「さて、携帯は無事返してもらったし、犬もいない。君たちの切り札はなくなってしまったわけだ。それでもやるかい?」
昆虫人間と化した鎌田が余裕の態度で尋ねると、チンピラたちは一歩後ずさる。
「まあ、元々君たちに用は無い。黙って退却するなら追いかけはしないよ」
「…くっ…!」
悔しげに顔を歪めるモヒカン。だが一瞬、何かに気付いたような顔を見せて
「……く、くっくっく……はぁっ、はっはっはっはっは!!」
突然、テレビ番組の悪役よろしく高笑いを始める。隣でニヤニヤと笑うスキンヘッドが不気味だ。
警戒して構えをとる鎌田。陽太も手元に残ったグレープフルーツを握りしめる。
「な、なんだ…!?」
「はっはっはぁっ! 俺たちの切り札がなくなったって!? 馬鹿がっ! とっておきがあんだよぉっ!!」
「そっちのスキンヘッドの能力か…!」
「まだ気付かねえのかノロマがっ!! 空を見ろぉっ!!」
鎌田はチンピラたちから顔を少しも逸らさず、複眼の持つ広い視界で全天を確認する。
チンピラたち向こう、東の暗い赤から西の紫へと美しいグラデーションを見せる、雲ひとつない空。何の変哲もない夜明け前の空。
「って…えええっ!!?」
驚きの声を上げたのは晶だった。理由を聞こうと声を出す直前に鎌田、陽太もその異常に気付く。
チンピラたちと出会ったのがおおよそ深夜1時半。それから今まで、長く見積もっても15分。夜明け前なんてあり得ない。
「えっ! 嘘ぉっ!!?」
「馬鹿なっ!? 6時だとっ!!?」
背後で叫ぶ声で鎌田も時刻を知る。確かに朝6時でこの空は妥当だが…
「どういう…ことだ…?」
「俺の能力だ」
初めて聞く低い声でスキンヘッドがボツリと言う。その肩をポンと叩いてモヒカンが説明を継いだ。
「こいつの能力は……『周囲の時間間隔を短くする能力』。俺たちはせいぜい数分程度だと思ってた時間がよぉ、
実際は……4時間以上経ってたってわけだ。なあ、ビックリだろ……? まあ、欠点としちゃ……」
やけにじっくり時間をかけて説明していたモヒカンがスキンヘッドの肩に手を置いて、いやらしく笑う。
「発動中…こいつはろくに動けねえってことかぁ」
「なっ…まさか今も!」
「させるかぁっ!!」
叫ぶと同時にそのスキンヘッドへと一直線に飛ぶグレープフルーツ。だがぶつかる直前にモヒカンの手に弾き落とされる。
「もう遅いっ!! 日の出だぁっ!!」
陽太が反射的に合わせた手から、得意武器、魔剣レイディッシュこと大根が発生しない。
晶の脳にざわざわと小動物たちの雑踏が返ってくる。
チンピラたちの背後から昇る眩しい朝日に、鎌田が顔をおさえる。
「変身さえなきゃてめえなんて雑魚だぜハッハァ!」
「ヒャッハアアアァァ!!」
「死ね貧弱眼鏡」
どこから出したのか、長い鉄パイプを手にしたモヒカン。ナイフを取り出した赤髪、特殊警棒のスキンヘッドが、
それぞれの雄叫びと共に鎌田に一斉に襲い掛かる。
「かっ、鎌田っ!!」
「鎌田さんっ!!」
金属がぶつかりあうような硬質な音が、早朝の自然公園に響いた。
「なん…だと…!?」
眩しい朝日に照らされてなお、透き通るは大きな複眼。自然公園によく似合う薄緑の外骨格。
振り下ろされた鉄パイプを右手の鎌で。特殊警棒は左腕。低く突かれたナイフは右足の膝で。
三方向から迫る凶器を、鎌田はその昆虫人間の身体で完璧に受け止めていた。
「馬鹿な…変身が!?」
「…ふっ!」
茫然と動きを止めるチンピラたちに対して、鎌田の動きは速く。
鎌の根元の手で鉄パイプを掴み、左腕の特殊警棒を払いのけ、持ち上げた右足をそのまま赤髪の胴体にめり込ませる。
引っ張った鉄パイプを手放さず付いてきたモヒカンに、カウンターで腹に打ち込む左の肘、顎に裏拳の連続技。
堪らず手放した鉄パイプを手に半回転、加速した遠心力でもってスキンヘッドの特殊警棒に思いきり叩きつける。
盛大な金属音と共に無理矢理弾かれ、手から離れた特殊警棒は茂みの中へと消えていった。
無駄のない、流れるような動きだった。
続く攻撃がないのを確認すると鎌田は動きを止めて、ほっと小さく息を吐く。
「残念ながら、悪の企みなんていつだって上手くいかないものさ。それがどんな世界だろうと」
膝を付き、地に伏せ、手をおさえてうめき声を上げるチンピラたちを見回して、朝日に照らされ立ち上がる昆虫人間。
「最後に勝つのは、正義だから」
それは正しく、誰だって一度は憧れる、正義のヒーローの姿だった。
「なっ、何なんだっ!! てめえ一体何者だっ!?」
「
鎌田之博。通りすがりのライダーさ」
「んなこと聞いてねえっ!! なんで変身が解けねえんだよっ!?」
「答える義理は無いね。そんなことより…」
うろたえるモヒカンに、鎌田はピタリと鉄パイプを向ける。
「まだやるかい?」
「ちっ………」
ギギギと歯を噛みしめて、鎌田を睨みつけるモヒカン。ダン!と大きな音を立てて一歩踏み出し…
直後、回れ右。一目散に逃げだすモヒカン。それを慌てて追いかける赤髪とスキンヘッド。
「ちくしょおおおおおっ! 今日はここまでにしといてやるよおらあああ! 次は姐さん連れてきてやっからなああ!」
「ブラッディベル舐めんなあああっ! てめえなんか姐さんにかかりゃボコボコだー!」
「化け物め。覚えてろよ」
なんともありがちな捨て台詞を残して、チンピラたちは朝日の中を元気に逃げていくのだった。
「…姐さん姐さんって…どんな女だよそれ」
陽太はポツリと呟いた。
<続く>
彼は知らない。以前、暴走した彼を一発ノックアウトした
鈴本青空こそ、その「姐さん」であることを。
登場キャラクター
最終更新:2010年07月17日 17:42