ツガル戦術論:鏡の試練 前編1
地区大会で優勝を収めたおれ達は、次の大会開催までの一週間を利用してトレーニングに励んでいた。
家からあまり離れていない行きつけのセンターには、始めたばかりの初心者から、ファーストリーグで鳴らしている猛者など幅広いユーザーが集まっており、戦術研究の場としては打って付けだった。卓上で考案した戦略が初心者に通用しても、上級者には通用しない。というのは勿論の事だが、その逆のケースも存在するのだから面白い。
最良の上達方法が実戦というのはどんな世界でも変わらないのだ。
家からあまり離れていない行きつけのセンターには、始めたばかりの初心者から、ファーストリーグで鳴らしている猛者など幅広いユーザーが集まっており、戦術研究の場としては打って付けだった。卓上で考案した戦略が初心者に通用しても、上級者には通用しない。というのは勿論の事だが、その逆のケースも存在するのだから面白い。
最良の上達方法が実戦というのはどんな世界でも変わらないのだ。
前大会で披露した、中距離攻撃力が低いと言う欠点を逆に利用する戦術に対してやはり対策が立てられており、腕のある神姫とのバトルではこちらが劣勢。贔屓目に見て五分の勝負に持ち込まれる事となった。対策に対する対策が必要だ。が、さりとて、そんなに早く新戦術が思い付くわけでも無い。
だからこそ、既存の戦術を煮詰め、新たなコンボを編み出そうとセンターで連戦を続けているのであった。
だからこそ、既存の戦術を煮詰め、新たなコンボを編み出そうとセンターで連戦を続けているのであった。
コンボとは?
攻撃とは多くの場合、ひとつの武器から放たれる一撃で完結するものでは無い。単一武器による連続攻撃。異なる性質を持った複数武器による連続または同時攻撃。機動しながらの攻撃。回避機動及び防御行動からの反撃。さらに体術を含む近接武器による格闘との連携。等など。
例えばハンドガン一丁をあなたの武装に追加しただけで、これだけ攻撃パターンが増えるのである。
武装を増やすと言うのはつまり火力の増加のみに留まらず、相手に対して取れる戦術が増える。攻撃力と手数の二重の増加、則ち戦力の上昇に繋がると言うわけだ。それを理解せずにカタログスペックだけを見て武器を扱えば、その「武器に使われる」事となる。各武器の特性を理解し、自らの思い描いた戦術にマッチした装備の組み合わせを探し出すのが重要だ。
武装とはマスターと神姫にとってアイデンティティ。
武装とは、自らの技術と経験と信念に基づいて選択すべきものである。
攻撃とは多くの場合、ひとつの武器から放たれる一撃で完結するものでは無い。単一武器による連続攻撃。異なる性質を持った複数武器による連続または同時攻撃。機動しながらの攻撃。回避機動及び防御行動からの反撃。さらに体術を含む近接武器による格闘との連携。等など。
例えばハンドガン一丁をあなたの武装に追加しただけで、これだけ攻撃パターンが増えるのである。
武装を増やすと言うのはつまり火力の増加のみに留まらず、相手に対して取れる戦術が増える。攻撃力と手数の二重の増加、則ち戦力の上昇に繋がると言うわけだ。それを理解せずにカタログスペックだけを見て武器を扱えば、その「武器に使われる」事となる。各武器の特性を理解し、自らの思い描いた戦術にマッチした装備の組み合わせを探し出すのが重要だ。
武装とはマスターと神姫にとってアイデンティティ。
武装とは、自らの技術と経験と信念に基づいて選択すべきものである。
さて、神姫の武装やオプションが徐々に増加しているにも関わらず、未だに格闘武器のみというスタイルが根強く残っているが、それは本人らが意識してる、してないに関わらず上記の理由が大きいだろう。
剣しか装備してなければ、その剣を活用せざるを得ない。言い換えれば、剣の性能を100%引き出す事に繋がるのだ。もしこの神姫がどんな間合いでも一瞬で詰められる機動力があれば、剣以外の武器を持たぬ彼女は迷いなく敵を一刀で切り伏せようとするだろう。
