「変身能力…だと…!?」
「そうなんだよ。鎌田さんすごかったんだから」
「いやぁ…そう大したものでもないって」
カレーが煮立つまでの間、しばしの談笑。人間の姿に戻った鎌田はその強力な能力に係わらず謙虚で、
どこかの厨二病と違って大人だなと晶はつくづく思う。
「それでライダーっていうのは?」
「ああそれは僕の……地元でのあだ名でね。バイクには乗らないんだけどそれですっかり慣れちゃってさ」
「ああ…なるほど」
鎌田の変身した姿を思い出して、そのあだ名に深く納得する。
「おいちょっと待てよどんなのだよ、変身見せてくれよ」
「こら、偉っそうに言うな! 失礼でしょー」
「ん? いいよー別に」
軽い調子で言うなり鎌田は椅子から立ち上がる。直後、その全身がぼやけるように歪み、
「!!?」
まるで、それが当然であるかのように。
特殊な前振りも音も光もなく、その姿は一瞬にして昆虫人間に変化していた。
「こんな感じ」
「おおおおおおおっすげえええええええっ!!!!」
「………」
そこは「ふっ。昆虫をベースにした強化装甲か…なかなかおもしろい能力だな」じゃないのか陽太。
子供のようにハイテンションに叫ぶ陽太に、いつもの厨二はどうしたと内心ツッコミを入れる晶だった。
「バッタ!?」
「蟷螂!!」
晶も最初はそう言って、全力で訂正された。そこは鎌田としては絶対に譲れないところらしい。
しかし明るい場所で改めて見ると、すごい姿だ。
全身は元のサイズと変わらないのにも係わらず、その姿、特にその逆三角形の頭部は人間のそれと明らかに違い、
人間が装甲を纏うだけでは到底不可能な変化を見せている。まさに変身である。
「ちょっ、手ぇ触ってみてもいいか!?」
「いいけどトゲトゲしてるから気をつけてね」
関節部分は節となっている硬質な腕、その質感は金属よりも、有機質な骨に近い。
内側に並ぶ刺も緩やかな曲線も生物的で、昆虫の腕をそのまま巨大化したようだ。
その先端は、人間より小さな手の平から生える指。人差し指にあたる部分が、大型ナイフ程度の鎌となっていて。
カマキリのそれのようにギザギザの刃は、内側に折りたたまれて腕にぴったりとついている。
「カマキリって割に鎌はあんまでかくないのな」
「うん、あんまり大きいと生活に不便でしょ?」
「いや変身したまま生活しないだろ普通」
「ん……ああ、そうだねハハハ」
背中に生える翅は薄くしなやかながらも、容易くちぎれるようなものではなく。広げた内翅は美しく透き通っている。
服の背中に空いた穴は単純なものではなく、むしろ翅を出すために仕立てられているようで。
身体は変わっても服装は変わらない。変身する前から鎌田はこの背中に穴の空いた服装だったようだ。
ただでさえ寒さに弱いというのにこれは風通しがよさそうだ、苦労するなあと晶はしみじみ思った。
「これ飛べるのか!?」
「うーん…微妙。ほとんどジャンプの延長みたいな感じかな。空中制御とかゆっくり降下とかはできるんだけど…」
へえぇ! ほおぉ… と感心しきりの陽太。体中を観察されて当の鎌田は誇らしいような恥ずかしいような困惑したような、
実に微妙な表情を見せていた。いや、実際にはその虫の顔はほとんど変わらないのだが、晶には確かにそう見えた。
やがて満足したのか、うん、と呟いて離れる陽太。そして
「ところでライダー、変身ポーズとかねえの?」
「変身ポーズ?」
また変なこと言い出した、と晶は頭を抱える。そんなこと言われても真面目な鎌田は困るだろうに。
「…ああっ!!!! そうだよっ、何でその発想がなかったんだ!!」
「ちょ、あれっ!? 鎌田さん!?」
