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月下の魔剣~異形【せいぎ】の来訪者~ > 7


「けもう学園…?」
「蟷螂人…だと…!?」

聞き慣れない単語に目を丸くする二人と対称的に、鎌田はそれが当然であるかのように続ける。

「初中高一貫、全国的に有名なマンモス学園だ。蟷螂人もそう珍しい種族じゃない」
「ちょっと待て鎌田、んな話まるで聞いたことないぞ?」
「当然さ。この世界にはそんな学園も、種族も存在しない」
「この世界って…」
「この世界。チェンジリング・デイが起こって、人類が特殊な能力を持った地球のことだ」
「やっぱ宇宙じ」
「地球人だよ、僕は。この世界とは全く別の歴史を辿った地球の住人だ」

そこまで言って鎌田は黙り、二人をじっと見つめる。その口から何かの言葉を求めるように。

「え…え…? それって……」
「パラレルワールド…ってやつか?」
「それだ、陽太君」

待ってましたとばかりに鎌田が言葉を紡ぐ。

「僕はね。こことは別の平行世界、パラレルワールドからこの世界に来てしまったんだ」
「………」
「………」
「ね。突拍子もない話でしょ」

鎌田の言葉はあまりにも飛躍していて、晶は言葉を失った。確かに、改造人間のほうがまだ信じられる話だ。

「無理に信じろとは言わないさ。一応話は続けるよ」
「お…おう…」

さすがの陽太も反応は晶と似たようなものだった。

「僕はごく一般的な蟷螂人の高校生だ。この姿は生まれつき。当然変身能力なんて持ってなかった」
「生まれつき!?」
「そう。僕はこの姿がデフォなんだ。これが僕の世界では普通のことだ」
「そんな世界が…」
「この世界につ…来てしまった理由は何もわからない。今はその理由を探しているところでね」
「………」
「だいたい2週間前か。普通に街を歩いていた僕は突然、何の前触れもなく白い光に包まれて、気がついたらこの世界に来ていた。
 そして、同時に僕の姿が変わっていたんだ。それが君たちと最初に出会った人間の姿だ」
「あっちが能力だったってことか」
「わけがわからなかったさ。僕の世界…いや、少なくとも僕の現実には超能力なんて一切存在しなかったんだから。
 それに僕はこの世界の住人じゃない。そんな僕になぜ変身能力が発現したのか。この世界の能力っていうのは
 もしかしたらDNAではなく、隕石の影響を受けたこの地球の大気に関係しているのかもしれないね」

へえ…と感心する晶を見て、なーんて偉そうに言っても、と鎌田は肩をすくめる。

「僕は研究者でもなんでもない、ただの学生、しかもこの世界にとっての新参者だ。
 こんなのは僕なりにこの世界を調べた結果の、勝手な憶測でしかないのさ」

――こいつらの狙いは僕なんだ――

晶は、キメラと対峙したときの鎌田の台詞を思い出していた。
鎌田の言葉が本当なのだとしたら彼は、能力研究者にとって絶好の調査対象になるんじゃないだろうか。

「ともかく、あの変身が僕の夜能力。戻れないんじゃなくて、昼は人間に変身できないんだ」
「じゃあお前今まで昼はどうしてたんだよ」
「ああ、昼は別の変身能力があってね」

鎌田は立ち上がってテーブルを離れ、腕を顔の前でクロス、最初に見せた軽い変身ポーズをとる。

「変身」

両拳を振り下ろすと同時にその身体が光を放ち、次の瞬間、鎌田の姿はそこから忽然と消えていた。

「消えた!?」
「透明化能力だとっ!」

驚く二人の耳に、不思議な音が響いた。今まで聞いていた声とは違う、かすれたような音。

「チがう」

そう、言葉には聞こえたがそれは声と言うより、翅を擦り合わせる虫の鳴き声のような。

ブーン、と微かな音と共に手の平サイズの何かが飛び、テーブルに着地する。
それは、草原などで見るごく一般的なカマキリだった。カマキリは威嚇するかのように翅を広げて…

「やア。これガぼくのひルノうりょく」

喋った。

「かっ鎌田さんんんんん!!?」
「ちょっ!!?えええええっ!!?」

「そんナにおドろくことカな?」

唖然とする二人をよそに、カマキリに変身した鎌田は小さな首をかしげて翅を震わせるのだった。

「ふつウにしゃべれナイかラこおろぎミたイニはねコスってオトダしてルノ。チャンときコエてる?」
「は、はい、聞こえてます」
「ヨカッた。けっコウレんシゅウしタンダ」
「どんどん発音怪しくなってんぞ」

カマキリはテーブルから飛び降りて、着地と同時に一瞬で巨大化、片膝をついた蟷螂人の姿に戻る。

「正直疲れるんだよあれ。一日中鳴いてる虫たちってすごいよね」
「いや…鎌田さんのほうが普通にすごいと思う…」
「服とか携帯とか身につけてた物は消えるけど、戻ると帰ってくるんだ」
「とんでもない能力だな…」
「そうかな? 虫人の僕が昼は虫に、夜は人になる。割と妥当な能力だと思うけど」
「そうは言っても…」
「なんだかんだで夜人間になってるときより落ち着くんだよね。
 人と虫の中間、虫人っていうけど、深層意識はどちらかと言えば虫寄りなのかもしれない」
「はぁ……」
「虫人って…お前みたいな蟷螂人の他にも種類がいるのか?」
「いろいろいるよー。兜虫人とか雀蜂人とか友達にいるし」
「うへぇ……」

