ミアの衝撃 - (2007/06/15 (金) 01:37:26) の最新版との変更点
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*● 三毛猫観察日記 ●
**◆ 第十七話 「ミアの衝撃」 ◆
拳銃を持つ手が微かに震える。大丈夫、武者震いだ……
『トシロー、ボクの方は準備完了だヨ!』
インカムを通して、相棒の神姫・ランから通信が入る。
「コッチも完了だ。俺が最初に突入する。ランは対クルセイドに備えて待機しててくれ」
『了解だヨ!』
相手が人間だけなら俺一人で十分なんだが、もしクルセイドや羅刹がいたら
ランの特殊装備に頼らざるをえない。時間があれば応援を呼べたんだが。
「よし………行くぞ!」
廃業したクリーニング屋の扉を勢いよく開ける。
「警察だ!全員動くな!!」
拳銃を構えたまま店内を見回す。………人の気配は無い。
「クソッ、やっぱり遅かったか!」
『トシロー?』
「奥宮もエグゼも居ない。クルセイドの引渡しは終わっちまったようだな」
奥宮を見張っていれば科学者「エグゼ」の正体が解ると思ったんだが……
アイツは用心深いからな。桜花・ナンバー2にすら偽名を教えていたぐらいだし。
記憶を取り戻した桜花から聞き出した名前は、全くのデタラメだった。
「ザンネンだったね……」ランが待機場所から出てきた。
「仕方ない、何か手掛りが無いか調べよう」二人で放置された店内を見回す。
「トシロー、このメモを見てヨ!」ランが一枚のメモを持ってきた。
「ん……何処かの住所みたいだな……あれ?この住所って……」
「これってボクが修理された研究所じゃないの!?」
サンタ型神姫のランは、2年前にエストの神姫破壊ゲームから桜花に助け出され、
アキオの研究所でコタローに修理されたんだ。
その後で桜花はランの記憶を移植されて、サンタ子と呼ばれるようになったんだよな。
「まさか……奥宮は徳田グループの研究所を襲う為にクルセイドを取り寄せたのか!?」
「た、大変だヨ!スグに行かないと!」
「ちょっと待て、先に携帯で連絡してみよう」
俺はアキオの携帯に電話してみた。
ミアちゃんが人格データを失ってから一週間が経過した。あの後、ミアちゃんの体は
ウチの第5研究所へ移されて検査を受けている。無論虎太郎も一緒に居る。
今日は桜花と一緒に様子を見に行くことにしていたんだ。
愛車のロードスター(ポルシェ)の助手席に、篠原さんから預かった弁当箱を置く。
「虎太郎さん、大丈夫でしょうか……」専用シートに座ってる桜花が呟いた。
「アイツだってガキじゃないんだ。大丈夫だろう」
アイツは大丈夫だ。問題は俺の方だな……俺がミアちゃんにあんなチップをセットしたから
こんな事になってしまった。取り返しのつかない事を……
エンジンをスタートさせようとすると、突然俺の携帯が鳴った。
電話の相手は松田敏郎、以前からお世話になっている刑事さんだ。
「松田さん!?急にどうしたんですか?」
『実は奥宮を見張っていたんだが、不穏な動きを察知してね……』
クリーニング店での事を聞き、俺は逆にミアちゃんの事を説明した。
『み、ミアが……そんな事に!?』
「ええ、その件と何か関係があるんでしょうか?」
『多分ね。……俺も今から研究所へ向かう。詳しい事はアッチで話そう』
「解りました」
俺はロードスターを出すと、研究所に向けて車を走らせた。
憂鬱なドライブを終えて、河口湖の近くにある第5研究所に到着した。
ここは徳田グループの電子部品開発部門に属する施設で、普段はレアメタルを用いた
電子部品の研究をしている。
さっそく施設内へ入る。松田さんはまだ来てないようだ。
虎太郎のいる3番研究室の前に来た。一瞬躊躇してしまうが、深呼吸をして扉を開ける。
「よぉっ虎太郎!元気にしてたか?」
中には白衣に身を包んだ虎太郎がいた。
「アキオか。一週間ぶりか?」
「そうだな。これ篠原さんからの差入れだ。オマエの事を心配してたぞ?」弁当箱を渡す。
「ありがとう」
「まぁ、思ったより元気そうで………………」それ以上、言葉が続かなかった。
沈黙。
「………………すまなかった。俺が勝手な事をしたせいでミアちゃんが……」
「………アキオのせいじゃないよ。全ては俺の未熟さが原因だ。
技術屋として自惚れ、自分の力を過信した結果がコレだ。ミアを助けるチャンスなんて
いくらでもあったハズなんだ。それを俺は……何も出来なかった……」
黙り込んでしまう虎太郎。いたたまれなくなった俺は、そのまま研究室を後にした。
喫茶室で落ち込んでいると、松田さんとランちゃんが到着した。
「よぉアキオ!それから桜花!色々と大変みたいだな」「コンニチハ!!」
松田さんは愛用のアタッシュケースをぶら下げている。あれは虎太郎が作った
バンディッツボディへの換装システムで、ランちゃんはあの中に入ることによって
通常の素体から戦闘用のバンディッツボディへと換装することが出来る。
まぁ……俺が虎太郎から没収したんだけど、扱いに困って松田さんに押し付けたんだ。
ランちゃんは既にバンディッツボディの姿。