「おいおいポーズは変身の基本だろうが。しっかりしろよなライダー」
「うーん…僕としたことがうっかりしてた…」
「あのー…鎌田さん?」
キョトンと晶を見る、透き通った複眼。
「何だい晶君?」
「あの…陽太に合わせてくれなくてもいいんですよ?」
「いやあ大切だよ変身ポーズは」
「……さいですか」
なるほどこの人も陽太とは違うにせよ、なんというか…ヒーロー好き?な部分があるようで。
実際高い実力があるわけで何ら問題はないが、ちょっとだけ残念に思う晶だった。
「よし、じゃあやってみるかな!」
鎌田は少し考えると、両足を肩幅に開いて立つ。
両腕を顔の前で
クロス。握りこぶしに力を込め、一気に腰の横に振りおろす。
「変身!」
その身体が一瞬光を放ち次の瞬間、人間の姿に戻った鎌田がそこに立っていた。
「どうかな?」
「ああ、悪くないが…変身解除するときにそれやってどうすんだよ」
「え? ……っと。そうだった」
「あと…腕の角度がもっとこう…」
「それじゃあ…こうしてこうして……変身!」
さっきと違うポーズで再び昆虫人間に変身する鎌田。どうやらあの変身に制限みたいなものはまるでないようだ。
「…僕カレー見てるね」
変身と解除を繰り返しながら熱い討論を交わす二人を尻目に、晶は冷めた顔で鍋を覗くのだった。
「ところで陽太君はどんな能力なんだい?」
やがて変身ポーズ議論は一段落し、鎌田が尋ねる。
「俺の能力は叛神罰当【ゴッド・リベリオン】。神に叛く力だ。そう容易く見せるわけにはいかねえな」
「へええ、そっか、それはすごそうだね。いつか機会があったら見せてよ」
「ふっ。機会があったらな」
陽太の偉そうな言いようにも動じない、しつこく追及しない鎌田はやはり大人だと晶は思う。
そんな陽太に晶の悪戯心が湧く。機会があったら、そう言うのならば
「あー! リンゴ買うの忘れたー! 陽太ー」
作ってやろうじゃないか、能力を披露する機会。
「陽太。カレーに入れるリンゴ忘れた」
「は!? どんだけ忘れてんだよ晶! 俺にどーしろってんだよ!」
「いーよ別に入れなくてもカレーできるし、辛口だけど。鎌田さんは辛口でも大丈夫ですよね?」
「…へ? ああ、大丈夫だけど」
「はいそんじゃ辛口カレーで」
「だあああもうわかったよ! 出せばいいんだろチクショー!」
悪い笑みを浮かべる晶と、キョトンとする鎌田。
「おいしいやつよろしくー」
陽太は精神を集中するためのいつもの動作、両手の平を胸の前で合わせる。目をつぶってさらに最大限の集中。
それは投げつけるための硬さや形ではなく、おいしく食べるための味を再現するため。やると決めたら陽太は真剣だ。
目を開き、少しずつ離される両手。その隙間には無数の光の粒子が乱雑に渦巻き、じわじわと丸い形に固まっていく。
やがて全ての光が融合し、消え去る。そこには一つの真っ赤な果実が残されていた。
陽太の能力を初めて見る鎌田は目を丸くする。
何度か見ている晶もこれには驚いた。いつもポンポン簡単に出しているが、じっくり集中して出した場合
これほど雰囲気のあるものだったとは。もっとも、出現したのはただのリンゴだが。
「ほらよっ!」
「どうもっ」
陽太がポンと投げたリンゴをキャッチしてニヤリと笑う晶。
――ね、これが陽太の能力。食べたことのある食材が出せるんだって。変な能力ですよね――
「…ん…えっ!?」
陽太がへそを曲げそうなので、鎌田だけに密かに能力を向ける。
驚いてきょろきょろと周囲を見回す鎌田。
――で、これが僕の伝心能力。人や動物に直接心を伝えるんです――
「へええ! すごい! まさに超能力じゃないか!」
――いやあそれほどのものでも――