余計な事を考える必要が無いというのは、ここ一番の場面では大いに強みになる。
剣しか装備してなければ、その剣を活用せざるを得ない。言い換えれば、剣の性能を100%引き出す事に繋がるのだ。もしこの神姫がどんな間合いでも一瞬で詰められる機動力があれば、剣以外の武器を持たぬ彼女は迷いなく敵を一刀で切り伏せようとするだろう。
余計な事を考える必要が無いというのは、ここ一番の場面では大いに強みになる。
さらに彼女の剣が片手で扱えるものならば、無限の用途を備えた武器である「左腕」を攻撃に組み込める。叩く、払う、掴む、捩る、投げる、防ぐ。左腕と剣によるコンビネーションは近接格闘戦において無限のコンボを派生させ、剣が本来持つ戦術的効果を上回る性能を発揮させるだろう。もちろん両手持ちの剣を扱ってもその性質はほとんど変わらない。刀身で斬る、切っ先で突く、刀を返し薙ぎ払う、柄で殴る、峰で叩く。射撃武器と違い、たった一つの武装で無限の攻撃パターンを繰り出せるのが格闘武器の利点の一つだ。
だがこれは、使用者の技量と武器の性能が直接的に結びついているとも言えて、使用者の鍛錬が無ければ威力を発揮しない、という欠点も孕んでいる。だがそれ以上に、ただの物質であるはずの格闘武器が使い手とともに千差万別 変幻自在に身を翻し、激しい攻撃をぶつけ合う格闘戦のダイナミズムは多くの人を虜にする。
この先、いかに射撃武器が充実していこうとも、多くの神姫達は格闘武器を手放さないだろう。
だがこれは、使用者の技量と武器の性能が直接的に結びついているとも言えて、使用者の鍛錬が無ければ威力を発揮しない、という欠点も孕んでいる。だがそれ以上に、ただの物質であるはずの格闘武器が使い手とともに千差万別 変幻自在に身を翻し、激しい攻撃をぶつけ合う格闘戦のダイナミズムは多くの人を虜にする。
この先、いかに射撃武器が充実していこうとも、多くの神姫達は格闘武器を手放さないだろう。
少し話しがずれた。閑話代休。
私の主張するところとは、つまり。
神姫の装備に対しての熟練度は、確実に戦力として加算されると言う点だ。
先日行われたセカンドリーグ同士のフリーバトルにて、巡航射撃型のアーンヴァルタイプが軽量格闘型のハウリンタイプに肉薄された際、巨大なレーザーライフルの銃身を叩き付けて迎撃した件は記憶に新しい。バトル後の勝者アーンヴァルの発言は興味深いものだった。「いつも抱えて飛んでましたから、体が自然に動きました」
この件はいささかイレギュラーな形での運用ではあるが、体に馴染んだ武装と言うのは意識せずとも自然に戦術に組み込まれる。
これを偶然拾った僥倖と判断するか、必然で勝ち得た勝利と判断するかで、あなたの神姫プレイヤーとしての性格が問われる。
神姫の装備に対しての熟練度は、確実に戦力として加算されると言う点だ。
先日行われたセカンドリーグ同士のフリーバトルにて、巡航射撃型のアーンヴァルタイプが軽量格闘型のハウリンタイプに肉薄された際、巨大なレーザーライフルの銃身を叩き付けて迎撃した件は記憶に新しい。バトル後の勝者アーンヴァルの発言は興味深いものだった。「いつも抱えて飛んでましたから、体が自然に動きました」
この件はいささかイレギュラーな形での運用ではあるが、体に馴染んだ武装と言うのは意識せずとも自然に戦術に組み込まれる。
これを偶然拾った僥倖と判断するか、必然で勝ち得た勝利と判断するかで、あなたの神姫プレイヤーとしての性格が問われる。
さて、格闘武器のカテゴリであるにも関わらず剣や槍などの武器とは在り方が大きく異なる武器がある。
則ちパイルバンカーやドリルアーム等といった機械式格闘武器である。
