした後、もう大丈夫だと晶に伝え、翅を鳴らしながらゆっくりと降下し地面に降り立つユキヒロ。
ふうと息をつくその背中に、晶は恐る恐る声をかける。

「ユ…ユキヒロさん…あなた一体…」

「…そうだな、僕は…」

少し考えて、ふっと小さく笑い、振り向く異形。
薄緑の外骨格に覆われた逆三角形の頭部。長く伸びた触角に、大きな複眼。

「僕は鎌田之博。通りすがりのライダーさ」

人間とは一線を画する異形。昆虫人間の姿がそこにあった。


<続く>

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最終更新:2010年07月16日 19:46
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