第十一幕。上幕。
・・・。
私がマスターの神姫になって、もう。何日経ったでしょうか。
私はまだ、目を開ける事さえ出来ません。
私がマスターの神姫になって、もう。何日経ったでしょうか。
私はまだ、目を開ける事さえ出来ません。
・・・。
その日。そう。その日。風の止んだその日でした。
不思議な日・・・マスターが『おはよう』も、『おやすみ』も言ってくれなかった日は、はじめてでした。
その日。そう。その日。風の止んだその日でした。
不思議な日・・・マスターが『おはよう』も、『おやすみ』も言ってくれなかった日は、はじめてでした。
本当に私は。今もまだ、マスターのベッドの枕元にいるのかな?
そんな事を考えながら耳をすましても。マスターの声は聞こえません。ただ、慌しい足音。それに、お母様と、誰かが話す声。
時折聞こえる私の名前。何を話しているかは解りません。
そんな事を考えながら耳をすましても。マスターの声は聞こえません。ただ、慌しい足音。それに、お母様と、誰かが話す声。
時折聞こえる私の名前。何を話しているかは解りません。
・・・的確に刻まれる電子音が聞こえます。
液体が、一滴、一滴と落ちる音が聞こえます。
そして・・・何か、空気が。くぐもったように・・・漏れるような、音。
お母様の、泣く声に。マスターの名前と、私の名前。
そんな、それだけの一日でした。
液体が、一滴、一滴と落ちる音が聞こえます。
そして・・・何か、空気が。くぐもったように・・・漏れるような、音。
お母様の、泣く声に。マスターの名前と、私の名前。
そんな、それだけの一日でした。
・・・。
うん。
きっと、マスターはお出かけなんです。
きっとそうです。そうなんです。
声も、いつもの息をする音さえ聞こえないもの・・・くぐもった音しか聞こえないもの。
きっと。どこかにお出かけになったんです。
うん。
きっと、マスターはお出かけなんです。
きっとそうです。そうなんです。
声も、いつもの息をする音さえ聞こえないもの・・・くぐもった音しか聞こえないもの。
きっと。どこかにお出かけになったんです。
そうに違いないんです。
そうに、違い、ないんです。
そうに、違い、ないんです。
・・・。
その日の夜。私が『眠り』につく直前。
聞き慣れぬ女の人の声がしました。そして、お母様の声。
何かをお願いするお母様と、辛そうな声で、ぽつぽつと返す女の人。
また・・・時折挟まれる、マスターと、私の名前。
その日の夜。私が『眠り』につく直前。
聞き慣れぬ女の人の声がしました。そして、お母様の声。
何かをお願いするお母様と、辛そうな声で、ぽつぽつと返す女の人。
また・・・時折挟まれる、マスターと、私の名前。
『私』の名前。
マーチという言葉。マスターに付けていただいた、たった一つの大切な名前。
マーチという言葉。マスターに付けていただいた、たった一つの大切な名前。
何を話しているか、内容はわかりません。
・・・わかりたく、ありません。
何も聞きたくない。
聞こえて、なんか、ないんです。
・・・わかりたく、ありません。
何も聞きたくない。
聞こえて、なんか、ないんです。
聞きたくない。知りたくない。解りたくなんかない。そうして、眠ろうとしたとき。
私は抱き上げられ。オフ・モードに移行させられました。
私は抱き上げられ。オフ・モードに移行させられました。
ふっと。私が『私』を取り戻したとき。
身体に、明らかな変化が訪れていました。
聞きなれない音がします。聞いた事が無い、確かな振動が身体に伝わります。それは小さく、けど力強く。
そして、何処か悲しげに。私の身体に、まるで微風のような波を齎す音がします。
身体に、明らかな変化が訪れていました。
聞きなれない音がします。聞いた事が無い、確かな振動が身体に伝わります。それは小さく、けど力強く。
そして、何処か悲しげに。私の身体に、まるで微風のような波を齎す音がします。
指に力が入ります。
私が、私を認めてくれるような。不思議な感じ。
驚きながらも。私はおそるおそる動こうとします。
・・・肩が、揺れました。
膝を、折る事が出来ます。
私が、私を認めてくれるような。不思議な感じ。
驚きながらも。私はおそるおそる動こうとします。
・・・肩が、揺れました。
膝を、折る事が出来ます。
・・・直った?
