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ドキハウBirth その2前編 - (2007/06/07 (木) 12:31:22) のソース
柔らかな湯気の立つキッチンに響いたのは、似つかわしくない鞘走りの音だった。 「……参ります」 ちゃき、と刃を冷たく鳴らし。作り付けの調理台の上、白い影が疾走する。小さいながらも人型のそれは、左右の手にその身ほどもある長い刃を一振りずつ掴み、最初から全速力。 レースのあしらわれた衣装をなびかせ、ふた振りの長刀を構え走るその姿は、さながら地を駆ける飛鳥の如く。 だが、いかに身長十五センチの身とはいえ、巴荘の調理場は全力疾走するには手狭に過ぎる。相手の姿を捉え、最速に達したときには既に次の段階へ。加速を剣速に置き換えるべく、足の動きを疾走から斬撃の準備形へと切り替えている。 まな板の上で強く踏み込み。 スカートの裾が、進む方向にひるがえった。 「……斬」 小さく呟くその刹那。大きく広げられた白刃の翼は、二条の銀光に姿を変える。 「……終わりました、鳥小」 そう言った時には、双翼の長刀は既に背中の鞘の中。 「ん。ありがと、ベル」 与えられたのは、労いの言葉。 その成果とは……。 千切りにされた、一瞬前まで大根だったものの姿だった。 ---- **魔女っ子神姫ドキドキハウリン[Birth] **その2 前編 ---- 放り込んだ唐揚げは、サクッという音を立てて口の中で崩れていった。後に残るのは、鶏肉のぷりぷりした食感と、それを包むたっぷりの肉汁と……。 ええい、いちいち説明するのがめんどくさい! 要するに、だ。 「……美味っ! 鳥小さん。これ、すげー美味いッス!」 それだけ言って、俺は白いご飯を口の中に詰め込んだ。 うめー! 白米うめー! 美味い唐揚げでご飯が食えるこの幸せ! 日本人に生まれてマジ良かったぜ! 「あら、嬉しい」 テーブルの向かいに座る鳥小さんは、そう言ってにこにこと笑ってる。 「千喜ちゃんはどう?」 「あたしは鳥小さんの料理、大好きだよー」 鳥小さんの隣に座ってる千喜も、俺ほどの勢いじゃないけどかなりのハイペース。 さすがにご飯の間は、頭の上に神姫を乗せてない。 「良かったわねー、峡次。ホントなら、今日はコンビニ弁当のはずだったんでしょ?」 「ああ、全くだぜ……」 イヤミったらしい千喜の言葉も、この時ばかりは腹も立たない。 俺の部屋に収まるべき家具達は、いまごろ運送会社のトラックの上、高速道路をひた走っているはずだ。要するに俺の部屋には、家具どころか毛布一枚ないわけで。 近くのコンビニの場所を聞いて弁当でも買うか……とか考えてたんだけど、見かねた鳥小さんが「せめてご飯くらい食べて行きなさい」って夕食に誘ってくれたわけだ。 ありがたいとは思ったけど、まさかこんな美味いご飯が出てくるとは思わなかった。 「おかわりっ!」 空になった茶碗を、勢いよく突き出す俺。 「ちょっ!」 それを遮ったのはこの202号室の主、鳥小さんではなくて。 「アンタ、少しは遠慮ってモンを考えなさいよ?」 彼女の隣に座ってる、小柄な女の子だ。 「……っていうか、何でお前が偉そうなんだ? 201号室に帰れよ」 千喜の部屋は家具もちゃんと揃ってるし、ご飯の支度だって出来るだろうに。だいいち何でコイツが鳥小さんのご飯食べてるんだ? 「お前って言うな! 千喜さんでしょ!」 「……なんで同い年にさん付けなんだよ」 そう。 千喜のヤツ、鳥小さんとも随分と馴染んだ感じだったから、俺より年上かと……小柄なコイツがとてもそうは見えないが……思っていたら、何と俺と同い年。今年から東条学園の高等部に入るのだという。 「少なくとも巴荘では先輩だもん」 「たった三日のどこが先輩だよ!」 そのうえこの巴荘にも、ほんの三日前に越してきたばかりというからたまらない。 馴染みが早いとかいうレベルじゃない。コイツの場合は、単に馴れ馴れしいだけだ。 「ほらほら。ご飯の時くらい、ケンカしないの」 テーブルを挟んでいがみ合ってる俺達を遮るように、鳥小さんは俺の茶碗を受け取って。 「ご飯はまだあるから、いっぱいお代わりしてね」 ありがたいことに、そんな事まで言ってくれるのだった。 ……へぇ。 「……どうしたの? 峡次クン」 「いえ……」 何となく目に留まったのは、鳥小さんの傍らだ。 「神姫って、ホントにご飯食べるんだな、と思って」 そこにあるのは、テーブルの上に乗せられた小さなテーブルだった。土台と同じく四人掛けのそこでは、メイド服を着込んだサイフォスと、こちらも薄手のシャツを着たジルダリアが、仲良く料理をつついてる。