「選手入場!」
ステージへと続く二本の花道に、二人の選手が足を踏み入れた。
「東サイドからは華やかな闘いで人気を博す、バルト三国一の御嬢様“
サドーヴニク”!
能力を既に知ってる方はネタバレしないでくださいねー!」
観客に手を振りながら現れた
サドーヴニクの装いは昼間とは随分と変わっていた。
リトアニア特有の民族衣装風モダンベストに、如何にも動き易そうなズボンと登山靴。
頭を覆う兜と各所のポイントアーマーには草花の意匠を取り入れつつも彼女が闘士である事を対戦相手に思い出させた。
昼間と同じ格好で出場していても彼女はかなりの人気者になれるだろうが、それは流石に執事が止めるだろう。
「西サイドからは今回初出場! 『神の理に叛く能力』の正体とは!? 期待の新人“ムーンリッター”!」
満を持して会場に
岬陽太が現れた。
両手にはERDO特製の断熱手袋を嵌めている。手袋越しに彼の能力を使える薄さの上、熱い物を持っても簡単には火傷しない。炎に晒されても十秒程度なら耐えるであろう高性能の代物だ。
腰から下げたパチンコは、武器としてはスリングショットと呼ばれる。原始的なぶん壊れにくく扱い易い射撃武器だ。
ムーンリッターは手に持っていたコーラの瓶を一気飲みした後、ポケットから取り出した半透明の飴玉を宙に投げ上げて頬張った。
挑発じみた品の悪いパフォーマンスだろうか? 否、これは彼の能力を鑑みるに合理的な行動である。
「塩飴……」
観客席で様子を眺めていた
水野晶はすぐに思い当たった。
ムーンリッターこと陽太の能力は使えば体内の栄養素を消費する。そこで長期戦にもつれ込んだ場合に備えて追加の栄養源を持ち込んだのである。
ブドウ糖、ナトリウム、カリウムなどを主成分としたスポーツ用の飴。これらを水に溶かした液体は迅速に体内へと吸収される。
コーラの方はよく分からないが、水分と糖分が豊富な事は確かだ。
「実況と解説はいつも通り
フェニックスと
パイモンがお送りして参ります!
今回のフィールドは……ご覧の通り、岩場です!」
野外の岩場が再現されたステージ。幾つもの岩が視界を遮り、高低差が大きく、最も低い位置の床にも砂利が敷き詰められており、足場は大変悪い。
幾つかの場所には人工的な泉があり、給水ポイントに出来そうだった。
このフィールド設定は事前に知らされていたため、両選手は登山に向いた靴を用意する事が出来た。
「今回はムーンリッターが初登場という事もあって、異能力はお互いに非公開のルールです!
異能力を推理するのもまた異能力バトルの醍醐味でしょう!
……両者、位置についたようですね。それでは試合をお楽しみ下さい! レディー・ファイト!」
陽太……否、もはや陽太と呼ぶのは適切ではあるまい。
ムーンリッターと
サドーヴニクは、互いに相手が見えない位置から試合を開始した。
「相手が何処にいるか分からないのかそれなら……」
ムーンリッターは近くの一番高そうな岩をよじ登った。高所の確保は兵法の基本である。
視界を確保して状況を把握できるようになれば戦闘は格段に有利になるし、
相手に見つかっても足場そのものを遮蔽物にして防御・退避できる。
「お互いに見えない状況、両者どう動くのか?」
一方の
サドーヴニクは、砂利の上に何かを撒きながら低所を移動して、泉の方へと向かっていた。
給水地点を抑える計画のようだ。
余談だが、「泣いて馬謖を斬る」という故事成語の語源になった戦いでは、
馬謖は高所に陣取ったものの水源への道を断たれて敗北したと言われている。
定石通りに動いても勝つとは限らないのが戦いの難しい所である。
会場のオーロラビジョンはフィールドからは見えない位置にあり、試合参加者はお互いの様子を知る事はできない。
実況役も出場者に情報を伝えないように細心の注意を払っている。
試合開始から約5分後、ムーンリッターは2個目の塩飴を舐めながら、岩場の下に
サドーヴニクを発見した。
(見つけた……!まずは小手調べだ!)
ムーンリッターが右手の指を揃え、右腕を上段に構えて独特な投擲の姿勢を取る。
『食材を生成する能力』、《ゴッドリベリオン》!
ムーンリッターが右腕を振り抜く最中、手の中に棒状の木片が出現し、慣性を以て指から離れ、
サドーヴニクへと飛んでゆく。
だがこの攻撃は読まれていた。
(ふふ……物音で丸分かりよ)
サドーヴニクは腕の小盾を構えて投擲物を弾いた。
昼間のような呑気さは感じられない鋭い動き。
パンデモニウム闘士としての彼女の顔だ。
だが身のこなし程度ではムーンリッターの戦術的優位は変わらない。ムーンリッターは相手の防御動作に構わず何本もの追撃を放つ。
「先制攻撃をかけたのはムーンリッター!