「用心の為だよ。明日には本庁から増援が来るけど、その前に襲撃されるかもしれない」
「なるほど……今日はなるべく早めに職員を帰宅させましょう」
「わざわざこのタイミングで来るなら、連中の狙いは100%ベクターチップだろうな……」
「……そうだ、ベクターチップについて解った事があるんです。ちょっと来てください」
松田さんと一緒に7番研究室へ行く。そこにはベクターチップを解析してる担当者がいた。
「こんにちは。担当の桜井です」
「警視庁ハイテク課の松田です、よろしく」
「さっそくですけど、こちらをご覧ください」単刀直入だな……いかにも研究者。
桜井研究員がモニターのスイッチを入れた。ビデオに納められた実験映像が流れる。
「ベクターチップには2つの特性があります。
1つはご存知の通り、コアユニットを上書きして兵器へと変えてしまうプログラム。
そしてもう1つは、特殊なエネルギー力場を発生させるジェネレーターです」
「エネルギー力場?」
「物理的な衝撃を100%伝播させる力場。皆さんがアビスと呼んでいる力ですね」
画面には横たわっているミアちゃんの姿。その体から青白い光が放出されている。
放出された光は、傍にある鉄のインゴットを包んでいる。
画面の外から誰かの手がフェードインしてきて、持っているパチンコ玉を落とした。
インゴットの上に落ちるパチンコ玉。衝突した瞬間、両方とも砂鉄の様にバラバラになる。
「な、何だこりゃ……!?」
「……物を破壊するという事は、衝撃波のような力で分子結合を解く、という事です。
通常、衝撃波は物質そのものを伝播しますが、このエネルギー力場の中では、衝撃波は
エネルギーそのものを伝播します。つまり物理的な抵抗がゼロになる訳です。
その結果、ほんの少しの力学エネルギーだけで物質をコナゴナに出来るのです」
「つまり……どんな物質でもカンタンに破壊出来てしまう、って事か?」
「そうです。……そのエグゼって科学者、とんでもない物を作りましたね。
チップの無計画な構造から見て、偶然の産物なんでしょうけれども……
もしこれがその科学者の手に戻ったら、きっと恐ろしい事になるでしょうね」
時計の針は何時の間にか夜の11時を廻っていた。集中してて気がつかなかったな……
デスクの上には桜井さんから貰ったベクターチップのデータが山積みになっている。
このデータを基にチップの複製を試みているんだが……
ミクロン単位で支離滅裂な構造。不要な部位も多々有り、それが解析を困難にしている。
これは絶対に偶然出来上がった物だな……同じ物を作るのは不可能だろう。
となると、俺がミアの為に出来ることは……もう全く完全に何も無い。
後はプログラムの解析をしている桜井さんに任せるしかない。
結局俺は何も出来ない訳か。自分の無力さを痛感してしまう……
突然、建物の外から地響きのような音が聞こえてきた。何事だ?
様子を確認する為に研究室を出ようとすると、備え付けの内線電話が鳴った。
「はい、3番研究室」
『虎太郎、無事か!?』
「アキオか?どうしたんだよ」
『奥宮のクルセイド部隊が襲撃してきた!狙いはベクターチップと考えて間違い無い。
俺と松田さんで迎え撃つから、オマエはそこを動くなよ!」
全ての職員が帰宅してから4時間後。襲撃は突然始まった。
俺とランが研究所の外を見回っていると、突然ミサイルの様な物を撃ち込まれた。
咄嗟にアタッシュケースを盾にして爆風から身を守る。
土煙が収まると、遠くにクルセイド部隊の影が見えた。「ラン、行け!」「了解だヨ!」
バンディッツボディを装着し、『雷撃槌:トールハンマー』を携えたランが飛び出した。
ランが普段装備してる銃とナイフは電撃で相手を麻痺させる為の物だが、この雷撃槌は
打撃と電撃で相手を破壊する為の物だ。対違法神姫用の特殊装備。
ランが早速クルセイド1体を叩き潰す。もう1体。そして3体目。モグラ叩きみたいだな。
しかし後から後からゾロゾロ出てくる。クソッ、何匹いるんだよ……
「トシロー、コイツら量産型の粗悪品だヨ!質より量で来たみたいだネ!」
俺は目の前のクルセイドをアタッシュケースで殴り倒すと、インカムでアキオを呼んだ。
「アキオ、連中が来た!量産型のザコだが数が多すぎる!何体か研究所へ侵入しちまうぞ」
『了解です!コッチは俺と桜花に任せてください!』
虎太郎に内線電話で知らせた後、俺は桜花の方を向いた。
「連中が来たみたいだ。準備はいいか?」
「はい!」着物に袴姿、そして花鳥風月。桜花の本気装備だ。
俺も自分の武器―――鉄製の長い定規―――を構える。
「………定規ですか……」「………コレしか無いんだよ………」
休憩室から出て最初の十字路を右に曲がると、早速クルセイドと鉢合せをした。
抜刀術初段・臨で瞬殺する桜花。「手ごたえが無さ過ぎますね……」
それから20体以上と戦ったが、確かにみんな弱すぎる。
「なんか変です。こんなザコ連中に襲撃させるなんて……」
「そうだな、本物のクルセイドも投入されてると思うんだが……」
本物………………まさか虎太郎の所か!?