これらは通常の格闘武器と比較してあまりにも高い破壊力と、それに反比例する低すぎる汎用性を持つ。火薬を炸裂させ、その爆発力を最大限運動エネルギーに変換し装甲を貫くパイルバンカーは、貫くというワンアクションしか起こせない。逆に言えばワンアクションに特化した機構が化け物的貫通力を生み出すのだ。玄人向けと言われる所以である。そしてこれらの性能をフルに引き出すためには武器に対する熟練度や鍛錬よりも、経験が占めるウェイトが大きい。連射が利かず突くしか出来ないパイルバンカーは、「単一武器による連携」が行えない。よって培われた経験に裏付けされた判断力で―――
則ちパイルバンカーやドリルアーム等といった機械式格闘武器である。
これらは通常の格闘武器と比較してあまりにも高い破壊力と、それに反比例する低すぎる汎用性を持つ。火薬を炸裂させ、その爆発力を最大限運動エネルギーに変換し装甲を貫くパイルバンカーは、貫くというワンアクションしか起こせない。逆に言えばワンアクションに特化した機構が化け物的貫通力を生み出すのだ。玄人向けと言われる所以である。そしてこれらの性能をフルに引き出すためには武器に対する熟練度や鍛錬よりも、経験が占めるウェイトが大きい。連射が利かず突くしか出来ないパイルバンカーは、「単一武器による連携」が行えない。よって培われた経験に裏付けされた判断力で―――
対戦フロアの隅にて、モバイルのテキストに新たな戦術論の草案を書き初めてからどれくらい経ったのだろう。
「―――マスター、もしもし、マスター? 大変。とうとうウチのマスターの聴覚器官が水平線しちゃったのね」
シルヴィアに課題を出して連戦させてるうちにマスターである自分は新戦術を完成させ、パートナーのバックアップを図ろうと思っていた。が、
「どうしましょう。とりあえず、帰りにささげと重曹、もち米を買わなくてはいけないわ」
どうやら自分は作業に没頭していたようで、連戦を終えたシルヴィアの呼びかけも聞こえてなかったらしい。
「―――マスター、もしもし、マスター? 大変。とうとうウチのマスターの聴覚器官が水平線しちゃったのね」
シルヴィアに課題を出して連戦させてるうちにマスターである自分は新戦術を完成させ、パートナーのバックアップを図ろうと思っていた。が、
「どうしましょう。とりあえず、帰りにささげと重曹、もち米を買わなくてはいけないわ」
どうやら自分は作業に没頭していたようで、連戦を終えたシルヴィアの呼びかけも聞こえてなかったらしい。
「赤飯でも炊こうってか。めでたくも無いのに赤飯を炊きたがるグルメ神姫を持つと無駄に出費がかさんで辛いぜ」
「あら、赤飯は嫌い? めでたくなくても炊きたくなる、私をそそらせる何かがお赤飯にはあるのよ」
「話を逸らすなよ。誰の耳が聞こえなくなるとめでたいって?」
「赤飯が耳の病気に効くってお隣のお宅のおば様が言ってた」
「そりゃお前、赤飯を食べて邪気を払おうって意味じゃないか」
「じゃあマスターの耳に取り付いた邪気をさっさと追い払いましょう。と言うわけで今夜は赤飯がいいわ」
うちのシルヴィアは少し呼びかけに応じないだけでこんな感じになる。
自分が作業に没頭しやすい性質も手伝って最近はしばしば、夕食が無駄に豪華気味になるなのは間違いなくシルヴィアが原因。豪華なのは良い事だが、エンゲル係数の地味な上昇はおれの財布を直撃する。
赤飯は次回の大会で優勝したらな。と手早く話題を切り替える。
「あら、赤飯は嫌い? めでたくなくても炊きたくなる、私をそそらせる何かがお赤飯にはあるのよ」
「話を逸らすなよ。誰の耳が聞こえなくなるとめでたいって?」
「赤飯が耳の病気に効くってお隣のお宅のおば様が言ってた」
「そりゃお前、赤飯を食べて邪気を払おうって意味じゃないか」
「じゃあマスターの耳に取り付いた邪気をさっさと追い払いましょう。と言うわけで今夜は赤飯がいいわ」
うちのシルヴィアは少し呼びかけに応じないだけでこんな感じになる。