サドーヴニクは防戦一方だ!」
「この投げ方は直打法と呼ばれる日本の武術特有の投擲技術です。
普通の投げナイフは縱回転を繰り返しながら飛びますが、日本の手裏剣術では回転を抑えて軌道の安定するこの打ち方が好まれます」
ダーツのように矢羽根がついていない限り、物体をそのように投げるのはかなり難しく、習練とセンスが必要だ。
しかし逆に、この技法をマスターすれば、箸や棒などのありふれた物体にも殺傷力を持たせて投げる事が出来る。
そして今回武器としてムーンリッターが選んだのは……
「シナモンスティック!」
サドーヴニクが誰よりも早くその正体に気づいていた。
「そうですね。香辛料の一種、シナモンの乾燥樹皮です」
ステージに器用に隠された小型マイクから音声を拾った
パイモンが応答する。
クスノキ科ニッケイ属、シナニッケイ。
香辛料の王様と呼ばれるシナモンはニッケイ属の樹の皮を乾燥させた香辛料である。
中でも硬い樹皮を持つシナニッケイは加工する器具を逆に傷つける事もあるという。
「これが神矢シナモルガス・フェザーだ! たっぷり味わえ!」
ムーンリッターは両手で続けざまにシナモンスティックを生成し、投擲する。
パイモンは数ある固い食材の中からシナモンスティックが選ばれた理由を既に推測していた。
ムーンリッターの能力は代償として相応の栄養を消費する。
生成した物を自分で食べても腹の足しにならない程度には。
しかしシナモンスティックは香りづけに使われるだけで、スティック自体は食べられない。
その成分の大半は人体には消化不可能な食物繊維。そのため栄養消費を抑えて戦えるのだ。
栄養以外にも何らかの制限がある可能性も否めないが、さしあたっては前哨戦で使い捨てできるほどローコストで生成できる事は間違いない。
しかしこれを解説してしまうとムーンリッターの能力の秘密をばらしてしまう事になるため、
パイモンは敢えて黙していた。
能力は皆に、特に対戦相手に頑張って推測してもらった方が、概して試合は白熱するものだからだ。
「反射系能力は無し、と。このまま押しきれるか……?」
ムーンリッターは本命の弾を撃つべく腰のパチンコに手をかける。
と、そこに予想だにしなかった奇妙な感触がした。
目をやると、パチンコの木製の柄から蔦が芽吹き、脚に根が絡み付いていた。
「……!」
こんな不可解な現象が起きるのは、相手の能力、それ以外にあり得ない。
「ふふ。ムーンリッター。やはりあなたは“食べ物の神様”の力を借りているようね」
サドーヴニクはムーンリッターに向かって微笑んだ。
「いやそんな設定はないけど!」
厨二病同士の会話によくある設定の衝突である。
「でも私の授かった力は“森の神様”の力。──目覚めよ!」
ムーンリッターの抗議を無視して
サドーヴニクは能力を行使する。
『草木を生やす能力』、《メデイナ》。
「ぐぉっ!」
長い蔓がムーンリッターの手足を絡め取った。
蔓から生える無数の棘が身体に食い込み、ムーンリッターは呻きを上げる。
バラ科バラ属、ギガンティア。
ロサ・ギガンティアと呼ばれる世界最大の薔薇。
野生環境下では強靱な鉤状の棘で高さ20m以上の木にもしがみ付く蔓植物である。
バラ属の植物が持つ棘は、植物本体の形状も相まって、生物の行動を制限するには効果的であり、
園芸の分野では害獣避けに薔薇が植えられている例もある。
「さあ、神々の戦いを始めましょう。」
だが、ムーンリッターも負けていなかった。
「ああ、残念だけど、俺は神様なんかじゃねえ。俺は神に背く者だ!