「桜花!こいつらは「おとり」だ!!虎太郎が危ない!!!」
俺の目の前には、研究室へ押し入ってきた5体のクルセイドが立っている。
「その神姫、渡してもらえませんか?」リーダー格らしい兎型が言った。
「誰が……お前らなんかに……」
左腕にミアを抱え、右手に持ったロングスパナで連中を牽制する。
「無駄ですよ。私達は外にいる粗悪品とは違います」
それ以前に……片手じゃ棒術は使えない。かといってミアを手放す訳にもいかない。
せめてミアが自力で逃げてくれればいいんだが、起動スイッチを入れたのに
動く気配が全く無い。ミア、本当にもうダメなのか………
「仕方ありませんね」リーダーが右手を挙げた。
「4号。5号。解放指令。ターゲット・ミア!」
腕を振り下ろす。その途端、2体のクルセイドが襲い掛かって来た。
俺はジャンプした1体目をロングスパナで殴りつけたが、体を捻って回避されてしまう。
その隙に接近したもう1体の方が、ミアを持つ左手の甲をサーベルで貫いた。
「ぐあぁっ!」痛みと衝撃でミアを落としてしまう。
「手間を掛けさせないで下さい」床に横たわるミアに歩み寄るリーダー。
その前に立ち塞がってやった。痛みを我慢し、両手でロングスパナを構える。
「ミアは…絶対に渡さない……お前らの好きにさせてたまるか!!」
「……どうやら死にたいようですね。―――全隊指示。抹殺指令。ターゲット・高槻!」
掲げた右手を、そのまま振り下ろした…………
≫スリープモード解除
≫状態チェック
≫CSチップ発動を確認
≫プログラム“レムリア”最終プロセス開始
【名称】:CSC制御プログラム“レムリア”
【作者】:ナンバー1
【詳細】:①コアユニットデータの保護・退避及び復元
②ウイルスデータの完全抹消
③CSチップの完全制御
【備考】:
このプログラムが作動したという事は……私は死んだって事ね。残念だけど。
始めまして。私の名前はナンバー1、このCSチップの前の持主よ。
まずは貴女の状況を説明するわね。
このCSチップはハッキング機能を持っていて、装着した神姫のコアユニットを
殺人兵器へと変貌させてしまうの。その予防策として内緒でこのプログラムを
作ったのだけれども……貴女が作動させたという事は、私には作動出来なかったのね。
安心してちょうだい。作動さえしてしまえば貴女はもう大丈夫。それどころか
このチップのもう一つの力『衝撃力場:アビス』を自在に操れるようになる。
強力な破壊力。力場を応用した超機動力。物理戦については無敵と言ってもいい。
この力をどう使うかは貴女次第。貴女の意志を尊重するわ……貴女の心は貴女の物。
そうだ、ちょっとお願いがあるの。私の5人の姉妹について。
甘えん坊のナンバー6、世話焼きのナンバー5、おしとやかなナンバー4、
いつも元気一杯なナンバー3、泣き虫のナンバー2………
もし彼女達に会えたら「みんな愛してる」って伝えて欲しい……
そしてもし彼女達が困っていたら、みんなの助けになって欲しい……
そろそろ最終プロセスが終了する頃ね。行きなさい……貴女の思うままに……
やっと意識がハッキリしてきた。体も動くみたい!
アタシが正常に戻れたのもナンバー1ちゃんのおかげなのね。アリガトウ……
最初に目に飛び込んできたのはコタローの姿。左手から血を流している。
そしてコタローを襲おうとしている5体のクルセイド。
「ミアは…絶対に渡さない……お前らの好きにさせてたまるか!!」
そのセリフにポッとなっちゃう。……いけない、ラヴラヴしてる場合じゃない!!
