「おおっと動くな! いいか変身すんじゃねえぞ、携帯が逆にパカッと行くぜぇヘッヘッヘ…」
「くっ…卑怯な真似を…」
「そうだな…こいつをむき「バウッ!」無傷で返してほし「バウッバウッ!」欲しけりゃ」
「アオオォォォォォォン!」
「うっせえええええええ! そのクソ犬黙らせろ馬鹿野郎!」
「すっすまねえ兄貴、こらっ静かにしろ!」
「………」
台詞を邪魔されて怒り心頭のモヒカン、体格通りの大きな声で吠えるハスキー犬を必死でなだめる赤髪、呆れるスキンヘッド。
しまらない悪役だなと鎌田は思った。
「…まあいい。ついでにも一つイイこと教えてやんよ」
モヒカンにオイ、と声をかけられ、犬をようやく静かにさせた赤髪が得意げに立ち上がる。
「俺の能力は『犬を手懐ける能力』! 俺の能力にかかりゃどんな犬もイチコロよぉ!」
「そう言う割には随分フリーダムじゃないか」
「っせえええ! 黙って聞いてろ丸眼鏡!」
なぜかその場でくるくる回っている犬を指差しツッコミを入れる。
奇行を繰り返す犬だが、赤髪の命令を数回受けてピタと静止した。
「とにかく! 野良犬だろうと飼い犬だろうと一瞬で俺の手駒ってワケだ!」
「……まさか」
「そう、そのまさかだ」
赤髪はその容姿に似つかわしくない、犬の可愛らしい首輪に付いた名札を見せつける。
「ベルちゃん4才メス! そこらへんの家から適当に借りてきた飼い犬よぉ!」
「な、なんだって!?」
「用がすんだら返すがなぁ。朝んなって罪のない飼い犬がボコボコにされてたら…飼い主はさぞ悲しむだろうなぁ…?」
「くぅっ…なんて卑怯な…!」
歯を噛みしめながら鎌田は考える。ヒーローに逆境はつきもの。どうすればこの状況を打破できるのか。
無関係の二人を巻き込まず、犬を傷つけず、携帯を取り返す。はっきり言って苦しい。できるのか、この僕に……
「おい、チンピラさんよ」
突然真横からの声に鎌田は前髪を跳ねあげる。声を上げたのは陽太。いつの間にか隣に来ていた。
言葉こそ大きいが、その体躯はこの場にいる全員から見下ろされる。そんな少年を慌てて下がらせようとしたその時。
――鎌田さん!――
背後にいた晶の声が心に直接響いた。思わず振り向きそうになった身体がビクリと硬直する。
――動かないで! 携帯と犬は僕と陽太でなんとかできます、ここは僕たちに任せて!――
普段の鎌田ならば、そんなわけにはいかない、と思うだろう。
しかしその時の鎌田は、彼らに任せよう、と。なぜかそう思ったのだ。
時間は少しだけ遡る。鎌田と赤髪が会話している頃。
――陽太、あいつらに気付かれないように反応して!――
陽太が背後にまわした手をグーパーするのを確認して、晶は伝心能力で指示を続けた。
――あの犬は僕の能力で動かせる。たぶん携帯取り返すこともできる――
実は、さきほどから続いていた犬の奇行は晶の能力によるものだ。キメラではないしっかりとした意識を持った犬ならば、
晶は能力で直接心に呼びかけある程度操ることができる。今日は調子がいいのか、妙に事細かに動かすことができた。
――でもそれだけじゃ厳しいと思う。陽太、しばらくあいつらの気を引くことできない? そういうの得意でしょ?――
陽太は少し考えるそぶりを見せた後、晶に見えるようにビッと力強く親指を立てた。
「おい、チンピラさんよ」
赤髪と鎌田の会話にいきなり陽太が割って入る。
今までその存在にすら気付いていなかったようで、赤髪が素っ頓狂な声を上げた。
「ああ? 何だこのチビ」
「さっきから聞いてりゃずいぶんと汚え真似してんじゃねえの?」
「ああん!? チビが粋がってんじゃねえぞオラァ!」
「おいおいちょっと待てよ。俺は喧嘩するつもりはねえんだ」
今にも掴みかかってきそうな勢いの赤髪に陽太は右手の平を向ける。モヒカンも腕を伸ばして赤髪を制止した。
「だったら何だってんだガキ。用がねえならさっさと帰りな」
「キレやすいのはカルシウムが足りてねえんだ。あるいは娯楽が足りてねえ」
「ガキが何言ってやがる。それが何だ?」
「お前らに……おもしれえモンを見せてやるよ!」
言うと同時に突き出した右手を握り力を込める陽太。チンピラたちに戦慄が走る
「ハアアアアァァァ…」
「おっとぉ!そこまでだ!携帯叩き割るぜ!?」
「ハァッ!」
警告に構わず気合を込めて右手を開く。瞬間、開いた手の平には、何の変哲もない真っ赤なリンゴが乗っていた。
「………」
「………」
少しの沈黙。そして。
「ギャハハハハハハハ!! それがおめえの能力か!! アッハハハハハ!!」
「ハハハハッパネェ!! ダッセェ!! ハッハハハハハハ!!」
陽太は強い子。これくらいでへこたれない。
能力が盛況のようでなによりです。そんな風に、晶は思った。
「まだだっ!」
「!?」
突き出した左手を握り、開く。その手の平には緑が鮮やかな青リンゴ。
「さらにっ!」
青リンゴを右手に移して、さらに左手から発生させる、黄色が眩しいグレープフルーツ。
「準備は…整ったぜ!」
瞬間、陽太の右手からリンゴが天に向け放たれる。
真っ赤なリンゴは夜の闇に鋭い放物線を描き、左手へ向かって落ちる。
リンゴを受け取る直前に放たれる左手のグレープフルーツ。黄色は先程の赤と同じ高度まで舞い上がり、そして右手へ。
黄色を受け取る直前に放たれた緑は、最初の赤と同じ軌道を描き……鮮やかな三色の果実が次々と闇に舞う。
要はジャグリングである。
おぉ、と小さな声を漏らしたのは誰だったか。三色の空中軌道はまるで揺るがない。
そう思ったら、今度は上体を反らした上手のジャグリングに変化させていて。地味に高等技術っぽい。
知らなかった。陽太にこんな特技があったとは…
ダン!
