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月下の魔剣~異形【せいぎ】の来訪者~ > 6


鎌田はいそいそと脱ぎ捨てた上着を着込み、フードを目深に被る。
カマキリの顔と翅は見えなくなるが、袖から覗く手は依然昆虫のような手で。

「あの…鎌田さん…?」
「鎌田お前…何で能力切り替わっても変身解けねえんだ?」

確かに昼能力で出したカロリーメイトを咥えつつ、陽太が尋ねた。

「ああ…ええと…僕のは昼も似たような能力なんだよ、ハハハ…」
「人間には戻らないのか?」
「んー…変身したらしばらく戻れないんだ」
「嘘つけお前、夜はさんざ変身したり戻ったりしてたろ」
「……うーん……」
「嘘が下手だな鎌田」
「鎌田さん…」

黙りこんでしまった鎌田の手に晶の手が触れる。硬質で鎌と一体化する不思議な手。

「陽太は悪気があって言ってるんじゃないんです。詮索してほしくないなら止めさせます。
 でもその…鎌田さんに困った事情があるなら…僕は力になりたいんです。陽太もそう思ってます」
「はっ! 何適当言ってんだ。俺はそんな聖人君子みたいな男じゃねえよ馬鹿」
「このツンデレめ」
「つっ!? ツンデレ言うなコラ!」

10年前の運命の日。チェンジリング・デイ。
人は傷つき、多くの命が失われ、世界は悲しみに包まれた。大切な人を失ってしまった者は数知れず。
家族でたった一人生き残り、孤児になってしまった子供たちもいる。
それでも彼らは互いに助け合い、分かち合い、力強く生きてきた。

「せっかくこうして知り合えたんです。困っているなら助けるのは当然じゃないですか」
「水くせえんだよ鎌田。一人でウジウジしやがって」
「晶君……陽太君……」

そんな中、晶と陽太の家族は誰一人として欠けることなく、安穏な暮らしは現在に至る。
多くの人が失ってしまった愛を、その一身に受けながら幸せに育ってきた。
自分たちは圧倒的に恵まれている。それを彼らはわかっていた。

だからこそ、愛を与える側になる。自分の身を削って、人を助ける人になる。
そんな風に、彼らは生きてきたのだ。

「何と言うか…君たちって本当にいい人だよね」
「えへへ…よく言われます」

人はそれを、お人好しと言うらしい。


鎌田はその異形の手を顔の前に持ち上げて動かして見せた。硬い指がぶつかりあいカチカチと音が鳴る。

「ただね、これはそんなに深刻なことじゃないんだ。たぶん君たちの思っていることとは違う。
 僕自身に何か異常があるわけじゃないんだよ」
「えっ…? でも……」

鎌田は顎に手を当て少し考えると、よし、と呟いて顔を上げる。

「そうだな、君たちは命の恩人だ。それにせっかく心配してくれているのに隠し事はよくない」
「それじゃあ…」
「ああ。話すよ、僕のことを」

表情という表情の見えないはずの虫の顔から、晶は鎌田の決意の表情を確かに見るのだった。


20分後、晶、陽太と鎌田は陽太の家のテーブルに向かい合って座っていた。
日の出からすでに30分以上経っているにもかかわらず鎌田が人間に戻る気配はなく、
本当に訳ありな人なんだと晶は再認識する。

「さて…どこから話したものか……」

触角をクイクイと揺らしながら考えていた鎌田が、おっと、と呟いて姿勢を正す。

「今まで、恩人の君たちを騙す形になってしまった。申し訳ない」
「えっ!? いえいえ、いいですよそんな…」

頭を深々と下げる鎌田を晶は慌てて止めた。ただ…と鎌田は付け加える。

「言い訳になってしまうけど、他意があったわけじゃない。ただ常識的に考えて信じ難い話だから…あえて黙っていたんだ」
「信じ難い…話…」
「あり得ない、なんてことはあり得ない」

考え込む晶を横目に陽太が口を出す。

「それがこの世界だ。信じるさ。お前が……」

言葉を留めて、ニヤリと笑う陽太。

「…実は人間じゃない、なんて話もな」
「えっ!?」
「ちょっ! 陽太っコラ!」
「なんでそれを」
「ええっ!? 鎌田さん!!?」

振り下ろされず停止した晶のチョップを頭上から退けて、陽太はふっ、と不敵に指を組んだ。

「昆虫を模したその姿。高い戦闘能力。怪しい言動に行動。ヒントは無数にあった。
 お前は正体を隠してたつもりだろうが……俺に言わせりゃ公表してるようなもんだぜ」
「正体って」
「お前のその姿は、チェンジリング・デイとは無関係。そうだろ?」
「あ…ああ、確かに」
「やはりな。つまり、お前は……」

陽太の言葉に全神経を傾けて、晶はゴクリと唾を飲む。

「悪の秘密結社に改造された…改造人間だ!」
「かっ……!?」

驚愕に目を丸くする晶。元々目は丸い鎌田。陽太は自信満々に続ける。

「それまでごく普通の一般人だったお前は悪の秘密結社にさらわれ、カマキリ怪人となるべくその身体を改造された。
 だが脳を改造される前に研究所を脱出。お前は正義の心を残したまま昆虫人間への変身能力を得たんだ」
「…あの…」
「お前の大切な携帯、無意味な携帯電話ってのは偽装だな。本当は脱出の際、機密文書か、超兵器の設計図か、
 ともかく秘密結社の重大な何かを移した大容量メモリーだ」
「ちょっとあの…陽太君」
「お前は正体を隠し旅を続けながら、秘密結社を潰すだけの力を持ち信頼に足る仲間を探している」
「………」
「そうだろう! 改造人間、鎌田之博!」

ドン! といった感じの擬音が似合うだろう。陽太は自信に満ちた顔で言い切るのだった。

「…君は凄いな、陽太君」

唖然とする晶は言葉が見つからず。陽太は澄まし顔で次の言葉を待つ。

「完璧に大ハズレ」

ゴン!

突然の大音量に驚いて晶が隣を見ると、陽太が勢いよくテーブルに額をぶつけていた。
そのまま動かない陽太。音からしてかなり痛かったと思う。自業自得である。

「もー…だからずっと言ってるでしょ。そんな突拍子もない話は現実にはないの! 厨二病は卒業しなきゃダメなんだから」
「いや……晶君。もしかしたら、陽太君の話のほうがまだ信じられるかも知れない」
「え…それってどういう…」
「僕の現実は、それよりもっと突拍子もない話なんだ」

晶と、早くも復活した陽太は、黙って鎌田の言葉に耳を傾ける。

「一言で言ってしまえば……僕は、この世界の住人じゃない」

瞬間、二人の頭に同じ単語が浮かんだ。
反射的に立ち上がった椅子が大音量と共に倒れ、衝撃的なその単語が二人の口から飛び出す。

「う…宇宙人!!?」
「ちょっ!? 違う!」

慌てて立ち上がった鎌田の椅子もガタンと倒れた。

「…まあ、とりあえず座ろう」

椅子を立てて座り直す三人。コホン、と小さく咳払いして、鎌田が続ける。

「ともかく、宇宙人ってのは断固違う。僕は正真正銘、地球人だよ。っていうか日本人だ」
「ええぇ…」
「じゃあ何だってんだよ…」
「僕は……」


「僕は鎌田之博。佳望学園、高等部の蟷螂人だ」


<続く>

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最終更新:2010年07月19日 07:00
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