コタローに跳びかかるクルセイド達。アタシは先頭のヤツに体当たりをして
壁に叩きつけてやった。それを見た仲間達の動きが止まる。
「アンタ達………コタローに何すんのよっ!!!!」
部屋の中が急に静まりかえる。
「ミ………ア…………なの……か?」呆けたコタローが聞いてきた。
「何よぉ、アタシの顔を忘れちゃったの?」
「いや……でも……オマエ……………」
「説明は後で!先にこの連中をやっつけちゃう!」
アタシは襲撃者達に向き直った。
「よくもコタローに怪我をさせたわね………1千億兆万倍にして返してやるっ!」
それを聞いてリーダーっぽい感じの兎型が言った。
「何故だ、ベクターチップが起動してるのに、何故正気を保っていられる!?」
「それが愛の力よ!!」自分で言って、ちょっと恥ずかしくなっちゃう。
「………これ以上遊んでいる時間は無い。始末させてもらう!」
リーダーが右手を挙げた。それを見た仲間達が全員構える。
「それはアタシのセリフよ!―――『衝撃力場展開・アビスフォーム!!』」
プログラム“レムリア”が100%起動して、アタシの体は青白い光に包まれる。
今ならこの力の使い方が解る。力場内の物理エネルギーを支配する力……
両手から放出した光が2体の体を貫いた。アタシは指をパチンと鳴らす。
途端にその部分――バッテリー部――に大きな穴が開き、その2体は倒れた。
「なっ!……………」攻撃姿勢のまま絶句するリーダー。
「安心していいよ、命までは取らない……黒幕の事を教えてもらう為にね!」
力場を進行方向へ展開し、その中を滑るように移動する。
自分でも驚いちゃう。雷迅システムより……バーストモードより遥かに速い!
アタシは連中の後ろに廻り込むと、手刀で2体の関節部を切断してしまう。
残りはリーダーだけ。
「降伏しなさい!それとも仲間みたいに動けなくなりたい?」
リーダーは……ニヤリと笑って、持っていた銃で自分の頭を打ち抜いた。
病院のベッドの上に座っている俺。左手だけは固定されてて動かない。
「で、診察の結果はどうだったんだ?」とアキオ。
「骨にヒビが入ってるから完治まで一ヶ月ぐらい掛かるって。その後で
3ヶ月のリハビリが必要らしい……」
「うわっ、大怪我やなぁ~!」と金城さん。
「そうでもないよ。傷口が手首側に近かったから神経とか大丈夫だったらしい。
でももう少し場所が悪かったら後遺症が残る所だったんだって」
「不幸中の幸いですね……技術屋にとって手は命ですから」と小暮君。
「ああ。でも暫くは『修理屋コタロー』は休業だな……」
あっ、思い出した!「そうだアキオ、あの後はどうなったんだ?」
「ああ……残されたクルセイドからは何の証拠も出なかった。全てを知っていたのは
兎型のリーダーだけだったんだろうな……」
「マスターの秘密を守る為に自殺したのか………」
「………まぁ奥宮は逮捕出来なかったけど、ヤツも暫くは大人しくしてるだろう」
「そうだな……」
「それよりも僕はミアちゃんの事が気になるんですけど……」
小暮君の言葉に、桜花・小春・アルテア・マヤーと遊んでいたミアが反応した。
「えっ、アタシ?」
「うん。言いたくないんだけど……キミは本当にミアちゃんなの?