確かに感じる自分自身のこと。はっきりと。自分の体が自分であるという声を上げます。
マスター・・・。
誰よりも早く伝えたい。
マスター、どこですか? 直りました。
そう、伝えたい。
マスターのお顔を見たい。
誰よりも早く伝えたい。
マスター、どこですか? 直りました。
そう、伝えたい。
マスターのお顔を見たい。
・・・。その時。少し浮かれていたのでしょうか。
私は気付きませんでした。
そう、外から。
何も・・・音が、していない事に。
私は気付きませんでした。
そう、外から。
何も・・・音が、していない事に。
2036年、12月25日。午前0時。
「ん・・・」
デフォルトタイプのクレイドルの上。その一体のMMSタイプ・ジュビジーは僅かに声を漏らした。
肩を揺らせ、瞼を奮わせる。独特な温かみのある、グレースタイルのスーツカラー。
マスターが気を使っているのだろう。櫛で梳かれて、綺麗に整えられた桃色の髪がふわりと揺れる。
ジュビジータイプの特徴でもある赤い飾り髪が下がり、仄かにピンクに染まる唇にかかった。脚を折るようにして身をよじらせて、ゆっくりと。
そのジュビジーは。恐る恐るといった感で、そっと目を開けた。
「ん・・・」
デフォルトタイプのクレイドルの上。その一体のMMSタイプ・ジュビジーは僅かに声を漏らした。
肩を揺らせ、瞼を奮わせる。独特な温かみのある、グレースタイルのスーツカラー。
マスターが気を使っているのだろう。櫛で梳かれて、綺麗に整えられた桃色の髪がふわりと揺れる。
ジュビジータイプの特徴でもある赤い飾り髪が下がり、仄かにピンクに染まる唇にかかった。脚を折るようにして身をよじらせて、ゆっくりと。
そのジュビジーは。恐る恐るといった感で、そっと目を開けた。
そのジュビジー・・・マーチの初めての視界に最初に飛び込んで来た物は『壁』だった。
バランサーから送られる情報。即座に自分が仰向けになっている事に気付き。それが『天井』であると理解する。何も飾り気がなく。無機質で真っ白な天井。ぱちぱちと目をしばたたかせ、ゆっくりと上身を起こす。
と、シーツの地面が見えた。自分が今まで寝ていたクレイドルは。その天井と同じく純白のシーツの上に置かれていると気付く。不気味ともいえる清潔感さえ漂わせる白さ。
「・・・」
マーチは眉を顰めながらもゆっくりと立ち上がり、クレイドルからそのシーツに一歩・・・足を踏み出した。
柔らかなマットレスの感覚が確かにある。しかし、それはぞっとするほどに冷たく、一種薬物的なまでの白さを湛えるだけ。陽の温もりなどは一切感じる事無く、ただ、彼女の無いに等しい自重に少し凹みこんだだけで、何も返してはこない。
その透き通った青い瞳は、先から唖然と見開かれていた。そのまま、首と一緒にその視線を回す。
窓が、見えた。これも飾り気の無い長方形の窓。カーテンの色は同じく白。
バランサーから送られる情報。即座に自分が仰向けになっている事に気付き。それが『天井』であると理解する。何も飾り気がなく。無機質で真っ白な天井。ぱちぱちと目をしばたたかせ、ゆっくりと上身を起こす。
と、シーツの地面が見えた。自分が今まで寝ていたクレイドルは。その天井と同じく純白のシーツの上に置かれていると気付く。不気味ともいえる清潔感さえ漂わせる白さ。
「・・・」
マーチは眉を顰めながらもゆっくりと立ち上がり、クレイドルからそのシーツに一歩・・・足を踏み出した。
柔らかなマットレスの感覚が確かにある。しかし、それはぞっとするほどに冷たく、一種薬物的なまでの白さを湛えるだけ。陽の温もりなどは一切感じる事無く、ただ、彼女の無いに等しい自重に少し凹みこんだだけで、何も返してはこない。
その透き通った青い瞳は、先から唖然と見開かれていた。そのまま、首と一緒にその視線を回す。