打ち砕け! ──ゴモラの雹雨!」
決め台詞と共にムーンリッターの手から白い物体が大量に零れ落ちた。
地を這う白煙を纏ったそれは、薔薇の蔓をたちまち凍らせてその細胞壁をぼろぼろに粉砕した。
その正体はドライアイス。二酸化炭素を凍らせた物質。
昇華点は約-80℃。普通の生物が触れれば数秒で凍傷に至る。
大気中に存在すれば周囲の水分が凍りつき、氷の靄を発生させる。これが白煙の正体である。
そしてドライアイスはただの二酸化炭素の塊であるため、栄養価は当然ゼロ。
「あっつー。足にちょっとかかった」
凍り付いた蔓と根を引きちぎったムーンリッターは続いて岩の淵に立ち、目一杯に両手を伸ばすとドライアイスの雪崩を崖下に放った。
乾いた氷と白い煙が人工の谷を埋め尽くす。
南極に匹敵する極寒世界、かつ寒さを凌いでも高濃度の炭酸ガスが中毒を誘う死の谷が完成した
……かに見えた。
白い煙の向こうから次々と木々が生え伸び、煙の代わりに谷を埋めていった。
「植物は二酸化炭素を吸って栄養にできるって知ってたかしら?」
岩や砂利の地形から芽吹いた木々がドライアイスを堰止め、木の梢に
サドーヴニクを乗せて成長し、高所に避難させていた。
サドーヴニクが試合の最初に撒いていたのは、言わずもがな植物の種と肥料だった。
マメ科コームパシア属、メンガリス。
クワ科イチジク属、オオイタビ。
ウツボカズラ科ウツボカズラ属、キエリウツボ。
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熱帯多雨林の植物の多くは、土壌の乏しい岩場でも生育するよう進化している。
激しい雨により土壌が流出しがちで、残った土壌の養分も生態系全体の活発な生命活動に対して不足するためである。
先程まで極寒の世界だった谷はいつの間にか花咲く森林と化していた。
「これは
サドーヴニク選手、ムーンリッター選手のドライアイスを上手く利用しましたね。
「素朴な疑問なんですが、ドライアイスって食べ物なんでしょーか?」
「ええ、理論上はありえます。炭酸の元ですから」
これこそ、いつぞやの能力研究所でムーンリッターに振る舞われた謎の飲み物、その微炭酸の正体だった。
ドライアイスを溶かして炭酸飲料にする事で、ドライアイスが食材扱いとなったのだ。
しかしその成分である二酸化炭素が今回は仇となった。
植物が普遍的に持つ生体能力、 光合成。二酸化炭素と水を吸収して酸素と糖分に変換する。
光合成で出来た糖分に、地中や大気中の窒素を組み合せて植物性タンパク質を形成する事で、植物の体は成長する。
その生理作用が
サドーヴニクの能力により促進された結果、谷を埋め尽くしていたドライアイスはほとんど吸収されてしまったのだった。
しかし、ムーンリッターはまるで計算通りとでも言うかのようにニヤリと笑った。
よく見ると彼の足元近くから谷底へ向かって、岩の上に黄色く輝く一筋の線が延びていた。
「あれは……ムーンリッターの足元から何かが出ています!」
「ドライアイスに紛れこませて既に撒いていたようですね。次の布石を」
「光合成くらい知ってるぜ。二酸化炭素を吸って酸素を吐く。
でもそれって物が燃えやすくなるって事だよな!」
ムーンリッターは黄色い線の端に手を当て、勢いよく指を鳴らした。指先から青い炎が上がった。
「その布石とは……燃える石、硫黄です」
青い炎は岩肌についた硫黄の筋を導火線として谷底まで伝わっていき…
「焼き尽くせ! ──ソドムの硫火!」
…充満していた酸素と植物群を燃料として爆発的に燃え広がった。
「硫黄の結晶は黄色ですが、発火すると青い炎を上げます。ちょうど今皆さんがご覧になった通りです」
「
サドーヴニクは相手の能力を『食べ物の神様の力』と推定していましたね。硫黄って食べられるんですか?」
「ええ、普通は食べられません。では何故ムーンリッターは硫黄を生み出せるのか。この謎がこの試合のキーポイントの1つになるかもしれません」
パイモン達は慎重に言葉を選びながら実況と解説を進める。
能力についてはその対戦相手も推測できる範囲で話すのが一つの目安である。
「……温泉卵では」
試合を見ていた晶は思い出した。
ムーンリッターは昼間、クロケル温泉プールで点心を
サドーヴニク達に振舞っていたが、相応に空腹になるため、彼自身の腹はそれでは満たされない。
別途、何かを食べる必要がある。
そしてその日の昼食に彼が食べた料理の中には……確かに温泉で茹でた卵があった。
硫黄は火山地帯や温泉地帯でよく結晶している鉱物だ。
それが温泉の湯を使った料理に紛れ込んで、隠し味として機能してもおかしくない。
厳密には、元素としての硫黄なら、人体にもアミノ酸に組み込まれる形で合計100gほど存在している。
しかし温泉に析出した硫黄結晶のうち、温泉卵に染み込んで人の口に入り、人体に吸収される比率となるとまた別の問題だ。
すなわちこの場合もシナモンスティックと同様、栄養素はごく僅かしか消費しないと言える。
強烈な臭いが周囲に充満していた。
しばしば腐った卵と形容される硫化水素の臭気。
そして鼻を刺す二酸化硫黄の臭気。
「まるで“あの日”の再来ね……」
足場の木を揺るがされた
サドーヴニクは、意味をどうとでも取れる言葉を意味深に呟きながら、火と煙がまだ及んでいない岩の上へと飛び移った。
ムーンリッターのいる岩の上へと。
接近戦と言って差し支えない距離で、両者は対峙した。
火を放ったムーンリッター自身も、火災に巻き込まれれば当然命が危ない。(なお、ドライアイス地獄にしてもそうであった)
試合フィールドのうち、両者が行動可能な場所は限られている。
決着の時は近い。
Fortsetzung Folgt...
登場キャラクター
最終更新:2019年05月21日 23:54