鳥小さんのベルと、千喜のプシュケだ。 俺の視線に気が付いたのか。ベルがこちらを見て、小さく首を傾げた。 「わたし達の食事、珍しいですか?」 騎士型なのに、彼女は小さな箸を器用に使ってご飯を食べている。 さっき背中に背負ってたのはどう見ても刀だったし。着てる物こそ洋風だけど、騎士型っぽいのは外見だけで、中身はどう見ても侍型だ。メイド服が騎士っぽいかはこの際置いておこう。 この辺りも、CSCで設定された『個性』なのかねぇ。 「……まあな。俺、神姫持ってないからさ」 ファミレスにでも行けばいつでも見られるんだろうけど、中学生の財布に外食は相当な負担だ。戦っている神姫はちょくちょく見てたけど、正直、ご飯を食べてる神姫をじっくり見るのは初めてだった。 「峡次クン、東条の工業科なのよね?」 「ん? そうですけど」 茶碗を受け取りながらの俺の答えに、鳥小さんは小さく眉をひそめる。 「千喜ちゃんは普通科だからいいとして……確か、工業科だと神姫絡みの授業もあるはずよ? 神姫がなくて困らない?」 もちろん、入学要項でその事は確認済みだ。というか、大学部で神姫の勉強をしたかったから、高大一貫の東条学園を選んだわけで。 「おじさんが入学祝いに送ってくれるって言ってたんですけど……」 「まだ届いてないんだ?」 千喜の言葉に、首を縦に振る。 「ここの住所で送るって言ってたから。部屋が片付いた後に着くようにしてるのかもしれないし」 入居日は今日とも言ってあるから、たぶん着くのは明日以降だろう。俺としては実家にいる間に送ってくれても困らなかったんだけど……そうなると引っ越しの支度が滞るの確実だったし、まあ、おじさんの判断は間違っちゃいない。 母さん辺りが入れ知恵したのかもしれないけど。 「なるほどねぇ。……はむ」 唐揚げをかじりながら、千喜は小さく相槌。 「荷物が届くのは、んむ、明日だっけ?」 こちらもお茶をひと口飲んで、鳥小さん。 「はい」 今日は何もない部屋で寝て、明日の引っ越し屋さんの到着に備えることになる。春だからもう暖かいし、コートは一応持ってきてるから、風邪ひいたりはしないだろ。 さすがに、女の人の部屋で一晩お世話になるほど無神経じゃないぞ。 「そっか。私か倉太クンが手伝えればいいんだけど……私、明日はバイトがあるのよね」 「倉太はしばらく研究室で帰れないって言ってたよ」 「倉太さんって……俺のお隣さんだっけ?」 俺の102号室の隣、101号室の住人らしい。 二階の201号室は千喜、202号室は鳥小さん。このアパートは四部屋だから、この倉太という人が巴荘の最後の住人ってことになる。 「だよー。大学部の研究室に入ってるから、学校で会う方が早いかもね」 「そうなんだ……」 とりあえず、この二人が普通に接してるって事は、そんなに変な人じゃないんだろう。 「じゃ、明日はベルを置いていくから、分からないことは彼女に聞いてもらっていい?」 「いいんですか?」 神姫を使うバイトってのは聞いた事がないけど、ベルにスケジュールの管理なんかも任せてるんだったら、鳥小さんは不便じゃないだろうか。 「鳥小様はしっかりしてるから、大丈夫ですわ。ね、マスター」 テーブルの上のテーブルに頬を突いて、ベルじゃなくてプシュケがひと言。見上げた視線は……。 「何でこっち見るのよ、プシュケ」 「別にぃ」 何となく、言いたいことは分かる気がする。 「……アンタも何でこっち見てるのよ」 いや、まあ、なぁ。 何となく、プシュケの気持ちが分かるというか何というか。 「私は心配しなくても大丈夫よ。ベル、頼むわね?」 「承知しました、鳥小」 かたん、と箸と茶碗を置いて、ベルは静かに一礼する。 やっぱりこの子、ホントは紅緒なんじゃないか? 「お願いします、ベル」 「ええ。こちらこそ、峡次様」 とはいえ、巴荘のことをよく知ってる人が色々教えてくれるのはありがたい。これで、明日の引っ越しも順調に進みそうだ。 「じゃ、明日はそういうことで大丈夫ね」 箸と茶碗をテーブルにおいて、鳥小さんは小さく手を合わせる。案外小食なんだな、鳥小さんは。 「残しても仕方ないから、おかずは二人で全部食べちゃってね」 うわ。何ですかそのありがたいセリフ! 「はいっ!」 それじゃ、ラストの唐揚げも遠慮なく、いただきま……。 「む!」 唐揚げの最後の一つの右側を挟んだのは、俺の箸。 「あ!」 唐揚げの最後の一つの左側を挟んだのは、千喜の箸。 左右を箸に挟まれて、掲げられるように持ち上がる最後の唐揚げ。 「……これ、俺が先に取ったんだけど」 俺が引っ張っても、千喜が唐揚げを譲ってくれそうな気配はない。 「……どう見てもあたしのでしょ」 千喜も唐揚げを引っ張るけど、俺だって譲る気は全然ない。