窓が、見えた。これも飾り気の無い長方形の窓。カーテンの色は同じく白。
息苦しささえ感じる真っ白な部屋の中にいた。
そこから覗く外の景色もまた、白。それが雪であるとは彼女が認識したかは解らない。
牢獄のような、何も無い白い・・・白い部屋。ただ病的なまでの白。
そこから覗く外の景色もまた、白。それが雪であるとは彼女が認識したかは解らない。
牢獄のような、何も無い白い・・・白い部屋。ただ病的なまでの白。
自分が立っているのはベッドであった。
その枕の方向に、ふと目を向けて。
その枕の方向に、ふと目を向けて。
「・・・!」
彼女は唇を震わせて、小さく悲鳴のような・・・か細い声を漏らした。
彼女は唇を震わせて、小さく悲鳴のような・・・か細い声を漏らした。
そこは白ではなかった。
銀色に深く光る、あの背が高い金属質の物は点滴台だろうか? それが数台並んでいて、その先には何も吊るされてはいない。
それが何をするかは解らない、何を意味するかは解らない・・・大小様々な機械が置かれており、その中の数個は彼女を、まるで珍しい物を観察する目のように、赤いランプを音も無く灯らせていた。
そこにひっかけられた、何本ものチューブが繋がった・・・マスク状の機器。おそらくは、あれを付ければ息遣いはくぐもった物になるだろう。そのチューブの先には、鈍く光を照り返す何処か外国の言語が書かれたタンクのような物が置かれてあった。
銀色に深く光る、あの背が高い金属質の物は点滴台だろうか? それが数台並んでいて、その先には何も吊るされてはいない。
それが何をするかは解らない、何を意味するかは解らない・・・大小様々な機械が置かれており、その中の数個は彼女を、まるで珍しい物を観察する目のように、赤いランプを音も無く灯らせていた。
そこにひっかけられた、何本ものチューブが繋がった・・・マスク状の機器。おそらくは、あれを付ければ息遣いはくぐもった物になるだろう。そのチューブの先には、鈍く光を照り返す何処か外国の言語が書かれたタンクのような物が置かれてあった。
思わず視線を逸らせて目に入ったものは、クレイドルの近くにある、携帯電話ほどの小さなポータブルミュージックプレイヤー。
恐らくは同じ電源から取っているのか。その電源コードはクレイドルと共通の配線に繋がっていた。・・・それを、マーチは知っている。どうしようもなく知っている。
そのプレイヤーから、どんな音楽が流れ出していたかさえも、全て知っている。
だが。
彼女が望んだものは。そこにはない。
恐らくは同じ電源から取っているのか。その電源コードはクレイドルと共通の配線に繋がっていた。・・・それを、マーチは知っている。どうしようもなく知っている。
そのプレイヤーから、どんな音楽が流れ出していたかさえも、全て知っている。
だが。
彼女が望んだものは。そこにはない。
目を大きく見開き、そのまま彼女は動きを止めていた。
ベッドにいるのは。
・・・自分だけだ。
ベッドにいるのは。
・・・自分だけだ。
「起きましたね」
堅苦しそうな・・・しかし、明らかな哀しみ、辛さが込められているとはっきりと解る声が聞こえた。
はじめて耳に入った音。
マーチは顔を上げて、そちらに身体を向けた。ベットの丁度・・・足の方向。白衣を着た、その声同様、堅苦しそうな雰囲気を漂わせた初老の女性が立っていた。
声を出す事も出来ず、ただ、マーチはその女性と見詰め合った。
堅苦しそうな・・・しかし、明らかな哀しみ、辛さが込められているとはっきりと解る声が聞こえた。
はじめて耳に入った音。
マーチは顔を上げて、そちらに身体を向けた。ベットの丁度・・・足の方向。白衣を着た、その声同様、堅苦しそうな雰囲気を漂わせた初老の女性が立っていた。
声を出す事も出来ず、ただ、マーチはその女性と見詰め合った。
違う。
マスターじゃない。あなたは、誰ですか?