「おい晶何コソコソやってんだコラ! 自信作なんだからちゃんと使えよ!」
晶の行動を察した陽太が怒り、晶ははいはいと笑って台所に引っ込む。
早々に能力を披露することになって、ばつの悪そうな陽太だったが。
「陽太君の能力もすごいじゃないか! 僕のなんかよりずっと役に立つ強力な能力だ!」
「そ…そうか…?」
「うん! 僕感動しちゃったよ!」
「…へっ」
掛け値なしに絶賛する鎌田から、まんざらでもなさそうに陽太は顔をそむけた。
やがて調理は完了し、三人賑やかに遅い夕食をとる。今回のカレーのできは上々だった。
ちなみにリンゴを買うのは忘れたが普通にあったので、そっちをカレーに入れた。嘘は言っていない。
能力のリンゴは冷やして剥いて食後に出した。当然文句は言われたが。繰り返す、嘘は言っていない。
なるほどあれだけ集中したこともあり、売り物と比べても遜色ないみずみずしく甘いリンゴだった。
「二人とも今日は本当にありがとう。カレーすごく美味しかったよ」
食事が終わり片付けも済んだのは日付が変わる頃。すっかり乾いたコートを身に纏った鎌田が立ち上がる。
「こんな時間から携帯探すんですか?」
「ああ、明日は休みで公園も人がたくさん来るだろ? そうなったら見つけるのは難しくなっちゃうからさ」
「ふーん……」
陽太は黙って立ち上がり上着を手に取る。察した晶もそれに続いた。
「え? 君たちもどっか行くの?」
「けっ。何言ってんだか」
「僕たちも手伝いますよ鎌田さん。三人で探せばきっとすぐ見つかります」
「知らないとこで凍死されても寝ざめが悪いからな」
「きっ……」
プルプルと震える鎌田。
「君たちはなんていい人たちなんだー!」
「おいっこらやめろこの野郎」
感極まった鎌田の抱擁を全力否定する陽太。そんな二人を晶は微笑ましく眺めるのだった。
「しかしよー、本当にここら辺にあるのか鎌田ー」
「うーん、ここでゴタゴタがあったときに落としたとしか考えられないんだよ」
「誰かが拾ってる可能性は?」
「落としたときは夜だったしあんまり時間も経ってないしなー」
しんと静まる深夜の自然公園で、ゴソゴソと草むらや茂みをかきわけ携帯電話を探す三人。
捜索を始めてすでに一時間以上が経過している。もはや見つからないのではないかという嫌な考えが頭をよぎる。
そんなとき、閉塞しつつある状況に変化をもたらす声がかかる。
「よぉ、また会ったなぁバッタ野郎!」
しかしその声の主は、救世主と呼ぶにはほど遠く。
振り向いた先にいたのは、ヤンキーとチンピラを足して2で割ったような三人組と犬一匹。
声を出したのは中心のモヒカン。左右のスキンヘッド、赤髪、そして赤髪がリードを持っている大きなシベリアンハスキー。
鎌田は額に手を当てて、はあぁ…と大きな溜息をつく。
「また君か。君に用はないんだけどなぁ。あと僕は蟷螂だって言ってるだろう」
「俺は用があんだよバッタ野郎! 正義だとなんだと好き放題しやがってよぉ! ブラッディ・ベル舐めんなやぁ!」
「カラーギャングだかなんだか知らないけどさあ、いい大人がカツアゲなんてするもんじゃないよ」
「ああっ!? てめぇにゃ関係ねえ話だろうが!」
「で、こんな夜中にわざわざ報復でもしにきたのかい? 仲間を少し増やしたところで僕に勝てるとでも?」
「でけえ口叩きやがって! こいつを見ろやぁ!」
モヒカンは乱暴に何かを取り出し、鎌田に見せつける。
「あっ!? 僕の携帯っ!!」
「ええっ!?」
慌てる鎌田を満足げに眺めて、三人組は揃って下卑た笑いを浮かべた。
<続く>
登場キャラクター
最終更新:2010年07月17日 17:12