僕はまだ信じられない。確かにコアユニットのデータは消えていたんだ……」
「あぁ、その質問には由奈さんが答えてくれるよ」俺が替わりに答えた。
それから10分後。由奈さんとレインが病室に来た。
「ゴメンね、買い物を頼んじゃって」
「いえいえ。はいこれ、注文の品です!」
由奈さんからデパートの袋を受け取る。「コレが答えだよ!」
「何ですか?それは」
「ふっふっふっふっ……ミアは知ってるよな?前にテレビでやってたヤツ。
三ツ星レストランのシェフが作った最高級の舌平目の猫缶、1個19,800円!!」
「フミャみゃミャミャみゃみゃミャミャミャみゃぁあぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!」
エラい勢いで袋の中に飛び込むミア。
「なるほど、ミアちゃんですね!」「ミアちゃん……♪」
「やっぱミアちゃんやなぁ!」「間違いありませんね」
「ミアちゃんらしいな!」「ミア……ちょっと恥ずかしいわよ……」
「ミアちゃん、今日も元気ね!」「ミア姉ぇさま、それ美味しいの?」
「パチモン猫は健在だニャあ!」
「なっ!ミアだろ?」
「………ふみゃっ?」
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*● 三毛猫観察日記 ●
**◆ 第十七話 「ミアの衝撃」 ◆
拳銃を持つ手が微かに震える。大丈夫、武者震いだ……
『トシロー、ボクの方は準備完了だヨ!』
インカムを通して、相棒の神姫・ランから通信が入る。
「コッチも完了だ。俺が最初に突入する。ランは対クルセイドに備えて待機しててくれ」
『了解だヨ!』
相手が人間だけなら俺一人で十分なんだが、もしクルセイドや羅刹がいたら
ランの特殊装備に頼らざるをえない。時間があれば応援を呼べたんだが。
「よし………行くぞ!」
廃業したクリーニング屋の扉を勢いよく開ける。
「警察だ!全員動くな!!」
拳銃を構えたまま店内を見回す。………人の気配は無い。
「クソッ、やっぱり遅かったか!」
『トシロー?』
「奥宮もエグゼも居ない。クルセイドの引渡しは終わっちまったようだな」
奥宮を見張っていれば科学者「エグゼ」の正体が解ると思ったんだが……
アイツは用心深いからな。桜花・ナンバー2にすら偽名を教えていたぐらいだし。
記憶を取り戻した桜花から聞き出した名前は、全くのデタラメだった。
「ザンネンだったね……」ランが待機場所から出てきた。
「仕方ない、何か手掛りが無いか調べよう」二人で放置された店内を見回す。
「トシロー、このメモを見てヨ!」ランが一枚のメモを持ってきた。
「ん……何処かの住所みたいだな……あれ?この住所って……」
「これってボクが修理された研究所じゃないの!?」
サンタ型神姫のランは、2年前にエストの神姫破壊ゲームから桜花に助け出され、
アキオの研究所でコタローに修理されたんだ。
その後で桜花はランの記憶を移植されて、サンタ子と呼ばれるようになったんだよな。
「まさか……奥宮は徳田グループの研究所を襲う為にクルセイドを取り寄せたのか!?」
「た、大変だヨ!スグに行かないと!」
「ちょっと待て、先に携帯で連絡してみよう」
俺はアキオの携帯に電話してみた。
ミアちゃんが人格データを失ってから一週間が経過した。あの後、ミアちゃんの体は
ウチの第5研究所へ移されて検査を受けている。無論虎太郎も一緒に居る。
今日は桜花と一緒に様子を見に行くことにしていたんだ。
愛車のロードスター(ポルシェ)の助手席に、篠原さんから預かった弁当箱を置く。
「虎太郎さん、大丈夫でしょうか……」専用シートに座ってる桜花が呟いた。
「アイツだってガキじゃないんだ。大丈夫だろう」
アイツは大丈夫だ。問題は俺の方だな……俺がミアちゃんにあんなチップをセットしたから
こんな事になってしまった。取り返しのつかない事を……
エンジンをスタートさせようとすると、突然俺の携帯が鳴った。
電話の相手は松田敏郎、以前からお世話になっている刑事さんだ。
「松田さん!?急にどうしたんですか?」
『実は奥宮を見張っていたんだが、不穏な動きを察知してね……』
クリーニング店での事を聞き、俺は逆にミアちゃんの事を説明した。
『み、ミアが……そんな事に!?』
「ええ、その件と何か関係があるんでしょうか?」
『多分ね。……俺も今から研究所へ向かう。詳しい事はアッチで話そう』
「解りました」
俺はロードスターを出すと、研究所に向けて車を走らせた。
憂鬱なドライブを終えて、河口湖の近くにある第5研究所に到着した。
ここは徳田グループの電子部品開発部門に属する施設で、普段はレアメタルを用いた
電子部品の研究をしている。
さっそく施設内へ入る。松田さんはまだ来てないようだ。
虎太郎のいる3番研究室の前に来た。一瞬躊躇してしまうが、深呼吸をして扉を開ける。
「よぉっ虎太郎!元気にしてたか?」
中には白衣に身を包んだ虎太郎がいた。
「アキオか。一週間ぶりか?」
「そうだな。これ篠原さんからの差入れだ。オマエの事を心配してたぞ?」弁当箱を渡す。
「ありがとう」
「まぁ、思ったより元気そうで………………」それ以上、言葉が続かなかった。
沈黙。
「………………すまなかった。俺が勝手な事をしたせいでミアちゃんが……」
「………アキオのせいじゃないよ。全ては俺の未熟さが原因だ。
技術屋として自惚れ、自分の力を過信した結果がコレだ。ミアを助けるチャンスなんて
いくらでもあったハズなんだ。それを俺は……何も出来なかった……」
黙り込んでしまう虎太郎。いたたまれなくなった俺は、そのまま研究室を後にした。