そう、伝えたくとも。声は出なかった。一歩あとずさる。
「はじめまして。私は小幡紗枝。そして、貴女の名前は、マーチ」
「・・・」
「・・・時間がありません。どうか。聞いて下さい」
言葉を発する事が出来ないマーチを無視するかのように。
いや、何かに焦っているのか・・・じっと、こちらを睨みつけるように女性、小幡は口を開いた。
「良いですか? 貴女の本来のマスターは、ここには。いません」
知っている。
顎を僅かに上げて、何かを言おうとする。だが、それは声として彼女の喉を揺らさなかった。
「・・・。遠野弥生。それがマスターとなるべき方の名前です。しかし。マスター登録をせずに、私の言葉を。お聞きなさい」
そう、伝えたくとも。声は出なかった。一歩あとずさる。
「はじめまして。私は小幡紗枝。そして、貴女の名前は、マーチ」
「・・・」
「・・・時間がありません。どうか。聞いて下さい」
言葉を発する事が出来ないマーチを無視するかのように。
いや、何かに焦っているのか・・・じっと、こちらを睨みつけるように女性、小幡は口を開いた。
「良いですか? 貴女の本来のマスターは、ここには。いません」
知っている。
顎を僅かに上げて、何かを言おうとする。だが、それは声として彼女の喉を揺らさなかった。
「・・・。遠野弥生。それがマスターとなるべき方の名前です。しかし。マスター登録をせずに、私の言葉を。お聞きなさい」
違う。
違う。マスター登録は済んでいる。少なくとも、自分は既に。あの人の神姫なんだ。
神姫の・・・はずなんだ。
神姫の・・・はずなんだ。
「貴女のマスター・・・になるべき方。ヤヨイさんは・・・」
ぐっと、小幡は一度口を噤み、ゆっくりと、諭すように続けた。
「あと、数時間で。『いなくなる』かもしれません」
腰を折り、膝を付いて。ベッドの上にいるマーチに視線を合わせる。
「・・・。・・・」
理解さえ出来ず、ただ、首を振るしかない彼女をしばらく見つめていたが、やがて目を瞑り、小幡は顔を逸らした。
「彼女は後天性の・・・いいえ、病名などどうでも良い事。いずれにしろ、とても難しい手術に挑んでいます。しかし、体力的な面で。恐らくは・・・」
一度息を吐き、きっと。彼女は。その僅かに潤んだ瞳でマーチを見据えた。
「成功は、かなり難しいとされています」
ぐっと、小幡は一度口を噤み、ゆっくりと、諭すように続けた。
「あと、数時間で。『いなくなる』かもしれません」
腰を折り、膝を付いて。ベッドの上にいるマーチに視線を合わせる。
「・・・。・・・」
理解さえ出来ず、ただ、首を振るしかない彼女をしばらく見つめていたが、やがて目を瞑り、小幡は顔を逸らした。
「彼女は後天性の・・・いいえ、病名などどうでも良い事。いずれにしろ、とても難しい手術に挑んでいます。しかし、体力的な面で。恐らくは・・・」
一度息を吐き、きっと。彼女は。その僅かに潤んだ瞳でマーチを見据えた。
「成功は、かなり難しいとされています」
違う。
違う。成功は、かなり難しい。そうじゃない。
私は・・・。
私は聞いていた。ずっと、ずっと聞いていた。
ただ、それを認めようとも、理解しようとも、知ろうともしなかっただけ。
ここで、ただ眠り。夢を見て。マスターの声を聞いていた。ただ、それだけだった。だから。その手術の成功が、難しいんじゃない。という事も。聞いていたんだ。
だって。言ってたんだ。マスターのお声が聞こえなくなったとき。
あの、マスターに優しく声をかけていた男の人と。お母様が。
辛く、涙が混ざっている声で。お話しているのも。私は聞いていたんだ。
私は・・・。
私は聞いていた。ずっと、ずっと聞いていた。
ただ、それを認めようとも、理解しようとも、知ろうともしなかっただけ。
