話には聞いていても、実際目にするとやはり驚くべき画像だった。
携帯の画面に写る揃いの制服の生徒たち。体型は人間でこそあるが、その顔や手は素肌ではなく体毛に覆われていて。
突き出た鼻面、天に伸びる耳、その腰には尻尾が揺れる。耳尻尾なんてレベルではない、まさに獣人である。
三人組の女子生徒は、活発そうな犬と、リボンの猫、おっとりした表情の兎。
追いすがる男子生徒は黄色い毛皮のチーター。その頭を抑えつけている長身の男子生徒は狼か。
「うぉ!」
「わっ!」
彼らを率いる教師は、茶色い剛毛に突き上がった鼻、口の両脇から上向きに突き出た牙に、見る者を震えあがらせる鋭い眼光。
でっぷりと太った体がその迫力を引きたてる、見るからに恐ろしい猪男。どう見たって鬼教師だ。
人間の男子生徒が平然と会話しているのは、赤茶の鱗に覆われた凶暴な面構えの…トカゲ? いや、
むしろゲームに登場する飛竜のよう。その隣から顔を出す女子生徒は黒い毛皮だが、その顔つきは狐のようだ。
「人間ってこんなに少ないのか?」
「いや、うちは特別ケモノが多いんだ。教師もほとんどケモノだし。そういう学園なんだよ」
大きな翼の腕を広げ、顔に嘴、足には鉤爪を持ったワシの女子生徒。プロレスラーのような身体つきをした白虎の女子生徒。
中心にいる人間男子生徒は長身な彼女たちに囲まれている影響か、陽太よりも小さく見える。
文庫本を片手に物静かな雰囲気を醸す、純白でふさふさした毛皮を持つ犬の男子生徒。
彼に笑顔を向けている猫の女教師は新米なのだろう、とても若々しく、むしろ彼より年下のようで。
この二人は教師と生徒なのだろうが……妙にいい雰囲気を感じるのは気のせいか。
「種族による区別って全然ないんですね」
「そだね。別の種族で組んでるひとの方が多いかも」
「種族違っても大丈夫なのか? 子供とかできんの?」
「うん。子供は大概どっちかの種族で生まれるんだよ」
「へぇえ…。よくできてんなお前の世界」
次の写真で思わず吹き出した。
バスの座席で居眠りする鎌田の、その顔には変に器用な落書きがされていて。
犯人とおぼわしきこの小さな、眼鏡の犬っこは近所の悪ガキか何かだろうか。
やる気の見えない猫の生活指導。不良っぽいトカゲ。厳しそうな眼鏡の兎の委員長。
不良っぽいライオン女教師。発育の良い狐の女子。不良っぽいカラカル。
小さな狸の女教師。不良っぽい人間女子。巨大なカブトムシにスズメバチ。
「……不良多くね?」
「ははは…」
その他にも様々な写真があって。多種多様な生徒たちが、それぞれに修学旅行を楽しんでいて。
時折ぶれたり、歪んだり、逆光でよく見えなかったりする、リアルなそれらの写真は作りもののそれとは思えず。
笑い、驚き、旅行を心から楽しんでいる彼らの表情もまた、作りもののそれとは決して思えなかった。
写真を次々と見ていて、気付いたことがある。
「あの鎌田さん、このよく写ってる馬の人と、鹿?の人は…」
「ああ、馬が塚本で鹿が来栖。こいつらとはまあ…腐れ縁?ってやつかな。なんだかんだでいつも一緒に行動してる」
「ふーん……」
いつも一緒にいるのか、この二人。
二人組について思うところがあったのだが、とても失礼なので晶は言うのはやめておいた。
「……馬鹿?」
「っちょっ!!?」
なんて気遣いも空しく、躊躇なく言ってしまう陽太。直後にツッコミのチョップを入れる晶。
そんな二人を見て鎌田はハハハと笑う。
「そんな気ぃ遣わなくていいよいいよ別に。実際、塚本は相当馬鹿だし、来栖だって大差ない」
ただ…と鎌田は不意に真顔になる。
「二人組で馬鹿、じゃなくて、僕も含めた三人組でチーム鹿馬螂(カマロ)っていうらしい。
とは言っても僕自身そんな徒党に入った覚えはなくて、塚本が勝手に言ってるだけなんだ。本当馬鹿だよね、ハハハ」
表面的には変わらない鎌田の顔を見て晶は思う。この人は表情豊かだ。
顔の形こそ変わらなくても、豊かな人柄が様々な表情を浮かび上がらせる。そんな鎌田の今の顔は……
「お二人は…鎌田さんにとって本当に大切なお友達だったんですね」
鎌田は一瞬驚いたような顔を見せて、ふっ…と小さく息を吐いた。
「そうだね。いつも当然のように一緒にいて、時にはうっとおしい連中とさえ思ってたけど…
情けないもんだ。こうして会えなくなって、初めて気付いた」
「塚本と来栖は僕の親友だ。他の誰にも代えられない、僕の大切な仲間なんだ」
だから…、と、鎌田は決意の表情を浮かべる。
「僕は必ず、元の世界に帰る。どんな困難が待ち受けていようとも、絶対に無事に帰ってみせる」
「鎌田さん……」
「あいつら二人だけじゃ駄目なんだ。三人揃ってこそ、チーム鹿馬螂だからね」
心配する晶に、鎌田はニコリと微笑んで見せた。
「………嘘だな」
晶と鎌田は驚いて、ポツリと呟いた陽太に顔を向ける。
「今さら何言ってんのさ! 乗り気だったのはあんたでしょ!」
「いやいや待て勘違いすんな、その手を下ろせ晶」
晶の手から頭を防御しながら弁明する陽太。
「信じてるって鎌田の世界も、そっから来ちまったって話も」
「ふーん……じゃあ何さ」
晶が手を下ろすのを確認すると、ふぅ、と一息ついて陽太は語り出した。