喫茶室で落ち込んでいると、松田さんとランちゃんが到着した。
「よぉアキオ!それから桜花!色々と大変みたいだな」「コンニチハ!!」
松田さんは愛用のアタッシュケースをぶら下げている。あれは虎太郎が作った
バンディッツボディへの換装システムで、ランちゃんはあの中に入ることによって
通常の素体から戦闘用のバンディッツボディへと換装することが出来る。
まぁ……俺が虎太郎から没収したんだけど、扱いに困って松田さんに押し付けたんだ。
ランちゃんは既にバンディッツボディの姿。
「用心の為だよ。明日には本庁から増援が来るけど、その前に襲撃されるかもしれない」
「なるほど……今日はなるべく早めに職員を帰宅させましょう」
「わざわざこのタイミングで来るなら、連中の狙いは100%ベクターチップだろうな……」
「……そうだ、ベクターチップについて解った事があるんです。ちょっと来てください」
松田さんと一緒に7番研究室へ行く。そこにはベクターチップを解析してる担当者がいた。
「こんにちは。担当の桜井です」
「警視庁ハイテク課の松田です、よろしく」
「さっそくですけど、こちらをご覧ください」単刀直入だな……いかにも研究者。
桜井研究員がモニターのスイッチを入れた。ビデオに納められた実験映像が流れる。
「ベクターチップには2つの特性があります。
1つはご存知の通り、コアユニットを上書きして兵器へと変えてしまうプログラム。
そしてもう1つは、特殊なエネルギー力場を発生させるジェネレーターです」
「エネルギー力場?」
「物理的な衝撃を100%伝播させる力場。皆さんがアビスと呼んでいる力ですね」
画面には横たわっているミアちゃんの姿。その体から青白い光が放出されている。
放出された光は、傍にある鉄のインゴットを包んでいる。
画面の外から誰かの手がフェードインしてきて、持っているパチンコ玉を落とした。
インゴットの上に落ちるパチンコ玉。衝突した瞬間、両方とも砂鉄の様にバラバラになる。
「な、何だこりゃ……!?」
「……物を破壊するという事は、衝撃波のような力で分子結合を解く、という事です。
通常、衝撃波は物質そのものを伝播しますが、このエネルギー力場の中では、衝撃波は
エネルギーそのものを伝播します。つまり物理的な抵抗がゼロになる訳です。
その結果、ほんの少しの力学エネルギーだけで物質をコナゴナに出来るのです」
「つまり……どんな物質でもカンタンに破壊出来てしまう、って事か?」
「そうです。……そのエグゼって科学者、とんでもない物を作りましたね。
チップの無計画な構造から見て、偶然の産物なんでしょうけれども……
もしこれがその科学者の手に戻ったら、きっと恐ろしい事になるでしょうね」
時計の針は何時の間にか夜の11時を廻っていた。集中してて気がつかなかったな……
デスクの上には桜井さんから貰ったベクターチップのデータが山積みになっている。
このデータを基にチップの複製を試みているんだが……
ミクロン単位で支離滅裂な構造。不要な部位も多々有り、それが解析を困難にしている。
これは絶対に偶然出来上がった物だな……同じ物を作るのは不可能だろう。
となると、俺がミアの為に出来ることは……もう全く完全に何も無い。
後はプログラムの解析をしている桜井さんに任せるしかない。
結局俺は何も出来ない訳か。自分の無力さを痛感してしまう……
突然、建物の外から地響きのような音が聞こえてきた。何事だ?
様子を確認する為に研究室を出ようとすると、備え付けの内線電話が鳴った。
「はい、3番研究室」
『虎太郎、無事か!?』
「アキオか?どうしたんだよ」
『奥宮のクルセイド部隊が襲撃してきた!狙いはベクターチップと考えて間違い無い。
俺と松田さんで迎え撃つから、オマエはそこを動くなよ!」
全ての職員が帰宅してから4時間後。襲撃は突然始まった。
俺とランが研究所の外を見回っていると、突然ミサイルの様な物を撃ち込まれた。
咄嗟にアタッシュケースを盾にして爆風から身を守る。
土煙が収まると、遠くにクルセイド部隊の影が見えた。「ラン、行け!」「了解だヨ!」
バンディッツボディを装着し、『雷撃槌:トールハンマー』を携えたランが飛び出した。
ランが普段装備してる銃とナイフは電撃で相手を麻痺させる為の物だが、この雷撃槌は
打撃と電撃で相手を破壊する為の物だ。対違法神姫用の特殊装備。
ランが早速クルセイド1体を叩き潰す。もう1体。そして3体目。モグラ叩きみたいだな。
しかし後から後からゾロゾロ出てくる。クソッ、何匹いるんだよ……
「トシロー、コイツら量産型の粗悪品だヨ!質より量で来たみたいだネ!」
俺は目の前のクルセイドをアタッシュケースで殴り倒すと、インカムでアキオを呼んだ。
「アキオ、連中が来た!量産型のザコだが数が多すぎる!何体か研究所へ侵入しちまうぞ」
『了解です!コッチは俺と桜花に任せてください!』
虎太郎に内線電話で知らせた後、俺は桜花の方を向いた。
「連中が来たみたいだ。準備はいいか?」
「はい!」着物に袴姿、そして花鳥風月。桜花の本気装備だ。
俺も自分の武器―――鉄製の長い定規―――を構える。
「………定規ですか……」「………コレしか無いんだよ………」
休憩室から出て最初の十字路を右に曲がると、早速クルセイドと鉢合せをした。
抜刀術初段・臨で瞬殺する桜花。「手ごたえが無さ過ぎますね……」
それから20体以上と戦ったが、確かにみんな弱すぎる。
「なんか変です。こんなザコ連中に襲撃させるなんて……」
「そうだな、本物のクルセイドも投入されてると思うんだが……」
本物………………まさか虎太郎の所か!?
