「――と、いうわけです」
「…なるほど。簡潔でわかりやすかったよ、ありがとう」
「ってオイィ! 俺のバトル端折りすぎだろオイ!」
「今は大して重要じゃないでしょ!」
「なんだと晶コノヤロウ! 俺がいなきゃどーなってたと思ってんだコラ!」
「まあまあ、その話は後で聞かせてもらうからさ」
鎌田は声を荒げる陽太を慌ててなだめると、腕を組んで悔しげな表情を見せた。
「そうか…
比留間慎也はそんなことまで……」
「…ったく。次はお前の番だぞ。お前の調べでは比留間はどうだったんだよ」
「そうだったね。じゃあ次は僕のことだ」
そう言って椅子に深く座り直し、つられて陽太、晶も姿勢を正す。
「僕はたぶん、比留間の行った実験の事故か何かでこの世界に来てしまったんだと思う。
まず僕がこの世界に出現した場所なんだけど……実はさっきの自然公園なんだ。だいたい二週間前の深夜零時だった」
「さっきの…って近っ!」
「それから数分後、少し状況を掴みかけてきたところで集団の足音が聞こえてきて、念のために僕は隠れた。
その研究者らしい集団の先頭に立って指示を出していたその男が、後で調べてわかった、比留間慎也だったんだ」
「会ってたんですか!?」
「ああ、その時名乗り出れば今みたいな状況にはなってなかっただろうね。
でも何て言ったらいいのか、僕はその集団に……得体の知れない、何か嫌なものを感じたんだ。
何も知らずに姿を現すのは危険だって、僕の直感はそう判断した。君たちの話を聞いて確信したよ、僕の判断は間違っていなかった」
「奴の情報が掴めたのか!?」
「いや…掴めていない。ほとんど名前しかわかっていない」
晶は少しだけ拍子抜けする。だが次の言葉で深刻に引き戻された。
「彼の経歴データは……存在しない」
「えっ!?」
驚く晶と裏腹に、陽太は厳しい顔つきを崩さず黙って耳を傾けていた。
「彼は著書も、一般公開されている論文もたくさんある。図書館で普通に閲覧できたよ。
でもその学歴や過去の所属研究室に関するデータが、無い。探しても全く見つけることができないんだ。
しかも本でも論文でも、その点には全く触れられていない。これってどう考えても不自然だろう?」
「でっ、でも今所属している場所は…」
「とある組織の研究機関…だろ?」
「あっ…」
確かにそうだった。メディアに見る比留間慎也は、いつだってその点をぼかしていた。思えば自己紹介が、ほとんど自己紹介になっていない。
世界的な有名人なのに、その所属している組織名称は記憶のどこにも存在しないのだ。
「そこはさすがに調べれば出てきたよ。ホームページもあるし一応電話も通じた」
「え? なんだ…それなら…」
「架空の組織、だったんだ」
「えっ!!?」
「そうとしか考えられないんだよ。普通に調べても違和感がないレベルで偽装されているけどその全てが、現実には存在しなかった」
「そ…そんなことが…」
「顔と名前は誰もが知っているのに、その他の情報は誰も知らない。あまりにも得体の知れない男、それが比留間慎也だ」
驚愕の事実に晶は言葉を失い、陽太は肩をすくめて呟く。
「やはりか。俺も同じことになったんだ。奴のことをどう調べても、その組織の片鱗すら掴むことができなかった」
「彼を疎ましく思う個人や団体への対策ともとれる。だけど君たちの話を聞くに、どうやらそれだけの理由ではなさそうだね」
「キメラを街にばらまいて危ねえ調査、必要とあれば力づくで能力者を集め、異世界にまで手を出す。大した役得ぶりじゃねえか、比留間慎也!」
陽太は好戦的な笑みを浮かべ、握りしめた右拳をバシンと左手に打ち込んだ。
「で、でもそれだと…鎌田さんは今後どうするんですか? 何もわからなくて、もしわかったとしても直接会うのは危険じゃ…」
「いや、手がかりがゼロってわけじゃないんだ」
おずおずと言う晶に対して、鎌田は心配ないといった態度で、上着から折り畳まれた数枚のコピー用紙を取り出す。
広げたそれら書いてあるのは、主に大きなタイトルと数人の人物名。それは、一般公開されている比留間慎也の論文の表紙コピーだった。
「注目すべきは共同研究者だ」
それらの研究はすべて比留間個人のものではない。代表者である比留間の他、数名の異なる名前が連なっている。
数枚のコピーを二人でめくりながら確認し、そのほとんどに印刷されている人物名に気付いた。その名前は、
『 鳳凰堂 空國 』
「ほうおうどう…そらくに?」
「そう。鳳凰堂 空國」
「なんかまたゾロッとしたっつーか…偉そうな名前だなオイ」
そんな陽太に苦笑しながら鎌田は説明を続ける。
「この人物、鳳凰堂空國は、比留間の論文の最初期からずっと共同研究者として名前が載ってるんだ。いくつか本にも載っている。