陽太が足を踏みならす音で、晶はハッと我に返る。
チンピラの意識は今ジャグリングに向いているんだ。自分まで気をとられてどうする。
しかし……敵に「おもしれえモン見せる」と言って実際面白いもの見せる奴って初めて見た。
「ガウッ!」
突然犬の鳴き声が聞こえて、陽太の片足越しのジャグリングに気を取られていた鎌田は反射的に身構える。
だが犬は鎌田ではなく、隣のモヒカンへ向かっていた。突然のことにモヒカンは反応できず、携帯電話は犬にあっさりと奪われる。
「おっおいっ待てっ!?」
チンピラたちの制止をまるで聞かずに駆けてくる犬。
赤髪がぶら下げるように持っていたリードを握りなおそうとした瞬間、飛んできた何かがその手を弾き、リードが手放される。
「禁断の赤【タブー・オブ・ファイア】…! させねぇよ!」
隣に目を向ければ、空の右手を前にした陽太。
左手では依然青リンゴとグレープフルーツがポンポン回っているので、さっき投げたのはリンゴだったのだろう。
つくづく器用な少年だと鎌田は思った。
「おいっどういうことだゴラァ!」
「戻れベルっ! 戻れぇっ! くそぉっ何で言うこと聞かねえ!」
犬は鎌田の脇を走り抜け、ギュッと両手を組んで力を込めていた晶の元へ駆け寄る。
能力で手懐けているはずの赤髪の指示をまるで聞いていない。
モヒカンから奪った携帯をその口から受け取り、晶がよしよしと頭を撫でると犬は満足げに尻尾を振った。
「まさか…てめえの能力かガキィ!」
伝心能力でまっすぐ家に帰るよう犬に指示した晶は、暗闇に去っていく犬を見送り立ち上がった。
「ふぅ、疲れた。どうやらあなたの能力より僕の能力のほうが強かったみたいですね」
「こ…ん…のクソガキがッッ!!!?」
怒りに踏み出すと同時に陽太の投げた青リンゴがカウンターで顔面に直撃し、赤髪は大きくのけぞって尻もちをついた。
「禁断の緑【タブー・オブ・エメラルド】。役目は果たしたぜ、鎌田」
鎌田の肩をポンと叩いて下がる陽太。無事取り戻した携帯を手にニコリと笑う晶。
「なんていうか…君たちにはどれだけお礼を言ったらいいのかわからないな」
「んなこたぁいいんだよ。今は目の前の敵に集中しろ」
「あぁ…そうだね」
鎌田は力強くうなずくと上着を脱ぎ捨て、堂々とした態度でチンピラたちに対面する。
足は肩幅。両手は握り腰の横に構える。
「…変…」
両腕を真っ直ぐ伸ばし、腰の前、低い位置で
クロス。同時に指を広げて両手が開かれる。
「…身…!」
持ち上げた右手は顔の右前方、左手は胸の横に。
握った手から人差し指、中指を付け根で曲げて伸ばし、前方を向ける。
次の瞬間、鎌田の全身が一瞬歪み、その姿は薄緑の外骨格に包まれた昆虫人間に変化を遂げるのだった。
心強い背中を眺めながら、晶がポツリと呟く。
「…あの…陽太。変身ポーズって本来いらないんだよね?」
「いるっての! 変身能力だぞ? 変身ポーズは男の浪漫だろうが」
「無駄に派手になってない?」
「おお、カマキリ人間だからな。蟷螂拳のテイストを入れてみた」
「………さいですか」
わからない。男の浪漫ってわからない。
胸を張る陽太にどこか冷めた目を向けながら、自分は女なんだなと再認識する晶だった。
<続く>
登場キャラクター
最終更新:2010年07月17日 17:30