こんな美味しい唐揚げ、早々食えるもんじゃないぜ。 「むむむ……」 これだけ引っ張っても離さないなんて、コイツの箸の持ち方、一流じゃねえか! 「ぐぐぐ……」 そして、両端から引っ張られても崩れる気配のない、鳥小さんの唐揚げもまた一流。味も加えれば、文句なしの超一流だ。 「むぅぅ……いい加減、諦めなさいよ……っ!」 「誰が……っ!」 向こうも本気。 こっちも本気。 だから、気が付かなかった。 「……ふぅ。ベル」 鳥小さんが、小さくため息をついた事に。 「御意」 その瞬間、俺の箸と千喜の箸の間に、銀色の光が迸った。 「へ……っ?」 ふいと消えた手応えに、思わず唐揚げを落としそうになり……慌てて箸で掴み直す。 「ひゃ……っ!?」 そこにあるのは、ちょうど真ん中で二つに断ち切られた、唐揚げの姿。 柔らかくサクサクな衣も、ぷりぷりの鶏肉も、崩れることなくキレイに真っ二つ。切り裂かれた断面に至っては、今頃になってたっぷりの肉汁があふれ出す始末だ。 「食べ物でケンカなんかしないの。二人で半分ずつにしなさいね」 「はぁーい」 「……」 鳥小さんも千喜も平然と流してるけど、俺は鶏肉の断面を見て言葉もない。どんな鋭い包丁で切っても、こんな綺麗な断面にゃならないぞ……。 それに加えて、支えのない空中でこの仕事。一体どうやったんだ? 「あまり浅ましいのは、お仕えする神姫として恥ずかしいのですけれど。マスター」 「……うるさいわね」 って、プシュケもそっち方面はスルーかよ。 「あの、ベルさん?」 「何か?」 そして、その離れ業をやってのけたであろう本人は、鳥小さんの傍らのテーブルで平然とお茶なんか飲んでいる。 「その太刀……」 ……あれ? 「これが何か?」 鳥小さんの大太刀は、神姫の身長くらいある一対の長刀だ。それはいいんだけど……。 あれ? いやちょっと待て。 「あのさ……さっきの一振り、唐揚げまで届いてなかったような気がするんですけど」 そうだ。 ベルの立ち位置から唐揚げまでは、大太刀の間合をはるかに越えている。ベルは素体に服しか着てないから飛べるはずないし、かといってジャンプして斬ったなら、ベルは俺達の箸の下からテーブルの反対側に着地しているはず。 それが、何で鳥小さんの手元を離れてないわけ? 「それが何か?」 「いや、それが何かって……」 流された! 「人には危ないもの向けないように躾けてあるから、気にしないで。アシモフ・プロテクトも外してないし」 ああ、人に危害を加えないように設定してあるのは良いことですね……って! 「そういう問題じゃなくって、何ですか今の! 踏み込みとか、居合とかですか?」 思いついたモノを言っては見たけど、実際はそんな甘いもんじゃないのは自分で分かってる。 アーンヴァルのライトセイバーなら刀身を伸ばすって奥の手も使えるけど、ベルの大太刀はどう見ても実体剣だ。ビームをまとうとか、単分子ワイヤーが仕込んであるとかいった仕掛けがあるようにも見えない。 「ああ。どこにでもある魔剣を使っているだけですから、お気になさらず」 「ま……っ!?」 魔剣!? いや、あの、どこから突っ込んで良いものか……。 そもそも、そんなワケの分からん物はどこにでもねえだろ! 「……ねえ、ベル?」 ああ、やっと千喜さんもまともなツッコミが出来るようになってくれたのか。お兄さん嬉しいぜ。 「はい?」 「魔剣で切った食べ物って、食べて平気なの?」 ちょっ! 「大丈夫ですよ。ちょっとよく切れて、ちょっと遠くの物も切れるだけですから」 「……んー。ならいいや」 また流した! 「んー。やっぱ鳥小さんの唐揚げ、おいしー」 そのひと言で流す所じゃないでしょ千喜さん! 「鳥小さぁん……」 こいつらみんなもうダメだ。 最後は、この人に残ってる常識に頼るしかないぜ……。 「こないだあった大きなイベントで、そこらの包丁よりもよく切れる剣ってオススメされて買っただけだから。細かいことは、よく知らないのよねぇ……」 こないだあった大きなイベントって言えば、鳳凰杯あたりか……。 個人ディーラーの作品なんだろうけど、何てモノ売ってるイベントだ。 「ま、毒じゃないみたいだから、安心して」 ……そこで割り切って良いもんじゃないでしょう。 「アンタ、そんなコト気にしてると、ハゲるわよ?」 いや……まあ、なぁ……。 でも、誰でも良いから、フツーに突っ込んでくれ。ひとつ。 [[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/996.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1004.html]]