ここで、ただ眠り。夢を見て。マスターの声を聞いていた。ただ、それだけだった。だから。その手術の成功が、難しいんじゃない。という事も。聞いていたんだ。
だって。言ってたんだ。マスターのお声が聞こえなくなったとき。
あの、マスターに優しく声をかけていた男の人と。お母様が。
辛く、涙が混ざっている声で。お話しているのも。私は聞いていたんだ。
その手術は、成功がかなり、難しいのじゃなくて。
・・・。
・・・。
「お聞きなさい。マーチ。貴女は今、目覚めたばかり」
肩を寄らせ、縮こまるように。マーチはかたかたと小さく震えだした。
「未だ、この世界を知る事もしていません」
じっと。小幡はその目を逸らす事無く。その、僅かに節くれだった指を、自分の口元にやった。
「貴女の・・・」
しばし、そのまま何かを悩むような顔をしていたが。意を決し、その事を口にする。
「・・・貴女の、動作を司る動力管制部」
CSCと強く連結する、いわば心臓部。身体を動かすエネルギーの全てを司る箇所。
小幡は、自分の手をそのまま胸にやった。
「それは、貴女の物ではなく。既に一度死した、私のパートナーの物です」
肩を寄らせ、縮こまるように。マーチはかたかたと小さく震えだした。
「未だ、この世界を知る事もしていません」
じっと。小幡はその目を逸らす事無く。その、僅かに節くれだった指を、自分の口元にやった。
「貴女の・・・」
しばし、そのまま何かを悩むような顔をしていたが。意を決し、その事を口にする。
「・・・貴女の、動作を司る動力管制部」
CSCと強く連結する、いわば心臓部。身体を動かすエネルギーの全てを司る箇所。
小幡は、自分の手をそのまま胸にやった。
「それは、貴女の物ではなく。既に一度死した、私のパートナーの物です」
マーチはそれを聞くと。
その震える両手で、自分の胸を抑えた。
(・・・苦しい)
胸が悲鳴を上げる。重く、辛い。何か・・・酷く重いものが。胸に埋め込まれている・・・。
その震える両手で、自分の胸を抑えた。
(・・・苦しい)
胸が悲鳴を上げる。重く、辛い。何か・・・酷く重いものが。胸に埋め込まれている・・・。
「生まれて間もない貴女にこの決断を迫るのは心苦しい限りですが」
それでも。急がなくてはならない。彼女に、伝えなくてはならない。
「特例として、神姫の意志によって・・・マスター登録が可能となった前例があります」
マスターとなるべき人間が。その神姫の登録を行う。それが、当然である。
が、かつて。登録する前に、目覚めた神姫に『マスターを選択させた』という事例がある。
それでも。急がなくてはならない。彼女に、伝えなくてはならない。
「特例として、神姫の意志によって・・・マスター登録が可能となった前例があります」
マスターとなるべき人間が。その神姫の登録を行う。それが、当然である。
が、かつて。登録する前に、目覚めた神姫に『マスターを選択させた』という事例がある。
MMSフレームがメインとなった今現在では一種禁止されている行為。その起動時に責任をもってマスター登録を完了させる。という事項に反する行為であるが。旧型のパーツを主要部に使うならば、つまりはクラリネット・タイプとして。
起動後の神姫によるマスター選択が可となるかもしれない。それが、コウが提案した事だった。
起動後の神姫によるマスター選択が可となるかもしれない。それが、コウが提案した事だった。
「これは・・・ヤヨイさんの、お母様の願いでもあります」
もしもヤヨイがいなくなっても。彼女が選んだCSC。
そこから生まれるべき意志。それは、短い命を終えるやもしれない、ヤヨイが生んだ唯一の。
『命』そのものではないかと。