恐らく、研究者として比留間にほど近い立場の人物。同僚か、直属の部下か、そういった感じだと思うんだ」
「でもそれって本人に会うのと同じことなんじゃ…」
「ところが。彼は数年前を境に、研究の場から姿を消しているんだ。そこから研究論文に名前が載ることは一切なくなった。
ただしその時期から、個人でこんな本を出している」
鎌田は新たな紙を取り出して、二人に広げて見せる。それは数点の本のタイトルリストだった。著者、鳳凰堂空國。
『すぐできる!人心掌握術』『リーダーの心得』『逆境を乗り越える本』……
「………」
タイトルを見るに能力研究とはほど遠い、自己啓発本のように思われた。
「…これ本当に同じ人ですか?」
「そうそうないでしょ、この名前。時期的にも合ってるし。彼はこういう本を割と最近まで出してるんだ」
「なるほどな。つまりこいつは比留間に直接係わらず、比留間を知る鍵に成り得る」
「そういうこと。今後はこの人を調べて、会えるなら直接会ってみるつもりだ」
「ふーむ…」
さて、と呟いて、鎌田は紙を折り畳み上着にしまった。
「随分長くなってしまったけど、僕の話はこれで全部だ。何か質問は?」
「食事とか寝泊まりとかはどうしてたんですか」
「ああそれはまぁ……なんとかなってる。…そこそこお金は持ってるから…」
「で、でも…」
言い淀む鎌田を見て、晶の心配は募るばかりだった。陽太は少し考えるそぶりを見せ、パチンと指を鳴らした。
「なあ鎌田、俺たちと共同戦線を張らねえか」
「共同戦線?」
「お前も俺たちも敵は共通だ。いつ襲ってくるかわかったもんじゃねえ。だったら常に一緒に動いて迎え撃つのが得策だろ?」
「そうかもしれないけど…そうは言ってもさ」
「昼能力なら虫んなって鞄にでも何でも入ってられんだろ」
陽太は頭の後ろで手を組んで、ギィギィと椅子を揺らす。
「どーせこの家ににゃー親ほとんどいねーし。広さだけは無駄にあんだけどなー」
その言わんとすることに気付いて、陽太ナイス! と晶は心底思った。鎌田もそれに気付き、
「えっ!? いやさすがにそこまでお世話になるわけには」
「鎌田さん! 僕からもお願いします!」
間髪をいれず晶が畳みかける。
「一緒にいるのが陽太だけじゃさすがに心細いんです! 陽太の能力は結局アレだし、昼なんかさらにアレだし」
「アレってなんだコラァ! 万物創造【リ・イマジネーション】と叛神罰当【ゴッド・リベリオン】舐めんなオラァ!」
「はいはいわかったから。ともかく鎌田さんが一緒にいてくれたら今よりずっと心強いです」
「そうは言っても…」
――もう一つあるんです!――
普通の会話から流れるように続く晶の伝心能力。突然頭に響いた声で、鎌田の思考が中断される。
――陽太の馬鹿、学校の授業中もくだらないことばっかり考えてるんで成績が散々なんです。特に数学とか酷くて――
――鎌田さん高校生ですよね。あくまで中二レベルでいいんで、陽太の勉強見てやってくれないでしょうか?――
すばやく、陽太に気付かれないように。一息で晶は鎌田に心の声を伝えた。
鎌田は一瞬驚いた顔を見せたが、晶の意図を汲んですぐに正常に戻り。腕を組んで、深く考え込む。
それをじっと見つめる陽太と晶。やがて、鎌田は腕を解いてふっと力を抜く。
「確かに、比留間は脅威だ。きっと僕一人だけじゃきつい。戦っていくには君たちの力が必要不可欠だ」
「ふっ。まあ当然だな」
「偉っそうに言っちゃってもー…」
「陽太君、晶君、君たちの力を貸してほしい。僕もできる限りの力を貸そう」
「よし! 決まりだな!」
陽太は膝をパンと叩いて立ち上がり、少しだけ右手を見つめてぎゅっと握り、鎌田へと伸ばす。
それに応じて伸ばされるは、硬い外骨格に覆われた異形の拳。
「比留間の野望を砕くその日まで。よろしくな、鎌田!」
「ああ、お世話になるよ。これからよろしく、陽太君! 晶君!」
「よろしくお願いします。鎌田さん」
あらゆる可能性を生み出す無限の拳と、悪を打ち砕く異形【せいぎ】の拳。
突き合わされた二つの拳に、どんな試練をも突き崩す力強さを晶は感じるのだった。
こうして、僕と陽太に不思議な仲間ができた。
鎌田之博さん。自称、正義のヒーロー。異世界からやってきた、カマキリ人の高校生。
登校中の今、陽太の肩に乗っている小さなカマキリが彼だ。
平和な光景に見えるけれど、この瞬間にも比留間の計画は着々と進んでいて。
仲間の増えた僕たちには、今後、より大きな試練が降りかかることになるんだ。
さて、今日の話はここまで。この続きは、またいつか。
<おわり>
登場キャラクター
最終更新:2010年08月22日 16:17