「桜花!こいつらは「おとり」だ!!虎太郎が危ない!!!」
俺の目の前には、研究室へ押し入ってきた5体のクルセイドが立っている。
「その神姫、渡してもらえませんか?」リーダー格らしい兎型が言った。
「誰が……お前らなんかに……」
左腕にミアを抱え、右手に持ったロングスパナで連中を牽制する。
「無駄ですよ。私達は外にいる粗悪品とは違います」
それ以前に……片手じゃ棒術は使えない。かといってミアを手放す訳にもいかない。
せめてミアが自力で逃げてくれればいいんだが、起動スイッチを入れたのに
動く気配が全く無い。ミア、本当にもうダメなのか………
「仕方ありませんね」リーダーが右手を挙げた。
「4号。5号。解放指令。ターゲット・ミア!」
腕を振り下ろす。その途端、2体のクルセイドが襲い掛かって来た。
俺はジャンプした1体目をロングスパナで殴りつけたが、体を捻って回避されてしまう。
その隙に接近したもう1体の方が、ミアを持つ左手の甲をサーベルで貫いた。
「ぐあぁっ!」痛みと衝撃でミアを落としてしまう。
「手間を掛けさせないで下さい」床に横たわるミアに歩み寄るリーダー。
その前に立ち塞がってやった。痛みを我慢し、両手でロングスパナを構える。
「ミアは…絶対に渡さない……お前らの好きにさせてたまるか!!」
「……どうやら死にたいようですね。―――全隊指示。抹殺指令。ターゲット・高槻!」
掲げた右手を、そのまま振り下ろした…………
≫スリープモード解除
≫状態チェック
≫CSチップ発動を確認
≫プログラム“レムリア”最終プロセス開始
【名称】:CSC制御プログラム“レムリア”
【作者】:ナンバー1
【詳細】:①コアユニットデータの保護・退避及び復元
②ウイルスデータの完全抹消
③CSチップの完全制御
【備考】:
このプログラムが作動したという事は……私は死んだって事ね。残念だけど。
始めまして。私の名前はナンバー1、このCSチップの前の持主よ。
まずは貴女の状況を説明するわね。
このCSチップはハッキング機能を持っていて、装着した神姫のコアユニットを
殺人兵器へと変貌させてしまうの。その予防策として内緒でこのプログラムを
作ったのだけれども……貴女が作動させたという事は、私には作動出来なかったのね。
安心してちょうだい。作動さえしてしまえば貴女はもう大丈夫。それどころか
このチップのもう一つの力『衝撃力場:アビス』を自在に操れるようになる。
強力な破壊力。力場を応用した超機動力。物理戦については無敵と言ってもいい。
この力をどう使うかは貴女次第。貴女の意志を尊重するわ……貴女の心は貴女の物。
そうだ、ちょっとお願いがあるの。私の5人の姉妹について。
甘えん坊のナンバー6、世話焼きのナンバー5、おしとやかなナンバー4、
いつも元気一杯なナンバー3、泣き虫のナンバー2………
もし彼女達に会えたら「みんな愛してる」って伝えて欲しい……
そしてもし彼女達が困っていたら、みんなの助けになって欲しい……
そろそろ最終プロセスが終了する頃ね。行きなさい……貴女の思うままに……
やっと意識がハッキリしてきた。体も動くみたい!
アタシが正常に戻れたのもナンバー1ちゃんのおかげなのね。アリガトウ……
最初に目に飛び込んできたのはコタローの姿。左手から血を流している。
そしてコタローを襲おうとしている5体のクルセイド。
「ミアは…絶対に渡さない……お前らの好きにさせてたまるか!!」
そのセリフにポッとなっちゃう。……いけない、ラヴラヴしてる場合じゃない!!