マーチをも消したくは無い。なんとか。なんとか救う事は出来ないか。そう。彼女は母は伝えた。
無論・・・。
ヤヨイが無事であれば。ヤヨイが助かれば。
それに勝る喜びは。無いのだ・・・が。
そこから生まれるべき意志。それは、短い命を終えるやもしれない、ヤヨイが生んだ唯一の。
『命』そのものではないかと。
マーチをも消したくは無い。なんとか。なんとか救う事は出来ないか。そう。彼女は母は伝えた。
無論・・・。
ヤヨイが無事であれば。ヤヨイが助かれば。
それに勝る喜びは。無いのだ・・・が。
「そして私の願いでもあります。恐らくは同系波長が発生したのは天文学的な可能性。CSCの停止、リセット・・・いずれにしても。もう一度停止すれば。その『心臓』は二度と鼓動を打つことは無いでしょう」
切り離せただけでも、最早奇跡ともいえる部位。 旧型の・・・本来ならば、ボディから外れない箇所。
「・・・『彼女』を失いたくありません」
それは。
自分自身のエゴに、他ならない。
切り離せただけでも、最早奇跡ともいえる部位。 旧型の・・・本来ならば、ボディから外れない箇所。
「・・・『彼女』を失いたくありません」
それは。
自分自身のエゴに、他ならない。
本当は。このタイミングでマーチを直す事などをせず。
・・・。
全てが決した後に。彼女を目覚めさせれば・・・それで、良いはずだった。
・・・ヤヨイの手術が失敗していれば。そのまま。自身が彼女のマスターとなれば良い。
そして・・・。
・・・。
全てが決した後に。彼女を目覚めさせれば・・・それで、良いはずだった。
・・・ヤヨイの手術が失敗していれば。そのまま。自身が彼女のマスターとなれば良い。
そして・・・。
「私と共に生きますか? それとも・・・僅かな可能性にかけて、ヤヨイさんと共に・・・」
・・・。
マーチを、良くなった彼女に会わせてあげれば良いだけだった。
可能性が。例え。無きに等しくても。
「その場合、もしも・・・」
だが、小幡はその選択をする事は出来なかった。
一人の少女が選んだ、そのCSC。少女は「それしか、イヤだ。この子が良い」と。
・・・そう、母に伝えたという。
・・・。
マーチを、良くなった彼女に会わせてあげれば良いだけだった。
可能性が。例え。無きに等しくても。
「その場合、もしも・・・」
だが、小幡はその選択をする事は出来なかった。
一人の少女が選んだ、そのCSC。少女は「それしか、イヤだ。この子が良い」と。
・・・そう、母に伝えたという。
小幡は。人だった。ゼリスが言った様に。どこまでも人らしい人でしかなかった。
神姫を失う経験した、しかしどこまでも人だった。
マーチの、「神姫の心」は救われるであろう、その選択。しかし。
・・・ヤヨイの、「人の心」を。無にし、踏み躙るその選択を。
神姫を失う経験した、しかしどこまでも人だった。
マーチの、「神姫の心」は救われるであろう、その選択。しかし。
・・・ヤヨイの、「人の心」を。無にし、踏み躙るその選択を。
彼女は、選ぶ事が出来なかった。
もしかしたら、コウは。それさえ知った上で、その提案をしたのではないだろうか。
もしかしたら、コウは。それさえ知った上で、その提案をしたのではないだろうか。
・・・。
私は、きっと。理解したくなかったんだ。
全てを知っていて。けど、そこから逃げていたんだ。
聞きたくなかった。見たくなんて無かったんだ。
目覚めたくなんて、なかったんだ・・・。
私は、きっと。理解したくなかったんだ。
全てを知っていて。けど、そこから逃げていたんだ。
聞きたくなかった。見たくなんて無かったんだ。
目覚めたくなんて、なかったんだ・・・。
がんばってください! がんばりましょう!