カマキリやカブトムシやスズメバチ、他にも様々な巨大昆虫が当然のように飛びかう地球。
特に虫嫌いではないのだが……何か末恐ろしい光景を想像せずにはいられない晶だった。

「あ、あの…鎌田さんの世界って一体どんな世界なんですか…?」

巨大昆虫の楽園となった地球。それは一体どんな世界なのか。恐る恐る、晶が尋ねる。
透き通る複眼で二人の表情ををじっと見据えて、鎌田は小さく息を吐く。

「えーと…君たちが想像してる世界とはだいぶ違うと思うよ」

その表情は一瞬ふっと微笑んだように見えた。

「実際はこの世界とほとんど変わらない。自然環境も、科学技術も、文化も。住人を除けば違いはすぐには気付かないと思う。
 違いは大きく二つ。まず、チェンジリング・デイが起こらず超能力が存在しないこと。そして、人間の他にケモノが存在すること」
「獣? 動物ならこの世界にも普通にいるぞ?」
「ああいや、ケモノっていうのは……普通の動物から急激な進化を遂げて、動物の特徴を大きく残したまま高い知能を持って、
 二本脚で歩き、言葉を話し、社会生活を送っているひとたちの総称……かな?」
「それって…獣人…ってこと?」
「ああ、それがわかりやすいか。そうだね、一番多いのが猫人、犬人、兎人みたいな獣人。
 他にも、翼を持って空を飛べる鳥人。硬い鱗に覆われている爬虫人。僕みたいな虫人。そして人間。
 そういういろんな種族が混ざり合って平和に暮らしている、それが僕の世界だ」
「なるほどな…そういう世界か」
「僕の話はこれくらいかな」
「………」

ほとんど納得しているような陽太と違い、晶は現実主義。だからこそ、晶は深く考える。
鎌田の話はあまりに現実離れしていて。だがそれ故に現実味があるとも捉えることができる。
なぜなら、誰もが信じられない嘘なんてつく意味がないのだから。
しかしそれにしても…そんな異世界というのは…

そんな晶を見つめて、鎌田が思い出したように言う。

「僕は…どちらかと言えば現実主義者だ。そういう意味では陽太君より、晶君、君に近い性格だと思う」
「え…?」

突然関係の見えない話題を振られて晶は困惑する。

「例えば。僕は正義のヒーローに憧れている。でもそんな僕が実際に目指しているのは、警察官だ。
 そのために体を鍛えてるし、正式な本で調べて勉強もしている。現実的でしょ?」
「は…はぁ…」
「僕はこの世界、人類が当然のように超能力を持っている世界なんて、話を聞くだけでは絶対に信じられなかったと思う。
 だから、僕の話も信じられないのが当然だと思うんだ。君の反応が普通だよ」
「そう…ですか…」
「晶お前…鎌田は苦労してきたってのに血も涙もない奴だな」
「そう言うなって、ハハハ…」

そんな風に笑う鎌田はどこか寂しげで。晶はもう少しだけ考えて。そして、顔を上げた。

「いえ、鎌田さん。信じますよ、あなたのこと。あなたの世界のこと」
「え…」
「いろんな種族が仲良く暮らしてるって素敵な世界ですね。一度見てみたいです」
「そっ……」

そう言って晶はニコリと笑う。額に手を置いて俯く鎌田。

「そっか……ありがとう、晶君」

下を向き呟くように言う鎌田がどんな表情をしていたのか、晶にはよく見えていた。


「そうだな。君たちには……これを見てもらいたい」

何のことかわからず晶と陽太は顔を見合わせる。鎌田は椅子に掛けた上着をごそごそと探り、
チンピラたちから取り返した携帯電話を取り出した。

「この世界の物じゃないから繋がらないけど、これは正真正銘、僕の携帯電話だ。
 大切なデータっていうのは、機密文書でも設計図でもない、ただの写真さ」
「写真?」
「そう、去年修学旅行に行ったときの。僕の世界や仲間が写ってる」
「おいおいそんなのがあんなら最初から出せよ」
「それはそうなんだけど…合成写真か何かだと思われるのが嫌でね。あくまでただの写真だけど、今の僕にとっては、
 あの世界にいたっていう大切な証だ。元の世界との唯一の繋がりなんだ」
「鎌田さん……」

鎌田は携帯を操作し、小さなサムネイル画像が並ぶ画面を開いて晶に渡す。
改めて見れば、大き目のボタンが並ぶまるで見たことのない機種、メーカーだった。
小さな画面を二人で覗き込み、決定ボタンを押して一つの画像を拡大する。

「あっ…!?」
「うおぉ…」

立ち並ぶ派手な看板やのれん。人の多さはまさに観光地。
この世界と何ら変わらない、よくある修学旅行の風景だった。違う点はただ一つ。

そこに写る教師も、生徒たちも、あきらかに人間ではなかった。


<続く>

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最終更新:2010年07月23日 22:02
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