自分が作業に没頭しやすい性質も手伝って最近はしばしば、夕食が無駄に豪華気味になるなのは間違いなくシルヴィアが原因。豪華なのは良い事だが、エンゲル係数の地味な上昇はおれの財布を直撃する。
赤飯は次回の大会で優勝したらな。と手早く話題を切り替える。
「さて、バトルの成績はどうだった」
「マスターの指示が無い点を踏まえ贔屓目に見て五分ってところ。対策の早いところはバッチリ予習してるみたい」
うむむ、と息を漏らすシルヴィア。
対ツガル…ひいては対シルヴィア対策をとっている神姫が多数いる。それはつまりおれ達の優勝によって引き起こされたショックウェーブの規模を物語っている。自分達の行動に対して明確なリアクションが帰ってきた事におれ達は多少の満足を覚えていた。だが同時に、早く手を打たなければいけないと言う焦りも出てきている。大会開催まであと四日を切ってた。その期間で新戦術を確立出来るだろうか。ううむ。
「マスターの指示が無い点を踏まえ贔屓目に見て五分ってところ。対策の早いところはバッチリ予習してるみたい」
うむむ、と息を漏らすシルヴィア。
対ツガル…ひいては対シルヴィア対策をとっている神姫が多数いる。それはつまりおれ達の優勝によって引き起こされたショックウェーブの規模を物語っている。自分達の行動に対して明確なリアクションが帰ってきた事におれ達は多少の満足を覚えていた。だが同時に、早く手を打たなければいけないと言う焦りも出てきている。大会開催まであと四日を切ってた。その期間で新戦術を確立出来るだろうか。ううむ。
「純正ツガルタイプの戦術論を書いていたんじゃないの?」
調子が悪いときは何をやっても悪く転ぶものだ、今日のところは切り上げて戦闘データから戦術を見直してみよう。と言う意思を伝えるよりも早く、シルヴィアはモバイルの画面を覗き込んでいた。
「剣だのパイルバンカーだの、こんな文章書いちゃって…。やっぱり、いつまでもデフォルト装備では通用しないと思ってるのかしらん、マスター?」
それは途中から本題を外れ、無意識のうちにタイプしていた文章だったが、指摘されてみれば確かに自分の焦りを明文化したようでもあった。
おれ達はツガルタイプが隠し持つ高い性能を証明するために、デフォルト武装に拘り戦闘を続けてきたのだ。だがしかし。
「弱気になってる気がする。こんな状況に対して覚悟は決めてるはずだった。でも、今までは回りに注目されてなかったから勝ち上がれただけで、注目されればこの程度の戦績しか残せないのがおれ達だったのか、って」
「まったく、うちのマスターが、聞いて呆れるような事を」
調子が悪いときは何をやっても悪く転ぶものだ、今日のところは切り上げて戦闘データから戦術を見直してみよう。と言う意思を伝えるよりも早く、シルヴィアはモバイルの画面を覗き込んでいた。
「剣だのパイルバンカーだの、こんな文章書いちゃって…。やっぱり、いつまでもデフォルト装備では通用しないと思ってるのかしらん、マスター?」
それは途中から本題を外れ、無意識のうちにタイプしていた文章だったが、指摘されてみれば確かに自分の焦りを明文化したようでもあった。
おれ達はツガルタイプが隠し持つ高い性能を証明するために、デフォルト武装に拘り戦闘を続けてきたのだ。だがしかし。
「弱気になってる気がする。こんな状況に対して覚悟は決めてるはずだった。でも、今までは回りに注目されてなかったから勝ち上がれただけで、注目されればこの程度の戦績しか残せないのがおれ達だったのか、って」
「まったく、うちのマスターが、聞いて呆れるような事を」
まったくだ。見事にどつぼにはまってしまっている。
やはり今日のところはさっさと切り上げてしまおう。と帰り支度をした矢先、その男は現れた。
やはり今日のところはさっさと切り上げてしまおう。と帰り支度をした矢先、その男は現れた。
「あなたですね。ツガルタイプのシルヴィア。先日の大会で優勝なさった」
続く