「そもそも。パラレルワールドってのは人が想像できる可能性の数だけ、無限に存在する。そういうもんだ。
例えば、人型ロボットが車や携帯並みに普及してる世界。異形が闊歩して魔法が使える世界。
ヒーローや魔女っ子が平和を守る世界なんかもあるはずだ。人類皆能力者なこの世界だって無限の可能性の一つだ。
当然、鎌田のいた獣人世界だって存在するんだろうさ」
「ほう、それで?」
「だがそれらの世界はまず繋がったりしない。互いの存在に気付かないからこそ、どの世界も混乱せずにやっていけるんだ。
それが繋がる異常事態ってのは、想像を遥かに超える科学技術か、人智を超えた異能の力か、せいぜいそんな原因だろう」
「ふーむ…」
「つまりだ。獣人世界の科学技術がこの世界と大して変わらないってんなら、繋がっちまった原因は十中八九こっち。
解明されない異能の力が無数に存在する、このチェンジリング世界にあるはずだ。そうだろ?」
「…なるほど」
晶はいつの間にか、陽太の演説に引き込まれていた。単純な厨二妄想と割り切れない何かがある。
異世界の住人、鎌田の存在は大きい、が、それ以上に。自信満々な物言いが、何とも言えない説得力を生み出している。
こいつは演説家か、もしくは詐欺師の才能があるんじゃないだろうか。晶は、陽太の将来が少し心配になった。
「で、鎌田だが。お前はこの世界に来ちまった理由はわからないって言ってたな」
「あっ、ああ…」
突然話を振られた一瞬、鎌田にギクリとした表情が見えた。陽太の目が光る。
「二週間調べて手がかりゼロ。そんな厄介な状況の割に、お前の態度には妙な自信が見える。
現実主義のお前は、そんな根拠のない自信を持つタイプじゃねえな」
「う……」
「そしてお前は最初会った時『人を探す旅をしている』と言った。他に何とでも言いようはあるってのにだ。
さっき説明で詰まったのも恐らく、連れて来られた、と言いかけたんじゃねえのか」
「………」
「推測するにお前は、この世界に来ちまった理由、少なくとも関係のある人物の名を既に掴んでいる。違うか?」
最近どこかで見たようなパターンである。とはいえ、陽太はだいぶ控え目だが。
「驚いた。すごいな、君は」
晶は鎌田をじっと見つめて次の言葉を待つ。
「確かに、君の推測通りだ。その人の名前はわかっている」
「…ふっ。やはりな」
陽太はこれが当然だと言わんばかりに澄まし顔をしていたのだが、
机の下で小さくガッツポーズをとっているのが晶からはばっちり見えているのだった。
「ただ、その名前を言うわけにはいかないんだ。名前を知ったら、本格的に厄介事に巻き込まれてしまうかもしれないから…」
「
比留間慎也か」
「そう、比留間慎也の名前だけは………」
数秒間、沈黙が場を支配して。
「ええええええええええっ!!!!?」
「えええぇ!?」
「なんだ図星かよ」
驚愕する鎌田と晶に対して、陽太は涼しい顔を見せていた。
「なっなんでそこまでっ!!??」
「はっきりしないが薄々そんな気はしててな。試しに鎌かけてみた」
「…あっ!?」
鎌田は自分の失言に気付くが、時既に遅し。
「しかしカマキリのお前が鎌にかかるとはな。笑えねえ冗談だぜ」
「…やられたよ。君も人が悪いな」
「知能派と呼べ」
胸を張る陽太に対して、額に手を当て大きな溜息をつくと、渋々といった様子で語り出す。
「どうやら君に隠し事はできないようだ。まあ、僕も嘘つくの得意じゃないしね。
そうだ、その人物の名前は比留間慎也。この世界では有名な能力研究者のはずだ。
この名前までは案外すぐに辿りつけたんだ。だけど…」
おっと、と何かに気付いた様子で鎌田は話の流れを変える。
「ところで、なんだって比留間慎也の名前が出たんだい? 世界的な有名人…だよね?
僕が調べた限り、世間的には悪い評判も無いはずだ。薄々そんな気がしていたって、一体どういう…?」
「厄介事に巻き込まれるって言うがな、俺と晶はとっくに巻き込まれてんだ。鎌田、お前に会う前からな」
「えっ? どういうこと?」
「俺と晶の能力は、比留間慎也に狙われているのさ」
「……えっ……と…え?」
鎌田は少々、ぽかんとした顔を見せて。そして晶に同意を求める。
「いやいや、陽太君はまたそういうことを。ないでしょ? さすがにそんなこと…」
「いえその…こればかりは本当なんです。陽太の妄想じゃなくて」
「……マジで?」
「マジです」
「おいコラ。俺がいつ妄想言ったってんだ」
「いつも言ってんでしょ」
陽太の反論をすっぱり切り落とす晶。鎌田は真剣な目で晶に向き直る。
「その話、できれば詳しく聞かせてもらえないだろうか」
「いいだろう。語ってやろうじゃないか俺の戦いの日々を。比留間の野望を。始めよう、悠久の神話ぶっ!?」
陽太の良い気分の語りは、晶の手に塞がれあっさり止められてしまうのだった。
「はいそこまで。あんたが語ると無駄に長くなるから。僕が話します」
「うん、そうしてくれると助かる」
「まず最初、ことの起こりは――」
不機嫌にむくれている陽太を気に留めず、無駄のない晶の語りを鎌田は真剣に聞き入っていた。
<続く>
登場キャラクター
最終更新:2010年08月07日 01:11