「……いいんですか、そんな勝手な事をして」
研究所内の二人の男女。傍目、年齢の離れた兄妹にも見えるこの二人(実際には、女の方が年上なのだが)は、いつの間にか研究所名物になっていた。
「いいんじゃないか? 本人も、どうも祖父母とは折り合いが悪いって言ってたし」
そりゃあ、愛娘を嫁がせた相手が正当防衛とはいえ人を殺したのだ。嫁姑もとい、この場合婿舅の折り合いが悪くなるのは当然だし、その余波を孫が喰ってもおかしくはない、とかすみは思う。
……思うのだが。
「だからといって、いきなり泊めに行かせますか?」
この幼馴染、修也は絶対、面白がっている。内心こっそり、かすみは溜息をついた。
研究所内の二人の男女。傍目、年齢の離れた兄妹にも見えるこの二人(実際には、女の方が年上なのだが)は、いつの間にか研究所名物になっていた。
「いいんじゃないか? 本人も、どうも祖父母とは折り合いが悪いって言ってたし」
そりゃあ、愛娘を嫁がせた相手が正当防衛とはいえ人を殺したのだ。嫁姑もとい、この場合婿舅の折り合いが悪くなるのは当然だし、その余波を孫が喰ってもおかしくはない、とかすみは思う。
……思うのだが。
「だからといって、いきなり泊めに行かせますか?」
この幼馴染、修也は絶対、面白がっている。内心こっそり、かすみは溜息をついた。
「……そうなんだ」
慎一から、梓は事情を聞いた。
彼の過去についてはこの間聞いたのだが、さらにそういう事情まであるとは思っていなかった。
「うん。で、来ちゃったんだけど、その」
「?」
「……迷惑?」
一瞬、梓は逡巡した。が、
「何言ってるの。そういうことならいつでもいいよ」
なるべくさっきの迷いが見えないように、明るく言った。
「……ありがと」
……沈黙。
もともと、慎一は積極的に話すタイプではない。梓も梓で、慎一にどう声を掛ければいいか、わからなかった。
「ねえ、慎一君」
いつから名前で呼ぶようになったか、などと考えながら、梓は話しかけた。
「……寂しく、ないの?」
言ってから後悔した。寂しくないわけない。両親とは離れて暮らし、祖父母にも冷たくされているのなら。
しかし、
「昔は、ね。今は寂しくはないよ」
慎一は、続ける。
「……ネロがいるから」
そう言って、ミナツキと戯れるネロを見やった。
その目は、普段の寂しげな目とは違う、優しそうなもので。
自分には向けられていないもので。
(……嫉妬、してるのかなぁ……)
そんな思いが梓に過ぎり、
「……私も、いるよ」
つい、そんな事を言ってしまった。
慎一は、うまく聞こえなかったのか、
「え?」
などと聞き返してくる。
「……ううん、何でもない」
ぽつりと、言った。
「何でもないよ」
慎一から、梓は事情を聞いた。
彼の過去についてはこの間聞いたのだが、さらにそういう事情まであるとは思っていなかった。
「うん。で、来ちゃったんだけど、その」
「?」
「……迷惑?」
一瞬、梓は逡巡した。が、
「何言ってるの。そういうことならいつでもいいよ」
なるべくさっきの迷いが見えないように、明るく言った。
「……ありがと」
……沈黙。
もともと、慎一は積極的に話すタイプではない。梓も梓で、慎一にどう声を掛ければいいか、わからなかった。
「ねえ、慎一君」
いつから名前で呼ぶようになったか、などと考えながら、梓は話しかけた。
「……寂しく、ないの?」
言ってから後悔した。寂しくないわけない。両親とは離れて暮らし、祖父母にも冷たくされているのなら。
しかし、
「昔は、ね。今は寂しくはないよ」
慎一は、続ける。
「……ネロがいるから」
そう言って、ミナツキと戯れるネロを見やった。
その目は、普段の寂しげな目とは違う、優しそうなもので。
自分には向けられていないもので。
(……嫉妬、してるのかなぁ……)
そんな思いが梓に過ぎり、
「……私も、いるよ」
つい、そんな事を言ってしまった。
慎一は、うまく聞こえなかったのか、
「え?」
などと聞き返してくる。
「……ううん、何でもない」
ぽつりと、言った。
「何でもないよ」
(何考えてるんだろう、私……)
夕飯後、梓は散歩に出ていた。
(ネロがいなかったら、私と慎一君が友達になることもなかったのに)
胸の内には、複雑な思いがある。
(最悪だな……。ネロがいなければ、なんて、考えて)
物思いに耽っているので、
「……っ!?」
前から来た人に気づかず、ぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
とりあえず謝ったが、大きな荷物を持っていたその人物は、尻餅をついてしまっていた。
「……痛ってえな! どこ見て歩いてんだよ!」
ずいぶんな言い草と、それに似合わぬ高い声。
荷物の向こうにいるのは、中学生くらいの少女だった。
夕飯後、梓は散歩に出ていた。
(ネロがいなかったら、私と慎一君が友達になることもなかったのに)
胸の内には、複雑な思いがある。
(最悪だな……。ネロがいなければ、なんて、考えて)
物思いに耽っているので、
「……っ!?」
前から来た人に気づかず、ぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
とりあえず謝ったが、大きな荷物を持っていたその人物は、尻餅をついてしまっていた。
「……痛ってえな! どこ見て歩いてんだよ!」
ずいぶんな言い草と、それに似合わぬ高い声。
荷物の向こうにいるのは、中学生くらいの少女だった。
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