マスター、大丈夫ですよ! 私が一緒です!
マスター、大丈夫ですよ! 私が一緒です!
そんな言葉を。
私は・・・伝えなきゃ、ダメだった。声にする事は出来なくても。
そう、心からあの人に伝えなきゃ、ダメだったのに。
私は。マスターの神姫なんだから。
だけど。
私は・・・伝えなきゃ、ダメだった。声にする事は出来なくても。
そう、心からあの人に伝えなきゃ、ダメだったのに。
私は。マスターの神姫なんだから。
だけど。
耳を、塞いだんだ。
目を。瞑ったんだ。
・・・夢を、見ていたんだ。
目を。瞑ったんだ。
・・・夢を、見ていたんだ。
・・・。
「選んでください、マーチ。辛いと思いますが・・・マスター登録を完了させるのです」
僅かに震える、小幡の声を。理解はしていた。
「選んでください、マーチ。辛いと思いますが・・・マスター登録を完了させるのです」
僅かに震える、小幡の声を。理解はしていた。
・・・だが。
目を見開き。瞳孔さえ揺らせて。
口を閉じる事さえ出来ず、マーチはただ、その唇をわななかせて。
そこに立ちすくむ事しか出来なかった。
目を見開き。瞳孔さえ揺らせて。
口を閉じる事さえ出来ず、マーチはただ、その唇をわななかせて。
そこに立ちすくむ事しか出来なかった。
「喉」は震えず、何も伝えれない。
「脚」はかたかたと揺れている。何処も歩めない。
「手」は力なく開かれたまま。何を掴む事もない。
その「瞳」は何も、光さえ照り返さず虚ろなまま・・・。
呆然と彼女は天井に視線を向けた。
「脚」はかたかたと揺れている。何処も歩めない。
「手」は力なく開かれたまま。何を掴む事もない。
その「瞳」は何も、光さえ照り返さず虚ろなまま・・・。
呆然と彼女は天井に視線を向けた。
一筋だけの涙が、その頬を伝う。
真っ白な壁が目に入り、彼女は、その音を聞いた。
真っ白な壁が目に入り、彼女は、その音を聞いた。
その小さな身体に。耐え切れぬほどの重荷。
全てを否定したくなるほどの、哀しみ。
逃げ出したくなるほどの、悲しみ。
しかし。
既に彼女には逃げる場所はなかった。
逃げる時間も既に無かった。
どれほど重くても受け入れるしかなかった。その全てを。
その新しい「胸」に、全て受け止めるしかなかった。
全てを否定したくなるほどの、哀しみ。
逃げ出したくなるほどの、悲しみ。
しかし。
既に彼女には逃げる場所はなかった。
逃げる時間も既に無かった。
どれほど重くても受け入れるしかなかった。その全てを。
その新しい「胸」に、全て受け止めるしかなかった。
夢から、覚めて。
そんな空虚な瞳には。何も揺れる事は無い。
何を紡ぐ事も、ない。
何を紡ぐ事も、ない。
・・・。
ふと、何かが聞こえた。
窓の音じゃない。外には風は吹いていない。
何か、もっと近いところ。
ガラスにヒビが入るような。宝石が悲鳴を上げるような音。
聞きたく無い・・・あまりにも綺麗な、大切な何かが軋む音。
ふと、何かが聞こえた。
窓の音じゃない。外には風は吹いていない。
何か、もっと近いところ。
ガラスにヒビが入るような。宝石が悲鳴を上げるような音。
聞きたく無い・・・あまりにも綺麗な、大切な何かが軋む音。
耳の奥。
どこか遠く。
どこか遠く。
何かが毀れるような、音がした。
第十一幕。下幕。