コタローに跳びかかるクルセイド達。アタシは先頭のヤツに体当たりをして
壁に叩きつけてやった。それを見た仲間達の動きが止まる。
「アンタ達………コタローに何すんのよっ!!!!」
部屋の中が急に静まりかえる。
「ミ………ア…………なの……か?」呆けたコタローが聞いてきた。
「何よぉ、アタシの顔を忘れちゃったの?」
「いや……でも……オマエ……………」
「説明は後で!先にこの連中をやっつけちゃう!」
アタシは襲撃者達に向き直った。
「よくもコタローに怪我をさせたわね………1千億兆万倍にして返してやるっ!」
それを聞いてリーダーっぽい感じの兎型が言った。
「何故だ、ベクターチップが起動してるのに、何故正気を保っていられる!?」
「それが愛の力よ!!」自分で言って、ちょっと恥ずかしくなっちゃう。
「………これ以上遊んでいる時間は無い。始末させてもらう!」
リーダーが右手を挙げた。それを見た仲間達が全員構える。
「それはアタシのセリフよ!―――『衝撃力場展開・アビスフォーム!!』」
プログラム“レムリア”が100%起動して、アタシの体は青白い光に包まれる。
今ならこの力の使い方が解る。力場内の物理エネルギーを支配する力……
両手から放出した光が2体の体を貫いた。アタシは指をパチンと鳴らす。
途端にその部分――バッテリー部――に大きな穴が開き、その2体は倒れた。
「なっ!……………」攻撃姿勢のまま絶句するリーダー。
「安心していいよ、命までは取らない……黒幕の事を教えてもらう為にね!」
力場を進行方向へ展開し、その中を滑るように移動する。
自分でも驚いちゃう。雷迅システムより……バーストモードより遥かに速い!
アタシは連中の後ろに廻り込むと、手刀で2体の関節部を切断してしまう。
残りはリーダーだけ。
「降伏しなさい!それとも仲間みたいに動けなくなりたい?」
リーダーは……ニヤリと笑って、持っていた銃で自分の頭を打ち抜いた。
病院のベッドの上に座っている俺。左手だけは固定されてて動かない。
「で、診察の結果はどうだったんだ?」とアキオ。
「骨にヒビが入ってるから完治まで一ヶ月ぐらい掛かるって。その後で
3ヶ月のリハビリが必要らしい……」
「うわっ、大怪我やなぁ~!」と金城さん。
「そうでもないよ。傷口が手首側に近かったから神経とか大丈夫だったらしい。
でももう少し場所が悪かったら後遺症が残る所だったんだって」
「不幸中の幸いですね……技術屋にとって手は命ですから」と小暮君。
「ああ。でも暫くは『修理屋コタロー』は休業だな……」
あっ、思い出した!「そうだアキオ、あの後はどうなったんだ?」
「ああ……残されたクルセイドからは何の証拠も出なかった。全てを知っていたのは
兎型のリーダーだけだったんだろうな……」
「マスターの秘密を守る為に自殺したのか………」
「………まぁ奥宮は逮捕出来なかったけど、ヤツも暫くは大人しくしてるだろう」
「そうだな……」
「それよりも僕はミアちゃんの事が気になるんですけど……」
小暮君の言葉に、桜花・小春・アルテア・マヤーと遊んでいたミアが反応した。
「えっ、アタシ?」
「うん。言いたくないんだけど……キミは本当にミアちゃんなの?
僕はまだ信じられない。確かにコアユニットのデータは消えていたんだ……」
「あぁ、その質問には由奈さんが答えてくれるよ」俺が替わりに言った。
それから10分後。由奈さんとレインが病室に来た。
「ゴメンね、買い物を頼んじゃって」
「いえいえ。はいこれ、注文の品です!」
由奈さんからデパートの袋を受け取る。「コレが答えだよ!」
「何ですか?それは」
「ふっふっふっふっ……ミアは知ってるよな?前にテレビでやってたヤツ。
三ツ星レストランのシェフが作った最高級の舌平目の猫缶、1個19,800円!!」
「フミャみゃミャミャみゃみゃミャミャミャみゃぁあぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!」
エラい勢いで袋の中に飛び込むミア。
「なるほど、ミアちゃんですね!」「ミアちゃん……♪」
「やっぱミアちゃんやなぁ!」「間違いありませんね」
「ミアちゃんらしいな!」「ミア……ちょっと恥ずかしいわよ……」
「ミアちゃん、今日も元気ね!」「ミア姉ぇさま、それ美味しいの?」
「パチモン猫は健在だニャあ!」
「なっ!ミアだろ?」
「………ふみゃっ?」
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